フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

幻煙の雛祭り ━前日━ 3 PFCSss

 私はドレスタニアから『とある乗り物』に乗って高速でアンティノメルへと飛んだ。

 国北西に位置する廃校舎。闇取引にはうってつけの場所でありヒーロー(犯罪を取り締まる組織)も目をつけている。
 その二階の教室に私は踏み込んだ。もちろん黒いコートにトレードマークであるペストマスクを着けている。
 教室の椅子や机は取り払われており、殺風景きわまりない。床のフローリングがほとんど剥がれており、そこら中に散乱している。
 壊れた教室の窓から漏れるわずかな朝日がマスクにあたり、少し暖かい。

 「来たか」
 
 ペストマスクの中から淀んだ声が響く。
 その声に導かれるように三人の青年が姿を現した。もちろんこの学校の同窓生などではない。
 
 「あなたが『解剖鬼』ですか?」
 
 三人のうち一人、赤のベストを着た人間が口を開いた。ロボットのように冷たい口調だ。情報によれば17才とのことだが、信じられないほど大人びている。
 そして驚くべきことに、私の巨体に対して全く恐怖を感じている様子がない。

 「そうだ。私がお前たちをここへ呼んだ。手紙の方は読んでくれたかな?」

 「ああ。エルドランのノアうんたら教にさらわれた人質を助けるんだって?」

 藍色のタンクトップを着た青年が答えた。種族は妖怪の中でもサターニアといったところか。赤い青年に比べて年相応といった感じだ。
 私が手をピクリと動かすと、一瞬動揺したのが見てとれた。

 「それは本気で言っているのかい?」

 落ち着いたベージュのコートに身を包む鬼の男が問いかけてきた。明らかにこの中では年上だ。昨日立ち読みした本によるとアンティノメルのヒーローの創始者にして最高責任者らしい。
 まさかそんなお高い身分の方が来るとは思っていなかった。

 「そうだ。私は本気だ。それ相応の人材も用意している」
 「殺人鬼の言うことなんて信じられるか!」

 サターニアの青年が叫んだ。何かひどい勘違いをされている気がする。

 「解剖と称して殺人を楽しんでいるんだろ!」
 「誤解だ。人を憶測だけで判断するのはやめることをおすすめする」

 私はギロリと妖怪の青年をにらんだ。一瞬相手の顔が歪んだ。

 「でも、殺しているのは事実だよね?」
 「ああ、そうだ。だが、それとこれとは……」
 「オレたちがドレスタニアを始めとした各国に指名手配されているような奴を易々と逃がすと思うか?」
 
 お国のトップと生きのいい青年の二人が臨戦態勢に入る。それに対してさっきから沈黙している赤いベストの少年はじっとこちらを見据えてピクリとも動かない。ここまで来ると不気味だ。

 「シュン、命令を」
 
 「ああ。あいつを殺れ。ソラ!!」

 妖怪の子が言い終わる前に、真っ先に、恐ろしく正確に私の首もとにナイフが突き立てられた。すんでのところで手首を掴み、持ちこたえたものの、突然の奇襲には正直驚いた。
 私はソラと呼ばれた青年の手をなんとか払いのけ、距離をとろうとした。しかし、前足を後ろにずらそうとした瞬間、謎の力によって足をすくわれてしまい、体勢を崩した。
 私がそれを妖怪の呪詛のせいかと気づいた瞬間、腹のあたりに鈍い衝撃が走り、教室を転がった。蹴りを入れられて教室の端までぶっ飛んだらしい。
 立ち上がろうとしたが、どっしりと響く腹の痛みがそれを邪魔した。立ち上がることも出来ず、膝をついてしゃがんだ状態で腹を抱えるくらいしかやることがない。
 ソラの足とナイフの握られた手が視界に入った。そのナイフがゆっくりと上に引き上げられていく。私は首筋にナイフを突き立てられることを覚悟した。
 運命の時を待っていると、後から麗しい声聞こえてきた。

