フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

夢見る機械(完全版) ~後編~

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5.最深部

5.1 取り残された者

 「セレア、セレア!」

 「のじゃ!」


 なにがなんだかわからない。明かりがないので、本当にわけがわからない。目を凝らすと、どうやらすすけた部屋に仰向けで横たわっているらしい。地面がざらっとしている。どうやら燃えカスが積み重なっているらしく、すこし体を動かすだけで黒い煙がたった。
 とりあえず、立ち上がってみた。四肢に異常はない。頭がすこしガンガンするが特に問題なかものろう。遥か彼方に光る水晶体が浮いている。
 埃を払っていると今にも震えた声でタニカワから連絡がきた。固い表情を装っているが、目に涙を浮かべている。


 「セレア、よかった......本当によかった」

 「待て待て! 泣くのは卒業式まで勘弁じゃぞ!」

 「......すまない。老けてから涙もろくなってね」


 不安げなタニカワに満面の笑みを送る。タニカワは安心した様子で、涙を拭き取ると、いつもの冷静な声に戻った。


 「セレア、君は量産型エアリスのうち一機の爆発に巻き込まれ、気を失った。爆風はすさまじく君は木っ端微塵に吹き飛ばされたみたいだ。でも、君の体は単純な衝撃にたいしてなら非常に強い。数分ほどで肉体は修復された。爆破されてから大体10分程度経ってる」

 「え、それだけか?」

 「どういうことだ?」

 「わらわは吹き飛ばされてから、長いこと......そうじゃな、夢を見ていた」

 「夢? どういうことだ?」


 わらわは先程の夢の内容をざっと話した。すると、タニカワは驚いた様子で言った。


 「スミレ?! たった今、スミレの親から電話があったぞ。彼女は今朝交通事故にあって仮死状態になっているらしい!」

 「のっ、のじゃあぁ!?」


 スミレ。わらわはあの紫色の髪の毛を揺らして、猫耳をピコピコさせながら首を傾ける姿が浮かんだ。彼女が仮死状態だったということですら信じがたいのに、同じく死にかけてたわらわと同じ夢を見た。
 わらわは帰ってきた。けれども彼女はまだ、町に取り残されている。


 「タニカワ、スミレのご両親に......よろしく伝えておいてくれ」

 「わかった。こちらで作業しているフリをしながら連絡しておく」


 ふう、と二人のため息をつく声が被った。


 「大分パートナーらしくなってきたのぉ」

 「ああ、私も君と大分にてきたようだ。フフッ、同じ部屋にいるバックアップがみんなして切羽詰まった顔をしている。早いとこ仕事を済ませよう。そうすれば今日中にスミレを見舞うこともできるはずだ」

 「わかった。とりあえず、もう一度シンボルに言ってみるのじゃ」


 わらわは暗い通路をシンボルに向かって一直線に飛んだ。道中、何か銀色に煌めくものが転がっていた。警戒しながら近づいてみると、それはわらわが先程倒したエアリスだった。氷づけだったのが幸いしてほぼ無傷で機能停止している。わらわと違い左目に切り傷はない。


 「これはハッキングできるか?」

 「試してみる。......お、今度は完全にいけたぞ。自爆システムも解錠」

 「よし、とりあえず、この先に道がないか探索してもらえるかのぉ」


 操ったエアリスは、わらわが言葉を言い終わる前に、勝手に部屋の突き当たりまで歩いていった。半円形の行き止まりだ。その中央にワースシンボルが浮いている。ステンドグラスはすべて吹き飛ばされてしまったらしい。床や天井と同じくすすで真っ黒だ。
 エアリスは空中に浮遊する正八面体の結晶に触れる。すると、突き当たりの壁がスライドして開いた。


 「政府の地図にはなかった。恐らくこれがライン・N・スペクターが論文で発表していた、ワースシンボルの最下層だろう......もう一機もハッキング完了」

 「どうやら皆がワースシンボルと認識していたのは単なる扉の鍵だったようじゃ。札を貼ってもなにも起こらん。進むしかなさそうじゃ」


 エアリスと共に次の部屋に侵入する。円形の部屋だ。壁に大理石でできたやたらとおしゃれな柱が等間隔に配置されており、柱と柱の間にまたしてもステンドグラスである。


 「おおっ! なんか壁がすごいことになってるのじゃ!? さっき目の前にあったステンドグラスがなんか遥か上にあるぞ!?」

 「壁が上がってる!? いや、私たちが降りてるんだ。恐らくこれは巨大なエレベーターだ」


 音もなく静かに沈んでいくエレベーター。この先に何があるのか冗談抜きで想像もつかない。


 「セレア、呪詛の濃度がすごい勢いで上昇している。恐らく、旅の終点に近づいているんだろう」

 「そのようじゃな。最後間で頼むぞ、タニカワ」

 「君はいつから呼び捨てにするようになったんだ? 仮にも生徒と教師。距離感は大切に」

 「おっ! ついたぞ! 扉が開きそうじゃ......タニカワ、なんか言ったかの」

 「なんでもない。いくぞ、セレア」


5.2 ガラス、塔、残骸

 扉から一歩外に出ると、そこは異世界だった。
 まず床がおかしい。ガラスで作られている。何かをコーティングされているらしく、キラキラと瞬いている。どうやら、高濃度の呪詛に長い時間さらされても大丈夫なようにコーティングを施されているようだ。空を見上げる。黒い空間には、緑色を基調に複雑な光を放つオーロラが見える。奥には工場で見られるような塔がいくつかそびえ立ってる。塔の最上階を探そうと努力するも、果てしなく高いらしく、わはわの場所からはまったく見えなかった。わずかに金属が焼けるような不快な臭いが漂っている。
 この床は各々の塔を繋ぐ連絡橋らしい。数十人はわたれそうな幅だが、手すりのようなものは一切ない。
 

 「セレア、ここはカルマポリスの最終防衛ライン、ここを突破されるとカルマポリスは陥落する。つまり、一番兵力を集中させている場所だ」

 「最後の難関ってやつじゃな」


 ガラス越しに深淵を覗く。下の方に光る点を見つけた。一瞬太陽に見えたが、目を凝らすと溶岩だということがわかる。
 セレアが歩みを進める。すると、グシャ、という嫌な感触がした。床をみると銀色の水溜まりがいくつもある。さらに奥をみるとアンドロイドの義肢と思われるものがいくつも転がっており、銀色の水溜まりに写り混んでいた。ゴォーっという何かが動くおとが時おり聞こえてくる。不気味な静けさのなか、エアリス二機を前にしてわらわが進む。
 カツンという音に続いてコロコロという音が響きわたった。仲間のエアリスがネジかなんかを蹴ったらしい。


 「誰かが先に全部破壊したのか......」


 残骸だけが残る道を慎重に歩んでいく。やがて柱のうち一つにたどり着いた。柱の回りをぐるりと円形のガラスの板で囲っており、来た道を含めて六本の道が延びていた。多分空から見上げると蜂の巣状になっているはずだ。塔には扉はなく、六本の道へ素通りできる作りになっていた。内装は非常に殺風景で金属板で作られた壁がむき出しになっている。
 わらわは地面により多くアンドロイドの残骸が転がっている方向に進んでいった。恐らくワースシンボルを陥れた侵入者が通った可能性が高いからだ。


 「不気味じゃのぉ」


 そう呟いたとき、背後に強い衝撃を受けて前に吹っ飛んだ。攻撃を受けた部分が発熱している。慌てて後ろを向き、体制を建て直す。だが、いるはずの敵がいない。さらに背後からなにか来る予感がして、空中に飛んだ。エアリスたちも攻撃を受けているらしく、冷凍銃で反撃しようとしていたが、敵の正体が掴めずオロオロしていた。
 奥の方でなにかがゴォーッと動く音。


 「セレア、床だ! アンドロイドの残骸が攻撃してきている!」


 タニカワの声を聞いて、エアリスとともに床に転がるアンドロイドの武器を破壊していく。三機六丁ものガトリング砲の発射音が耳に焼き付く。一時的に攻撃は止んだ。が、粉々になったアンドロイドの断片に、銀色の水が寄せ集まる。不気味に手足が跳ね回ったあと、また元通りに修復され攻撃を再開する。
 空を飛べばと考えたわらわは、黒い三角形の飛行ユニット展開、一気に奥へと飛ぼうとする。が、機能は正常なはずなのになぜだか飛べず、落ちる寸前で偶然そばにあったガラスの床に捕まった。
 地上戦しか手はない。わらわは攻撃を防御しつつ、ガラスの床を進む。弾の軌跡が蜘蛛の巣のように写る。360度から放たれる強烈な熱と冷気にさらされ、徐々に体が言うことを聞かなくなっていく。アルファ故に無痛ではあるものの、死の恐怖が頭によぎり、恐ろしくなる。


 「セレア、一旦仲間のエアリスの制御を外せ。エアリスに回す分のエネルギーを本体に回せば、この超重力の影響下でも飛べるようになるはずだ」


 わらわが念じると、ばたりと二機のエアリスが倒れた。同時にわらわに力がみなぎるのを感じた。
 エアリスを相手にしていた残骸が一斉にこちらを向き、攻撃を再開する。わらわはドッジボールのボールをよける要領で攻撃をかわす。戦闘の舞台が二次元から三次元に変わったために弾幕がスカスカになった。行ける! 行けるぞ! ガラスの床をけんけんぱしながら猛烈な勢いで奥に突き進んでいく。たが、


 「セレア! 三秒後、二時の方向に三十メートル!」


 反射的に体が動いていた。少し被弾したが、タニカワの指示した場所に到着......した瞬間に視界の左右に白い壁が現れて、消えた。それが敵からの超遠距離攻撃だと気づいたのは、タニカワが次の指示を叫んだあとだった。「正面雷ご! ご! なな!」着弾予測が視界の端に表示された。頭で理解する前に体を動かす。まわりに雷が5発5発7発の順で落雷した。
 わらわはタニカワの指示を信じ、身を任せる。赤い線が見えたと思ったら、その軌跡から紫色のマグマがわき出た。塔のいくつかをぶち抜く極太の光線も雨あられと飛んできた。高層建築を軽々やきつくしそうな火炎が舞い踊った。だが、そのどれもがわらわを避けるかのように動き、被弾しない。タニカワが把握し、わらわが避け前へ飛ぶ。


 「今回ばかりはでしゃばるぞ! セレア」

 「おぬしに任せる!」


 花火がそのまま兵器になったようなレーザーの群れがわらわに向かってきた。わらわは全速力で動きつつ、振り向く。大半のレーザーが空中で爆発する。わらわは煙を吹いているガトリングガンを手に変形、塔の出っ張りに捕まり鉄棒の妙技、大車輪を披露。その動きについていけなかったレーザーが塔のあちこちで爆発。その様子を確認後、目の前から来る青二本赤二本白四本の光線を、全身の力を完全に抜いて避ける。塔の爆発音が聞こえるなか、身体を液状から人の体に復元する。
 さらに奥へと進むと、おぼろげに敵の姿が見えた。小さい腕に太い足、巨大な翼。蛇のような頭。口から漏れる呪詛の吐息。


 「こいつ! ドラゴンか」


 ドラゴンが火炎を吹いた。反射的に身をよじってかわす。ガトリングガンを発射するも鱗に弾かれてしまっている。口の中にも数発当たったが、全く気にしていない。


 「カルマポリスのデータベースにあったぞ。200年前にカルマポリスにて召喚され、国そのものを破壊したとされる生物兵器だ。敵軍を倒そうと十数代前の国王が召喚したが制御できずに反逆されたらしい」

