夢見る機械(完全版) ~前編~
サブブログの方で公開した長編小説です。今回はネタ出し、プロット、追記修正とかなり凝って創作しました。時間をかけ、労力をかけ、自分なりに全力を出した作品となっているので是非読んでいただきたいです。
かなり長くなっていますので、空いた時間に少しずつお読みいただくのがおすすめです。
長田克樹 (id:nagatakatsuki)さんに本文を添削および監修していただいています。ガーナ元国王も長田さんから借りたキャラとなっています。一ヶ月間本当にありがとうございました。
『下』の『12.居場所との最後の戦い』が加筆分となっております。サブブログの方で結末まで見た人も覗いてみてください。
あらすじ
都市国家カルマポリス。そこには妖怪と呼ばれる種族と、アルファと呼ばれる種族が住んでいた。
妖怪は呪詛と呼ばれる力を行使できる人類。
アルファはAIを搭載したアンドロイド。
かつて彼らはワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から発せられる、第三のエネルギーによって栄華を極めていた。
時は流れ現代。ワースシンボルが妖怪の呪詛によって攻撃された。産み出されるエネルギーが低下し、町全体の機能が低下。前代未聞の危機に陥った。機能を回復するには、何者かがワースシンボルの最深部に行き解呪の札を貼らねばならない。そこで国が選出したのは、かつてアルファ兵器として産み出され、その過去を隠し妖怪として生活する一人の少女セレアであった。
セレアの運命、そしてカルマポリスの真実とは……。
1.セレアの日常
1.1 セレアとスミレ
この街は妙だ。昼とか夜とか関係なしに、緑がかった霧が漂っている。その霧が都市全体をドームで覆っている。
わらわは教室の端で窓の外を見ながらボーッと考え事をしていた。
銀色の長髪を弄りながらあくびする。ふと、クラスメイトの話し声が耳に入った。
「昨日も俺の住む地域、計画エネルギー停止だったんだ。だいたい二時間くらい? 呪詛製品使えないとかマジ勘弁」
「最近多いよな。停電ならまだしも停呪はなぁ......」
この街は巨大な水晶、ワースシンボルから産み出されるエネルギーに依存している。例えるなら線を繋げなくてもいい電気。夢のようなエネルギーだ。お陰でこの国、カルマポリス普段は緑色の霧として目に見える。その証拠に本来雪のように白いわらわの肌も薄緑に染まっている。
ただ、このエネルギーは霧が行き届く狭い地域でしか効果を発揮できない。だからワースシンボルの働く狭い敷地に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった。
それがこの町カルマポリスなのだ。
「......セレア」
「スミレか。なんじゃ?」
注意しないと聞き取れなさそうなか細い声が聞こえてきた。わらわは窓から視線をはずし振り向いた。
わらわの席の横に立っていたのはこの学校特有の黒い制服に身を包んだ少女だ。目が大きく整った顔立ちに反して露骨な無表情。そして目を引く猫耳のような第三、第四の耳。
「珍しい」
「わらわが一人でいることが、か?」
こくりとスミレは頷いた。
わらわはスミレに微笑むと、ピクピク動いている猫耳をゆっくりと撫であげた。スミレは目をつむりされるがままにする。
「これ」
スミレは唐突に手に持った本をわらわに突きつけた。
ページの右半分に、ジーパンに袖が長すぎる白衣を羽織った奇抜すぎるスタイルの男の写真が描かれていた。
「『ライン・N・スペクター』? なんじゃこいつ? 頭の右半分ってこれ機械か? ......お主、まさかこれが好みとか」
「違う」
ほんの数ミリ、スミレの口元が歪んだ。
「冗談じゃよ。それで、こいつがなんじゃ?」
「会ったことがある」
撫でられて満更でもない様子でスミレは首を横にふった。濃い紫色のショートカットがさらさらと揺れる。
「ただの変態半裸ロン毛だった」
「おっ......お主、ズバッと言うのぉ。何々......妖怪から抽出した呪詛を加工してつくるスイーツやドリンクを開発って、購買で売ってるあれの原型か! へぇこんな奴が創始者とはのぉ」
「信られない」
「そんなにヤバい奴じゃったのか。わらわはこっちも気になるんじゃが」
わらわは左のページに描かれたギターを握りマイクに語りかけている青年を指差した。公園で見かけたら間違いなく逃げ出したくなるような顔である。
「極道?」
「カサキヤマっていうアーティストじゃよ。強面なのに繊細な歌詞と歌声でわらわも好きだったんじゃ。早死にしてしまいおったがのぉ」
読み進めていた所で、教室のざわめきが急に椅子を動かす音に変わった。チャイムが鳴っている。名残惜しいのか、自席に戻りたがらないスミレを無理やり席につかせて、わらわは教科書を開いた。
1.2 タニカワ教授の授業
教壇側の扉が開き、壮年の男教師が入ってきた。真ん中で別れた髪の毛にはところどころ白髪が混じる。全てを赦しそうな笑みは、いかにも薄幸そうなイメージを生徒に植え付ける。
「この時間は特別に私が担当することになった。社会妖怪学の教科書、ちゃんと持ってきているよね?」
「忘れたのじゃ!」
「セレア、堂々と言うことじゃない」
教室がドッと笑い声に包まれた。そんな中、セレアは堂々と教壇へとあるいていく。
「セレア、前に来なさい」
わらわは席から立ち上がると、バック転を試みた。わらわの座席は転校してきたために、教室の端だった。どう考えても普通なら無謀な距離だ。しかし、わらわの体は異様に長い時間滑空し、放物線を描き教壇の前に見事着地した。
教室が再び拍手に包まれる。わらわは演劇部の舞台挨拶のようにうやうやしく頭を垂れた。
「綺麗に決まった!」
「十点満点!」
「よっ、さすが空とぶ転校生!」
外野の誉め言葉を真に受けて照れる。そんなわらわの頭にタニカワ教授がポンと手を置く。
「セレア、学校で飛ぶのは止めなさい」
クスクスと、教室の生徒の笑い声が聞こえるなか、タニカワ教授はわらわに顔を近づけてささやいた。
「あと、私に教科書を借りたいからといって、教科書を忘れたフリをするのは止めてくれ」
「......気づいてたのじゃぁ!?」
わらわは頭に血がのぼるのを感じながら、貸し出し用の教科書をタニカワ教授からぶんどった。自分の席に戻る途中、スミレが首をかしげたが、わらわに答えるだけの余裕はない。
「......さて、授業を始めるぞ。いきなりだがテストに出る範囲なのでよく聞くように」
テストと聞いて、教室のざわめきが一瞬にして収まった。
「世界に存在するヒトと区別される種族は、妖怪・アルファ・人間・精霊の主に四種族。我が国カルマポリスには主に妖怪とアルファがすんでいる。まずアルファ説明から。アルファは人工知能を搭載したアンドロイドで人口の一割程度を占めている。まあ、あくまで感情を持たないとされるアルファを人としてカウントするかは種々の倫理的問題がある。ただ、この国では一応人として扱っているんだ」
