フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

ラーメンみちびき ショートショート

 暗くだだっ広い野原。そこにポツンとたたずむラーメンの屋台。店主はおおよそ五十過ぎに見える男。彼は一人でこの店を切り盛りしている。客からの評判はすこぶるいいがリピーターがいないのが店主の悩みだ。
 そんな屋台へビジネススーツを着た若い男がのれんを潜ってきた。
 「いらっしゃい」
 「どうも」
 店主がお冷やを差し出すと、受け取った男は一気に飲み干した。
 「ずいぶんとお疲れのようで」
 「いやぁ、道に迷ったあげくネットも電波も繋がらない。娘の学芸会へ行く途中だったんですがね。頭を強く打ったのか、頭痛がするし前後の記憶も曖昧で......。学芸会にはもう間に合わないだろうし、帰り道もわからない。歩き疲れて途方にくれていました。絶望しかけたところにこのラーメン店を見つけましてね。砂漠でオアシスを見つけた気分ですよ、ほんと」
 「ここへ来る人はみんな同じようなことを言いますよ。100年以上続く老舗なのに評判を聞いてきたって客は今までで一人もいねぇ」
 店主は景気よく笑うとメニュー表を差し出した。男は受けとると、驚きの声をあげた。
 「えっ、ずいぶんと安いんですね」
 「実はラーメン屋は副業で、俺には本業があるんですよ。そのツテでとある組織がスポンサーになってくれましてね。そのお陰で低価格が実現しました。......あー、お客さんは醤油ラーメンのねぎ山盛りメンマ抜きでよろしいですか?」
 男は目を見開いた。メニュー表と店主の顔を交互に見つめる。
 「えっ、......ええ。お願いします。何で俺の食べたいメニューがわかったんですか?」
 「長年の勘ですよ、勘。何千人っていう客を見てると、自然とその人その人が望むものがわかってくるんです」
 「そういうものなんですかね」
 「そういうものなんですよ」
 そう男が言い切ったときには、水切りされた麺がお椀に移されていた。
 「あれ? 早くないですか」
 「まあ、客が来るタイミングも何となくわかるんですよ。はい、一丁上がりぃ!」
 ネギが山ほど乗せられたラーメン。男はその香りを嗅ぐ。なぜか、目に涙が浮かんだ。遠い昔に忘れ去った記憶が臭いに誘われて脳裏によぎる。
 「ささ、召し上がれ」
 「いただきます」
 何てことはない、ただのラーメンだった。市販の麺と容易に手にはいる調味料。ネギもそこいらの店で手にはいるものだろう。ラーメン屋が出すにしてはあまりにも質素。しかし、男にとっては違った。
 「なんて美味しいんだ。これは、お袋が作ってくれたラーメンの味! 二度と食えないと思ってたのに......。お袋と会ったことがあるんですか?」
 「ええ。一度だけ。あなたと同じく道に迷ってこの店へ来たんです」
 男は母親について店主と話をしつつ、あっという間にラーメンを完食した。多すぎず、かといって少なすぎない絶妙な量だった。
 食い終わった男に店主は少し寂しげな表情で言った。
 「この店、リピーターがいないんですよね」
 「こんなに美味しいのに!?」
 「みんなそう言います。まあ、仕方のないこと何ですけどね。そうだ、お客さんはどこへいきたいんです?」
 「うーん、どうしても行きたい場所があったんですけど道を忘れちゃって」
 「んじゃ、その道を真っ直ぐ行けばその場所へたどり着けますよ」
 店主は屋台の外を指差した。そこには月光で照らされた一本道がまっすぐ延びていた。道の周りを蛍たちが舞っており、幻想的な美しさを醸し出していた。男はしばらくその道を眺めていたが、席から立ち上がった。根拠はないがこの道を進めば行くべき場所へ行けるような気がした。
 男は金を払い、店主にお辞儀した。
 「ありがとうございます。絶対にまた来ますよ」
 「みんなそう言いますよ」
 満面の笑みで男は去っていった。タイヤの跡がくっきりと刻まれた男の後頭部が、闇に消えた。
 店主は屋台の電灯を切る。月明かりが照らす中、店主は携帯通信機を取り出した。
 「迷える魂を一名、お見送りしました」
 「確認した。......それにしても、お前のやり方は相変わらず回りくどくて面倒だな」
 「いいじゃないですか。業績あがったんだから。黒いローブを被って鎌を振り回したり、死にそうな奴を付け回すのはやっぱ苦手です」
 「まあ、お前がそれでいいんならいいんだろうけどさ」
 今宵も生と死の狭間を屋台は行く。迷える魂への灯台として......。

