ガルーダ再来 短編二次創作小説
『流転のグリマルシェ』の二次創作小説です。
原作とは一切関係ありません。
①原作を知らない人も読めるように書いています。
②『流転のグリマルシェ』5章のネタバレがあります。
③架空の設定やスキルが登場します。苦手な方はブラウザバック!
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依頼内容を説明します。キリーク峡谷に再びガルーダが飛来しました。
キリーク峡谷はロイス地方、イングニー地方に跨がる峡谷です。両地方を結ぶ交通の要である狭い一本道があります。ガルーダがこの道を占拠してしまったため、両地方への交通が断絶してしまいました。
今回の目標はガルーダを討伐し、両地方への交通を回復させることです。
ガルーダは巨大な鳥獣であり、常時風を身に纏っています。しかし、風の鎧を除けば他の攻撃手段は決定力に欠けるものばかりです。警戒を怠らなければ討伐するのは容易でしょう。
他の冒険者たちと四人一組の冒険者グループ――フェルカを組み協力して依頼にあたってください。
モンスターの横暴を許すわけには行きません。あなたの返答に期待しています。
1
和服に狐面という奇妙な出で立ちの冒険者、コシュラは脳内で依頼内容を反復しつつ、刀についた粘液をぬぐった。
辺りには誰もが思わず顔をしかめる嫌な匂いが充満している。さらにコシュラの目の前にはイモムシと言うにはあまりにも大きい、白色の虫の残骸が転がっていた。粘液が昼間の太陽に照らされキラキラ輝いている。
しかし、そんな悪臭すら気にならぬほどコシュラは参っていた。体力は十分でも心は分厚い雲に覆われている。
「覚悟してたとはいえ、今回のフェルカは雰囲気最悪だ......」
愚痴をこぼすコシュラの横。黒いゴシックドレスを身に纏っている少女が、端正な顔をしかめて地面に向かって唸っている。
「虫......虫はもうやめて。わたくしは名家お嬢様ですの! 令嬢ですのよ! ガルーダを誘き寄せる餌のためとはいえなんでこんな......うぇぇ......」
コシュラが選んだ冒険者の一人。こう見えて目の前の敵を暴風の魔法で切り刻んだ魔法使いだ。
どこかの金持ちの娘のようだがなぜこのような職についているかは謎だった。
「アンタねぇ、冒険者に産まれも何もないの。アタシなんて不死鳥の生まれ変わりなのにこのざま」
「平民に慰められても嬉しくないわ」
「アタシは誇り高き不死鳥の生まれ変わりなの! 次平民ってアタシに言ったら殴るわよ?」
そんな彼女に苛立ちげに声をかけている男。ピンクのショートヘアと唇に黒のタンクトップという一度見たら二度と忘れない奇抜なファッションをしている。
本当に不死鳥の生まれ変わりなのどうかは知らないが、腕は確かなヒーラー(回復役)である。
そんな二人から少し離れ、周囲を警戒している重装備の老人。敵を引き付ける技術に加え、フェルカ全体をバリアで覆う高等技術《ブリュンヒルド》の使い手だ。いれば全滅はまずありえないタンク(引き付け役)である。ただ、年齢のせいか性格が頑固で融通が効かない。
「おい若造ども、どうでもいい無駄話はそれくらいにしろ。カルネワームの残骸は今も強烈な臭気を発している。いつ食事のためにガルーダが降りてきてもおかしくない」
もちろん、コシュラも本当はこんなギスギスしたフェルカを組みたくはない。しかし、都合のいいタイミングで都合のいい冒険者が依頼を探しているなんてことは、まずない。
「完全に孤立してしまったな。飲み会で端の席に座って終わるのを待っている感覚に近い......はぁ......」
コシュラに人見知りという致命的な弱点があるように、ガルーダにも弱点はある。
ガルーダは食事をする際は風の鎧を解く。不意打ちで翼にダメージを与えられれば、ガルーダは飛ぶことすら出来なくなる。
コシュラは和服の袖から加工された油揚げを取りだし、かじった。豆腐のふんわりした味わいが口に広がり、ストレスがいくらか軽減された。
「成功すればいいんだがなぁ......」
その瞬間、突如暴風が一行を襲う。上空を見上げると巨大な影が見える。
「ガルーダ! ガルーダですわ!」
魔法使いの言葉で全員岩影に隠れた。
とてつもなく大きい、エメラルド色の、四つの翼を持つ怪鳥。長い尾を美しくなびかせながら着地するその姿は、モンスターと言うにはあまりにも優雅だ。
ガルーダは周囲を警戒した後、カルネワームをついばみ始めた。
コシュラは呑気に食事をしているガルーダに慎重に近づく。ギリギリの所まで近づくと勢いよく跳躍し、翼の付け根に刀を突き刺そうとした。