タニカワ教授が一瞬セレアと目を合わせ、すぐに反らした。
「一方妖怪は人口の九割を占める。『魂の力』を用いて呪詛と呼ばれる能力を発揮できるんだ。呪詛は一妖怪につき一系統のものが使え、本人の素質や努力に大きく左右される」
教科書を立ててタニカワ教授の視線を逃れつつ、折り紙で小さな鶴を折る。ふぅ......と吹くと、ふらふらと鶴が空中に浮いた。
わらわの呪詛は空気を操れる力だった。高速で空を飛ぶことができるし、かまいたちを飛ばして遠くにある空き缶を切り裂いたりできる。
それが、授業中の手遊びに一役勝っていた。
「ただ、カルマポリスは町全体がワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から溢れ出るエネルギーで成り立っている。カルマポリスの殆んどの生活用品はそのエネルギーを享受して稼働している。逆に言えばシンボルの範囲外に出ると全く役に立たない」
隣の席の男子がわらわの鶴を指差した。すると、紙であるはず鶴が羽をパタパタとはためかせた。教授にばれないよう彼にグッドの仕草をする。
「そして皆さんもご存じの通り、カルマポリスで生まれた妖怪は、ワースシンボルのエネルギーがなければ呪詛を発動できない......って、そこ! 遊ばない」
一瞬ドキリとした。鶴を着地させて流れるように机の下に潜り込ませる。隣の男子もはっとした表情で固まっている。
が、タニカワ教授の視線は別の生徒の方に向かっていた。
「あと、セレア!」
「のじゃぁ!?」
「放課後、物理研究室に来なさい」
「バレてたかのぉ......」
1.3 物理研究室にて
はたから見たら、物理研究室の机のうちひとつから首だけが出ているように見えるだろう。わらわの背が低すぎて背筋を伸ばしても首から下が机に隠れてしまうのだ。
肩にかかった銀色の髪の毛を払いのけ、コンパクトレンズを覗いた。色白の肌にパッチリとした瞳に小さな鼻と口。ふっくらとしたほっぺた。左眉の下から左頬にかけて傷の跡がある以外は小等学級生にしか見えない。
「ごめんセレア、おくれちゃったね」
若い頃は眼鏡の似合う美形だったらしいタニカワ教授が部屋に入ってきた。柔和な笑みに陰りが見える。
「まあ、わらわに非があるからな......」
「なんのこと?」
「あっ......何でもない何でもないのじゃ!」
タニカワ教授は首をかしげてわらわの顔をのぞきこんだ。思わず目をそらしてしまう。頼む、ばれないでくれ!
「? まあいいや。ところでセレア、学校の方は順調かい? アルファであることを隠して暮らすのは大変だろう」
「まあ、思ったよりは楽じゃった。普通に暮らしている限りばれんからな。自分から話す気にもなれんし」
この事実を知るのはこの学校でも校長とタニカワ教授のみだ。わらわは特殊な生い立ちから自我を認められているこの国唯一のアルファだった。だが、この事を公にすれば社会的な混乱は避けられない。国からの圧力もあり、わらわは今妖怪として生きている。
今までもいくつもの苦労があった。まず第一にしゃべり言葉が「のじゃ」「~ぞ」「~であろう」と超独特であること。これはわらわの意思によるものではなく、機械の仕様上の問題で直そうと思っても直せなかった。最初はこれがきっかけでいじられており、それを助けてくれたのがタニカワ教授だった。その後も何度となくタニカワ教授には世話になっていた。
が、わらわの方から助けを求めることはあっても、タニカワ教授の方から呼び出すということは初めてのことだった。わらわが所属する孤児院についてか、それとも社会的になにかやっちゃいけないことをわらわがしてしまったのか。いずれにしろ心当たりはない。
「ところで、呼び出した理由とはなんじゃ? 大切な話を後回しにするなぞ、そなたらしくない」
「そうか。......わかった。しゃあ本題に入ろうか」
タニカワ教授の持ってきた話はわらわの予想は大きく越えていた。
「カルマポリス政府からの依頼だ」
「はぁ!?」
タニカワ教授は机の上にバンッ!と手紙を叩きつけた。
「さっきも説明した通り、ワースシンボルはこの国の命綱といっても過言じゃない。そのワースシンボルの最深部に妖怪の呪詛がかけられた。その妖怪の呪詛によりワースシンボルのエネルギー供給量が日に日に低下している。計画停呪はエネルギーを確保できなくなったための応急措置らしい。だが、来月までにはほぼ呪詛の供給量がゼロになる見込みだ」
「このための臨時授業だったのか......」
ふと、わらわは教室のクラスメイトが話していたことを思い出した。
「これを解除するには最深部に行き、直接解呪のお札を張らなければならない。が、ワースシンボルの内部は高密度の呪詛が蔓延していて普通の人は入ることさえ出来ない。でもアルファ......つまり機械である君は呪詛に強い耐性がある。だから選ばれたそうだ」
「まあ、要は行ってお札を貼って戻ってくるだけじゃろう。奨学金に孤児院の紹介......この国にはお世話になっているからのぉ」
積極的ではないが乗る気のわらわに対して、タニカワ教授は机をトントンしながら反論した。
「行く気満々のところ悪いが私は反対だ。何が起こるかわからない。防衛システムが暴走しているという噂もある」
タニカワ教授は努めて平生を装っているものの声が固かった。
「君は国にいいように使われているだけだ。年端もいかない女の子を危険な場所へ送り込むなんて正気の沙汰じゃない。しかもこの計画、成功したら国の功績で失敗したらセレアの責任になるよう仕組まれてる。それに今回引き受けたら、次も同じような手口で利用されるぞ」
「じゃが、わらわ以外に適役はいないのじゃろう? それにこの紙にも断れば奨学金や孤児院に通う権利を剥奪するとかかれておる。わらわは行かざるを得ない」
タニカワ教授が叩きつけたことでくしゃくしゃになった手紙。その一部をわらわは指差した。
「奨学金や孤児院の紹介も全部君を監視し、あわよくば利用したいという国の思惑だよ。でなければ『アルファであることを伏せろ』なんて要求しない。私は他国に移住した方が身のためだと思う」
「国の教育機関の人間が言うなら間違いないか......。因みに返答の期限は?」
「今朝お達しが来て明後日が返答の期限だ。露骨な揺さぶりだ。できる限り慎重に決めてくれ、セレア」
2.旅立ちの時
2.1 ガーナ元国王
丸々二日間、わらわは悩み続けた。自分にとって何が最善の選択なのか寝ずに考えていたが、一向にいい解決策は思い浮かばなかった。そして決断の日、タニカワ教授に物理研究室に呼び出された。
そこには意外な人物が待ち受けていた。
「久しぶりだな。セレア」
「ガーナ元国王!?」