犬の娘 ショートショート

 憂鬱だ。ここのところ残業続きだったからだろうか。唯一同居していた家族が死んで一周忌なのも影響しているのかもしれない。急な別れでまともに別れの言葉すら言えなかった苦い記憶が、いまだに尾を退いているのも確かだった。
 とにかく、青年は鬱々としていた。だからこそ会社に体調不良の電話を入れた挙げ句、一年ぶりに裏山なんかへと足を踏み入れたのだろう。
 都市開発を逃れた山道を行く。住宅街の蒸し暑さとはうって代わり、涼しい風が木々の間を通り抜けている。繊細な小鳥たちのさえずりと、新緑の薫りはどこか現実離れしていた。
 額には汗が蝕み、ぬかるんだ傾斜に足の筋肉が早くも痛んできた。一年前からずいぶんと体力が落ちたものだ、と青年は苦笑する。
 突然、開けた場所に着いた。見上げるほどの木々たちに囲まれた広場。うっそうと生い茂った山奥であるにも関わらず日が当たっている。
 その中央に、それはいた。
 犬の耳を持つ少女。よく見れば目も犬のようにクリックリで、全身が毛におおわれている。しかし、四肢や胸の膨らみといった人間の面影も適度に残っていた。肉体は健康美に溢れ顔つきも愛らしい。犬と美少女のいい部分だけを抽出したような印象だ。
 恐怖よりも、好奇心が勝った。青年は思わず近づいて声をかけた。
 「おい、ちょっと君......」
 「わぅ!」
 犬娘がこちらを向き、嬉しそうに吠えるとこちらへと駆けてきた。青年はどうすることも出来ず、彼女の熱い抱擁を受け入れるしかなかった。彼女の腕が、体が自分と密着する。心地よく、滑らかなで、手に吸い付くような抱き心地。太陽の香りに混じりほんのり犬の臭いが鼻をくすぐった。
 「おい、こら止めろって」
 言葉に反して、青年は彼女の顔をくしゃくしゃに撫でた。犬の娘は無邪気な笑顔で尻尾をブンブン振っている。
 彼女の一切屈託のない表情に引きずられ、青年も自然と笑みを浮かべていた。
 「名前は?」
 「わん!」
 「話せないのか?」
 「わん!」
 「そうかそうか! よしよし」
 なぜだろうか。この異様な状況で、なおかつ初対面の相手なのにまるで何年も一緒に過ごしてきたかのような居心地のよさを彼女から感じる。彼女が何を考えているのかも何となくわかってしまう。
 青年が彼女の頭や体を撫でる度に、少女は嬉しそうな声をあげた。そのあまりの純粋無垢さに情欲すらわいてこない。彼女の顔は生命の輝きに満ちていた。青年は自分の歳も忘れ彼女と子犬のように触れあい、じゃれあった。
 気づいたときにはすでに、夕暮れになっていた。青年が声をかける前に、少女は青年から離れた。耳が萎れて、名残惜しそうに上目使いで見つめてくる。
 「う~」
 遊び足りない、とでも言いたげだった。
 「また、来るから。待ってて」

