普段と違うと恐ろしい 短編小説
二週間目
おかしい。誰も声をかけてこない。図書委員も演劇部の集まりもあるとは聞いていない。こんなこと、今学期始まって初めてだ。
「よぉ、今日は一人か?」
おかっぱ頭の明らかにインドアなクラスメイトが声をかけてきた。学ランの第一ボタンを外して何かをアピールしている。
「山田ことサンダーか」
「違う!サンダーがあだ名!山田(さんだ)が本名!そのノリだと心配なさそうだ。てっきりスピネルにフラれでもしたのかと」
僕は顔を微妙に逸らしながら言った。
「付き合った覚えもないけど」
「だよなぁ~」
サンダーは肩をくすめた。相変わらずあだ名に馴染まないくらい痩せていて、地味だ。僕はそんなサンダーに財布から2000円を取りだし渡した。
「この前の分。ついでだから渡すよありがとな」
サンダーは受け取ったお札をポケットにしまった。そのポケットから数千円はするボールペンの擦れる音が聞こえる。
ところで、どこで僕とスピネルの仲がいいと思われたのだろう。昼休み以外は殆どスピネルと会っていない。放課後に生物を教えていたのも数回だけだったし。
その事をthunderに言ったら
「いやぁ、昼休みあれだけ仲良さげだったら誰でも仲を疑うって」
と至極もっともな答えを返されてしまった。
「クラスでも結構有名だぞぉ。少なくとも二酸化炭素の元素記号がCO2 ってことよりも知ってるやつは多いはずだ。因みにスピネルを狙ってる奴もプロパンについている炭素の数くらいはいるはず」
「なるほどな。まあ、あの演劇見たらなぁ。ところでプロパンってなんだ」
「C3H8だろ、だから炭素数は3だ。プロパンガスで有名。温室効果ガスの一種だ。常識だろぉ?」
この化学マニアめ。
「生物以外に関しては知らん」
「だよなぁ~。って、おぃ、メタエタプロブタペン……って生物含む有機化学の基礎だぞ?まあいいや。ところでよ、スピネルがあちらの机で突っ伏しているんだが、声をかけた方がいいんじゃないか?」
は?
「いや、お前が声をかければいじゃないかサンダー」
「お前に気を使ったのがわからないのか生物君!」
だん、と山田が机を叩いた。ニンマリとした彼の顔が僕の心を勇気づける。
「お心遣い感謝する!」
僕はサンダーにきびすを返してスピネルの席へと向かった。
「ああそうだ、ちょっとこっちにこいよ」
サンダーは席をたち僕に小声で言った。
「スピネルに関して知りたいことがあれば俺に聞けよ」
「何でお前がスピネルのことを?」
「だよなぁー。まぁ単なる友達だけどな」
僕はサンダーに軽くお礼を言ってスピネルの元に向かった。
「大丈夫か?」
僕は机に手をつき、突っ伏している黒髪に声をかけた。実際長髪に隠れて顔が見えない。
「いいえ。最悪。あなたが来たお陰で少しはマシになったけど」
髪の毛の狭間から曇った声が聞こえた。冗談抜きで具合が悪いらしい。
「早退した方が……」
「いいえ。だって今日数学の確認テストでしょ。わたし数学苦手だから平常点は稼いでおかないと」
ようやくスピネルが顔を上げた。さりげなく髪型がポニーテールになっているのが気になった。
「無理するなよ」
そっとしておくのが得策か。僕はそう思いその場を立ち去ろうとした。っと学ランの後ろに違和感を感じた。
「隣に座って話し相手になって。気が紛れるから」
仕方ないな、と僕は内心喜びながら隣の席に座った。が、丁度その時授業開始のチャイムが鳴った。
珍しくスピネルが舌打ちをするのを耳にした。