鋭い目付きに深紅の髪の毛をはためかせ、ドレスタニアの貴族服に身を包んで姿を表したのは、先代ドレスタニア王であった。こんな場所にいていい人物ではない。
タニカワ教授は教室の端で固唾を飲んで二人を見守っていた。
「なんだ、そう驚くことでもなかろう。ノア教の一件以降、我々は同盟を結んだカルマポリスに、商談も兼ねて頻繁に訪れている。この国の動力源に異常があると聞いたものでな、現在の状況を伺いに来た」
「なら、なぜ政府ではなくわらわの元へきたのじゃ?」
本来であればカルマポリス政府に直接話を聞くのが妥当だ。ガーナ元国王の思惑が読めない。
「先見の明という奴だよ。動力炉を狂わせる程の呪詛による異常ならば、解決するにもリスクを負うだろう。産業が活発なこの国の政府が、そんなことに金を進んで使うとは思えん。ならば、人ならざるものに解決させる方が切り捨てるコストの優先度は高い。最も、その為に君をここまで生かしてきたのだろう。つまり君に期待されている事は、セレアという個人の『活躍』ではなくアルファとしての『義務』であるわけだが......」
「わらわの思いは変わらん。引き受ける」
凛とした表情でガーナ元国王に宣言するわらわに対し、教室の端でタニカワ教授が額に手を当てた。
「そうか。理由を詳しく聞かせてもらおう」
「わらわはカルマポリスに残りたい。ここでしたいことがたくさんあるんじゃ。友達ともっと遊びたいし、行きたいところもある。そして、カルマポリスで出会った人たちに恩返しをする数少ないチャンスでもあるんじゃ」
「つまらん建前の話など聞いていない」
固い表情でつらつらと文言をのべたセレアに、ガーナ元国王の鋭い指摘が入った。
セレアは一歩後ろに下がって身をこわばらせる。
「いや、これが全部」
「私を前にして道化のままでいられると思うな。......タニカワ教授、少々よろしいか」
何かを察したのか、タニカワ教授はあっさりと教室の外へ出ていった。
「これで良いだろう?」
「......誰にも言わないと約束してくれるか?」
「ああ。口が固くなければ王は勤まらん」
心の底を見透かすかのような眼に、わらわは腹をくくった。
「自分の居場所がほしい」
「居場所か」
ガーナ元国王が渋い顔をした。予想はしていたらしい
「わらわはいまカルマポリスの孤児院で過ごしているんじゃが......国がどういうことを話したのかは知らんが、職員が全員びびりまくってのぉ。大袈裟な接待をするわ、ちょっとわらわが何かするだけで他の孤児をつれて隣の部屋に逃げたりとか。異様な職員のありようを見て、他の子供らもわらわを人扱いしてくれぬ」
無表情のままセレアは語る。
「学校もそうじゃ。わらわが妖怪でないことにみんな気づき始めておる。裏では一部の生徒が化け物と呼ばれているらしい。笑えるじゃろう。的を得ている」
彼女の話に、ガーナ元国王は真剣に耳を傾ける。
「そんななか、この国で唯一わらわの正体を知りながらも、人として接してくれたのがタニカワ教授だった。真摯に寄り添い、わらわの悩みを聞いて、一緒に解決法を練ってくれたり、慰めてくれたり......あやつには感謝してもしきれん」
わらわはその言葉の後押し黙った。重い沈黙の中、小さな声で呟いた。
「わらわはな、あやつという居場所から離れるのが怖いんじゃ」
元国王は深く頷くと、口を開いた。
「告白は済ませたか?」
「のっ......のじゃあ!?」
ガランとした教室にセレアの声が反響した。
「......まだに決まっておるじゃろう。なぜそんなことを聞く? っていうか告白ってなんじゃぁ!?」
「命を伴う作戦なのだ。戦場に行く兵士に未練があれば、それだけ成功率は下がる。伝えたいことがあるなら伝えておくが良い。それに、その曖昧な覚悟が災いして彼が衝動的な行動をとらないとも限らん」
「いま話したことはあやつに心配させまいと黙ってきたんじゃ。今さらそれを話せというのか? あやつをどれだけ困らすか想像もできんぞ!?」
声を荒くするわらわにたいして、容赦ない言葉をガーナ元国王が言い放つ。
「君は他人に対する良心の呵責から逃げるための戦いを選ぶということか。独り孤独に戦死しようが誰に悲しまれるわけでもなく、運よく生存すれば今のまま彼と過ごすことができると。それとも、この作戦により日常に変化が訪れるかもしれないという哀れな期待か」
少女は両手で顔を押さえつけ、首を横にふる。
「実に都合の良い優秀な兵器だ。扱いを学べば誰でも好きなように利用することができる。簡単な話だ、君の日常に少し触れればいいのだから。想像してみるがいい、君の選んだ素晴らしい未来を。君への報酬が『いつも通りの日常』ならば、作戦完了までは『お預け』にしなくてはな」
「わっ......わらわに居場所が......居場所が......欲しいんじゃ! そのためにわらわは今回の作戦を!」
「政府が君に与える居場所など、孤独な『戦場』以外にない」
机の上に大粒の涙がぽたぽたとまだらを作っていく。気丈に振る舞っていた彼女のペルソナが崩れたのだ。腕に頭を埋めて、泣きわめき続けた。
「ゔぅぅぅぅッ!!」
わらわはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔をあげた。涙の残る顔に迷いはない。
「......ひぐぅ......いいや、それでもいくぞ。......そして生きて帰ってきて、みんなに打ち明ける......わらわの正体を! 今度は自分の力で居場所を作る!」
ガーナ元国王はゆっくりとうなずいた。
「それが答えか。......それでいい。なればこそ、我が国も後押しする甲斐がある」
ガーナ元国王が机の上に、ドーナッツ状のとても薄くて丸い銀色の物体を置いた。見る角度によって七色に輝いている。
「ノア教の捜査をしていたときに我が国の兵士が発見したものだ。ライン・N・スペクターの私物で、どうやらハッキングのための機能がこのなかに刻まれているらしい。私には扱い方がよくわからないが、タニカワ教授ならなにか知っているはずだ」
「恩に......ヒック......切るぞ」
ガーナ元国王は廊下に出て、タニカワ教授を呼んだ。その声にあわせて疲れきった表情のタニカワ教授が、教室に入ってきた。どうやら、心配で心配でしかたなかったらしい。
「タニカワ教授、彼女の決意は固まった。止めても無駄だろう」
「ですが!!」
「セレアはあなたの想像以上に成長している。私の見る限り、彼女はすでに自立するだけの意思と力を身に付けていた。それに、セレアの人生を決めるのは政府でもなければ我々のような部外者でもない」
「......わかりました」
ガーナ元国王はそそくさと教室を立ち去ろうとする。
「もう行っちゃうのじゃ?」
「大方の流れは掴んだ。我が国もやるべきことがある。早急に準備せねばな。また、何かあれば使節を通して連絡してくれ。」