しかし、ガルーダは一瞬早く四翼で周囲の砂を巻き上げた。視界が砂で染まってしまう。
「まさか! 読まれて......」
コシュラは仲間と共に激風に巻き込まれる。空と地面とが交互に見えた後、背中に強烈な衝撃。
「ごはっ」
立ち上がろうとするコシュラをなおも止まぬ暴風が吹き飛ばさんと襲いかかる。ガルーダが風の鎧を再びまとったのだ。
「こっちだ!」
コシュラは嗄れた声に導かれ側にあった岩影に身を潜めた。三人とも想定外の事態に顔を青くしている。ピンク色の髪を乱しながら、ヒーラーが皆の声を代弁する。
「これからアタシたちどうするの!?」
「敵は今も周囲の岩を破壊してワシらの隠れ場所を減らしている」
老人の言う通り、ガルーダは遮蔽物をしらみ潰しに吹き飛ばしていた。じっとしていてもいつかは見つかるだろう。
「逃げましょう。全滅するよりはマシですわ!」
魔法使いが叫んだそのとき、すさまじい破壊音が聞こえた。四人が恐る恐るその方向を向くと最悪の事態が起きていた。
「あの鳥、同じ鳥のアタシと違って相当性格悪いわねぇ」
町へ帰る唯一の道が岩に塞がれてしまったのだ。もはや戦う以外に生き残る道はない。
「やるしかないか」
一行は破壊を撒き散らす巨鳥の前へおどりでた。
2
幸い事前情報の通りガルーダ決定打に欠けるらしいかった。強固な守りに加えヒーラーの支援を受けているタンクに対して攻めあぐねている。
「アタシたちが時間を稼ぐ! 早く行って!」
ヒーラーの言葉に従い、コシュラは突撃した。タンクが張ってくれたバリアがガルーダの風の鎧にぶつかり一瞬で砕け散る。だが、敵の懐に入ることは出来た。ブリュンヒルドはやはり心強い。
ガルーダの巨体に刀を振る。しかし、切ったのは空のみ。ガルーダはすでに空高く舞い上がっていた。砂塵舞う暴風の中で正確に敵を切りつけるのは不可能に近い。
「だが、これでいい、汝の気を一瞬でもこちらへ引ければ......」
ガルーダそのまま急降下。着地で生じる風でコシュラは再び宙を舞った!
地面に転がり動けなくなったコシュラが目にしたのは一方的な蹂躙。
バリアが途切れたタイミングを見計らい、ガルーダは重装のタンクを掴んだ。さらに脚を大きく広げると、体を横にしてダイナミックに回転。勢いがついたところで地面に向かってぶん投げた。
ボールのようにバウンドしたタンクを、風で巻き上げつつ重い蹴りを三発連発。止めに暴風を伴っての体当たり。
「ゴハッ......」
タンクは生々しい声を響かせながら、岩壁に叩きつけられ動かなくなった。
「ジジイ! 今不死鳥の力で復活させ......」
回復に回ろうとしたヒーラーも翼で宙に打ち上げられる。続いて、鋭い嘴を何回もその身に受けた。無防備な状態で落下していくヒーラーにガルーダの強烈な体当たりが炸裂。吹っ飛んだ先で立ち上がり三歩進んだ所で、地に伏せた。
だが、ピンク髪の彼......いや彼女の努力は無駄ではなかった。
「こい、化け物!」
ヒーラーの手によって一瞬立ち上がった老人タンク。彼がガルーダの風から少女を庇う。最後の力すら使い果たし、ゆっくりと崩れ去るタンクの背後で、魔法使いは詠唱を終えていた。
「......平民たちのお陰で間に合ったわ! これで止めですわ!《ロック》!」
極限まで高められた魔力から放たれる必殺の魔法。空から降り注ぐ岩の群がガルーダを飲み込まんとする。コシュラの役目は陽動。魔法使いの魔法を当てることが真の目的だったのだ。
ガルーダが苦手とする土属性の魔法。それも補助スキルによって三重に強化されたものである。ガルーダ程度なら一撃で勝負が決まる。
「嘘! そんなの嘘! わたくしの魔法が!」
だが、ガルーダに当たる寸前で岩の滝が真っ二つに割れ、横にそれてしまう。風のバリアによって弾かれてしまったのだ。魔法使いの顔が恐怖で歪んでいく。
ガルーダは巨体に対して冗談のような早さ動いた。滑らかな動作で魔法使いを掴むと、空高く上っていく。頂点に達した所で地面へと急降下。大地へと激突する寸前で魔法使いを放した。空を風が切る音と共に、砂煙が舞う。
砂煙のために魔法使いの様子が見えなかったのは逆に幸運だったかもしれない、とコシュラは思ってしまった。
「あ、ありえん......私は悪夢でも見ているのか」
逆光を受けたガルーダのシルエット。後光を浴びるその姿にコシュラは神々しさすら覚えた。影に染まった黒い体躯の内、瞳だけがギラギラと瞬いている。その眼に宿っているものを想像してゾッとした。直感してしまった。それは憎悪。冒険者そのものに対する憎悪。同族を殺された憎悪だ。それしか、考えられない。
こいつは確実に勝つために万全の対策をしてきたのだ。私たちがガルーダをはめたのではない。奴が私たちをはめたのだ。