 別れてから数日間気が気でなかった。職場には復帰できたものの、早く彼女と会いたくてデスクの下で貧乏揺すりをするほどだった。しなやかな肢体、はつらつとした声、シルクのような肌触り、太陽よりも眩しい微笑み。あぁ、頭に思い描くだけで幸せになれる。
 青年は宣言通り、次の会社の休みの日に裏山を訪れた。
 彼女はいつも広場の真ん中で『待て』のポーズで座っていた。
 「待たせてゴメンな」
 声をかけた瞬間、四つ足で飛びかかり顔を舐めまくってきた。本当に、幸福そうに。
 「わふー!!」
 「わかった、わかったから。ごめんって。ほら、今日はこんなもの用意してきたぞ」
 青年はリュックから犬用のおもちゃを取り出した。投げ輪やボールなどなど......物置から引っ張り出したものだった。まさか再び使うときが来るとは。
 犬の少女はそれを見た途端、さらに興奮して青年の周囲を跳ね回った。
 「ワンワン! ワンワンワン!」
 ここまで喜ばれるとは思っておらず、青年は気恥ずかしくなった。結局その日も日没まで彼女と遊んだ。楽しいひとときはサッと過ぎ、お別れの時間がやって来た。
 「あ、あうぅ」
 夕日に照らされて、いっそう寂しそうな少女。
 「ああ......」
 口がパクパクさせながら必死に声を捻り出しているように見える。青年はもしや、と思い軽くうなずいて促した。
 「アッ......アリガ......トッ......トウ」
 赤かった空が藍色に包まれていく中、青年は彼女のふかふかの体を抱き締めた。強く、強く抱き締めた。すごい、すごいぞ! と何度も彼女に声をかけて撫でまくった。来週はひらがな表を持ってきて教えようか、それとももっと別の玩具を買ってこようか。青年の心は以前のように病んではいなかった。
 次の休みも、次の次の休みも、彼女と戯れた。かけっこしたり、ねっころがったり、毛繕いしたり、なであったり、キャッチボールしたり、文字を教えたり......。
 そうして一月が過ぎた頃。青年はいつものように、裏山の広場に来た。だが、彼女はいなかった。
 代わりに、地面につたない字が書かれていた。
 『あなたは もう だいじょうぶ』
 文字の回りに書き直した跡があった。いや、違う。広場のあちらこちらに努力の痕跡がある。中でも青年の目を引き付けたのは消し残しだった。
 『いきて』『ありがう』『いないても』『ひといで』『わたしが』『......』
 広場の端に首輪が落ちていた。首輪には今年一周忌になる青年の家族だった犬の名前が刻まれている。
 「......また別れの言葉を言いそびれた」
 青年は涙に濡れた手で、首輪を埋める。そして、文字を書く。届くかどうかわからない。理解してくれるかもわからない。でも、書かずにはいられなかった。
 『いままで ありがとう』
 風の中にほんのり犬の香りがした気がした。
 その後、青年はあの広場へ行こうと何度も試みたものの二度とたどり着くことはなかった。

黒猫紳士と黒髪少女 ~仙人エイル 後編~ 短編小説

 竜人エイルは旅の果てに霧の山にたどり着いた。完全な弱肉強食の世界。石灰がメインの山肌には鉱山植物すらろくに育たず、数少ない食料を巡って獣たちが熾烈な生存競争を繰り広げる場所。過酷な環境は群れることすら困難にし、生息する生物は知性よりも単独の力を優先して進化した。そのためエイルを除いてまともに会話できる者はいない。
 「今更里に戻る訳にもいない。もう、誰にも会いたくなかった。」
 エイルは長い時間をかけて石造りの家を建てた後、その山の中でひたすら鍛練という名の闘いに明け暮れた。同格の生き物と出会ったらそれは命をかけた死闘の幕開け。ここに住むのは、五臓六腑を引き裂こうと数日もあれば全快する化け物ども。敵が死ぬまで攻撃しないと自分が死ぬ。それが自然の摂理であり、この霧の山の最大の娯楽。極限状態で竜としての本能が開花したエイルにとってこの山は楽園に感じた。そんな、孤独な生活をエイルは百年以上に渡って続けた。
 だからこそエイルは山を訪れた強者に戦いを挑む。自分が死んでも悔いはない。闘いこそがエイルにとって最大の快感だからだ。そして『自分がそうだから相手もそうなんだろうな』とエイルは思い込んでいた。竜人エイルは他の国の人々が闘いの中で死ぬことに恐怖や嫌悪を抱くことがあるなんてことは、これっぽっちも考えたことがなかったのだ。