「......それと、セレア」
「な、なんじゃ!?」
「居場所を『作る』と言ったな。その言葉、努々忘れないことだ」
わらわとタニカワ教授はガーナ元国王が出ていったのを確認して、安堵の息をついた。
「緊張で死ぬかと思った」
「わらわ泣き顔見られてどうしようかと思った」
「!? 何があった。乱暴とかされたのか」
「洒落でもいうことじゃないぞ、タニカワ教授」
2.2 スペクターの資料
その日の夜、意向を国に伝えたとタニカワ教授から孤児院に連絡があった。タニカワ教授によれば、今回の作戦のオペレーターはタニカワ教授自身が行うとのことだった。わらわがこの国に来てから秘密裏にオペレーターの訓練をしていたらしく、腕には自信があるらしい。
数日後、タニカワ教授とわらわは今回の作戦の本部に呼ばれた。作戦本部とはいってもとあるオスィスの一室だった。背広姿の役人によって作戦についての詳細な説明があった。ただ、ワースシンボルへの侵入経路についての説明はまだしも、今回の作戦が国にとっていかに大切か、成功すればどれ程すごいか、など下らない話を延々と聞かされた。
そのあとわらわたちは一旦学校に戻り、タニカワ教授の研究室で骨休めした。研究室、とはいっても実際は人が四人も入れば狭く感じるような部屋の真ん中に正方形の机を置いて、その四方を本棚で埋め尽くしただけであるのだが。
「疲れたのじゃぁ~」
「まあ、大切な話ばかりだったし、いいとしよう」
そう言うとタニカワ教授はガムを取り出して口に放り込んだ。
「セレアも食べるか?」
「いいのか? こんなところで菓子を食って」
「二人だけのナイショだ」
わらわも一枚ガムをもらった。本来機械であるわらわに食事は不要だ。でも、人として生きている充実感を持つのに食事はやはり欠かせない。それに、タニカワ教授からものを貰えるなんていうシチュエーションをわらわが逃すはずがない。
タニカワ教授は机の引き出しの鍵を開けて、何かの文章が印刷された紙を卓上に置いた。
「さっきの資料にはカルマポリスの内部についての記述が少なかった。それは高濃度の呪詛で内部が満たされ、普通の生き物はまず入ることが出来ないからだ。しかし、それをアルファを用いて探索するという発想は過去にもあった」
紙の著者欄にライン・N・スペクターと書いてある。
「スペクターは昔、カルマポリス政府のお抱え研究者だった。スペクターは国の命令により、アルファにワースシンボルの捜索はさせていた。大体は国の資料通りだけど一部が違うんだ」
先程見た国の資料によると、ワースシンボルへは町中央にある時計塔の隠しエレベーターを使っていく。エレベーターを出てから数㎞直進するとワースシンボルに着くとなっていた。
わらわのミッションはそのワースシンボルに国が用意した解呪用の札を貼ることだ。後は帰還するだけ。作戦自体はすごくシンプルなものだ。
ただ、タニカワ教授のいうことが本当ならややこしいことになる。わらわは少し顔をしかめて話に耳を傾ける。
「彼の研究では、国の資料でいうワースシンボルがある場所、そこからさらに地下へ通じる道があるらしい。もっとも探索させたアルファの殆どはそのまま帰ってこなかった。でも、一体だけ帰還したアルファがいた」
「いたのか!?」
「ただ、帰ってきたアルファは『夢を見た』という謎の言葉を残し、この世に存在しない町の話をし始めるという奇っ怪な行動に出た。信憑性に欠ける上、スペクターは人間であったために誰にも信じてもらえなかった。この一件が原因で優秀だったのにも関わらず、スペクターは国の研究所からはずされた」
「ここでも種族差別か! 本当にどこの国もぉぉ」
「セレア、気持ちはわかるがそれは帰ってから授業で話そう」
カルマポリスは妖怪国家だ。今でこそ種族差別はほとんどなくなったが、数十年前は非妖怪への差別は少なからずあった。そして国の重鎮は差別真っ只中で育った世代である。
「その後はこの国の西にあるエルドランに渡って研究を進めたそうだ。その過程で人の役に立つ研究もいくつも行っていて、人当たりもよかったことから国民からの人気は高い。まあ、脱法ギリギリの研究も多くて、さらには呪詛に依存する政府を批判してたから、国からはすごく嫌われてる......って話がそれたな」
「じゃが、そんな意味不明な資料を信頼してよいのか? 単なるアルファのエラーとかでは?」
「ああ。前例もなければ、それ以降調査もされていない。まあ、念のためだ。目を通しておいてくれ」
わらわは盛大にため息をついてから、資料を読み始めた。異常事態でも宿題や課題は嫌なことに変わりないのであった。
3.侵入
3.1 量産型エアドロイド
時計塔の隠しエレベーター。生きた動物は乗ることができない、機械専用のものだ。このエレベーターで地下五階を越えた辺りから呪詛濃度が急速に上昇する。ワースシンボルから発せられる呪詛の濃度は度を越している。浴びてしまうと紫外線と同じく生物は命を縮めるのだ。
無機質な空間のなか、わらわは最終確認を行っていた。
「全システム異常なし。通信状態良好。まあ、特に問題はなかろう」
「こちらも異常なし。ガーナ元国王の持っていたディスクに入ってた『ハッキングプログラム』も問題なく使えそうだ。......いよいよだな。セレア」
エレベーターの階数表示が10を越した。ローファをはきなおし、白のワンピースのシワを伸ばした。
「このお札をシンボルに張り付ける。それだけでいいんじゃな」
「いいや。帰ってくるだけでいい。セレア、君が生きてさえいればいい」
「そうか......」
わらわの右手には複雑な魔方陣のようなものが描かれた白いお札が握られている。
「タニカワ教授、もしわらわが作戦を成功させて帰ってきたあかつきには、ごほうびをくれんかの」
「わかった。できるだけ要望に沿えるようにするよ」
「サンキューなのじゃ!」
時計塔の隠しエレベーターを降りると、数百人は入れそうな広場があった。
広場の奥に埋め込まれるようにして黒い建物が建っている。横に長い一階から三階。壁面には逆U字の窓がついている。その建物の上に三本の先の尖った塔が乗っかっていた。左右の塔がまん中の塔の倍近くある。建物の輪郭は黄緑に発光しており、それがこの部屋の光源になっていた。
「この中に入らなきゃいかんのか?」
わらわが呟くとタニカワ教授の顔が視界の右下に表示された。もちろん、タニカワ教授の生首が幽霊のように現れた訳ではなく、本物はカルマポリスの基地にいる。わらわには元々通信機能が搭載されていたらしく、それを利用した技術だった。
「ああ。この奥にワースシンボルがあるはず。何があろうと私が全力でサポートする。大丈夫だ。セレア」
「ありがとう」
胸に手を置いて、ふぅ......とため息をついた。画面越しとはいえタニカワ教授がついている。そう思うと、不思議と勇気がわいてくる。