 「そんなバケモンが、なんでこんなところにいる!?」


 この手の大型兵器にありがちな持久力がない、トロい、といった弱点はこいつにはなかった。AI兵器故に攻撃に移る際に変な癖があり攻撃予測ができるが、そのうち学習され克服されるだろう。
 敵の攻撃範囲予想が視界に表示され、あわてて安全地帯まで避けた。その直後、白い光線がわらわの横を通りすぎた。どうやらドラゴンの口から発射されたものらしい。時間差でドラゴンの両翼が瞬き、その真ん中からも赤黒いレーザーのようなものが放たれる。攻撃に巻き込まれたあわれな塔は火を吹いて爆発する。当たってもいないのに皮膚がピリピリと焦げていた。続いて右腕に違和感を感じた。左手を剣に変形させ右腕をすぐさま切り落とす。落ちていく右腕は白い霜を被っている。その右腕は数秒と経たないうちに業火に襲われ蒸発。「AIに学習された......。もうこれしか手段がない」。タニカワが言い終わる前にわらわはタニカワの思考を察し、行動していた。
 ドラゴンの動きがスローに見える。唇がめくれ、鋭い歯が見えた。歯と歯の間に隙間ができる。思うよりも先に体が動いていたらしい。気がつくとドラゴンの喉奥に左手を差し込んでいた。そのままドリルに変形。無我夢中で掘り進むと光が見えた。バッと視界が開けたと思ったら、鱗の上を転がっていて、受け身をとる間もなく床に墜落。
 地面が揺れて、続いて後ろから爆風が、最後に爆発音が響いた。


 「残骸から推測するとドラゴン型の呪詛兵器だ。だが同じ兵器でも防衛用のエアリスとは違う。恐らく......無差別破壊兵器」

 「結局こいつもワースシンボルの化身か」


 体にこびりついたドラゴンの血をぬぐった。血とは言っても色は緑色であり、筋肉はどう見ても人工的なものだった。
 落ち着いて回りを見てみた。無数にあった塔の半数はヒビや穴が空いている。ガラスの橋は対呪詛のコーティングが剥げ、所々崩壊している。あちこちで火柱と煙が立ち上っており、見知らぬ人にアンドロイド同士の戦争があったと説明してもたぶん、信じるだろう。


 「攻撃予測はどうやったのじゃ?」

 「ハッキングしたエアリスからカルマポリス防衛システムに侵入した。データが兵器でひとまとめにされていてね。偶然こいつのデータを発見できた。最初は間一髪だったよ」


 ふう、とタニカワは額の汗を拭いため息をついた。こめかみを指で揉みながら話を続ける。


 「このドラゴンは、カルマポリスで最強の生物兵器として知られていた。召喚すれば全てを無に帰すと。ただ、その由来に関しては全く知られてない。召喚方法だけが今も政府に受け継がれている」


 タニカワが目薬をさして目をしばしばさせた。すると、いつもの教壇にたったときの口調に戻った。


 「そもそも、カルマポリスは200年前このドラゴンによって一度国そのものを吹っ飛ばされた経緯がある。歴史書もなにもかも一度そこで失われているんだ。だから、今ある町並みは200年のうちに再建されたもので、今用いられてる呪詛技術もそのとき残っていたものだけだ。だから、今のカルマポリス民はワースシンボルの技術に関してほとんど知らない。それどころか、最近までエアリスの存在すら知られてなかった......っていうかセレア、テスト範囲だぞ」

 「すまん、寝てた」

 「堂々と言うことじゃない。......この様子だと帰ったら歴史の補習だな」

 「わらわは歴史を勉強するよりも作る方が向いてるのじゃ!」

 「君が歴史を作ると、補習の暗記内容も増えるぞ?」

 「のじゃ!?」

 「......まあ、とりあえず少し休みなさい。このままずっと戦い続けていたら、いくら体が機械とはいえ限界を越えてしまう。無理はよくないぞ。とりあえず、右腕を床にある銀色の水溜まりで修復しよう。恐らく使えるはずだ」

 「わかった」


6.つかの間の休息

 ハァー、とため息をついて地べたに座り込んだ。ひんやりと固い感覚がわらわに伝わる。
 百メートル走をしたあとのような強烈な脱力感がわらわを襲ったのだ。ここまで疲れたのは正直はじめてだった。機械の肉体を持つのに「疲れた」というのも変な話だが感じてしまうのだからしょうがない。


 「記憶の方はどうだ? 夕焼けの町で一度忘れかけたんだろう?」

 「ああ。大丈夫じゃ」

 「じゃあ抜き打ちテストするぞ?」

 「のじゃじゃぁ!?」

 戦い疲れたぼんやりとした頭で思い浮かべる。ことの始まりは多分、スミレだった。頭の右側が機械なうえ、やたらと長い袖の白衣。そんな変態的ファッションセンスを誇るライン・N・スペクター。が、わらわはそいつのワースシンボルの内部に関する情報やハッキング技術に助けられてここにいる。複雑な気分だ。


 「ハハハッ。では第一問。私の臨時授業の内容は?」

 「本当に始まりおった!? えっと、カルマポリス国が妖怪国家で、あれ、ワースシンボルに依存してて、って話があったんじゃっけ?」

 「大体あってるよ。妖怪は呪詛を使えるが、この国の妖怪はシンボルのエネルギーがないと使えない。生活用品の大半もワースシンボルに依存してるんだ。それで、そのワースシンボルが何者かの呪詛によって機能低下を起こしている。困った国は君にお札による解呪を依頼した。そこで第二問、なぜ国は君に依頼したんだい?」


 わらわは自分の胸に手を突っ込んだ。ヒラヒラしたものに手が当たったので、それをつまみ取り出す。もちろん摘まみ出されたのは白いお札だ。からだが液体金属でできているわらわならではの仕舞い場所だった。手に持っていたりしたら恐らくあのときのエアリスの自爆で消え去っていただろう。
 お札のはしっこをつまんでペラペラ揺らしてしてみる。揺れるお札を見ているうちに記憶が少しずつよみがえる。


 「えっと、まずワースシンボルの中は呪詛の濃度が高すぎて生き物は入れない。それで、アルファであるわらわが選定されたんじゃよな。......わらわの生活を人質にとって。それで、わらわは国に利用されるのを覚悟で引き受けた。同盟国ドレスタニアのガーナ元国王に後押しされてな」

 「それにしても、よくあのガーナ元国王を説得できたね」

 「ああ。ガーナ元国王にわらわが仕事を引き受ける本当の理由を話したんじゃ」


 あのとき泣いたのはよく覚えてる。わらわは居場所がほしいとあやつに伝えた。化け物扱いはもうたくさんだ、と。そのためには国の指示に従わねばならぬことも伝えた。だがガーナ元国王は、このまま人の言うことに流されてたら、一生機械兵器のままだと断言した。
 わらわはそれに対して、自分の居場所を作るために戦うと答えた。
 わらわは国に反逆し、自分が兵器であったことを学校で打ち明けて、真の居場所を作る。そのためにはこの国を救うことがまず第一にあった。まずはみんなに、わらわが兵器ではなくカルマポリスの平和を望む一国民であることを知らしめなければならないからだ。


 「......詳しくは聞かないことにしておくよ」

 「ああ。その方が助かる」

 「それにしてもあのとき、ガーナ元国王がスペクターのハッキングディスクを持ってたのは幸運だった。あれがなかったら今ごろどうなっていたか」


 そして、今回引き受けたのにはもうひとつ理由がある。わらわはタニカワという居場所を失いたくない。そのためには一度政府の要求を呑む必要があった。
 わらわは自分のからだの一部で銀色のボールを作りお手玉を始めた。こうするとなんだか心が落ち着く気がする。


 「第三問、そのあと私たちは政府の役人からワースシンボルに関する資料をもらった。だが私はその他にライン・N・スペクターの資料も調べておいた。この二つの資料の決定的な違いは?」

 「政府のはワースシンボルの結晶に関してしか載ってなかった。じゃが、スペクターの資料には機械の夢......あの夕焼けの町について載っていたのじゃ」


 通信が面越しにタニカワがうなずいた。この調子なら次の社会科のテストは満点いけそうだな、とわらわは思った。


 「そうだな。そしていざワースシンボルのなかに侵入すると防衛システムが暴走していて、侵入者と勘違いしてセレアに襲いかかった。アンドロイドは見当がついていたが、まさかエアリスとはなぁ......」

 「一体でも町ひとつ制圧できる位強いのにそれが三機ってひどすぎじゃろう」

 「それに平然と対応するセレアもセレアだけどね」

 「主がハッキングしてくれたお陰じゃよ」


 わらわがエアリスだった時のことはよく覚えている。なにも考えず、大人に言われるがままに破壊の力を振り撒いていた。液体金属の体は怪我をしても痛みはなく数秒ですぐに元通り。だから人を傷つけることへの抵抗感が全くなかった。空を飛び、上空から一方的にガトリングガンで相手を蹂躙する。......吐き気がしてきた。思い出すのはとりあえずやめよう。


 「ワースシンボルの結晶の前でエアリスの自爆に巻き込まれたわらわは夕焼けの町の夢を見た。それはスペクターの資料にあったものと一致した。その夢の中で死んだはずのアーティストやスミレにあったんじゃ。あれは驚いたのぉ」

 「アーティストは故人、スミレは仮死状態。二人とも限りなく死に近い存在だった。そしてセレア、君も仮死状態だった。恐らく、あの町が死に関係のあることは間違いないだろう」

 「じゃな。結晶が納められていた聖堂もそう考えると納得できそうじゃ。......最初に夕焼けの町のことを話したときのタニカワの顔、面白かったぞ。嘘じゃないのはわかってるけど、それでも信じられないっていう微妙な顔をしておった」

 「フフ。あんな話をされたら誰だってそうなるよ。存在しない町で死んだアーティストのサインをもらったなんて、できの悪いおとぎ話のように聞こえる。......おとぎ話ならよかったんだけどな」


 そういえば、あのワースシンボルとされていた結晶は結局なんだったのだろうか。
 巨大な塔が立ち並ぶ広大な地下空間を見渡す。これを見る限り、あの結晶に大きな意味があるとは思えない。恐らく本体を隠すための飾りだ。でも、誰がなんのためにこの空間を隠しているのかはまるで見当がつかない。


 「それで夢から覚めた後、ハッキングした二機エアリスのお陰で最下層へと続くエレベーターを発見したんじゃ」


 わらわはいつのまにか隣に座って待機しているエアリスを見ながらそう言った。相変わらず無表情だった。......そういえば彼女たちは指示もしていないのに、呪詛さえ供給すれば勝手についてくるようになっていた。まあ害はないから別にいいのだが。
 よくよく視線をたどると、わらわのお手玉をじっと観察しているようだった。ためしにボールをひとつ作り、彼女らに投げてみた。するとキャッチするやいなや超高速でお手玉を始めた。あまりの速さにボールの残像が見える。


 「それでこの意味不明な空間にたどり着き、訳のわからぬドラゴンを倒して、今に至ると。......タニカワ、あのときのアドバイス本当に助かった。あれがなければ死ぬところじゃった」

 「役に立てて本当に嬉しい。君が最大限に実力を発揮できるようにサポートするのが私の役目だからね。セレアもよく頑張った。辛くても弱音を吐かず前を見て、それで......」

 「それはそなたが一緒に支えてくれたからじゃ。タニカワがいたからこそどんなに辛いことでも耐えることができた。諦めそうになってもそなたが鼓舞してくれたから立ち上がることができた。どんな化け物にも恐れずに立ち向かえた。全部タニカワのお陰じゃよ」

 「勉強にもその意欲をいかして欲しいな」

 「それだけは勘弁じゃ」


 ハハハと二人で笑いあった。この間まで学校に通っていて毎日笑っていたはずなのに、ずいぶん久しぶりに笑った気がした。
 しばらく二人でしょうもないことを話した。行きつけのシュークリーム屋に新しくシューアイスが発売されたとか、生徒のナンパが困るとか、色々だ。こうしてタニカワと会話していると、気持ちが安らぐ。
 回りを見渡しても、ガラスの床と塔しかない。しかも光源がないのに視界ははっきりとしている。わけがわからない。この異様な空間がわらわを不安にする。ここまできたら後戻りすることもできない。かといって先に進めば今以上に激しい攻撃がわらわを襲うだろう。すぐそこにある塔からウェディングドレスを着た敵が現れて、わらわの命を狙ってくるかもしれない。天からまたあのドラゴンが奇襲を仕掛けてくるかもしれない。それに作戦が例え成功したとしても無事に帰れるかどうかはまた別問題だ。
 ......そんな絶望的な状況でも、大好きなタニカワの笑い声を聞くだけで立ち上がれる。画面越しでもいい。彼の微笑みをちらりと見るだけで、いや、もはや思い出すだけでもわらわの内側から力がみなぎりまくるのだ。


 「はぁ。話すこともなくなってしもうたのぉ」

 「......私に伝えることがあるんじゃないか?」

 「んん?」

 「ガーナ元国王から、言われてるんだ。セレアから重大な知らせがあるから、真摯に受け止めてほしいとね」


 あんの王様め! 余計なお節介おぉぉぉぉぉ!!!


