瞬間移動装置 ショートショート
夜遅く、俺は目を擦りながら発明家である友人の家を訪れた。
ソファーであくびをする俺に、ハカセは大興奮で発明品をつきだした。
「こんな時間になんなんだ」
「すまないがそれどころではない! これを見てくれ。ついに完成したのだよ。見よ、瞬間移動装置だ!」
嬉々としたハカセの掌の上には、小さな赤い押しボタンが乗っていた。はかせがアニメや漫画に憧れて並々ならぬ熱意で、瞬間移動装置を研究していたのは知っている。それでも、俺は信じられなかった。
「ハカセ、いくら君が正直な性格だと知っていても──」
「君の意見もごもっともだ! 見たこともないものを信じられるはずがない」
ハカセが大声で俺の話を遮った。近所迷惑にならないか心配になるほどの大声量。あまりのうるささに目が冴えてしまった。
「では、さっそく実践してみよう」
ハカセはわざとらしく手を大きく振り上げて、ボタンを押した。
その瞬間、ハカセの肉体は光の粒子となって消えてしまった。驚いて辺りを見回すと、窓の外でハカセが手を振っている。困惑する俺をほくそ笑みながらハカセはもう一度、瞬間移動装置を起動させた。
パッと目の前が輝いたかと思えば、すでにハカセが直立している。俺はビックリして思わず後ずさった。当然、移動の瞬間は見えない。
「まさに瞬間移動......信じられない、が信じるしか無さそうだな」
「ボタンを押したとき、私が念じた場所に瞬間移動できる装置。移動先に命の危険がある場合は自動的に座標を調整する安全機能もある。移動先が壁の中だとか、ワープした瞬間に車に追突するとか、落下するとか、そういった心配は一切ない。もちろん特許も取得済みだ!」
「すごい、移動手段の革命じゃないか!」
そう俺が叫んだ時、窓をぶち破って何者かが侵入してきた。手には銃を持っている。
「話は聞かせてもらった。そのボタンをこっちに渡せ。少しでも不穏な動きをすれば引き金を引く! 瞬間移動で背後をとろうとしても無駄だ。銃の引き金を引く方が早い」
銃口は俺に向けられていた。この時ほどハカセのばかでかい声を恨めしく思ったことはない。
「ハカセの発明を何に使うつもりだ」
「もちろん泥棒だよ。瞬間移動すれば誰にも捕まらない。証拠もほとんど残らないだろう」
どうしようもない。俺はすがるような気持ちでハカセを見た。しかし、ハカセは思いの外落ち着いた様子で言った。
「仕方ない。試作品を失うのは惜しいが」
ハカセはあっさりとボタンを泥棒に渡した。渡す瞬間、ボタンの面を下にして。
カチッ。
泥棒は一瞬にして、塵一つ残さず消え去った。
「何てことだ。あいつ、世界中泥棒し放題だ。いや、それどころかありとあらゆる犯罪を証拠すら残さず出来るようになってしまった。すまない、俺のせいで」
「いいや」
ハカセは笑いながら答えた。
「彼は急ぐあまり安全装置の起動の方法を聞かなかった。それに、君に言ったじゃないか。ボタンを押したとき『私が念じた場所に』瞬間移動できる、とね」
翌日、ネットにもテレビにも新聞にも、あのボタンが原因であろうニュースは流れなかった。あれから泥棒はどうなったのだろうか。
今となっては当然の技術となった瞬間移動。その初の被験者である泥棒をどこへ瞬間移動させたのか。あれから何年も経つが、ハカセに聞けないでいる。