幻煙の雛祭り ━前日━ 5 PFCSss
「で、あんた次はどこに行くんだ?この流れだと普通『ライスランド』か『リーフリィ』、『チュリグ』たが」
ドクターレウカドは地図を指差し、アンティノメルから東に指を動かした。
「今回は『リーフリィ』に行こう。三人の猛者がいる。『ライスランド』はその次だ。チュリグは行ってもいいが……私は何も出来ない。住民から逃げるので精一杯だ」
ソラが少し戸惑って『乗り物』を見ていた。
「ところで……本当にこれに乗っていくんですか?」
「ん、どうかしたか?」
「……いえ、なんでもないです。行きましょう」
何を疑問に思ったのだろう。
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訓練場にて私は水色髪の青年と向き合っていた。周囲にはこの国の兵士たちと思われる人がいたが、みんな青年の動きに釘付けになっていた。
「はぁ……はぁ……」
ペストマスクのなかで私の吐息が反響する。
相手の獲物は刃渡りは長く、刃の幅共に広い、いわゆる大剣。それに対して私は両手のアーミーナイフで健気に受け流していた。
私のナイフの数倍の大きさの剣をふるっているというのに、私のナイフをさばくスピードと大差ない。その結果、大剣の威力に私が一方的に押されていた。
相手、クォルという青年は余裕の笑みを見せている。私は一歩、また一歩と壁際に追い詰められていく。
そしてついに、私のナイフが衝撃に耐えられず、私の右手から叩き落とされた。
次のクォルの一振りで左手に握られたアーミーナイフもまもなくグニャリと変形してしまい、防御する手段がなくなった。
クォルは余裕といった表情でペストマスクの先端に剣を突き立てた。
「おっさん、かなり努力したみたいだな。体の動きが鈍い変わりに的確に剣を受けるから結構強かったぜ?」
訓練場の回りにいた兵士たちが叫んだ。
「うぉぉ!さすがクォル様!」
「カッケー!」
「ペストマスクのジジイ気にすんな」
クォルは回りのむさ苦しい兵士に対して激しく手を振り
「ヒューヒュー!誉めて誉めて!」
と大声を出していた。状況だけ見たら滑稽だが、相手が実際に誉められるのに必要な才能を持ち、努力を重ねているのがわかっていたため、全く笑えなかった。
凡人がいくら努力したところで、努力した天才には敵わない。それが私の悲しい経験談だ。
「おいおい、大丈夫か?肩で息をしているぞ?っていうかおっさん、ずいぶんと重いコートを羽織ってるんだな」
「生き残るためだ。仕方なく纏っている。本当は邪魔で仕方ない」
「なら脱いじまえばいいのに。俺様も戦地へ出向くときは動きやすいように結構軽装だぜ?」
「突発的に動くのが苦手でな。どうしても戦闘中に隙ができてしまう。それをフォローするための装備だ」
私はゆっくりと立ち上がり、コートに付着した埃を払った。一瞬、気道に穴を明け、直接空気を送り込んで息切れを回復させようと思ったが、場所が場所なので止めた。
「ところで、あの件についてなんだが、どうだろうか。ノア輪廻世界創造教の本堂に捕らわれた人質の解放」
「ああ、お役に立てるんだったら喜んで参加するぜ。アンティノメルも作戦に参加するんだろ?それに、かなり強いやつらとも会えるって聞いたし」
そういうとクォルはブンブンと愛剣を振った。彼にとって剣は体の一部に等しいらしい。
それにしても剣術バカとはよく言ったものだ。まあ、気持ちはわからないでもないが。
私は常に胸ポケットにしまわれているメスのことを思いだし、苦笑いした。
さて、他の二人の説得は上手く行っているだろうか。訓練場とクォル、魔法具店でバトーとクライドがいるという情報を聞いた。私がクォル、ソラとドクターレウカドがバトーとクライドの説得をすることになり、別れたのだが、やはり三人で動いた方が得策だったか?ルーカスやシュンも連れてきた方が……いいや、それだと私が殺されるか。
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らん (id:yourin_chi)
幻煙の雛祭り ━前日━ 4 PFCSss
「れっレウカド!?」