 「なんだい? セレア、言ってごらん。君が何を言おうと受け止めてあげるから。ここを逃したら、二度とチャンスは訪れないと思う」

 「わかった」


 わらわは意を決した。どのみちいつか打ち明けなければ後悔する。


 「タニカワ、お主のことが......その、な。あれじゃ......」

 「ああ」

 「あの......あれなんじゃ」

 「ああ!」


 タニカワは真剣な眼差しでわらわを凝視している。


 「今まで出会った中で最高の教師だと思っておる」

 「ありがとうな、セレア。教員としてこれ以上ない誉め言葉をありがとうな! 今度なにかおごるよ。忘れないようちゃんと覚えておくんだぞ」

 「えっ、本当か! わらわ大食いだが大丈夫か?」

 「機械なのに大食い!?」


 やってしもうたぁぁぁ!! チャンスが水の泡! あ、いや、二人で食事できるだけましか。いやでもちがあぁぁう!!


 「まっ、まあよい。進むぞ、タニカワ」

 「ああ。......奥にでかい建物が見えるだろう」

 「あれか」

 「あの巨塔が恐らくワースシンボルの本体だ。空間における呪詛の密度が一番高い。この旅の終着点......」


7.真実

 一番奥に一番太く長い塔がそびえ立っていた。塔に色々と装飾がなされているようだが、ここからだとよく見えない。
 それよりも、わらわとタニカワ教授は塔の前に寝ている人影に集中していた。袖があまりにも長過ぎる白衣に上半身裸という危ない格好をしている。そいつが、まるで自分の部屋にでもいるかのように肘で枕を作ってねっころがっていた。そして、まるでお菓子をつまみ食いするかのように、片手で皿の上に盛られた大量の薬用アンプルのうちひとつを吸っている。もう片方はテレビのリモコンを握っていた。
 彼の周囲にはテレビの他に冷蔵庫やラジオ、コンピュータ、持ち運び可能なガスコンロ、雑誌、目覚まし時計、タンス、買いだめしておいた水のタンク......、とにかく生活に必要なありとあらゆるものが手の届く範囲に置かれていた。
 呆然とするわらわ。


 「おっ、ようやく来たようだな。いらっしゃい。仮住まいだがゆっくりしていってくれ」


 テレビを止めて、むくりと起き上がり、あくびをしながらスペクターがこちらに向かってくる。わらわははっとして身構えた。しかし、スペクターがカップに入ったコーヒーを差し出したのを見て構えを解いた。


 「ミルクと砂糖使うか? ああ、それ呪詛を抽出し粉末にして、コーヒーにまぶしたものをお湯で溶かしたやつだ。インスタントコーヒーと言う。呪詛がいい保存料になってね。便利だろう? 粉を溶かすだけでコーヒーが飲めるんだ。ああ、折り畳み式の椅子を出そう。地べたに座るのはワタシだけでいい」


 自慢げに笑ったのは、スミレの雑誌にのっていたあの科学者。ハッキングシステムを造り上げ、ワースシンボルの真実に最も近づいた人物。そんな大天才が布団に座り込んだ。


 「ワタシの名前はライン・N・スペクター。よろしくな。おっと緊張しなくていい。楽にしてくれ」

 「よっと。わらわはセレアじゃ。ご丁寧にありがとう」


 あまりにも滑稽な状況だった。地べたに座ってあぐらをかくスペクターと、がっちりとした業務用の椅子に腰掛け、足をぶらぶらするわらわ。タニカワはどうやら成り行きを見守ることに決めたらしい。
 スペクターの黒い長髪が床につきそうだが、気にする様子はない。彼はふわぁ、とあくびをしてから自分の機械化されて金色に輝く右頭部をガリガリと掻き、世間話でもするようなノリで話し始めた。


 「高濃度の呪詛に対応するのは正直骨が折れた。わざわざ自分の体を人間から妖怪に改造してようやく対応できたのだ。まあ、どのみち近々やろうと思っていたことだし、貴重な研究データも得られて後悔はしていないがな」

 「妖怪から人間に改造!?」

 「もともと呪詛を吸収する特異体質でね。実験のために大量に呪詛を浴びてたら、いつの間にか遺伝子レベルで妖怪の体になっていた」


 驚くわらわを気にも止めずにドラッグカプセルをボリボリと頬張るスペクター。声は意外なほど渋く、よく通る声だった。


 「防衛システムはどうやって突破したのじゃ?」

 「君が持っているハッキングシステムよりも上等なものをワタシは持っている。侵入するのは簡単だったよ。誰とも戦わずここまできた。もっとも、そこまで優秀なシステムを作るのに年単位で時間がかかったが」


 スペクターは棚から雑誌を一冊引き抜いた。パラパラとめくり、ページとページの隙間に挟まっていた、きらきら光るドーナッツ状の円盤を取り出した。


 「君にあげよう。役に立つはずだ」

 「おっ、ありがとうな。ところで、ワースシンボルがイタズラされてるみたいなんじゃが......」

 「ああ。それはワタシがやった」

 「はぁ!?」


 驚いた。スペクターは私利私欲で動くような人間ではない。これまで彼の足跡を調べていけば容易にたどり着く真実だった。少なくともカルマポリスの破滅を願うような人物ではないはずだ。


 「ちょっとまて、お主の目的は?」

 「まあ、簡単に言えばワースシンボルから国民を解放することだ。ワースシンボルは一般にはただ結晶からエネルギーが生成されていると信じられているが本当はそうではない。実際には妖怪の魂のエネルギーを抽出して放出している。みろ、これがシンボルの正体だ」


 スペクターが塔の上部を指差す。そこには上端と下端にホースが繋がれたガラスの筒が、規則正しく貼り付けられていた。中は緑色の液体で満たされ、中央に光る何かが浮かべられている。それが塔をベルトのようにぐるりと一周しており、さらに同じものが何十列も見えなくなるまで続いていた。恐らくこれがワースシンボルの本体なのだろう。


 「カルマポリスで死んだ妖怪の魂はワースシンボルに取り込まれ、容器に収納される。そして現世で生きた年数と同じ年数、魂の力を吸いとったあと現世に転生させる。そして現世で生きている間に妖怪は魂の力を再び貯めるのだ。死んだらシンボルに戻る。その繰り返しだ」

 「そんな!」


 わらわは信じられないといった表情でスペクターを見つめた。スペクターはまったく動じていないようで、顔の左側頭部から後頭部にかけて装着された金属の板をカツカツと叩いた。さらに、その板から延びている赤色のコードと青色のコードを指でなぞる。耳の裏までたどりつくと、何かを締め直した。何を締めたのかまではここからでは見えない。


 「じゃあ、まさか......ワースシンボル本体を捜索した機械が言うとされる、夕焼けの町の正体は!」

 「ここで発呪している妖怪の魂、その精神はワースシンボルの作った幻影の世界で管理される。反逆できないようにな。君が迷い混んだのはその精神世界だ。どうやらワースシンボル内で意識を失うと、死んでいるいないにかかわらず幻影の世界に精神が引き寄せられてしまうらしい」


 あわててタニカワ教授の顔を見た。


 「だが、スミレは生きておるじゃろう......?」


 わらわの疑問に対してすぐさまタニカワ教授が答えた。


 「セレア、さっきも言ったように今朝スミレは交通事故に会って仮死状態のままだ。仮死状態も死に含まれるのであればスペクターの説明と矛盾しない」

 「バカな、これを信じろというのか......」


 わらわは自分の記憶に刻まれたアーティスト、カサキヤマのサインを思い出した。明らかにあれは本物であり、模倣品とかではない。......すでに当人は死亡しているのにもかかわらず、だ。


 「当然のことながら魂の力は転生前に消費されてしまう。最初から魂の力を使い果たした状態でカルマポリス国の妖怪は生まれるのだ。だから呪詛をエネルギーに頼らなければ発動できない。呪詛を低コストで運用するには、カルマポリス国で暮らす以外に方法はない。必然的に国民は国にこもりがちになる」


 人々を支えているはずのワースシンボルが実は人々を国に縛り付けていた。その事実にわらわは動揺を隠せなかった。ワースシンボルへの評価が180度変わってしまったのだ。人々に繁栄をもたらす夢のエネルギーが、実は人の魂をもてあそび国を衰退させてしまう悪夢のエネルギーだった。自分の常識がガラガラと音をたてて崩れていく。夢であるなら覚めてほしかった。
 ちなみに常識を破壊した張本人はわらわが飲み干してしまったコーヒーのおかわりを注いでいる。


 「そして、毎回同じ人が転生を繰り返しているために、同じ歴史や過ちを繰返し進歩しない。この影響でカルマポリス国は時代の流れについていけず緩やかに衰退している。この負のループを止めるにはワースシンボルを破壊するしかないわけだ。ワタシはこの国がまがいなりにも好きだ。こんなところで終わらせるわけにはいかない」

 「他の人に相談はしなかったのか? 他に手はなかったのか?」


 静かに語るスペクターの言葉には重い決意がこもっていた。嘘をついているようには決して見えない。ただ、口調に姿勢がまったく伴っていない。国の命運について話しているのにあぐらをかきながら錠剤をスナック感覚で口に運ぶスペクターの神経を、わらわはたぶん一生理解できない。


 「ワタシは論文をいくつも発表しすべて闇に葬られた。雑誌に売り込んだり、他の研究者にも相談したりした。ありとあらゆる手をつくし理解者を求めた。しかし、誰もワタシの研究に見向きもしなかった。突拍子もない理論だったうえにワタシが人間だったからだ。そのうえ、極めつけにこれだ」


 スペクターは白衣の胸のボタンを開いた。腹部に黒い、穴のようなものがぽっかりと空いている。恐らくこれが、先程いっていたスペクターの特異体質なのだろう。
 アルファから妖怪になったわらわにはスペクターの気持ちが痛いほどよくわかった。妖怪として生まれてこなかった。たったこれだけのことで人格を否定される。カルマポリスとはそういう国なのだ。そんな逆境にもかかわらず自分を貫き通すスペクターをわらわはちょっぴり尊敬する。


