ビニール袋の中身
私が初めて病院実習に行ったのは8月21日水曜日だった。
その日の朝、集合場所で病院の方からのガイダンスを受けて私は病理検査室へ向かった。
病理検査室と言うのは簡単にいえば人の体の一部を薄く切り取り、加工し、中学の顕微鏡実習なんかで使うプレパラートに貼りつける場所だ。手術で取ってきた臓器などが一手に集まるところでもある。私はどんな者が見られるのだろうかと、未知のものへの好奇心と畏怖の念を抱きながら歩みを進めた。
病理検査室に着くなり、説明役の白衣を着たお姉さんが何かを持ってやってきた。よく見てみると透明なビニールで作られた袋のようだった。表面には患者さんの情報が大雑把に書かれている。
その中身を私は凝視した。中に満たされている茶色に近い黄色に染まった液はおそらくホルマリン液だろうか。その液の中いっぱいに何かが浮かんでいた。生まれてこのかた19年、初めてみるものだ。
しばらくして私はその正体を悟った。衝撃が体を氷漬けにした。
袋の中に浮いていたのは、患者さんから切り取られた後にホルマリンにつけられた乳房だった。乳腺の部分がひし形に切り取られ、それに体育館のマットを脱色したようなぶよぶよの脂肪が半円形にくっついている。手にすっぽり収まりそうなくらいの大きさだ。実際に触ることはなかったが、女性の胸であったことを考慮するにかなり弾力性に富んでいること想像できる。説明を進めるお姉さんの体が揺れるごとにそれに対応してゆらゆらと袋の中をうろついていた。
数週間前には患者さんの胸として機能していたものが私の目の前に存在している。私にはこの検体が体の一部としての役目を終えてホッとしているように見えた。
そのとき私は、女性は「身体の形」ではなく性格や精神などの「中身」で評価すべきということを悟った。見てくれなど関係ない。皮をはぎ臓器を見れば誰だって見た目はそう変わらないのだ。
――ただし、健康であればの話だが。