シュンが大袈裟に驚いた(今になってようやく妖怪の子の顔と名前が一致した)。
ドクターレウカドはゆっくりとソラの側に寄ると、ナイフが握られた腕を掴み、私から離した。
っと、一瞬シュンが凄い形相でドクターレウカドを睨み付けたような気がしたが、私の気のせいだろうか。
「あんたはあんたで……えげつないな。首筋に緩衝材を仕込んだ上に閃光発音菅と煙幕を仕掛けるとは。手に持っているのは煙玉だろう?」
ベージュ服の鬼の顔がひきつるのが見えた。
「もし、ソラくんがこれに触れていたら……」
私はゆらりと立ち上がると、壁にもたれかかった。よく見るとソラはいい体格をしている。細い体と十分な筋肉を両立していて隙がない。
それにしても無表情だ。まったく感情が感じられない。
「さて、これでも私が信用できないかな?特にソラ、君はドクターレウカドに一度診てもらっているんだろう?」
「えっ、ソラ本当なのか!」
「はい。俺は診察してもらいました。この人は……信用出来る人です」
やはりドクターレウカドを連れてきたのは正解だったな。
ところで、ソラがシュンを見る時だけ、表情が柔らかくなっている気がするのは気のせいだろうか。
さりげなくシュンがソラに歩み寄る。偶然お互いの手が触れて、二人してビクリとした。
私はそれをみなかったことにして、蛇が地を這うようにゆっくりと、言葉を投げ掛けた。
「そういうわけだ。協力してもらえないか?私たちは人質を救出する。君たちは人質がいなくなったことで無防備になったノア輪廻世界想像教の本堂を、混乱に乗じて制圧すればいい。どのみち近いうちに攻め混むつもりだったんだろう?私を利用するだけ利用して、みきりをつけて裏切ればいい」
私は話終えると二人の反応を見た。無意識のうちに二人は手を握っている。さっきからチラチラとお互いに目を合わせては離し……、こいつらちゃんと私の話を聞いているのか?
アンティノメルのトップは大きなため息をついてから答えた。
「ああ。わかったよ。……ソラくん」
「はい。なんでしょう?」
「しばらくの間、そこのペストマスクの男を監視してくれ」
「ソラ一人だけ別行動!?ダメだ。危険すぎる!何でソラなんだ!」
「危険だからこそだ。他のヒーローでは務まらない」
「なら、オレも一緒に……」
「シュン、だめです。それこそ危険すぎます」
私は会話よりもシュンの反応に目が行っていた。何かとても違和感を感じる。引き留める様子が尋常ではない。どうしてもシュンとソラは一緒にいたいらしい。
確かに友達が一人、先行して戦地に乗り込むのは気の進まないことだろうが、目に涙を浮かべてまで止めることか?
大人びた鬼の男もなんだか凄く申し訳ない顔をしている。
ソラはひたすら無表情だったが、それでも三人のなかで唯一大人の鬼を睨み付けているようだった。
私は三人の口論を聞きつつ、声を極限まで小さくしてドクターレウカドに話しかけた。
〔おい、ドクターレウカド?〕
〔なんだ?〕
〔あの二人……〕
〔……だろうな。そっとしておけ〕
全く別のことを考えている私たちとは対照的に、向こうでは熱い会話がなされていた。
「クソッ!わかったよ。ソラ、絶対に死ぬんじゃないぞ!本当にっ!お前がいなくなったらオレはもう……」
「大丈夫。これも平和を守るためです。それに、シュンにそういってもらえるだけで俺は……本望です」
私は冷静に状況を分析しているフリをしながらソラたちにいい放った。
「話し合いは済んだか?」
ドクターレウカドも艶やかな白髪を揺らしつつ……お、髪の毛先がよく見たら紫色だ。
「大丈夫だ。何度も言うがこいつは信用できる。俺が保証しよう。もっとも俺もどちらかと言えば闇の住民に近い。信じてもらえないかも知れないが、これは事実だ」
「わかりました。レウカド先生。あなたを信じます」
真っ直ぐソラはドクターレウカドを見つめた。二人の間にどんな診療があったのかはわからないが、少し憧れてしまう。
私の場合、ありがとうと言ってくれた患者を殺し、ばらし……。患者とって救いだとわかっていても、辛いものがある。
「ドクターレウカド」
「ん?なんだ?」
「お前はいい医者だ。そして、いい患者に恵まれたな」
ドクターレウカドは煙管に煙草を足すと、微笑を浮かべながら、上に向けて煙を吹いた。