ガルーダは体を大きく仰け反ると、雄叫びをあげた。お前に勝ち目はない、諦めろ。そう言っているかのようだった。それを聞いたコシュラは思わず震え上がる。額に着けた狐面がカタカタと音を立てた。
「そうだ、当然だ。当然の結果だ。巨大で空を飛ぶ化け物に人が勝てるわけがない......」
油揚げを食べようと袖に手をいれるが、手に力が入らずつかめなかった。どうしようもなくなり、眼前の敵から目を逸らした。そして――
「......それでも、勝たねばならん。彼らは殆ど初対面な上、正直苦手なタイプだが......共に戦う仲間だ! 彼らを見捨て諦めるわけにはいかないのだ!」
倒れた仲間を見て決意を新たにするのだった。
3
攻防一体の風の鎧。これを乗り越えなければ勝機はない。必死に思考する。
「そうだ、懐は無風だった!」
風はガルーダの内側から外側へ向けて放たれている。背後を壁にすれば風の鎧で吹き飛ばされることはない。鎧の内側にさえ潜れれば勝機はある。タンクやヒーラー、魔法使いと違いコシュラは刀を使った近接戦の方が得意なのだから。
コシュラは気絶寸前の体を無理矢理鼓舞して立ち上がる。そして、渓谷の絶壁を背にして刀を構えた。
「ぜぇ......はぁ......かかってぇ......来い!」
ガルーダはそれを一瞥すると豪風と共に空へと消えた。
「くっ......勘の働く奴め......」
コシュラが目を凝らすと、遠くで黒い影が弧を描いているのが見えた。遠目から見ても凄まじい速度で飛行していることは明らかだ。奴はこの一撃に全てをかけるつもりらしい。
コシュラは覚悟を決め、刀を構え直す。
ゆっくりと黒い影がこちらへと向かってくる。それはやがて翼を広げた鳥の輪郭を取り、急速に巨大化する!
「《ストーム》!!」
どこからかソプラノの透き通った声がした。魔法によって発動したもう一つの爆風がガルーダの鎧を解き、勢いを殺す。コシュラの目の前で、ガルーダは無様に体勢を崩した。
驚愕に目を見開くガルーダとコシュラ。その視線の先にはピンクショートの男と黒衣装の少女がいた。
「アタシは鳥は鳥でも、不死鳥の生まれ変わりなのよ。倒れた体を放置するなんてナンセンス!」
「オホホホホ! 風の魔法で衝撃を和らげる、なんて単純なトリックに気づけないなんてあなた、鳥頭ですか?」
墜落したガルーダに対して、コシュラは叫んだ。
「思いしれ、これが仲間の力だ!」
刀がガルーダの胴体にめり込む。引き抜くと、血潮が吹き出した。それでも、ガルーダはまだ闘志を失わない。最後の力でコシュラを掴もうと迫る。
「《ブリュンヒルド》! ワシがいる限り、もう貴様の攻撃は通用しない!」
コシュラは無防備なガルーダへ再び切り込んだ。聞いたこともないような大絶叫を響かせて、ガルーダは地面に横たわった。依頼達成。
「さて......やるか」
四人はガルーダの遺骸に手を合わせ黙祷。しばし沈黙の時間が流れる。そして、討伐の証として鶏冠を切り取った後、その場を後にした。
歩き始めてからしばらくして、ヒーラーがボソリと言った。
「そういえば、お嬢ちゃん。どさくさに紛れてアタシを『平民』って言わなかった?」
「おい、今さらそんな......」
止めようとしたコシュラにタンクが被せる。
「鳥娘、お前こそよくもワシをジジイ扱いしやがったな!」
「おい、いくらなんでも言い過ぎ......」
魔法使いも愚痴を飛ばす。
「ちょっと、お面お化け! あなた、さっきわたくしが痛め付けられてるの何もせず眺めてましたよねぇ!」
魔法使いにどつかれて油揚げを地面に落としてしまった。そして、とうとうコシュラもキレた。
「汝! 私を貶すのは構わんが油揚げを粗末にするのは許せん!」
四人は喧嘩する。しかし、ガルーダと戦う前のギスギスした雰囲気は既になくなっていた。
怒号はすぐに笑い声になり、苛立ちはいつの間にか消え去った。声が止む頃には全員がスカッとした表情になっていた。
コシュラの心はもう曇っていない。あるのは晴れやかな青空だけだ。
「さて、これからどうする? ワシはとりあえず鎧を脱いで腹ごしらえをしたい」
「そうね、わたくしもお腹が空きましたの。お茶がしたいわ!......そういえばあなたがしょっちゅう食べているそれ、気になるわ」
「ああ、これは油揚げと言うり食事処に着いたら振る舞おう。沢山持ち運んでいるのでな。庶民の味の底力、見せてやろう!」
「じゃ、アタシいいところ知ってるから案内しようか。ここから近いところに町があるのよ。そこにある宿がさぁ~」
今朝出会ったばかりの四人は、旧知の友人のように仲良く町へと向かっていくのであった。