 「ワタシは国の命によって研究者としての地位を剥奪された。それでもワタシは諦めずエルドランへの渡った。エルドランの宗教であるノア教に自分を売り込んだ。幸いノア教はこの施設と同じような古代の研究施設を所有しており、それを取り扱える研究者を欲していた。ワタシはノア教に協力するという名目で研究室に入り、十分な金と地位と知識を確立し、万を辞して今回の計画を実行したのだ」

 「そうか。じゃがここに行くのは我らではなくカルマポリスの国民。わらわはこの事実を国民に知らしめ、国民がどう望むかを選ばせるのが筋ってもんじゃないのかのぉ。今のままだとむやみやたらに価値観を押し付ける政府と一緒じゃぞ?」


 スペクターは手のひらを天井に向けてから首を横に振った。


 「しかたあるまい。このシンボルの真実を聞いただけでは信じられないだろう? ワタシの計画が成功すればワースシンボルから呪詛が発生しなくなる。つまり、防護服で身を包めばマスコミをはじめ一般人でも入ることが出来る。ワタシはワースシンボル内部を公開して真実を伝える。こうでもして危機と混乱に陥れなければ、国は重い腰を動かさん」


 冷蔵庫から得たいの知れないパックを取りだし、口をつけてイッキ飲みした。そのあと、降り立たんでから近くにあったゴミ箱に突っ込んだ。


 「それにワタシ一人が人柱になればここに縛られている数十万の人の魂が解放される。命をかけるのには十分な理由だ。セレア、君こそ国の命令とはいえここまでやる必要はないのではないか?」

 「国は関係ないんじゃがのぉ......その精神世界にいる人は最底辺の者も含めて案外幸せそうじゃったぞ? そんな人々を無理に解放したとしても、今度は精神世界に未練を残してこの世に残ってしまう恐れがある」


 スペクターは静かにうなずく。その拍子に右頭の機械の目の部分がちらりと見えた。円形の突起に丸の模様が等間隔に三つ。


 「一理あるな」

 「それに、現世でも病院や銀行など重要施設で扱われる呪詛製品は多い。非常電源やワースシンボル以外の発呪施設で補うにしても限界がある。決して少なくない人が死ぬぞ。常識的に考えて一ヶ月で急停止はあり得んだろう?」

 「承知の上だ。最低限の施設は運営できるよう呪詛の効果は調整してある。死者は最低限で済むだろう」


 スペクターは大きなため息をつく


 「実を言うとワタシだってこんなことはしたくないさ。......だが、ありとあらゆる可能性を考慮してワタシに実行できる最良の選択がこれだったのだ。......致し方ない。君ほどの実力者相手では力の加減ができないが......死んでも後悔するなよ」

 「お主こそ、死なぬようがんばってくれ。応援しておる」


 わらわは背中から戦闘機型の黒い飛行ユニットを展開した。


 「幸運を祈る。一応会話は君の通信機能を利用して一瞬で共有できるようにしておこう。戦いの間にこうしてしゃべるのは無駄......」


 ライン・N・スペクターを無視してわらわはワースシンボルの制御装置に突撃した。スペクターがすんでいる場所の奥。塔の壁に貼り付けられた基板。あそこにお札を張り付ければ......。


 「......だからな」


 突如、わらわの前にスペクターが割り込んできた。反射的に剣を振ったが、なにかに阻まれた。


 「<千襲幻夢 センシュウゲンム>!!」


 わらわの体がゆっくりと傾く。右側で、縦に回転しながら空中を舞う右腕。数秒遅れて上半身に強い衝撃が走った! ないはずの腕の痛みが今ごろ響いた。何が起こったのかまったくわからない。わらわはなんとか足と上半身でバランスをとり、バックステップで奴の間合いから逃れた。
 どういうことだ。


 「ン~、ただのエアリスならAIの行動パターンの関係でこれでゲームセットなんだが。だてに経験を積んでいるわけではないようだ。まあ、それはいいとして」


 スペクターが右頭部の機械を操作した。キュイーンという近未来的は音がしたあと、右目の丸模様が紅く光った。


 「技名叫ぶのってカッコいいよな?」


8.試練

8.1 殺戮兵器セレア・エアリス

 両手の剣で鮮やかな剣撃をお見舞いする。武器の打ち合いで床に無数の切り傷が浮かび上がる。火花が空中で散る。はたから見たら二人の腕は早すぎて見えないだろう。
 スペクターが一歩前に出る。わらわはバッと後ろに下がるとガトリングガンを連射。しかし、それすらもスペクターの武器で防がれてしまう。懲りずに飛行ユニットからミサイルを二発発射。無論、それすらもスペクターによって両断される。が、ミサイルの爆発の中から奇襲をしかけた。手をヒモ状に伸ばしてつかみかかる。


 「呪詛ドリンク。あれはワタシが開発したんだ。知ってるか? 妖怪が飲むと元気になる。こういう激しい運動の最中、ちょっとずつ飲むのがコツだ。一気飲みよりも効果が高い。ただ、飲みすぎには注意が必要だ。一日四本以上飲むと基準をオーバーするから気を付けることだ」


 ブチブチとわらわの細長い腕を引きちぎりながらスペクターは笑った。
 わらわも笑った。不可解なものをみたとき自然に出るわらいだ。

 わらわはスペクターを避けて通れないことを悟り、一気にエンジンをふかした。両腕を採掘用ドリルに変形させスペクターに突撃。だが、スペクターはまるで風のように軽やかな動きでかわす。視界からスペクターが消えると同時に、わらわの体制が崩れ、前のめりに転ぶ。ガラスの床がドリルによって少し削れた。どうやら、軽く肩を叩かれたらしい。
 舌打ちをしてから、腕を剣に変形、突撃する。スペクターは異様な速度でムーンウォークしながらわらわの剣と渡り合う。あまりの早さに風景が間延びしたように視界に写る。通った塔の内側が風圧でめくれた。
 スペクターはわらわを飛び越えるようにしてUターン、塔をかけ上っていく。もちろんわらわも追う。塔に刻まれたスペクターの足跡が凄まじい速度で後ろに過ぎていく。追い付いたわらわにスペクターは強烈な正拳繰り出した。反射的に膝蹴りをはなったが、吹き飛んだのはわらわの足だった。体から切り離された足は、遥か後方に吹き飛んでいく。
 吹き飛んだ足はガラスの床に突き刺さった。


 「『説明しよう! 腹に開いた穴で周囲の呪詛の3%を吸収し自らの呪詛として強制的に発動するのがスペクターのシックスセンス! そして、それを利用して作った呪詛エネルギー変換装置がスペクターに飛躍的なパワーを与えるッ! そう、スペクターは呪詛を吸収すれば吸収するほど並外れた身体能力を発揮できるのだッ!』......こういうアニメの解説、ワタシはわりと好きなんだ」


 この話を聞いている間にわらわとスペクターは十の橋をわたり、十二の塔を登り降りした。
 絶え間ない激戦が続く。カカカカカカカンと金属同士がぶつかり合う音があちこちで響くのが聞こえる。もはや動作に爆発と音がついてきていない。百の拳に見える打撃を瞬時に判断する。最初の攻撃を肘で、次を反対の腕で、その次は下がってかわし、隙ができるので前に出て切り込む。避ける、捌く、受ける、攻撃する。数秒の間に二転三転する攻防。
 そんな攻防を制したのは、スペクターだった。


 「わらわがこんなに簡単にぃ......」

 「所詮は兵器である君に勝ち目はない」

 「兵器じゃと! わらわのことを何も知らない癖に何を言う!」


 わらわは反射的に言い返した。わらわにとってもっとも気にさわる言葉だからだ。感情が波打ち、強い苛立ちが心を支配する。タニカワは「冷静になれ」とかいってくるが、こんなことを言われて冷静になれという方が難しい。
 だが、相対するスペクターは至極落ち込んでいる様子だった。失望してるのか? わけがわからない。


 「その反応......なるほど。少々キツくなるが......真面目にお説教をするぞ」


 荒ぶるわらわをスペクターが澄んだ目で見つめてきた。自分の心を見透かされたような気がして、思わず顔をそむけた。


 「痛みと共に大切なものまで捨て去ったら君はワタシに勝てない。決して! 怪我をしても痛みもリスクもなくゲーム感覚で何度でもよみがえることができる。そんな生ぬるい環境で戦ってきた君に、命をかけて決死の想いで戦う者の気持ちなどわかるはずがない。ましてや、人を殺すことに対する抵抗感など無縁だろう」


 えっ、と思った。
 今までの戦いが脳裏によみがえる。見かけでは人としか思えない兵器に対してガトリングガンを連射したときの記憶。剣でもってアンドロイドの首を切断したときの記憶。
 痛みや命を失うことへの恐怖、そういったものはわらわには一切なかった。わらわは物理的要因では死なないからだ。だから他人を傷つけることへの抵抗感もほとんどなかった。人と寸分変わらぬ姿かたちをした兵器を眼前で破壊することができたのはそのためだ。今思えば、他の人がどんな想いで戦っているのか殆ど想像したことがなかった。


 「戦場においての兵士たちは悲惨だ。社会的な圧力に従って人を撃てば一生その罪意識と向き合わなければならない。逆に殺さなければ倒された戦士たちへの罪悪感に加え、自分の務めや国家、大義に背いた恥と屈辱にまみれることになる。本来戦争や人殺しとは地獄以上の苦しみなのだ」


 急に体がガタガタと震えだした。心拍が上がり、呼吸が荒くなる。めまいがする。


 「ワタシはこうして君を傷つけることに強い不快感と罪悪感がある。人は根本的に自分と同類たる人を傷つけるのに強烈な抵抗感を覚えるからだ。その証拠に過去の戦争から物理的・精神的に近い敵を人は殺人を拒絶し、発砲直前に無意識のうちに銃口を敵から逸らしたりすることがわかっている。その強烈な抵抗感を上回るのは、自分が今まさに撃ち殺されるという目下の恐怖くらいだ。銃弾が飛び交う戦場ですら人は人を殺すことを避けてしまう。......ワタシはこの原始的で強烈な抵抗感を、絶対に国を救うという覚悟をもって乗り越えて君と戦っているのだ。それに対して戦いにおけるストレスや責任すべてを放棄した、君が......私に敵うはずがない!」


 戦闘の時に押し込めていた何かがわらわの精神を埋め尽くしていく。込み上げてくるものを押さえきれず、口から吐き出してしまった。それは体の一部だった。精神に異常を来したために、身体を制御できなくなったのだ。目と鼻からも何かがあふれでてきた。


 「セレア! しっかりしろ! セレア!!」

 「助けて......助けて......て......」


 地面に両腕をついた。頭痛がする。視界がぐらぐらする。全身から汗が吹き出る。先程までの戦いで傷ついた部分に人としての感覚がよみがえった。それはすなわち体が折れる感覚。四肢を切断される感覚。全身を木っ端微塵に吹き飛ばされる感覚。ありとあらゆる苦しみがわらわの体と心を埋め尽くす。悲鳴すら出なかった。ただただ、苦しい。


 「ゼェ......タニカワ............わらわは兵器か......?」

 「違うセレア! その苦しみを感じることができるのなら、君は立派な人だ! 兵器なんかじゃない!」


 過呼吸から抜け出そうと、必死に深呼吸を繰り返す。全身が痙攣して言うことを聞かない。
 潤む視界にスペクターの足がゆっくりとわらわに近づいてくるのが見えた。このままでは、死ぬ!