「目の前に反応多数。セレア、飛行ユニットを展開しろ」
わらわの背中から銀色の液体が滲み出て、黒い三角形の飛行ユニットを形成する。ワンピースを巻き込むがわらわは気にしない。ワンピースも実は液体金属で作られており、自由自在に変形する。飛行ユニットはわらわよりも頭ひとつ大きく、左右の尾翼と下部のバーナーのような基幹が特徴的な物体で、展開すると理由はわからないが推進力が比較にならないほど上がる。実生活では邪魔になる上ロボットであることがバレるので圧縮・収納している。
展開し終えたところで、建物の中から白いウェディングドレスを着た花嫁たちが向かってきた。その数、数十。しかも全くの無表情。わらわは異様な光景に肝を冷やした。
みるみるうちに花嫁がわらわを包囲していく。
「あやつら......もしやアルファ兵器」
「防衛システムが暴走してる。破壊許可は今とった」
花嫁がわらわに向けて一斉に手をかざした。
わらわは反射的に空中に浮かびカマイタチの呪詛を発動。巻き込まれた花嫁は、胸を大きく切り裂かれた。遅れてわらわがいた場所に無数の光弾が炸裂する。
さらに黒い施設の壁から砲台が起動。同様の光弾が発射された。セレアは華麗に旋回を繰り返し、攻撃の網を掻い潜っていく。
わらわが旋回する度、花嫁たちが銃弾の雨にもまれ木の葉のように舞う。大砲も突如としてすべて爆発した。
「怖かったのじゃぁ」
「大砲も高速の斬撃の前には無力か。ま、やればできるんだから自信を持とう、セレア」
わらわの足に数発被弾したものの液体金属が瞬時に傷を修復。完全勝利だ。
3.2 大聖堂
地面スレスレを飛び、建物の内部に侵入する。
玄関と思わしき部屋をすっ飛ばすと、やけに長い部屋に出た。部屋には車が二三台通れそうなほどの広い幅の部屋に赤いカーペットが敷かれており、その左右を高さ十メートルはあるステンドグラスが彩っている。ステンドグラスからは呪詛由来である暁色の光が漏れだしていた。
「きれいじゃのぉ。こんな速度で飛んでいるからまるで万華鏡のようじゃ」
「聖堂をモチーフにしているのか。それにしても長いな。この部屋、数キロはあるぞ」
ある程度進んだところでわらわは一旦止まった。人が乗れそうなくらい巨大な蝶が何びきも飛んでいたからだ。七色に光っており不気味である。
蝶の前で無数の火花が散る。弾が見えないバリアによって防がれたのだ。
本来蜜を吸うための口がわらわに向いた。一瞬、何か線のようなものがわらわの頭と蝶の口を結ぶ。
ワンテンポ遅れて、わらわの頭がめっちゃくちゃ熱くなった。
さらに赤いカーペットの上に続々と黒い影が集結する。わらわは蝶の光線を交わしつつ、黒い影をチラ見する。黒く見えたのは防弾仕様の防護服であった。手には剣や槍をはじめとする様々な武器が握られている。
遠くから機械的で無機質な女性の声が聞こえてきた。
『ワースシンボル防衛システム......レベル1......レベル3......移行......侵入者......排除」
わらわは蝶の口と導線を合わせないように左右に動いて敵を撹乱。不規則な動きで重装備の兵士たちに突撃した。
しゃがんで兵士の又をくぐり抜け、銃撃を隣の兵士を盾にして防ぎ、反復横飛びの要領で槍をかわす。彼女の後ろで切断されたアンドロイドの四肢が弧を描く。
舞うように戦うわらわをステンドグラスが七色に染める。破壊されたアンドロイドの欠片が空中でキラキラと輝き、わらわをさらに彩った。
そして、数分後ようやく敵の猛攻をくぐり抜け出すことに成功した。
「わかっていてもアンドロイド殺しは気が引けるのぉ。人を殺している気分になる」
「その気持ちを忘れるなよ。忘れなければ、悪夢が覚めれば普通の女の子に戻れる。君は兵器なんかじゃない」
「ありがとう。タニカワ」
「ハハハッ。先生を呼び捨てにするんじゃない。......もうすぐ最深部だ。この厄介な課題をさっさと終わらせよう」
程なくして部屋の突き当たりにたどり着いた。赤いカーペットが途切れその奥が半円形の行き止まりになっていた。床は大理石と思わしきタイルで出来ており、非常に見映えがいい。
そして、前方180度をステンドグラスに囲まれた空間の中央に巨大な正八面体の結晶が浮かんでいる。ステンドグラスの光を反射して七色に輝くそれは、凄まじい量の呪詛が放出されているらしく、周囲の光が歪み、陽炎ができていた。
カルマポリスを支える最大のエネルギー原であるワースシンボル。それが今、セレアの目の前で浮いているのだ。
わらわは後ろを振り返る。敵はもう追ってきてはいなかった。
なんとも言えない達成感を噛み締めながら、ポケットから解呪用の札を取り出す。これをワースシンボルにかざせば全てが終わる。
「こんな所でなければ」
「ん?」
「『セレア、綺麗だぞ』と、誉めるんだけどな......」
セレアは施設に入って以来初めて表情を緩めた。
「......やっぱり、君は笑顔の方が似合うな」
その言葉を聞いたわらわの視界が突如ブラックアウト。その後、わらわにとっては嫌と言うほど聞きなれた声が聞こえてきた。
『着弾確認。エアリス1 交戦する』
『エアリス2 追撃に向かう』
『エアリス3 援護する』
わらわと同じ声、同じ見た目をした兵器の姿がわらわの目に浮かんだ。違うのは服装と、左目に刻まれた傷だけだ。最悪の予感が当たってしまった。
タニカワ教授の息を飲む音が雑音に混じる。
『敵......戦闘能力......分析完了......推測......旧式エアリス......危険度......最高レベル......ワースシンボル防衛システム......レベル3......レベル5......移行』
3.3 量産型の驚異
量産型エアリス。太古にカルマポリスの内戦に運用された、液体金属式妖怪型多目的防衛兵器である。液体金属のために頭部・左右碗部・左右脚部・背部のうち三ヶ所の簡易的な変形機能に加えて、液体金属で作られている自己修復装置が搭載されており、物理的な破壊はほぼ不可能。その上、銀の泉と呼ばれる制御機構さえ工場に作ってしまえば、低コストで量産可能という悪夢の兵器だった。
弱点は一機起動するだけでカルマポリスの消費エネルギーの約十分の一に相当するエネルギーを消費し続けること。ワースシンボルが呪詛に犯されている今、三機以上を起動する余裕はない。
また、物質の状態変化を利用して肉体を制御しているため、過冷却や過熱に弱い。
「右に避けろ!」
わらわはタニカワ教授の言葉を聞いて反射的に避ける。右耳にけたたましい破裂音が聞こえた。遅れて体の右半分だけ異様に冷たくなった。
視界が回復したわらわの目に飛び込んだのは四本の剣。
反射的に飛行ユニットをふかし距離を取ろうとする。目の前のエアリス二機に気をとられていると、今度は前から飛んできた白いなにかが脇腹を掠めた。瞬時に脇腹が凍結して肝を冷やす。
