高二 机に突っ伏す 短編小説
高二 一週間目
僕は机に突っ伏していた。具合が悪いわけではない。
「どうしたの?」
「大丈夫。少し調子が悪いんだ」
よりにもよっていつも通りか。スピネル、今一番会いたくない人だった。おそらく彼女は胸に黒髪を揺らしながら話しているんだろう。
「今日の新入生歓迎会の劇、どうだった。わたし、かなり不安だったんだけど」
「すまん、今は話す気分じゃないんだ。劇はよかったけどな」
さらさらと髪の毛が揺れる音が聴こえたような気がした。
「そっか……悪いことしちゃった」
あれ、よく考えたら普通髪の毛の音って聴こえるはずかない。僕は地獄耳を持っているわけでもない。
耳元に規則正しく暖かいものを感じる。何か変だ。でも今は顔をあげるわけには行かない。耐えろ僕!
「ありがとう」
チョコレート並みに甘い声にどきりとした。しかし、僕は机に頭をくっつけたまま微動だにしなかった。
「フフッ……、なかなかしぶとい。あ、ちょっと山田(さんだ)君!」
「スピネルどうした?ちなみにそこに寝ているのは生物君か?」
昨日一緒に漢字テストで居残りした戦友の声がした。今日も確かおかっぱヘアに第一ボタンを意味もなくはずしているはずだ。
「……だよなぁ~。化学の力で何とか行けるか?」
「あ、そうそう直接触れるのはなしね。くすぐったら一発だから」
あれ、変な方向に話が進んでいないか。っていうか化学の力ってなんだ?
「ウククッ!ごめんな、スピネルの願いとあらば動かざるを得ないんだ」
「おい、笑いに震える声じゃ説得力ゼロだぞ!」
ビリビリッ!
「ウヴァ!」
体が一瞬びくついた。強烈な痺れが僕のこめかみに伝わった。
「静電気発生機。効くと思ったんだけどな。まさか耐えるとは」
この化学のも申し子め!家庭の医学で蝋人形にしてやろうか!とは口に出さなかった。
「スピネル、こいつ、我慢強いぞ。現代化学じゃどうにもならない!この生物やろう!」
「あぁ、山田くんことサンダーの最終兵器が!」
スピネル、どういうあだ名の付け方してんだ!っていうかあれが最終兵器?
ドンッ
「痛って。スピネル、指が」
サンダーのいかにも『痛みに耐えてますよ』的な小声が聞こえた。
「大丈夫!山田くん!指舐めてあげようか?」
さらに聞き捨てならないスピネルの小声。
「おい、やめろ、正気か?学校だぞ?化学的に説明つかない」
化学的ってなんだ?
「いいのよ。怪我をしたときはお互い様でしょ」
「まてまて、近寄るなぁ!」
「いいじゃない。これで痛みはおさまるし。男の子だったら嬉しいでしょ、指舐め」
二人の足音がかたかた聞こえる。
耐えろ、耐えるんだ僕。小声なのが演技っぽいと心を沈めるんだ。そうだ!生物学的に考えろ。唾液には消毒作用があって古来からやられてきた治療法なのだと!
「どうした、サンダー、スピネル。そういうことやるんだったらトイレでしてきたほうがいいぞ。『トイレ掃除中』の壁紙のコピー貸してやるから」
何でそんなもんもってるんだ、赤崎。っていうかこのタイミングであいつって!
「違う!」
二人の声がぴったり合った。お前らそんなに仲がよかったのか!?
「……なるほど。オレに任せておけ」
やばい、赤崎が来る!僕のすぐ隣まで足音が近づいてきた。
「この会話は決して二人には聞こえてないし、話しもしない」
「ん?」
「お前さ、劇のスピネルに惚れたんだろ」
「!」
「痛いほどその気持ちよくわかるよ。先生ですら『おおっ』て声をあげていたもんな。きっと今のお前は顔を真っ赤にして人には見せられない状態なんだろう。スピネルへのやや興奮した口調、あえて耳を腕で隠しているところからも用意に想像がつく。オレも今スピネルが隣にいてとても緊張しているんだ」
図星……って言うか洞察力鋭すぎて冗談抜きで笑えないんだが赤崎!しばらく黙っていよう。
「そこでだ、オレのスマホの中にはさっきの劇中での姿の画像、つまりドレス姿のスピネルが眠っている。写真部にお願いして撮ってもらったものだ。当然LINEにも流していない」
!!
「今起きてくれたらこれをメールで添付する。さらに顔が赤いことに関して、都合のいいような説明もあの二人にしよう。オレはスピネルとサンダーの信用を得られる。お前は恥ずかしい思いをせず、さらにスピネルの超レア写真が手にはいる。お互い悪い話じゃあないはずだ。頼む。今!お前の力が必要なんだ!」
スピネルの写真?赤崎が言うなら本当だろう。気にはなる。どうしよう。赤崎の頼みだし、でもここで顔をあげたら負けたみたいになるし。でも気持ちを汲んだ上で誤魔化してくれるし。アアアア!!
「なんか生物君がうなってるなぁ」
「何を話したんだろう?赤崎君。でもさすが。わたしたちより追い詰めているみたい」
「よしっ!のった!!」
僕はガバッと顔を上げた。すると赤崎の姿はなく、変わりに驚くスピネルとサンダーの顔。これは?
「あれ、赤崎は?」
「赤崎君、次の時間移動だって教室戻っちゃったよ」
スピネルの一言で赤崎の底知れぬ実力を思いしった。
キーンコーンカーンコーン
「あっ、チャイム鳴った」
とスピネル。
「やべ、俺挨拶しなきゃ」
と山田(さんだ)。
「負けた。あと一歩だったのに……って勝負した覚えないぞ!」
「それじゃ、約束通りジュース奢りね(な)」
「いつそんな約束したっけか!?」
ん?スマホのが震えてる。
from:赤崎
題名:さっきは楽しかった。漢字テスト頑張ってな
添付:Spinel_qute.pmg
……ああ、忘れてた。