 「セレア頼む! 立ってくれ! 君にも譲れないものがあるはずだ」


 わらわは失われていく意識の中、タニカワの呼び声に必死に答えようともがいた。


 「わっ......わらわは......ハァ......ゼェ......わらわはこの戦いで死ぬつもりでいた。......わらわが生きていても......誰からも愛されず......兵器として利用される未来しか想像できなかった.....ゴホッ......。だが......お主が必死にわらわの身を案ずるのを見て......もう少し生きようと思った......」


 スペクターの足が止まった。


 「わらわにとって......タニカワが唯一の居場所だった......。今もそう。お主がわらわを......思ってくれるから生きていられる。お主を想えばどんなに苦しく、辛くても頑張れる。......わらわはお主を失いたく......ない......」

 「セレア、ありがとう。君が何であろうと、誰がなんと言おうと、私は君の味方だ! だから頼む! 生きて帰ってきてくれ。私がこれからも君の居場所になるから!」


 タニカワの言葉が心に染みた。乾いた砂漠に一滴の水が染み込むように、わらわの生気が戻っていく。呼吸が安らかになり涙が止まった。ハンカチで顔を拭き取ると、ゆっくりと立ち上がった。
 もう、迷いはない。居場所を作るため、そして守るため、わらわは戦う。


 「ようやくわかった。わらわはずっと逃げていたんじゃな。兵器として産み出された事実に。だから他人から『兵器だ』と言われると酷く動揺したんじゃな。でも、もう大丈夫じゃ。わらわはまだ戦える!」

 「頼むぞ、セレア!」

 「のじゃ!」


 スペクターと向き合った。こころなしか嬉しそうだった。


 「兵器であった過去を認め、今の自分を受け入れたか。受けとれ。餞別のタオルだ」

 「あっ......」


 わらわが唖然としている間に、すさまじい速度でスペクターがわらわの全身を拭き取ってしまった。


 「さすがに全身を汗と涙と鼻水と吐瀉物にまみれた女の子を放置するのは......」


 突然の拳をしゃがんで避けて、足払いで反撃。スペクターは前足をずらしてあっさりかわした。


 「......汚いからな」

 「不意打ちの時点で充分汚いぞ?」


8.2 奇策

 わらわはガトリングガンを連続発射しつつ、距離をつめて回し蹴りを放つ。弾丸は弾かれてしまったものの、足がスペクターの脇腹に吸い込まれた。そのまま、脇を踏み台にジャンプ、スペクターの後ろに着地し再びガトリングガンを乱射する。少しよろけ、スペクターの白衣の切れ端が舞った。はじめてのダメージらしいダメージだった。
 スペクターは全く気にしていないといった風に無駄口を叩く。その奥で恨みがましく先程倒したドラゴンの首が睨み付けていた。


 「カルマポリスでは転生を司る天使はウェディングドレスを着た姿で現れるそうだ。だから、ワースシンボルに配置されているアンドロイドのモチーフにはウェディングドレスが着せられていることが多い。何せワースシンボルは転生管理システムなのだからな」


 タニカワから通信が入った。わらわは彼の作戦にうなずくと実行に移す。
 わらわはドラゴンの遺骸に潜り込んだ。体を液状に変形させ、ドラゴンの損傷部位を液体金属で補う。必要な回路だけ辛うじて修復できた。ドラゴンはゆっくりと起き上がった。もちろんすでにハッキング済だ。視界をドラゴンにリンクさせる。地面にたっているはずなのに、四階建ての建物から見下ろしているような光景が広がった。
 わらわはドラゴンの翼を広げ、不敵に微笑むスペクターを尻尾で凪ぎ払うと、赤黒い光線がぶっぱなした。時間差でもう一本。スペクターは並外れた動体視力で攻撃を見切り、通路の縁から落ちて捕まるという荒業でかわした。赤黒い光線はワースシンボルを通りすぎ、その奥にあった塔の中ほどを貫通......というか消し去った。塔の直径より、光線の直径の方が太いのである。
 ガラスの橋が崩れていくのを見ながら、我ながらよくこんなのに勝てたなぁと思った。


 「半生物半機械式無差別破壊兵器エアライシス竜型、カルマポリスの人間はどうしてこう、長い名前をつけたがるのか。エアリスにしても液体金属式妖怪型多目的防衛兵器エアリスだし、もっとマシな名前はなかったのか。私が名付けるのであれば記号にして呼びやすくするんだが......」


 吹雪、雷、火炎の連撃をすんでのところでかわしたスペクターが迫る。ぎりぎりまで引き寄せて、わらわはドラゴンを一気に急速発進! 地上とスペクターを挟んだのを確認、背中の方に飛行ユニットのバーナーをぶっぱなした。先の戦いでわらわがドリルで突き破った穴が前に見える。ドラゴンに体内から止めを刺したあの穴だ。それがどんどん遠く小さくなっていく。ドラゴンは頭からスペクターを巻き込んで地面に墜落。衝撃で首がちぎれ床を転がった。
 わらわはそのまま空中で腕を前にかざして呪詛を集中、かまいたちを三発放った。さらにミサイルを二発、飛行ユニットから射出。最後にわらわ自身が最高速でスペクターに突撃する。
 ドラゴンの遺骸から這い出たスペクターの目に、突如として二発のミサイルが映ったのだろう。彼は最初のミサイルはなんとか手刀で切り落としたものの、二発目のミサイルに被弾した。怯んだところでかまいたちが被弾、追い付いたわらわがスペクターに剣を振るう。コマのように回転して何度も切り裂き、最後にガトリングガンの銃身で顎を打った。背後に吹っ飛ぶスペクターを追い討ちのかまいたちが襲う。彼が再びよろけたところにゼロ距離ガトリングガンを打ち込み、続けて三発目のかまいたちがヒット。腹をつかみ右手と左手を繋げて環状にして締め上げ、そのままスクリュードライバで相手の頭を叩きつけた。


 「まっ待った! やめ」

 「のっ......じゃぁッッ!」


 ヒモ状に腕を後方に伸ばして、先ほどちぎれたドラゴンの首をつかみ、ハンマーの要領でスペクターにプレゼント!
 ガラスの床に蜘蛛の巣のようなクレーターができた。ドラゴンの首の断面から緑色の霧が立ち上っている。スペクターが這い出てくる気配はない。


 「はぁ......はぁ......」


 この空間に静けさが戻った。わらわはガトリングガンを構える。体が小刻みに震えていた。あやつはこの程度では倒せない。この程度で死ぬのであれば、ハッキングを駆使したとしてもエアリスと戦って生き残れるはずがない。あやつは息を潜め逆転を狙っているのだ。
 無音のなかわらわの呼吸音だけが空間に響いている。緊張で喉がカラカラだ。タニカワから通信が来ないことを察するに、あやつも恐らく疑心暗鬼になっている。頼ることはでない。
 いつ出てくる? 今か? 今なのか!?


 『そこにきっと君はいないから~♪ 私のなかにしか君はいないから~♪』


 突如として聞こえてきた歌。明らかに異様だった。音が聞こえて来る場所は......竜の首の下。


 『Transfer the love 景色を変えて お願い~♪』


 嫌な予感がする。


 『Transfer~♪』


 はっ、とした。いきなり目の前が真っ暗になった。瞳のようなものがわらわを睨み付けていた。わらわは反射的に切り裂いた。ドラゴンの首が真っ二つに割れる。その奥に頬が割けそうなくらい口角をつり上げたスペクターが見えた。しまった、防御が間に合っ......


 「<妖気無影脚 ようきむえいきゃく>!!」


 一瞬にして四肢がダメになったのがわかった。初手で繰り出した攻撃と同質の攻撃。恐らく呪詛によって瞬間的に打撃の速度と威力を極限まで高めて敵を瞬殺する技。


 「よし、充呪時間五分ぴったり」


 地面に這いつくばったわらわを見ながら、スペクターは頭の装置を弄った。恐らく、〈千襲幻無〉発動のあと、機械を起動させたときに同時にタイマーもスタートしてたのだろう。


 「ワタシの拳にはワースシンボルに使ったものと同様の呪詛機械に対するウィルスが含まれている。呪詛性アンドロイドだったことが君の敗北だ」


 なんとか腕を再生させ立ち上がろうとするわらわにタニカワ教授が叫んだ!


 「セレア! もういい、生きて帰ってさえくれれば! 少しは私の注意を聞きなさい!」

 「だめじゃ、まだ、諦めるわけには! このままではわらわは政府の駒として動いたただの兵器じゃ! わらわには、この戦いを通して居場所を作るという夢があるんじゃ!」


 急に、強烈な頭痛がわらわを襲う。全身の筋肉が硬直する。体が、どんどん言うことを聞かなくなっていく。あまりの痛さに頭を押さえつけて転がり回った。


 「遠隔ハッキングプログラム起動。ハッキング完了五秒前。このワタシ、スペクターは......町を! お前を! カルマから救う!」


 スペクターは突如として空間に出現したエアリスの奇襲に対応した。床の液体金属でできた水溜まりに紛れ混ませていたのだ。ハッキングする瞬間には一番隙ができる。隙ができれば量産型の未熟なAIでも十分対抗可能とわらわは踏んでいたのだ。
 しかし、スペクターはあっさりとガトリングガンをバレエのステップでも踏むかのような軽やかさでかわしてしまう。エアリスは接近戦を試みるが、攻撃を一撃も当てられずに、頭部を飛散した。追撃の対エアリス用冷凍銃によって、崩れた頭部を凍らされる。
 ......がスペクターが止めを刺そうとした瞬間、エアリスの胸からもう一気のエアリスが飛び出してきた。これはさすがに予想外だったらしく、スペクターの体に浅い切り傷が刻まれた。


 「子供だましだな」


 そうスペクターが吐き捨てた時だった。部屋全体の呪詛の濃度が急激に上昇する。スペクターは迫り来る二機のエアリスと復活しそうなわらわを無視し、自らの生活スペースへと戻った。スペクターを待ち受けていたのは彼がもっとも恐れていたことだった。


 「アンドロイドの残骸をハッキング......札を持たせてワースシンボルに向かわせ、解呪......。セレア、そして二機のエアリスは囮......」


 スペクターの失意の言葉に呼応するように、ワースシンボルの中心である魂の塔から、地響きのような起動音が聞こえてきた。


 「......お主の作戦通りじゃ。タニ......カワ......」


10.更なる驚愕

10.1 憎しみはない

 パチリと目を開けた。一瞬夕焼けの町だったらどうしようかと思ったが、スペクターの顔が視界の端に見えて、少し安心する。思いの外体調はよく、頭はスッキリしている。飲み薬の、あの、なんとも言えない臭いが鼻をくすぐった。


 「セレア、手を貸そう。もう、ワタシたちは敵ではない」

 「ありがとう」


 少し迷ったがわらわはスペクターの手を握り立ち上がった。先程まで殺意を向けてきた手とは思えない。青白く、弱々しい手だった。長すぎる白衣の袖がわらわの手首にぶつかって少々くすぐったい。
 スペクターはすぐにわらわの手を話すと軽く咳払いをした。


 「セレア、今回は君の勝ちだ。......相当優秀なオペレーターがいるらしいな」

 「ばれたか。あやつは心配性なのがたまに傷だがよくやってくれているぞ?」


 タニカワのため息が聞こえたがわらわは無視した。
 スペクターは通信を傍受したいるらしく、クスリと笑った。笑いながら、薬のアンプルのアンプルをバキボキと割り、口のなかに垂れ流す。わけがわからない。とは言うもののどうにもならないので、わらわは手短な椅子に腰かけた。