 「本っ当に申し訳なかった」
 そう、話をして土下座したエイル。対してスピネルは驚きの表情を浮かべていた。旅の途中、価値観の違いから衝突することはあれど譲歩や謝罪を受けたことがなかった。
 「いいの。ねこさまはこうなるとわかって戦いを受けたんだし、あなたにも悪気はなかったんでしょう?」
 「あぁ。わっちがそうだからあんたらもそういう考えだろうって自分の中で勝手に決めつけてた。でも、迷惑をかけたのは事実だ。心の底から謝るよ」
 まともに話せるってなんて素敵なことなのだろう。スピネルは普通に意思疏通が出来ることに感激する。
 「ありがとう、謝ってくれて。本当に、ありがとう」
 ふと、ベッドルームの扉を見た。
 隣の部屋のベッドには黒猫紳士が横たわっている。彼の傷はすでに癒えかけていた。肌には傷ひとつ残らず、燃えてしまった毛もきれいに蘇っている。この山の生き物の体液には強力な治癒を進める物質が含まれており、それを抽出して作った薬を全身に塗りたくったお陰だった。なお、強力な回復薬の存在もまた、この山での命の価値を軽くしているのは言うまでもない。
 「エイルさん。一つ、質問させて。単純に疑問に思ったことなんだけど。なぜ、あなたはねこさまの見え透いた挑発に乗ったの? あなたの実力が確かだってことは素人の私にも十分わかった。だからこそ腑に落ちないの」
 エイルは椅子に腰かけて自重の笑みを浮かべた。
 「単純だよ。怖かったんだ。怖くて足が震えて動かなかった。だから、気力を振り絞って無理にでも前に出ようとした結果があの様だ」
 「怖かった?」
 「あいつ、人魔なんだろう?」
 「知ってて戦ったの!?」
 思わず机から身を乗り出してしまった。
 「強いやつと戦えるんだ当然だろ......ってのは置いておこうか。最初、撫でられたとき感じたんだ。ねこさまの魔力は限りなく人に似せてあったけど、違和感があった。『もしかしたら、人ではないのかもしれない』ってね。実際に戦って確信したよ。ねこちゃまは人魔だって。ただ奴は格が違った」
 「えっ......でも、ねこさまは人魔の力をほとんど使えない下級の人魔よ?」
 ターコイズ叔父にとりついていた人魔もはっきりと『下級』と公言していた。黒猫紳士は人魔としての膨大な魔力を持つもののその使い道はなく、人以上の力は使えない。少なくとも黒猫紳士は人魔固有の力を旅の中では使わなかった。
 そう、スピネルは説明したがエイルは首を横に振った。
 「違うんだ、スピネル。ねこちゃまは確かに敗北覚悟で必死に戦ってた。でもわっちにはあいつを追い詰めているっていう感覚は皆無だった。全く底が見えないんだ。神話級の化け物を相手取っている気分だった。あの杖もただの杖じゃない。いくつもの機能をあわせ持つ上に魔力......即ち精神力を硬度に変える特性を持つ特注品。今まで人魔を含めた猛者どもと戦ってきたわっちだからこそ言える。スピネル、奴は異常だ。黒猫紳士には気を付けた方がいい」
 黒猫紳士は化け物じみた体力を除いて人の範疇を越えていない。他の人魔のように町一つを軽く壊滅させるような力はない。治癒能力も軽い怪我を治す程度で脅威には値しない。だからこそ、スピネルは黒猫紳士を下級の人魔だと決めつけていた。
 しかし、黒猫紳士は退治されずに封印されていた。スピネルの祖先が世代を跨いで厳重に封印を守っていたからだ。本当に人並みの力しか持たないのであればとっくの昔に退治されている。途方もない時間と労力を払ってでも封印したかった理由が黒猫紳士にはあるはずだった。
 「関係ない」
 「えっ?」
 でも、スピネルにとってそんなことはどうでもよかった。あるときは気軽に声を掛け合う友達。あるときは同じ親に育てられた兄妹。あるときは色んな知恵と想いを授けてくれる父。あるときは愛情で優しくわたしを包み込んでくれる母。また、あるときは命を懸けて守ってくれる騎士なのだ
 そして何より、両親を失ってこの世の全てに絶望したスピネルに生きる意味を与えてくれた、たった一人の大切な人なのだ。もし、黒猫紳士がいなければわたしは人魔になっていたかもしれない。
 スピネルは黒猫紳士のことを考えているとき、気づかないうちに笑みを浮かべていることに気づいた。
 「エイルさん、ねこさまは大丈夫。ねこさまがどんな力を持っていようと関係ない。彼は人類に牙を剥いたりしない。少なくともわたしは......そう、信じてる」
 それに、わたしにはご先祖様が残してくれたキリフダがあるから。
 「ま、あんたの目が黒いうちは大丈夫そうだね」
 エイルはスピネルの表情から察したらしく、二ッと白い牙を口から覗かせつつ微笑んだ。
 その後、スピネルとエイルは情報交換をすると共に価値観のすり合わせをした。エイルは『闘い』に関する価値観を除けばスピネルや黒猫紳士の感性に近く、黒猫紳士が目覚めた時には二人とも密に打ち解けているのだった。