 「ソラ、止めろ。俺の『命令』だ。あんたらが思っているほど、こいつは悪い奴じゃない」

 フゥーッと煙草を吹かす音が教室を包み込んだ。

幻煙の雛祭り ━前日━ 2 PFCSss

 視界がまだぼやけている。眼前に作業台があり、何者かが薬を煎じているところだった。彼の着る黒いコートが私に安らぎを与えてくれる。
 黒はあらゆる恐怖から私を守ってくれる。

 「起きたか。気分はどうだ?」
 「生き返るような気分だ。フッ……フッ……」

 視界がはっきりしてきた。作業台の綺麗な手見つつ、華奢な腕をたどっていくと、やがてドクターレウカドの得意気な顔が視界に入った。

 「ところで、明日は何の日か知っているか?」
 「ひな祭り、か?」
 「そうだ。ひな祭りだ」
 「ああ。それがどうした?」

 私は眠い目を擦ろうとしたが、ペストマスクに阻まれた。
 その様子を見て、一瞬ドクターレウカドがニヤけた気がする。

 「カルマポリスから西に125キロの地点にあるエルドランという国を知っているか?前もって送った手紙を読んでいるなら知っていると思うが……」
 「『豊穣の国エルドラン』。表では観光に力をいれ種族平等をモットーとしている農業国。だが実際には人間至上主義で闇取引の穴場となっている腐りきった国、だったか?」

 私はコートのポケットからメモ帳を取り出した。ページを開いてからしおりの代わりに挟んだpH試験紙を引き抜いた。

 「ああ。その通りだ。今その国でちょっとした新興宗教が流行っている。ノア輪廻世界創造教。裏でアンティノメルのギャング精霊が関わっている他、人身売買・麻薬取引・武器の密輸などの隠れ蓑になっている。そこに大手製菓子店ステファニーモルガンのオーナーが誘拐された。その救出報酬が現金と……」

 前のめりになり、ドクターレウカドの瞳を直視して私は言った。

 「……ひな祭りに必要な菓子一式に加え、一月二回の製菓子無料件だ」
 「数十万する菓子が一月二回無料になる、か」

 ドクターレウカドのよく潤った唇から白煙が吐き出された。全く興味なさげだった。

 「ひな祭りに必要な菓子に関しては安否が確認できしだい至急で送ってくれるそうだ。一部の富裕層が嗜むような高級菓子でひな祭りを堪能できる。だから……」
 「そのメーカーの社長を救出しに行くと」
 「ただ、事前に手紙で送ったように、貴方自身は救出にいかなくていい。ただ、人質救出のための人員を集めるのに協力が必要不可欠なんだ。別に失敗してもいい。今回の救出作戦にドクターレウカドが関わったということも全てもみ消す。その上で、働いてくれた暁にはその菓子無料券とひな祭りセットを渡そう」

 黒衣の医者は苦虫でも噛んだかのように顔を歪める。これはこれでありかもしれない、と私は思った。

 「俺は甘いものが苦手なんだが」
 「ビターもある」
 「いや、そういう問題では……。」

 渋るレウカドに対して私は交渉の切り札を出した。

 「バレンタインの時の妹の顔をよく思い出すことだ。そうすれば自ずと答えは見えてくる」
 「何で妹がいることをあんたが知ってる?」
 「直接会った」
 「なに!」

 この日のためにわざわざ会いにいった。まさか、あんなに元気はつらつとした愛らしい女性だったとは思いもしなかったが。

 「『ステファニーモルガンの菓子は食べたことがない』、と言っていたな。あとそれと、『出来れば一度は食べてみたい』とも」
 「なっ!」
 「チラシの切りぬきを見せたら物欲しそぉぉぉにしていぞ」
 「あんた、俺を妹で釣る気か?」
 「騙してなどいない。事実を語ったまでだ。よく考えるんだ。今回たった一日協力しただけで、一生涯高級菓子が手にはいるんだぞ?これ以上とないチャンスじゃないか」
 ……レウトコリカにとって、とボソリと付け加えた。

幻煙の雛祭り ━前日━ PFCSss1

pfcs.hatenadiary.jp

⬆のひな祭り企画のssです。今回は交流目的で作品を作るため、他のPFCS作品の名称やキャラの名前も積極的に出していくつもりです(嫌だったらごめんなさい)。

Twitterで許可(?)をとったので、早速今回からゲストが登場します!