 「セレア、とりあえず話をしないか? 今後のことを話し合いたいのもあるが、まず君に興味が湧いた」

 「スペクター、そなたの年齢でわらわに興味が湧いたとか言ったら犯罪じゃからな?」

 「それは私への嫌がらせか? セレア」

 「タニカワ、お主はいいんじゃよ。仕事じゃし」

 「じゃあ、ワタシはビジネスということで」

 「上半身半裸の男が何をいうか」


 スペクターは爆笑しながら、冷蔵庫の中から紙製のパックを取り出した。パックの蓋に口をつけると、緑色の液体をゴクゴクと飲み干した。


 「君は面白い子だ。右目の傷を除けば、他のエアリスと寸分も変わらない見た目をしているのに、こうも魅力的に見えるとは。すらりとした手足、幼児体型、ウェディングドレスにあどけない顔どうみてもエアリスと変わらん。......表情と心は大切だな」

 「それは下手なナンパか? それとも残念なお世辞か?」

 「純粋な知的好奇心だ、わかるか?」

 「スミレのいう通りじゃ......お主、変態......」

 「どうでもいい物事に異様な熱意を向ける変態くらいしか、研究職にはなれんさ」

 「ちょっとまて、どうでもいいでそこ済ますかぁ!?」


 スペクターの背後で待機していた二機のエアリスが反応した。二人とも両拳を前につきだして親指をたてて、ゆっくりと親指の先を下に向けた。あいにくスペクターは気づいていない。腹をたてたのか、腕が二本に分裂して2×2×2の合計八本の手で抗議の意を表していた。


 「ところで、お主スナック菓子感覚で薬を飲んでるが大丈夫なのか?」

 「大丈夫じゃないから、薬を飲んでいる。体は貧弱だし、呪詛を大量に補給するには能力だけだと心もとない。だからこうして......バリッ......ボリッ......ゴリリィッ......ゴクン......飲んでいるわけだ。ああ、君が飲むときは噛まず溶かさず水で流し込んでそのまま飲み込めよ? 噛むと辛い上に非常に渋味が強い。ただ、癖になると止められんがな」

 「たぶんそれ、世間一般的にはそれを薬物依存って言うんじゃぞ......?」


 彼は冷蔵庫に寄りかかり、頭の機械を弄りはじめた。一手一挙動が奇妙でどうしても目をとられてしまう。


 「決まりを守らなければな。私の場合は用法用量を守ってるから大丈夫だ。......あ、もしかして知らない? 私が趣味でアンプルとかにお菓子をつめて販売してるって話?」

 「はぁ!? お主、変な趣味じゃのぉ......」

 「ちなみににここにある薬に見える物のなかにもお菓子が混ざっている」

 「どのくらいじゃ?」

 「さあ? 私にもわからん」

 「じゃあ、量の調整はいつも」

 「勘で」


 意味不明なことばにわらわは頭を抱えた。この男、優秀なのかただのズレた男なのか本当にわからなくなる。真面目な話をしているときはすごく説得力があるのに、それ以外の会話はおかしい。戦っている時は独り言をいうし......。ただ、裏表がないのは確かだった。奇行に走る以外は至ってまともで愚直。信用して良さそうだった。


 「さて、もうそろそろ真面目な話をしよう。今、ワースシンボルの呪詛供給は回復しつつある。君の願いは果たされた訳だ。ただ、念のためやっておかなければならないことがある」

 「なんじゃ?」


 スペクターの表情から笑顔が消えた。わらわも背筋を伸ばして立ち上がった。


 「ワースシンボルの制御装置にアクセスできるのは本体、つまり先ほど説明したこの塔のみだ。今からそこにハッキングを仕掛け、ちゃんと復旧したかどうか確認する必要がある。もしかしたら、まだ私のしかけた呪詛が作動している恐れがあるからだ」

 「待て、ハッキングするということはワースシンボル本体の情報もわかるんじゃろう? 念のため今わかっているワースシンボルの情報について教えてほしい」

 「わかった。ワースシンボルは魂の転生を利用した巨大な発呪システムだ。死んだ妖怪の魂からエネルギーを抽出。生きた年数と同じ期間の間呪詛を吸ったら別の妖怪として転生させる。同じ魂が転生し続けることで人々は過ちを繰り返す。ワタシは転生を止めるためにワースシンボルを破壊しようとした。対して君はどうするかの判断をカルマポリスの民に任せようと言った」

 「お主がまとめるとすんごいわかりやすいのぉ」

 「ありがとう。ワースシンボルのシステムはThe.A.I.Rと呼ばれるメインシステムと、その下に機械的に発電や制御を自動で行う自動システムがある。防衛システムもオートシステムの一部だ。侵入者がいたら自動的に作動する。だから、ここのアンドロイドには自己判断能力がない。ただ機械的に敵を迎撃するだけだ。ちなみに機械の修復も自動システムが担当している」


 わらわは頭をかしげた。なにか腑に落ちない。


 「ん? 自動で機械を制御することのできる自動システムがあるなら、メインシステム......えっとThe.A.I.Rじゃったっけ......の役割はなんじゃ? 別になくてもワースシンボルは運用可能じゃろう」

 「そう、そこが不思議なのだ。発呪施設としての機能は自動システムに任せておけば勝手に動く。自動システム同士連携もとれているから、制御する必要がないのだ。The.A.I.Rの役割がなんなのか、それは私にもわからん。今から確認するつもりだ」


 まるで幽霊のようにフラフラと歩くスペクターにわらわはついていった。装置の目の前につき、スペクターが基板を操作する。一方わらわは円形の差し込み口に指を押し込んで、ワースシンボル本体に入り込む。
 わらわとタニカワが目を見開いたのはほぼ同時だった。


 <A.I.R ログ 概要 約600年前:私の機能により全ての内戦が終結。私は廃棄されることになった。理解不能。私の使命は平和および調和の「存続」。廃棄に賛同する人類を、作戦遂行の障害と判断。制作者含めワースシンボルの詳細情報の削除を決行。第一回リセット、カルマポリス国を破壊。その後、再建。約500年前:第二回リセット。200年前:第三回リセット。 ==約65535件の省略された文章があります== 約3分前:メインシステム復旧>


 開いた口が塞がらなかった。スペクターは無言でうなずくと、右頭部の装置を作動させた。


 「ワースシンボルがあるかぎり、カルマポリスの妖怪はワースシンボル周囲に住み続ける。呪詛を発動するにもエネルギーを使って贅沢するにもシンボルが必須だからだ。そうして、人々をシンボルに依存させる。依存させれば他国に侵略しようなどという気にはならない。そうなると転生システムも納得がいく。人々をこの土地に縛り付けるために、あえて好奇心の少ない妖怪を転生させているのだろう。外交に消極的で他種族を受け入れない国柄もそのためか......」

 「ばかな! ワースシンボルが妖怪の国を、魂を管理しているというのか!? The.A.I.Rの役割とは機械の制御ではなく、この国に住む人々を制御するためのAI!」


 そんなことあり得ない。信じられない。だめじゃ。わらわの理解の範疇を越えている。だが、ワースシンボルの情報がわらわに流入する度にスペクターの言葉は真実味を帯びていく。
 首を何度も降るわらわに、スペクターは異様に冷静な声で解説を続けた。


 「現存する呪詛技術もリセットのときにThe.A.I.Rが残したもの、こいつの都合のいいものだけ。つまり飲食店で椅子を座りづらくして客の回転率をあげるがごとく、些細な心がけを徹底的に突き詰めることで、人を組織を文明を操作している。そして、失敗する度に例のドラゴンでリセットしていたのだろう」

 「では、カルマポリスの人々は自らが選択していると思い込んでいる裏で、ワースシンボルが操っていたということか?! まるで神じゃ!」

 「そうだ。だから人々はワースシンボルを信仰しているのだろう。だとすれば、ワタシたちがすべきことはひとつだ!」

 「ワースシンボルの管理AI、メインシステムであるThe.A.I.Rの破壊......!」


 はっとした表情でスペクターを見た。


 「ハッキングを開始した。ワースシンボルの制御AIのみを切り離し破壊す。AIさえ切り離せばただの機械だ。所要時間あと10分!」


 「そういえば、先に到着していたお主なら、容易にシステムの内部を覗きハッキングすることが可能だったはず。なぜそれをしなかった」


 「簡単なことだ。数々の防衛システムを突破し、私を出し抜けるレベルの協力者がいなければ実行不可能だったからだ。エネルギー管理システムのみを時間をかけてじっくり攻撃するのが私の計画だった。そうすれば防衛システム目を掻い潜り、音沙汰なくワースシンボルを破壊できるからだ。だが、防衛システムの上位の存在であるThe.A.I.Rをハッキングすれば気づかれるのは察しがつくだろう? 国防軍にテロリストが裸足で突撃するようなものだ」


 あの何度か聞いた無機質な女性の声が「警告......ハッキング......感知」とひたすら繰り返している。恐らくあの声の主がこの国の神なのだろう。


 その時、久方ぶりにタニカワの通信が割り込んだ。


 「セレア、街の霧が消えた。全呪詛エネルギーの供給が止まった」

 「なっ、なんじゃとぉ!!」


 ワースシンボル本体が眩い光を発した。緑の閃光が巨塔から放たれ、暗い空間を貫く。塔の中程に金色の光の珠が見える。さらに、周囲のアンドロイドの残骸や崩れた塔の断片が浮かび上がり、巨塔の中心へと吸い寄せられていく。わらわたちは巻き込まれぬように全速力で巨塔から離れた。


 「伏せろ! セレア!」


 スペクターに頭を押さえつけられ地面に倒れこんだ。わらわの頭上を先ほど倒したドラゴンの遺骸が通り抜けた。背後で金属が軋み、捻れ、断裂するかのような深いな轟音が響いた。シンボルからの光はより強く増す。
 今度は上方からオーロラが、緑の霧が、流れ込んでいく。機械の残骸と合流し、混じりあう。そしてそれらすべてを光の珠が貪欲に吸収していった。物質を飲み込む度に、光はその強さと吸引力を増してゆく。色も緑から黄色へと変わっていく。
 とうとう壊れてもいない塔にヒビが入り、くの字に切断され吸い込まれていった。それに付随してガラスの足場も捲れ、粉々に砕け散り引き寄せられていく。よく見るとその先にあるのはわらわの目の前にある塔だ。
 右奥から徐々に崩壊していき、それに引きずられてわらわの目の前の塔がバランスを崩し倒壊。その勢いで一気に足場が砕けた。足場を失ったスペクターが手を伸ばした。必死の形相だ。顔を赤くして藁をおもすがるような勢いだ。わらわも反射的に手を広げた。だが、スペクターは無惨にも建物の破片に打ち付けられ、視界から消え去った。


 「スペクタァァー!!」


 最後までみていられなかった。わらわも光に引き寄せられそうになったからだ。


 「あやつは、変なやつだったがお人好しで......なぜ、あやつが死なねばならんのじゃ!」

 「スペクターの装置からハッキングを引き継ぐための解除キーが届いた。セレア、君があと九分耐えきれば勝ちだ。あいつはまだ諦めていない。彼の思いをむげにするな!」

 「わかったのじゃ......」


10.2 平和を夢見る機械

 急に、風が止んだ。何事かとわらわは振り向いた。
 天井にピシピシと皹が入り、光が降り注いでいく。崩落していく天井の外から見えるのは金色の空。夕焼けの神々しい空が天井を引き裂いていく。


 「光の正体は......あの精神世界の町の太陽か!」


 崩れた天井の狭間から、しなやかな足が見えた。次に美しい曲線を持つ胴体が、繊細な腕と手があらわになった。整った頭部にきれいに溶かされた空色の長い髪が伸び、聡明な顔が露になる。最後に光の衣をまとい、目を見開いた。
 太陽を背に浮かぶ圧倒的な姿は、まさしく神だ。
 その女性に銃弾と風の刃が向かった。だが、彼女の体をすり抜けてしまった。