冷凍弾による妨害のため、引き離せないどころか徐々に距離を詰められている。
わらわは全関節を180度回転させてすれ違い様に一閃する。一機目の上半身と下半身が分離。銃声と共にウェディングドレスが細切れになった。これで再生までの数十秒は持つはずだ、とわらわは判断する。
続けて体操選手のようなバック転と、盾に変形させた両腕で、氷の柱を掻い潜っていく。
戦闘経験の差でなんとか持ちこたえているものの、あと数十秒後には破壊されるのが目に見えていた。
「タニカワ教授、なにか良案はあるか?」
「動きを止めて君がエアリスに触れれば、ハッキングができるはずなんだが......」
氷の柱を壁蹴りして、常にエアリスに対して影になるように動く。それでも、セレアの手足は徐々に氷付けになり機能を失っていく。
だが、諦めるわけにはいかない。ここで終わってしまったらみんなやタニカワ教授と会えない。そんなのは御免だ。
苦し紛れにガトリングガンを構える。すると、願いが通じたかのように勝手に弾を発射した。氷の柱とステンドグラスの間で弾が跳ね返り、反対側にいたエアリスの脳天をぶち抜いた。目が再生する前に接近して、剣で切り裂いた。
「タニカワ、アシストさんきゅう!」
「どういたしまして。油断するなよ」
地面に転がっていた再生中のエアリスをガトリングガンで黙らせてから、次の三機目のエアリス討伐に向かう。ここまでくれば圧倒的に戦闘経験が豊富であるわらわの独壇場だった。AIを熟知しているわらわは敵の斬撃・銃撃・打撃をすべて先読みして封殺。
最後に敵の隙を見てタックルした。そのまま飛行ユニットの出力を最大にして、床に叩きつける。エアリスの肉体を構成する金属が削れ、崩れ、追撃のカマイタチの呪詛によって細切れになった。
わらわはボロボロにちぎれた雑巾のようになったエアリスの頭部に手を当て、ハッキングを開始する。
「10......9......8......」
「タニカワ! まだか!」
視界の奥の方で、エアリスが胴体まで再生している。
「あと6秒!」
「他の二機が再生するぞ!?」
左右の腕が可動した。
「あと3......2......」
頭が出来上がり、瞳がギラリと光る。
「タニカワァ!」
「1!!」
気づいたときにはわらわの目の前でエアリスが銃口を向けていた。脇の下に、二機目のエアリスの腕が滑り込み羽交い締めにされる。
もうダメかと思ったとき、いきなり眼前のエアリスが凍った。続いて後ろにいたエアリスの腕が急に緩んだ。するりと脇から腕が離れ、後ろで大きなものが砕ける音がした。
「ハッキング完了。危なかった......」
「すまぬ、一瞬お主を疑ってしもうた」
「いいんだ。ここまで追い詰められたのは私のサポートが不十分だったからだ。申し訳ない」
「いや、結果的に助かったんじゃ。気にするな。タニカワ」
ふと、気を抜いた瞬間だった。突如として、ハッキングしたエアリスがガクンと揺れたのだ。はっとして空に飛んだ。が、間に合わなかった。
「じば......」
白い閃光は一瞬にしてわらわを飲み込んだ。なおも恐ろしい速度で膨張する。触れたステンドグラスを一瞬にして割り、まばたきする間もなくカーペットを灰にし、大理石を赤く溶かし、天井を崩落させていく。秒速数百メートルで進む爆発は協会の入り口に到達。チョコレートを割るかのように入り口のあった壁を吹き飛ばした。
アンドロイドの残骸が転がる部屋をひとしきり火の粉まみれにして、ようやく炎の行進が止まった。非常用のスプリンクラーが作動するも焼け石に水状態である。
コンピューター越しに発せられる、タニカワ教授の悲痛な叫びでプツリと止んだ。
4.夢見る機械
4.1 夕焼けの町
なぜわらわがこんな場所を歩いているのかわからない。どこかの町の商店街らしい。ふと、空を見上げると夕日を直接見てしまい、目が眩んだ。
左右に古めかしい店が並んでいる。街道は主婦と思われる人たちで賑わっている。手前には野菜が並べてある八百屋があり、その奥に緑の袋がたくさんおいてある茶屋があり、その次は団子屋。カルマポリスに見られる高層建築は一切いなかった。頭がおかしくなりそうだ。
落ち着けるために深呼吸をしてみる。カレー、トンカツ、お茶......食堂がそばにあるらしい。ひどく疲れた、一休みするか。そう思ったときわらわは一文も持っていないことに気づいた。ポケットを漁ってもなにも出てきやしない。つまり、今のわらわは知らない土地でたった一人迷子になっている。途方にくれるわらわを小バカにするかのようなカラスが鳴き声が聞こえた。
延々と続くかに見えた商店街を抜けた。境目は曖昧だったが、どうやら住宅地に突入したらしい。通行人が減り、道が閑散とした。家は石垣で囲ってあり、木造家屋が目立つ。一昔前の和国がこんな感じだったと社会かの授業で習った気がする。
偶然すれ違った強面の男の子がわらわを見つめていた。なんじゃろうと、自分の体を確認してみる。
ローファに白のワンピース。銀色の髪の毛のロングヘアー。先端がちょっとカールしているのは癖っ毛で、タニカワに確認しても違和感はなかったと言われた。腕を変形させ、鏡をつくり覗いてみてもやはり異常はない。
っと、ここまで来て思い出した。そうだ、タニカワに連絡すればいいんだ。あやつならこんな異常事態でも冷静な口調でわらわに指示を出してくれるに違いない。そうとわかればすぐ行動だ。
「タニカワに連絡! おい、通じているのなら返事をしろ! うたた寝は許さんぞ......出ないか......」
だろうとは思ってた。先程の少年が見てはいけないものを見てしまったかのように顔をそらした。まあ、一人で道端で叫んだら変人扱いされるのは道理というものだ。そうだ、と少年に声をかけた。
「すまん、そこの少年」
「ヒッ! はっはいなんでしょう!?」
「お、いい声してるのぉ。とりあえず、今はいつじゃ」
彼は驚いて縮こまりながら日付を呟いた。日付は間違いなく今日だった。声楽部でも入っているのだろうか。やたらと澄んだ声だった。顔面とのギャップが激しすぎる。
「ではここはどこじゃ」
「業町三丁目だけど」
藍色の短パンに水色のシャツの少年は、この女の子はなんでこんな訳のわからないことを聞いてくるのかな、といった様子だ。
「ゴウマチサンチョウメ? そうか、本格的に困ったのぉ。カルマポリスという町を探しているんじゃが」
「ごめん。残念だけどその町は知らないな。っていうことは君、迷子?」
「ああ。そうか、それで声をかけるのを渋ってたわけじゃな? 迷子って確信を持てずに。ところでお主、名前は?」
「カサキヤマ」
わらわの推測がただしかったのか、少年は顔を赤くして目をそらした。そのせいで名前がよく聞き取れなかった。
「えっとすまん、ササキヤマ? カアキヤマ?」
「カサキヤマデス」
少年の声が裏返った。裏返っても美声だった。外見ににつかわず繊細な声と......
