もう一人のシンデレラ 上
昔々あるところに娘とたいそう美人なおばがいました。娘のお母さんは出稼ぎのために家にいませんでした。お父さんも意地悪なおばが家から追い出してしまいました。
おばさんは自分が嫌いだったお父さんの子供である娘が気に入りません。
「まあ、なんと憎たらしい。忌々しいその手、その足、その顔!みんなわたしの娘をだめにしたあの男のものだ。ああ忌々しい!」
おばはつらい仕事をみんな娘に押し付けました。
それに加え娘は布団で寝かせてもらえず押入れで寝かされ、着る服はぼろぼろのつぎ当てだらけです。その上ことあるごとに娘に体罰を与えていました。
おばは娘を「気高い宝石の偽者」という意味をこめ、スピネルと呼びました。
ある日の事、お城の王子様がお嫁さん選びの舞踏会を開くことにしました。シンデレラのおばにも招待状が届きました。
「わたしにも招待状が届くなんて、王子様はわかっていらっしゃる!」
おばは大はしゃぎです。
そんなおばの仕度を手伝ったスピネルは、おばをにっこり笑って送り出しました。
それからスピネルは低いうなり声をあげました。
「ああ、わたしも舞踏会に行きたい。わたしも王子様にお会いしたい。なぜわたしはだめなの、なぜ行けないの?」
でも、スピネルのぼろぼろの服では、舞踏会どころかお城に入ることも許されません。スピネルは長い間静かに涙をこぼしました。
絶望に打ちひしがれていると、どこからか声がしました。
「泣くのはおよしなさい、スピネル」
「誰?」
すると、スピネルの目の前に年老いた魔女が現れました。
「スピネル、あなたはいつもお仕事をがんばる、とてもよい子だねえ。その後褒美にわしが舞踏会へ行かせてあげよう」
「本当に!!」
「本当だよ。ではまず、スピネル、家から木箱を持ってくるんだ。どんなものでもいいよ」
スピネルが家から手のひらに乗るような小さな木箱をとってくると、魔女はその箱を魔法の杖でたたきました。
すると木箱はどんどん大きくなり、漆黒の馬車になりました。
「うわあ、すごい!」
「まだまだ、魔法はこれからだよ。馬車を引くには、馬が必要ね。おお、そのスズメ、スピネルになついているようだね」
魔女が魔法の杖を一振りすると、スズメは翼の生えた馬となりました。さらに魔女は魔法を使ってトカゲをお供と御者に変えました。
「スピネル、舞踏会へ行く仕度ができたよ」
「でも、こんな服じゃ・・・・・・」
「あああら、忘れていたわ」
魔女が杖を一振りすると、服は黒真珠のような輝きを帯びた美しいドレスに変わりました。
そして魔女は小さくて素敵なガラスのクツもくれました。
「でも、わしの魔法は夜の12時までしか続かないから気をつけるんだよ」
「ありがとうございます。でも、もうすぐ舞踏会が始まってしまいます」
「大丈夫だよ。その馬は空を駆ける。普通の馬よりも何倍も早い。さあ空へ飛び立つんだ、スピネル!」
お城の大広間、その真ん中に王子様はいました。スピネルは何かに惹かれるように王子様に近づいていきました。そして王子様もスピネルに気づき、目が合いました。一瞬の出来事でしたが、スピネルにとっては永遠にも感じられるような幸福な時間でした。
しかし、大広間が突然しーんと静まり返りました。王子様は何が起きたのかと、スピネルから視線をそらしてしまいました。そして、王子様の視線がぴたりととまりました。
王子様の視線の先にいたのは、とてもきれいな人でした。純白のドレスに身を包み、スピネルと同じガラスの靴をはいているお姫様。年をとった王様でさえその美しさに驚きました。みんな踊るのも、バイオリンを弾くのも忘れて絶世の美女を見つめるしかなったのです。そう、シンデレラです。大広間はシンデレラの美しさに静まり返ったのでした。
しばらくしてひそひそと声がし始めました。
「どこの国のお姫様だ?」
「あんなすばらしい人見たことない!」
王子様は呆然と立ちすくむスピネルを無視して、ゆっくりとシンデレラに近づいてゆきました。
「ぼくと、踊っていただけませんか?」
シンデレラはダンスが上手でした。ひと時も王子様の手を離しませんでした。
スピネルは自分が泣いていることに気がつきました。でも、なぜ自分が泣いているのかわかりませんでした。スピネルは耐え切れなくなり、舞踏会を抜け出しました。
急いで馬車に乗り、家まで戻り、いつものようにつらい仕事をこなすのでした。