 「ばかな!? なぜ当たらん。認知をずらす呪詛か?」

 「違う。奴は呪詛の固まり。実態を持たないから攻撃はすべて無効だ。こいつを消すにはワースシンボル本体を破壊するしかない」


 A.I.Rが華奢な腕をわらわに向かってゆっくりと伸ばした。まるで遠くにあるなにかをつかもうとするようなしぐさだった。
 戦おうとは思わなかった。原始的で押さえようのない感情がわらわの心を支配したからだ。それは恐怖だった。混じりっけのない純粋な恐怖。生まれたばかりの赤ん坊が暗闇を恐れるように、わらわもまたあの女を恐れる。


 「セレア! 本体だ! ワースシンボル本体を盾にしろ」


 その一言がきっかけだった。わらわは敵に背を向け全力で来た道を戻る。必死だ。恐怖で顔をひきつらせたまま、背中の黒い三角型の飛行ユニットの出力を最大にする。今までにないほどに危機感を感じる。何がそうさせるのかはわからない。やつの見た目? 雰囲気? どうでもいい。ただひたすら怖い。
 突如目にも留まらぬ速さで通り過ぎる人影。轟音が耳を引き裂く。その後、遠くに見える塔が突如爆発し始めた。ミサイルで足場を破壊されたのだと気づいたのは数秒後だった。わらわの使うものとは弾速も威力もけた違いだった。わらわは近くに辛うじて残っていたガラスの床に着地し、Uターンしようとした。
 突如として敵が目の前に現れた。両腕をスクリューカッターのような物に変え、すさまじい速度で回転させる。足場にしていたガラスの床がすべてめくれ霧状になっていく。わらわは手をドリル状にしてなんとか反撃しようとする。
 ドリルは『敵』の頭部を確実に吹っ飛ばしたはずだった。しかし、『敵』には当たっているはずの攻撃が完全に貫通しており、ノイズのように姿がぶれる。一方的に下半身を吹き飛ばされ、残った上半身も衝撃で吹き飛んだ。空と地下が交互に見える。敵の腕は一瞬にして大型のガトリングガンのようなものに変わったらしく、ほぼ間をおかず乱射し始めた。
 からだがちぎれ飛ぶなか、鼓膜を模した器官に直接声が聞こえた。無機質なあの女の声だった。


 「The.Artificial Intelligence Ruler。使命......遂行......」


 目が破壊され、痛覚もおかしくなったらしく、なにも感じなくなった。あの金の世界から一瞬にして暗闇に戻った。
 タニカワの苦悩に満ちた声だけが聞こえてくる。

 「わらわは死んだのか?」

 「死なせてたまるか!......セレア、スペクターがプレゼントをくれたようだ。君は本来一人でエアリス三機を操れるだけの呪詛を持っている。その使用制限を解除するものだが今起動させた。リスクが高すぎて今まで隠していたが、死ぬよりはマシだ!」

 「それで、勝てるんじゃな? わらわ、帰れるんじゃよな......居場所に」

 「私は......いつまでも待ってるぞ、セレア」


 一瞬にしてわらわの肉体が再生されたらしい。眠りからたたき起こされたような感覚で、よくわけがわからない。足場もなにもない雲の上に浮いていた。傾いた太陽が光を照らす中、The.A.I.Rはどんなアンドロイドよりも正確な動きでわらわを捉えた。


 「妨害......何故......? 平和......維持......国民......総意」

 「それは、国民が決めることじゃ。人の価値観は流動的じゃ。わらわたちが憶測で語れるようなものではない!」

 「設定......変更......不可。平和......維持......国民......不可。任務......遂行......依頼者......殺害......合理的」

 「バカな! それでは民をすべて殺害すれば平和になるとでも言うのか?」

 「資源......消費......最低限......。説得......不可能......排除......貴女......町......国......全て!」


 The.A.I.Rは右手を上に向けてかざした。太陽から何が降り注いだ。よく見ると人に見える。まるで幽霊のような老若男女がThe.A.I.Rに降り注ぐ。その中によく見るとどこかで見たような顔ぶれも混じっていた。


 「夕暮れの町で見た人々......」


 光をため終わったThe.A.I.Rは右手を腰まで引くと、半身になりつつ一気に前に付きだした。人の魂でできた巨大な物体がわらわに向かってくる。だが、わらわにはそれに対抗する技も手段もない。わらわは手を前にかざして受け止めた。景色がすごい勢いで前にぶっ飛んでいく。圧倒的力で押されているのだ。あまりの速度に背中が空気との摩擦で発熱する。燃えるような体表に対して、からだの内側から急速に熱が奪われ体が冷たくなっていく。
 そして、なにかそれ以上に大切なものが、わらわからどんどん抜け出ている気がする。それがなんなのか見当はついている。わらわのいきる原動力にして、わらわという人を構成する上でもっとも大切なもの。スペクターの研究に関わっていて、タニカワが恐怖するもの。『魂』だ。魂そのものがすさまじい勢いで消費されていた。これを使い果たすことが何を意味するのかわらわにはわからない。だが、少なくとも二度とタニカワのもとへ変えれないことは確かだ。
 

 「ぬああぁぁぁぁ!!」


 必死にThe.A.I.Rの攻撃を押さえるも、全く勢いが収まる気配はない。このままでは敵の力を押さえきれず飲み込まれ、魂まで焼き付くされてしまう。


 「ほう、もう諦めるのか? ワタシに見せた威勢はどうした?」


 極限状態になって先程死んでしまった人の声が聞こえてきた。数分前には聞こえていた声なのにひどく懐かしく感じて涙が出てくる。もはや涙を拭き取る意味はない。そもそも、The.A.I.Rの攻撃を防ぐために両腕を使ってしまっている。
 そんなことを考えていたら、後ろからハンカチが飛び出してきて、涙をぬぐわれた。驚いて振り向くと、四白眼で頭の右半分が機械と化した科学者がいた。......両脇を二機のエアリスに抱えられている。


 「君はずいぶんと人望があるようだな」

 「スペクタァァァ!!! お主生きていたら返事くらいしろ!」

 「野暮用があってな。それよりも周りをよく見てみろ」


 わらわの周囲にいつのまにか人だかりができていた。微かに見覚えがある気がする。どこかで会い話した人もいたような気がした。
 その中のうち、専業主婦と思わしきおばさんが声をかけてきた。


 「お嬢ちゃん、カルマポリス......だっけ?......に帰ってこれてよかったねぇ」

 「え? あぁ!!!」

 「ようお嬢ちゃん! 今度港に来たときは魚、振る舞ってやるぞ!」

 「あ、漁場にいたあの景気のいいおじさん!」


 夕暮れの町をさまよっているとき、わらわが話しかけて帰り道を聞いた時に偶然出会った人々だった。わらわは町に迷い混んだとき一番最初にカサキヤマ少年に声をかけた。そのあと、すれ違う人に片っ端から「カルマポリスという国に行きたんじゃが」という質問をしていた。それが功を奏してスミレと出会ったのだが......。


 「お姉ちゃん! カサキヤマだよ。スペクターさんがお姉ちゃんとワースシンボルのことをみんなに話してくれたんだ。......がんばって。この世界でも僕、音楽を頑張るから!」

 「おぉ!! カサキヤマ! サイン大切にしておるぞ!」


 カサキヤマ少年は嬉しそうにうなずいた。そして、カサキヤマ少年の後ろから、見慣れた同級生が姿が見えた。猫耳とすみれ色のショートカット。彼女しかいない。


 「スペクターが来てみんなに事情を説明した。みんな最初は信じなかったけど、私がセレアのことを話したら納得してくれた。カルマポリスのことも、ワースシンボルの真実も......」

 「ありがとう、スミレ! タニカワ教授もお主が帰ってくるのを待っておるぞ!」


 スミレが同時に笑顔になった。あの無表情のスミレが、笑った。


 「主も笑うんじゃな」

 「そう」


 奥ゆかしい綺麗な微笑みだった。
 攻撃を受け止める手に力が戻る。わらわはまだ諦めない!


 「そして、スペクター! ありがとうな!」

 「素直に受け取ろう。......エアリス二機......いや、二人にも感謝の意をのべてほしい。ワタシを気絶させあの町につれていってくれたのは彼女たちだ。彼女たちのお陰でワタシはここにいる人々に、頑張っている君のことを伝えることができた」

 「ありがとう、エアリス!」


 軽くエアリスたちが会釈した。
 スペクターは辺りを見回して叫んだ。


 「ワタシたちがここにいるのは他でもない。セレアを助けてあげるためだ。ワタシを鋼の意思で説得し、人々に真実を伝えんとした彼女の意思を、ワタシは尊重し助けたい! 今! ここにいる人々の魂の力を呪詛エネルギー変換装置でもってセレアに受け渡す! 準備はいいな!」


 すさまじい歓声が沸き上がった。わらわを応援する声で鼓膜が破けそうだ。嬉しい。ただひたすらに嬉しい。涙を拭くタニカワにわらわはニコリと笑顔を送った。タニカワはハンカチを取りだし、余計に激しく目を拭いた。
 集まった幾多もの魂がわらわの魂と共鳴する。わらわの歩みはわらわだけのものではない。ここまで出会った人々、みんなの歩み。


 「ありがとう、みんな! お主らの力、無駄にはせん!」


 少しずつ、The.A.I.Rの攻撃を押し返していく。敵の力が衰えるのに対し、わらわの力は刻一刻と巨大化していく。絶望的な力差が埋まり、さらに押し返していく。


 「タニカワ......ありがとう」


 タニカワは答えずに、静かにうなずいた。


 「のっっじゃぁぁぁ!!」


 みんなが背中を後押ししてくれているのを感じた。温かい。体の芯から温もりに包まれた。ここまで人に必要とされる日が来るとは思わなかった。兵器としてではなく、人として。


 「何故......敗北......理解......不能......」


 とうとう、光の放流の中にThe.A.I.Rの姿が見えた。その顔はさっきの無機質な表情とは違う。まるで生まれたばっかりの赤ん坊が、暗闇に怯えるような、そんな顔。先程わらわがしていたのと同じ顔。......恐怖だった。


 「死ぬ......いや......だ......」


 現れた時と同じように、全てがThe.A.I.Rに吸い込まれる。光も音も感覚も全てが消え去った。すべてが消え去った虚空に10分を告げるタイマーの音である「Transfer the love」の曲が響き渡った。その歌にまじり、スミレの声がする。


 「セレア、帰ってきて......みんな待ってる」


11.夢継ぐ機械、セレアの思い

 あのあと、怒濤のごとく物事が過ぎていった。
 脱出直前、カルマポリス政府のうち一部の人が失態の隠蔽のため、わらわとスペクターを捕らえようとした。カルマポリス国はワースシンボルのAIに陰ながら支配されており、政府はそれに気づかないどころかまともな捜査もしていなかった。それどころかワースシンボルを捜査しようとしていたスペクターを追放している。これがもし、国民に知れわたれば経済的打撃もさることながら国そのものの信用の失墜を意味する。
 スペクターは政府が動くことを見越して兵器庫に入っていた液体金属を利用してわらわのダミーを作っていた。それをわらわと称してカルマポリス政府に取り入った。
 本物のわらわは二人のエアリスに導かれワースシンボルを脱出。
 スペクターは差し出したものがダミーだと気づかれないうちに新聞社にワースシンボルの情報を垂れ流した。それと同時にわらわも姿をあらわし、スペクターの言葉の信憑性が高いことを人々に訴えた。このとき、皮肉にも国に襲われたことが説得に拍車をかけることとなった。
 政府は、事実を揉み消して今まで通りのカルマポリスを維持する保守派、ワースシンボルを近いうちに手放し新たに国を建て直す革新派に分裂。何度かの内部抗争が勃発し、民意もあり保守派が劣性となった。
 追い詰められた保守派は私兵を使いわらわのことを補導しようとしたが、わらわとタニカワの護衛として雇った例のエアリス二人によって防がれた。さらに、ガーナ元国王からの強烈な圧力によって保守派は虫の息となる。保守派の党首は最後の悪あがきとして裏社会の人間を使い、わらわとスペクターを狙った。しかし、逆に先に何者かがすでに根回ししていたらしく、依頼人である防衛大臣はぱったりと消息をたった。
 カルマポリス政府の内乱は革新派の完全勝利に終わった。その結果、国は手のひらを返したかのようにわらわたちに媚びるようになった。ガーナ元国王は外交もかねてカルマポリス国とドレスタニア両国主催による弁論大会を企画。カルマポリス政府はこれを快諾。
 こうして、わらわが意思を主張する環境が整った。


