高二 四日目
僕らはいつものように駄弁っていた。相も変わらずスピネルの黒髪は絶好調だ。胸は、まあ……うん。
「フフッ……。この前は助かったよ。あなたのお陰で再試にならずにすんだ」
2日前にあった漢字テストの居残りが昨日の放課後だった。
「受かって正解だよ。放課後居残りきつかったぞ。五時半まで残らされた」
昨日、僕は夕日が差し込む教室で『漢字30個覚えるまで居残り』をしていたのを思いだす。『鬱』の字がどうしても書けず、終わる頃にはテストの問18をエタノールで消し去りたくなっていた。
「あなた以外にも六時まで残らされた人もいたんでしょ」
スピネルの小動物を哀れむような声を出した。彼女の僕への反応から、いかに自分が疲れきっているのかがわかる。
「六時も五時半もそんなに変わらないけどな。結局残ってる友達を待つていたせいで実際に帰ったのは六時過ぎだ」
「で、居残りの後さらに友達と遊んだ?」
僕はわざとらしく顔を歪ませた。飽きれと苦笑いが同時に顔に表出した。
「スピネルは超能力でも持っているのか?それはともかく、」
僕は一呼吸おいて重々しく口を開いた。
「学校の前の自販機で飲み物を買えたんだ」
スピネルが揺れた。今もし黒髪の隙間から彼女の瞳が見えたら、それはとても大きく広がっていることだろう。
「嘘!あの自販機いつも売り切れだったのに!今日の朝も!昨日も!そのまた昨日も!1ヶ月前も!」
どんだけ自販機に執着してんだ、と普通なら返すところだけれど、『あの』自販機の話なら別だ。
「昨日の午後5時に以降に補充されたらしい。僕が来たときにはすでに半分が売り切れだった」
学校の前には自販機が2つある。一つは普通の自販機。もう一つはゲテモノしか入っていない混沌の産物だ。
ダンッとスピネルは机に手を置き前のめりになって言った。
「で、何を飲んだの?見た目は?味は?」
「コーンスープ醤油豚骨味。どういう製法しているのかわからないけど、本当にラーメンのスープそっくり。ちょっとお高めのカップ麺の汁をさらに改良した感じ。色もしっかりとついていて、味は博多ラーメンに近かった」
スピネルは結構真剣に僕のレビューにあいずちをうっていた。
「美味しいんだ。買う価値は?」
一缶200円。それがあの自販機の相場だった。缶ジュースに払うにしては少々手痛い。というか、学生が買うには普通に厳しい値段だ。500mlのペットボトルを二本買えてしまう。でも僕は言い放った。
「ある。売っていたら確実に買うべきだと思う。あそこ以外にあんな自販機見たことないし、味も高いだけ美味しい。200円分の価値はあると思う」
彼女は自らの黒髪をざわっとかき上げた。
「私的には『イチゴ果肉入りショートケーキ風ドリンク』が気になるの。私も毎日自販機に寄るけど、いつジュースが入荷するかわからない。もし、売っていたら買って欲しい!」
「大丈夫か?体重気に……」
一瞬目の前が真っ暗になり、星が見えた。そのあと、顔を真っ赤にして恥ずかしがるスピネルが見えた。あ、かわいぃ。
チャイムの音が遠くで聞こえる。
人物紹介:スピネル
クラスではスピネルやスゥちゃんと呼ばれている。
3人に2人はいると言われている美少女。まあ、好みは別れるがな。美しい黒髪と目にかかった前髪がトレードマークだ。
常にスピネル(宝石)のペンダントを持っているらしい。
口調は比較的穏やか。
父親譲りの常識的な面と母親譲りの不思議ちゃん気質を持ち合わせる。
演劇部所属で、演技は母親がアレなぶんかなり得意だ。
ちなみに中学はオレと山田(さんだ)と一緒だ。
そうそう、体重と貧乳については禁句な?覚えておけよ?
何で父親とか母親のことまで知っているかって?本人に聞いたんだ。たぶんな。