「......ちょっと待て、お主。どこかで見たような......?!」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「お主、たぶん音楽好きか?」
「うん。大好きだけど?」
「続けた方がいいぞ。わらわ、一人のファンとして応援するから」
ぱぁ、っとカサキヤマ少年の顔が明るくなった。
「おねえちゃん、もしかしてコンサート見て......僕のファンになったの?!」
「そうそう! 思い出した! サインくれんかのぉ」
「いいよ! 書いたげる!」
「んじゃあ、この色紙に頼む」
わらわはポケットからサイン色紙を取り出すフリをして、体の一部を板状に変形させ切り離した。それをカサキヤマ少年に渡す。
少年が言ったのは恐らくチャイルドコンサートのことだろう。実際にセレアが見たのはテレビ放送されていたコンサートで、プロたちが続々と登場するようなすさまじい、コンサートである。そして、そこに立っていたのはカサキヤマ少年ではない。繊細な歌詞と歌声で人々を魅了するアーティストだ。
「ほわぉぉぉ! サインじゃあああ! こんなところでカサキヤマのサインをもらえるとは!?」
意味もなく空中で三回転してから、カサキヤマに微笑んだ。
「おねえちゃん喜んでくれてありがとう! サインなんてしたのはじめてだから緊張した」
「ああ。たぶんこれからもっとたくさん書くことになるじゃろうな! そうなってもわらわのこと覚えていてくれると嬉しいのぉ」
「あ、もう家に帰らなきゃ! おねえちゃん、ありがとう!」
「おう! これからも応援しておるぞぉ!」
わらわはカサキヤマが見えなくなるまで手を振り続けた。
ふう、と一息ついて、わらわは複雑な思いでそのサインを見る。はじめてにしては異様なほど洗礼されているサインだ。
カサキヤマは記憶が正しければ一年前に亡くなったアーティストだったはずだ。それがなぜ、こんなところで子供の姿になって存在していたのか。異常すぎてあっさりと対応してサインまでもらってしまったが、これは相当不味いことになっている気がする。わらわの推測が正しければ、わらわは恐らく......。
いやいや、と首を振った。そんなはずはない。
っていうか、そもそもわらわはなぜこんなところにいる。わらわはここに来る直前なにをしていた? 思い出せない。数週間の記憶が飛んでいる。とりあえず、思い出したのはタニカワ教授と連絡をとっていたことだけだ。
その日は結局なにも手がかりを得ることなく終わった。アルファであるわらわは食事をせずともとりあえず寝れば(メンテナンスとも言う)永遠に活動できる。高度1000メートル位で待機すれば誰にも迷惑はかかるまい。ここまで来ると殆どチリが飛んでこないので、空気が綺麗なのだ。これ以上の高度も行くことが出来るが、酸素と言う推進力がなくなり、すんごく疲れるため止めておく。
「夜空に星はなし。わらわの行く末を示しているのか? いや何を弱気になっているきっとタニカワ教授も頑張っておるのだ。明日こそは......」
放浪生活二日目。朝起きたら夕日だった。どうやら青い空と言うものはこの世界に存在しないらしい。店の店員や道行く人にカルマポリスに戻る方法を聞くが、いっこうに手がかりはつかめない。
それならばと空を飛び探索を行った。住宅地が続き、やがて田園の緑色に視界が染まり、それでもずぅっと飛んでいくと海に出た。どうやら、この世界に大陸と呼べるものは先程いた島だけらしく、その先は地平線の果てまで何もなかった。ただただ、夕日に照らされ黒ずんだ海だけである。
さらに空を飛び続けると、ようやく島が見えてきた。島を空から様子を偵察するととうもおかしい。田園風景、村、町......どこかで見たような気がする。着陸して確認すると、そこは先程までいた島と全く同じだった。つまり、島の右端からずぅっと飛んでいくと島の左端に出てくる。ループしているのだ。
何度目かのため息をついてから、偶然見つけた川辺に腰かけた。家を失った者共の集落がそこかしこにあるが気にする気力はない。
「今日も収穫なし。......はぁ、孤独じゃ。タニカワでも誰でもいい。知っている人の声を聞きたい」
4.2 放浪生活
放浪生活三日目。
見る場所見る場所知らない場所。帰る場所はなく居場所もない。宛もなく、ただただ道行く人にこの空間の出口を聞く。
今日もまた別の町に立ち寄る。塩の香りと生魚の生臭い臭いがする。風は湿気と砂と塩を帯びており、あまり心地よくない。店がほとんど海鮮丼か寿司だった。その他には屋台が少々。寿司寿司どんぶり......和国で聞いたことがあるが実際に見たのははじめてだった。奥に進むにつれてどんどんその傾向は強くなり最終的には漁場に出た。少し大きめの建物があったので入ってみると、そこら中に白い箱がおいてあり、氷と一緒に魚が納められていた。その前で景気のいいおじさんが商売文句をうたい魚を売りさばいている。銀色の魚が旬だとかで高値がついていた。少なくともわらわはこんな値段で魚は買わんな、と思った。......思ったら、頭をギラギラさせたおじいちゃんが落札してた。ようわからん。
その後、一通り町を回って聞き込みをするも成果なし。
人に奇異の目で見られるのも飽きてきた。
「この生活はいつまで続くんじゃ......。じゃが、少なくともこの町にいる限り差別は受けないし、国からの圧力もない。この町に住むのも悪くないきがするのぉ」
昨日見つけた川辺で時間を潰してから寝る。
放浪生活四日目。
進展なし。しばらく聞き込みを続け、休憩がてら川辺でぼーっとタニカワのことを考えていたら一日経ってた。
そして......放浪五日目。
大分放浪生活にもなれてきた。だんだんわらわのことが町で噂になってきたようだ。わらわが聞く前から「ごめんね、私もしらないの」とすれ違った人が返すようになってきた。効率はあがったがそれでどうにかなるものでもない。
いつもの川の縁でホームレスと一緒にぼーっと空を眺める。空は相変わらず夕焼け色だ。
空を見つめていると自分がちっぽけに思えてくる。そして、だんだんともとの世界に戻ろうという気力が失われる。ここにいる人たちは少なくともカルマポリスにすんでいる人たちに比べてのんびりしていた。近所の人たちと助け合い、ほのぼの生きている。そんな印象を受けた。引きこもりが増加しつつあるカルマポリスとは偉い差である。わらわは一人でぶつぶつと喋り始めた。もう、人の目は気にならなくなっていた。
「ここにすんでしまおうか。精神的ショックのために、ありもしないカルマポリスという町を故郷と思い込んでしまい、路頭に迷ったあわれな女の子......こう考えるとこの世界が異常なのではなく、わらわが異常に思えてくるな......」
