書かされるのは嫌い 短編
二週目 後半
「隣、いいかな?」
後ろから聞きなれたソプラノの声が聞こえる。何度聞いても飽きない。
「ご自由にどうぞ」
僕が振り替えるといつも通り、美しい黒髪をもつ同級生が現れた。頭の後のポニーテールが楽しげに揺れていた。
僕の左隣の席に座りながらスピネルが話始めた。
「どうしたの?元気ない?もしかしてわたしの風邪もらっちゃった?」
先日、僕が命の恩人か何かと勘違いしているかのように、スピネルに熱烈な感謝アタックされたのを思い出した。
「大丈夫。ちょっと考え事してただけ。主に明日提出の宿題について」
「ああ、さっき出された自己紹介作文とかいうアレね。ほんと、どーしよう。演劇部四年目ってことを押し出せばいいのかなぁ?」
作文というのは本当に鬱陶しい。普通の宿題でさえも嫌なのに、自分で書きたくもない文章組み立てて提出したり、最悪発表させられる。高校までにいい思い出が殆どなかった。
「僕はまだ生物っていう武器があるからいいけど。ただどう書けばいいんだ?」
スピネルは少し考えて言った。
「そうね、まず今の自分の好きなことを考えるでしょ。その次にすきになった経緯とかどんだけ好きかっていう過去のエピソード書く。そして、今それを活かして何をしているのか、何ができるのかを絞り出すの。最後にこれからどうしたいか、将来の目標や夢を書いて〆るの」
「思いの外実用的で僕ビックリ」
スピネルはポニーテールを手でポンポンもてあそびながら答えた。どうやら髪型を変えて落ち着かないらしい。
「残念ながら楽勝とはいかないのがこの現実。因みにこれ、お母さんから教わったの」
そういえば、この間スピネルを送ったとき彼女の母親のを拝んだ。何故『拝んだ』、という表現になるのかというと
「あの、お母さんか?」
「そうよ。わたしの数倍は綺麗なお母さんよ」
年齢と見た目が完全に解離している母親だからだ。母親とスピネルが買い物に出掛けると、大抵姉妹と間違われると言うことからもそのすさまじさがわかる。
見た目はスピネルに似ていたけれど、スピネルに比べ顔を前髪で隠していない上、胸がとても膨らんでいた。首にかかったルビーのペンダントに本人の美しさが全く負けていない。
「しかもものの数分で完全に僕を手玉にとってたもんなぁ」
「ええ、あれは魔女よ。若いときは二股三股は当たり前だったし、今でも化け物じみた演技力とコミュ力でお父さんを骨抜きにしてるの」
少し不機嫌そうにスピネルが答えた。
「もしかして、スピネル妬いてる?」
「出来ることなら、あの顔の皮を剥いでわたしのものにしてやりたいくらいよ」
「白部さんにとりつかれた?」
「大丈夫。変わりにわたしの顔をあげるから。そうすれば生物学的にオッケーでしょ?」
「いやいや、返事になってないし移植片拒絶反応……じゃなかった、そもそも倫理的にダメだろ!それ!果てしなくブラックジョーク!」
フフフッとスピネルが微笑んだ。怖っ!
「まあ、わたしとの仲はいいんだけどね。その証拠に、わたしは母親から『技術』を仕込まれてるの。お陰で演劇部で活躍できている━━なんて作文に書けないから、今悩み中」
あれ、じゃあもしかして
「演劇部に入った理由は?」
「母親に教わったことを試したかったから」
「今演劇を通して出来ることは?」
「母親のの真似」
「これからの目標は?」
「『皇太子のルビー』のように、例え紛い物であっても、本物のルビーを越える輝きを持ち、勝利を導く存在になること。転じて、母親の劣化あるわたしでも母親より幸せになること」
僕が呆気にとられて黙っていると、スピネルの顔が何故か赤くなっていった。
「……突っ込み入れて」
「ギャグだったの!?」
はぁ、と溜め息をついて僕は言った。
「……作文って難しいな」