「あと、これは大変申し上げにくいのだが……」
私はシュンに向けて言った。
「まだ何かあるのか?ここまで来て契約変更とかないだろうな!」
妖怪の青年の鬼のような形相に、たじろいているの隠しつつ、私は言った。
「あの……、そこのベージュのコート着ている人の……アンティノメルのトップの……ヒーロー創始者の人の……名前って、なんだ?」
その場の空気が一気に凍りついたのを感じた。
幻煙の雛祭り ━前日━ 3 PFCSss
私はドレスタニアから『とある乗り物』に乗って高速でアンティノメルへと飛んだ。
国北西に位置する廃校舎。闇取引にはうってつけの場所でありヒーロー(犯罪を取り締まる組織)も目をつけている。
その二階の教室に私は踏み込んだ。もちろん黒いコートにトレードマークであるペストマスクを着けている。
教室の椅子や机は取り払われており、殺風景きわまりない。床のフローリングがほとんど剥がれており、そこら中に散乱している。
壊れた教室の窓から漏れるわずかな朝日がマスクにあたり、少し暖かい。
「来たか」
ペストマスクの中から淀んだ声が響く。
その声に導かれるように三人の青年が姿を現した。もちろんこの学校の同窓生などではない。
「あなたが『解剖鬼』ですか?」
三人のうち一人、赤のベストを着た人間が口を開いた。ロボットのように冷たい口調だ。情報によれば17才とのことだが、信じられないほど大人びている。
そして驚くべきことに、私の巨体に対して全く恐怖を感じている様子がない。
「そうだ。私がお前たちをここへ呼んだ。手紙の方は読んでくれたかな?」
「ああ。エルドランのノアうんたら教にさらわれた人質を助けるんだって?」
藍色のタンクトップを着た青年が答えた。種族は妖怪の中でもサターニアといったところか。赤い青年に比べて年相応といった感じだ。
私が手をピクリと動かすと、一瞬動揺したのが見てとれた。
「それは本気で言っているのかい?」
落ち着いたベージュのコートに身を包む鬼の男が問いかけてきた。明らかにこの中では年上だ。昨日立ち読みした本によるとアンティノメルのヒーローの創始者にして最高責任者らしい。
まさかそんなお高い身分の方が来るとは思っていなかった。
「そうだ。私は本気だ。それ相応の人材も用意している」
「殺人鬼の言うことなんて信じられるか!」
サターニアの青年が叫んだ。何かひどい勘違いをされている気がする。
「解剖と称して殺人を楽しんでいるんだろ!」
「誤解だ。人を憶測だけで判断するのはやめることをおすすめする」
私はギロリと妖怪の青年をにらんだ。一瞬相手の顔が歪んだ。
「でも、殺しているのは事実だよね?」
「ああ、そうだ。だが、それとこれとは……」
「オレたちがドレスタニアを始めとした各国に指名手配されているような奴を易々と逃がすと思うか?」
お国のトップと生きのいい青年の二人が臨戦態勢に入る。それに対してさっきから沈黙している赤いベストの少年はじっとこちらを見据えてピクリとも動かない。ここまで来ると不気味だ。
「シュン、命令を」
「ああ。あいつを殺れ。ソラ!!」
妖怪の子が言い終わる前に、真っ先に、恐ろしく正確に私の首もとにナイフが突き立てられた。すんでのところで手首を掴み、持ちこたえたものの、突然の奇襲には正直驚いた。
私はソラと呼ばれた青年の手をなんとか払いのけ、距離をとろうとした。しかし、前足を後ろにずらそうとした瞬間、謎の力によって足をすくわれてしまい、体勢を崩した。
私がそれを妖怪の呪詛のせいかと気づいた瞬間、腹のあたりに鈍い衝撃が走り、教室を転がった。蹴りを入れられて教室の端までぶっ飛んだらしい。
立ち上がろうとしたが、どっしりと響く腹の痛みがそれを邪魔した。立ち上がることも出来ず、膝をついてしゃがんだ状態で腹を抱えるくらいしかやることがない。
ソラの足とナイフの握られた手が視界に入った。そのナイフがゆっくりと上に引き上げられていく。私は首筋にナイフを突き立てられることを覚悟した。
運命の時を待っていると、後から麗しい声聞こえてきた。
「ソラ、止めろ。俺の『命令』だ。あんたらが思っているほど、こいつは悪い奴じゃない」
フゥーッと煙草を吹かす音が教室を包み込んだ。