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 何に使うかわからない薬品が、狭い部屋の壁一面に置かれている棚に敷き詰められていた。私が知る限りでも生化学検査薬、ホルモン治療用の薬、単なる風邪薬、幻覚作用を引き起こす麻薬など様々だ。
 床の絨毯はひどくすすけており、積もった塵によって元の色がわからなくなっていた。
 私は狭い椅子に大きな体を無理矢理押し込み、業務台を挟んで向こう側にいる人物を見つめていた。
 彼は舐めたくなるような白く美しい肌に、並の宝石よりもよっぽど美しい紫の瞳を持ち、黒い外套を羽織っていた。

 「ドクターレウカド、商売の方はどうだ?」
 「最近妙な客が多い。特にドレスタニアの道化師衣裳の男には気を付けた方がいい。いろんな意味でな」

 部屋に充満する煙は彼の手に握る煙管から発せられていた。
 私のペストマスクのなかにも微かに煙草の香りが漂っている。一瞬、私の長髪に匂いがつかないか心配になった。

 「あんたの方は。自殺願望を持つ人を解剖するのがあんたの仕事だったか?」
 「その通りだ」

 私は黒いコートの胸ポケットから、解剖用のメスをちらつかせる。

 「前にも聞いたかもしれないが……それでどうやって稼いでいるんだ?自殺志願がいくら多くても一日にこなせる人数は決まってくるだろう?」

 銀色の髪の毛を揺らしながドクターレウカドは問いかけてきた。

 「この解剖を利用して、公には出来ないような医療実験も出来るんだ。データを売り飛ばせばそれなりに金になる。それに死亡理由の偽装や整形も……殆ど医療器具の費用で消えるが」

 ドクターレウカドは煙管に口をつけた。管口がほのかに赤く火照る。
 一呼吸おいて、レウカドの口から、自分の素肌と同じように白い白煙を吐き出した。白煙は自ら意思を持つかのように私の体を包み込む。

 「……医療人には厳しい世の中だ。さて、今日は何を治してほしいんだ?」
 「最近不眠に悩まされていてな。ストレスで自分何かに追い詰められる悪夢ばかり見るんだ。メユネッヅで治療したいところだが、私は永久追放を受けてるいる」

 ドクターレウカドは奇妙に口を歪めた。一瞬なんだと思ったが、単なる笑顔らしい。

 「ああ、あるぞ。まあ、『かかる』か『かからない』かはあんた次第だが……」
 「構わない。『ドクターレウカドに治療してもらった』、この事実だけで十分だ。その事実だけでも安心する」

 黒衣の医者は私の後ろに消えた。一呼吸置いたあと、レウカドの繊細な指が私の首筋を包んだ。そのまま耳元になまめかしい声が発せられる。

 「……なら、ゆっくりと鼻から煙を吸うんだ。首を少しあげて気道を広くしろ。そうだ、その調子だ」

 ドクターレウカドの心地よい言葉がペストマスクに響く。

 「なるべく自分の陽になることを考えるんだ。家族とか恋人とか、好きな食べ物のことでもいい」

 私は今は亡き恋人のことを思い出していた。あいつにも首筋を撫でてもらったことがあった気がする。

 「全身の力を抜け……。まず手が重くなっきた……次に足も重くなってきた……。その調子だ、完全に力を抜くんだ……」

 安心感からか、瞳に瞼が重くのし掛かってきた。心地よい部屋の空気と硝煙とが混じりあい、私は深い夢の中へと堕ちていった。


りぶろ (id:Hirtzia)