フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

高二ストレンジR-8 終

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 五時前か。僕は一番右の列の二番目にある自分の席で深いため息を吐いた。夕日がガンガン当たり、目がまぶしい。
 この時間になると、放課後に教室の後ろの方の席を陣取っている数人の女子ですら帰ってしまう。
 やたらと綺麗な黒板を見つめながら僕はもう一度ため息をついた。
 まさか、僕の班の掃除当番の日に委員会が重なるとは。お陰で図書委員会の話し合いが終わったあとゴミ出しをすることになった。燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトル、なぜ一日でここまでのゴミが溜まるのだろう。
 僕はどうにかだるい体に気合いをいれて帰る準備をした。

 僕はふと右を向き、窓の外を拝む。強いオレンジ色の光で目が眩んだ。
 僕から見て左の方に学校の正門がみえる。その奥、住宅地に突入してすぐのところに例のゲテモノ自販機があり、そこから先は民家と花を咲かせた街路樹で埋め尽くされている。

 よく見ると、門の近くを見覚えある同級生が歩いている。遠くからでよく見えないが、あの髪の長さはおそらく、ポニーテールをやめたスピネルだろう。彼女の隣にいるのはサンダー。校内でスピネルと手を繋ぐ権利がある男子はあいつくらいだ。お手ての握り方が初々しい。
 今、彼らの横を通り抜けるついでに、二人にちょっかいを出したのは赤崎か?スピネルとサンダーの邪魔をする気はないようで、すたすたと学校を出て、住宅地のなかに消えていった。心なしか、赤崎が嬉しげに歩いて見えた。
 二人は赤崎に手を振ってから、ふたたび向き合い、会話を始めたようだ。
 二人も暫くすると校門を出て、見えなくなってしまった。
 ふぅー、とため息をつく。
 今日もあんまり寝られなかった。ブラックコーヒーを飲んで、授業爆睡。連日の寝不足がたたり、だんだん笑い事じゃなくなってきている。生体に覚醒作用をもたらすカフェインをもってしても、僕の睡魔はおさまらない。特に昼飯を食べた後の数学は、春の陽気と合わせて悲惨なほど眠かった。
 
 改めて今までの午後の授業を乗りこえられてきたのは、スピネルと話した直後の『いい気分』のお陰だと言うことに気づいた。

 突然、「すいへーりーべーぼくのふね」のメロディーが教室に響き渡った。原子番号の覚え方の曲にして、『化学申し子』の着信音だ。僕は学ランのポケットからスマホを取りだし、通話を押した。

 「はい、もしもし?サンダーか?」
 「おうよ。生物君ちょっといいか?」
 「ん?」
 「最近昼休みにスピネルとあまり話してないらしいな。少し寂しがっていたぞぉ?」
 「最近寝不足で。何でか夜起きちゃうんだよな。そのままYouTubeで気づいたら朝」
 「だめじゃねぇか。生物君の割には自分の健康に気を使ってないのか?」
 「ごめん。スピネルには明日謝っておくよ。じゃあな」
 「おう、じゃ━━」
 ブツ。僕はサンダーの言葉を待たずに電話を切った。
 スピネルと話さなくなってから色んな物が目につくようになった。友達の様子だとか、どうでもいい雑談の話し声とか、本当に些細なものだ。
 僕はスピネルに五感を封じられていたらしい。休み時間中、おそらく僕はスピネルに全部奪われていた。
 やっぱり僕はスピネルが好きだった。
 でも、僕はこの結果に後悔していない。僕は自分よりも友達の事を大切に思っている。今も昔もそれだけは変わらない。

 少し疲れたな。一眠りするか……


━━


 またしてもスマホが「すいへーりーべーぼくのふね」のメロディーをかなでた。僕は少しうんざりしながら、画面をタッチした。
 「どうした?さんだ━━」
 「もしもし、きみは生物君かい?ぼくのこと、覚えているかい?」
 突然聞こえてきた、サンダーでもスピネルでもない、第三の声だった。あまりの出来事に息が詰まる。自分のまぶたが、意思とは関係なく上下に引っ張られているのを感じた。
 「かっ、かしわぎ?!」
 「あきらめきれていないんだろう?きみ……」


━━


 はっとして目を覚ました。ひどく生々しく、嫌な夢だった。これだったらフナムシの大群に襲われる夢の方がマシだ。
 僕は恐る恐るポケットのスマホに手を伸ばした。しかし、触れる瞬間にポケットから手を出してしまった。手がヌメヌメしている。


 手汗か、と思ったら、自分の涙だった。