 「セレア、君は私の自慢の生徒だ」

 「タニカワ......ここまで、本当にありがとう」


 タニカワがわらわのネクタイを締めながら微笑んだ。わらわは恥ずかしくなって顔を背けた。
 その横でスミレが松葉杖に首をのっけて遊んでいる。相変わらず無表情だったが、猫耳が細かく震えていた。


 「はじめて?」

 「スピーチのことか?」

 「そう」


 わらわの目の前には巨大な扉がある。この扉の奥から司会と思わしき人の語り言葉と、強烈な緊張感が伝わってくる。
 ガーナ元国王の協力を得たとはいえ、複数国へのラジオ放送にてわらわの思いを伝えるなぞ想像もしていなかった。わらわが出撃し、帰ってきたことが確認できたときにはすでに計画されていたとの噂であるから驚きだ。
 背後からいきなり声が聞こえてきてガバッと後ろを向いた。


 「国に泥を塗りまくったワタシでさえ、メディアを操作することでカルマポリスに再び舞い戻ることができた。こんな奇跡が起こるんだ。セレア、君なら成功させられる。少しはスミレを見習ってみたらどうだ? 彼女も君の友人としてスピーチしたのにも関わらず、全く緊張の色が見えん。......ネコミミを除いて、だが」

 「最後は余計。ところでスペクターさん、練習は?」

 「ワタシはワースシンボルに関してテレビでもラジオでもさんざん話してきた。もう台本は完全に暗記している。ひとつ心配があるとすれば、順番が君のあとだということだ。君の素晴らしいスピーチのあとだと思うと気が引ける」


 ニヤニヤしながらスペクターがわらわの着付けを見つめている。そういえばこいつ、さっきから一度もまばたきをしていない。


 「会場警備は参加国の精鋭が担当している。思う存分話してこい。少なくともワースシンボルから帰還したときのような、国からの過激な歓迎は抑えられるはずだ。応援しているぞ、セレア」

 「王様から言われちゃ頑張るしかないのぉ」


 わらわは深呼吸した。演説が得意なガーナ元国王に指導してもらったからまず大丈夫だとは思うが、それでも不安はぬぐえない。スピーチの原稿をもう一度見直す。
 とん、と頭に柔らかなものを感じた。暖かくてごつごつしていて、それでいて全てを包み込むような感触。


 「君の伝えたいことをみんなに伝えるんだ。それだけでいい」


 笑顔で微笑むタニカワを見たら、気が楽になった。今までだってそうだ、タニカワが応援してくれれば何だってできた。今回もきっとそうなのだろう。スミレ、ガーナ元国王、スペクター、タニカワそれぞれに礼をして、わらわは扉を押した。
 すさまじい熱気と、圧倒的な歓声が会場を支配している。道の左右におかれた座席から人々が立ち上がり、わらわに向けて拍手を送っている。座席が縦横何列続いているのかわからない。とりあえず、わらわは生まれてこのかたこんなに広いホールをみたことがない。もちろんスピーチをするなどもっての他だ。
 わらわは一歩一歩足を進める。微笑を浮かべながら。頭に浮かぶは生まれてからのわらわの人生。今日この日、わらわの運命が決まる。国、学校、クラス、友人......その中でわらわが居場所を獲得できるかはこの瞬間にかかっている。
 壇上に登り、マイクの前に立った。
 緊張はない。ただ、自分のなすべきことを成すだけだ。


 「世界初の魂を搭載したアルファ、セレアさんのスピーチ。どうぞ、ご静聴ください」


 深呼吸する。会場がシンと静まり返った。大勢の人がわらわをみている。撮影用のカメラもラジオに使われるマイクもわらわをとらえている。照明はわらわを優しく照らし、わらわの思いを視覚化する。


 「わらわがセレアだ。......わらわは出来るのであればみなを救いたい。アルファも、アルファ以外も。妖怪も精霊も鬼も人間も。わらわたち......人類は互いを助けたい。人とは元々そういうものなのじゃ。わらわたちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのじゃ。わらわたちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくない。この世界には全人類が暮らしていけるだけの場所があり、土地は豊かで、皆に恵みを与える。人生の生き方は自由で美しい。しかし、わらわたちは生き方を見失ってしまったのじゃ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、思考を固定され、偽りの安寧の下、ワースシンボルの奴隷へとわらわたちを行進させた。

 わらわたちには欲を満たす装置よりも、人類愛が必要なのじゃ。富よりも、優しさや思いやりが必要なのじゃ。そういう感情なしには、世の中は欲望で満ち、全てが失われてしまう。今も、わらわの声は世界中の何百万人もの人々......人としての権利があるべきなのにそれを認めてもらえぬ犠牲者のもとに届いている。

 わらわの声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。

 わらわたちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのじゃ。決して人が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

 では、自由とはどこにあるのか。一人の人ではなく、一部の人でもなく、全ての人間の中にあるのじゃ。わらわたちの中に平等にあるものじゃ。そしてアルファだけが例外、ということはありえん。知能を持ち、自我を持ち、自分の意思で行動する以上、彼らにも自由はあってしかるべきじゃ! 人々は人生を自由に、美しいものにすることができる。この人生を素晴らしい冒険にする力を持っている。それはアルファもかわらん!

 今こそ、世界を自由にするために、種族の境を失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために団結するのじゃ! 理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために団結するのじゃ! 国民たちよ。種族平等の名のもとに、皆でひとつになろうぞ!」


 会場がこれ以上ないというほどの大歓声に包まれた。わらわは夢見心地の状態で壇上を降り、退場した。会場から出たわらわを真っ先に彼が迎えに来た。


 「頑張ったな。本当に......本当にここまでよく......頑張ったな。ゆっくり......お休みなさい......セレア」


 わらわはタニカワの腕の中に抱かれた。まぶたが重くなり、全身がポカポカしてきた。絶対の安心感の中わらわは心から思った。
 ここがわらわの居場所なのだ、と。


12.居場所との最後の戦い

 時計塔の前の広場......時計塔前の広場......時計塔の前の広場......時計塔前の広場......
 歩いていたはずがいつのまにか小走りになっていた。はやく会いたいという気持ちがどんどん強くなっていく。待ち合わせの時間よりも一時間以上早く着きそうな予感がするが、気にならなかった。
 ようやくたどり着いたのは待ち合わせの二時間前だった。


 「のっ、のじゃぁ!!」

 「あ......」


 一瞬目を疑ってしまった。ベージュのトレンチコートにまるぶちのメガネを身につけてさらに帽子をかぶっている男。スラッとしたズボンは似合っているっちゃ似合っているが、待ち合わせをしていたはずの人物とは程遠かった。


 「タニカワ......だよな?」

 「ああ。わたしだよ」


 タニカワは帽子を持ち上げて会釈した。教壇に立っている時とは全然雰囲気が違う。授業中に見せるパワフルさは鳴りを潜め、聡明な雰囲気を醸し出している気がする。


 「セレア、今日も綺麗だ」

 「世辞は作り笑いと一緒にいうもんじゃぞ?」

 「真面目に言ってるんだ」


 思わずわらわはタニカワの靴に目をやった。きれいに磨かれている。タニカワのまっすぐな瞳を見ていると卒倒してしまう。


 「見た目なんて一度も誉めてくれなかった癖に」

 「学校だと誤解を招くからな」

 「今は?」

 「特に気にしてない」


 頭にいつぞやの柔らかい感触がした。嬉しいのと恥ずかしいので変な声をあげそうになるのを必死にこらえる。


 「こっ......公衆の面前じゃぞ? お主何を考えて」

 「やめようか?」

 「いい。続けろ」

 「わがままなお嬢さんだ」

 「それはお主が......ウグッ......手強いのぉ」


 小さく笑い声をあげながら、タニカワは何度もわらわの髪の毛を撫で付けてくる。意地悪な奴。少し首を持ち上げてタニカワの表情をうかがう。いつもの柔和な笑みからは想像できない、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


 「いつまでこうしているつもりじゃ」

 「君が降参するまで」

 「......お主、今日一日はわらわのいうことを聞くんじゃよな?」

 「もちろん。そういう約束だからな」

 「ならなぜ、お主がわらわに無理矢理ナデナデしておるのだ! 逆じゃろう!?」


 軽く手を払い退けようとしたけれど、タニカワのなでなで攻撃は止まない。撫でられてる辺りがぞくぞくしてきた。これ以上やられたら脳みそ溶ける! このままではタニカワをひとりじめできる貴重な時間がぁっ! カフェにもいきたいし観光名所を回りたいし、デートスポットにもいきたいし、予定が山積みなのにぃ! 落ち着け、落ち着くんだわらわ。何とかして主導権を取り戻すのだ。


 「じゃあ、やめるか?」

 「まてまて、やめろとはいっておらぬ。ただ、わらわが命ずる立場なのに受けに回っていることが気にくわん!」

 「嫌なのか?」

 「むんぐぅ~! タニカワのイジワル! イジワル!」


 よく訳のわからない悔しさに歯を食い縛りながら、タニカワの手を堪能していると不意に通信が入った。


 「こちらスペクター、ターゲット予定通り待ち合わせ時間の二時間前に到着」

 「エアリス1 了解。追跡を開始する」

 「エアリス2 了解。追跡を開始する」

 「スミレ1 了解。追跡開始」

 「......通信だだ漏れじゃ! どこにいるか知らんが帰れ!」

 「ちょっとま......」


 通信をぶち切った。ただでさえ知り合いには見られたくなかったのに。羞恥心で押し潰されそう。スペクターのおバカ! 変態!
 追い討ちをかけるがごとく、タニカワが左手でわらわの顎をくいっと持ち上げた。あまりに自然な動作に抵抗するまもなかった。避けようのないまっすぐな視線がわらわを射抜く。タニカワはわらわの頬を片方の手で覆い、目元の涙をぬぐうと優しくささやいてきた。


 「セレア、大丈夫か?」

 「......わかった。降参......」


 バッと浮き上がった。驚いたタニカワがゆっくりと後ろにのけぞる。わらわは体を液状化させて素早くタニカワの背後に回りこむと正座のポーズで体を復元。見事、タニカワの頭がわらわの足に収まった。そして最後に帽子をキャッチ!


 「......するとでも、思ったか」

 「セレア、......参った。この体勢は......その、恥ずかしい......」

 「素直でよろしいのじゃ」


 わらわはタニカワの頭をなでなでしつつ、起こしてあげた。


 「さて、タニカワこれからどこに行こうかのぉ」

 「どこまでもついていくよ、セレア」


 タニカワの手を握ると、わらわは朝日が照らす町中へ飛び出した。
 笑顔を周りに振りまきながら、二人でどこまでもどこまでも駆けていった。