深いため息をついて前を向いた。対岸になにかが見える。人影のようだ。よく目を凝らしてみる。
「猫耳かぁ。珍しいのぉ。無表情で川底を覗くとはよほどの変人か暇人じゃのぉ。はて、あの顔どこかで......はぁ!?」
思うよりも先に体が動いていたらしい。気づいたら川の上空を跳んでいた。そして、猫耳の目の前でビタリと着地。両手をあげてアピール。
「......十点満点」
呟いてゆっくりと顔をあげたのは、間違いなくわらわの知っているスミレだった。
「久しぶり」
「ひさし......うぇぇぇん!」
言い切る前に嗚咽と、涙に遮られてしまう。安心して足の力が抜けて、地面に座り込んだ......つもりだった。座ったはずの地面の感触がなかった。そのまま視界が空を捉えたと思えば急に歪み、背中に冷たい感触が。その感触がさらに全身に浸透していく。慌ててわらわは水面に手を伸ばした。
暖かく、柔らかい手が、わらわの手を包み込んだ。
「セレア......ドジで死ぬ......完」
「勝手に殺すな!」
二人で再開を喜んだ。
「よくわらわがここに来るとわかったのぉ!」
わらわの質問にたいしてスミレはものすごい早口で答えた。
「道行く人にカルマポリスという架空の町の所在を聞くとされており、ジャンプだけで数百メートル空を飛ぶ、頭の壊れたかわいそうな美少女が、川辺でよく座っているという噂を聞いた」
「......聞かなきゃよかったのじゃ」
4.3 友達との再開
川辺に腰かけて、深呼吸した。川はきれいで水底まで見える。藻がゆらゆらしている他、銀色の小魚が泳いでいるが名前はわからない。水の流れる音は限りなく静かで、ひとつ難点をあげるとすればホームレスの生活音だろうか。
「まさか、こんなところでスミレに会うとはのぉ。お主本物か?」
「この前の授業でセレアがタニカワ教授の教科書を借りて、顔を赤くして戻ってきたことを知っている程度には本物」
「はっっっずかしい例え持ってきたのぉ! まあ、こういう毒がある言動からしてそなたじゃな」
スミレはとなりで、緩慢な動作でカニを指差して口をぽっかり開けた。姿勢がいいだけに余計シュールだ。わらわはこのカニの名前をしらない。が、タニカワがいたらきっと解説してくれるに違いない。
「お主はどうやってここに来たのじゃ?」
わらわの問いに、教室で無駄話するときと同じノリでスミレが答えた。
「いつのまにか」
「そうか。ここはいいのぉ。カルマポリスと違ってみんなのびのび生きている。時そのものがゆっくりと流れているようじゃ。公園に行けば子供が遊んでいるし、山に行けば動物もいる。下手に開拓してないお陰で自然のままの場所も多い。死んだように下を向いているスーツ姿の男どももいない。それにみな親切じゃ」
「そう」
「正直、このまますんでもよいかと思っとる」
静かにスミレがうなずいた。そして突如、川の中程を向いて猫耳をピンと伸ばした。魚の跳ねる音がしたらしい。川の光が反射してキラキラ光る眼の先に、かなり大きめの魚が泳いでいた。塩焼きにしたらおいしそう。スミレの他にタニカワでも誘って今度寿司屋にいくか。
「......ついていっても?」
「もちろんじゃ!」
「ありがとう」
わらわは、わしゅわしゅとスミレの頭を撫でた。スミレがくすぐったそうに身悶えしたあと、ゆっくりと体を預けて来た。
しばらくそのままそうしていたが、なにかを思い出したかのようにボソボソとスミレが呟いた。
「ついていく上で、あなたにひとつ質問がある」
「なんじゃ?」
「過去。正体。隠し事」
「そうかぁ、そう来たかのぉ~。まあ、どのみち明かす気でいたからいいじゃろう」
わらわは手短にあった石を投げた。三回ほど跳ねて底に沈んだ。
「明かす気でいた」、自分で言っておいてひどく腑に落ちない。何か思い出せそうな気がする。タニカワ教授とその件で面談したような。そもそもどうしてその話題が出たのか? そうだ、ガーナ元国王に意地を張ったからだ。じゃあ、元国王がカルマポリスに来た理由は......。
「カルマポリスにはエアリスという兵器があってのぉ。とにかくめっちゃ強い。しかし、弱点があっての。エアリスの原動力は呪詛なんじゃが、とにかく燃費が悪いんじゃ。ワースシンボルのエネルギーをもってしても今の段階では同時に三機しか動かせぬ」
近々戦った三機のエアリスが頭に思い浮かんだ。なぜわらわは教会なぞであやつらと戦っている。そうじゃ、ワースシンボルに異常があって、それをタニカワ教授と一緒に......。
「それをどうにかして別の場所で動かそうと頑張った宗教団体があった。やつらはワースシンボルの代わりに、とんでもないものを原動力としてわらわを起動した。それはこの世にさ迷える幼子の魂じゃ。魂のエネルギー=呪詛じゃから、呪詛で動くエアリスにはもってこいじゃ。ひとつの部屋に何万というさまよえる魂を召喚し、閉じ込め、そのエネルギーでエアリスを動かした。が、魂たちは反逆してそのうち新品の一機を乗っ取った。それがわらわじゃ」
「そう」
「あれ、あんまり驚かんのな」
「あなたはあなた」
変わらず身を委ねてくれる友にわらわは深く感謝した。そして、スミレの感触からすべてを思い出した。
「お主がそういう反応をしてくれて安心した。やはり、わらわは帰って皆にこの事実を言わねばならん。もう隠したくないんじゃ。これからも後ろめたい気持ちをずっと背負って生きていくなぞごめんじゃ。わらわは帰る。お主はどうする?」
「それでも、ついていく」
そのためにはワースシンボルの最深部に行き、お札を貼り、問題を解決せねばならない。それを通し、わらわは人を殺すために生まれた兵器ではなく、カルマポリスのことを思いやる一住民であることを示す! ようやく思い出せた。すべきこと、なすべきことを! そして何より、あの心配性の教師をこれ以上待たせてられん。
「ま、帰りかたがわからない以上はどうにもならんけどな」
「アッッッ!!!」
「のじゃじゃ!? どうしたのじゃ!?」
ばっとわらわの体からスミレが飛び退いた。よくみると表情筋をピクピクさせている。スミレは普段どんなことがあって顔に『は』感情を見せない。一大事だ。
「体......透けてる」
意味不明なことを呟かれ困惑した。何をいっているんだと顔を傾けたとき、視界の下であろうことか自分の下半身が消えかかっていた。まるで幽霊だ。
「はぁ?! ハァァァ! わわわわわわわわらわが消えるぅ!」
「あ......」
「まっ......」
お互いに言葉を言い終える間もなく、突如ブレーカーが落ちたかのように視界が真っ暗になった。
~後編に続く~