ルビネルと私 第一部 短編小説(官能表現有)
例の企画と世界観を共有しています。ただし、普通の短編小説として書いているので、企画の専門用語等は一切排除しています。企画をご存じの方もそうでない方も楽しんで頂けたら幸いです。
坂津さん( id:sakatsu_kana )からキャラをお借りしています。
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私が今年度最初の授業を時間きっかりに終わらし、教室を立ち去ろうとしたときだった。扉に手をかけた私に、ノート片手に黒い長髪を揺らしながら、一人の女子生徒が私に近づいてきた。
「タニカワ教授、この部分がよくわからなかったので、もう一度教えて頂けませんか?」
「因に君の名前は?」
「ルビネルです」
私の勤めるこの学校は単位制であり、数基本科目を除いて殆どが選択授業だ。
そんな中、ルビネルは私の担当する教科である世界史をはじめとする数科目を選択した。
私は自分の請け負う科目に興味を示してくれたことに少し喜びを覚えながら、質問に対して軽く解説してあげた。
その翌日もまた、授業終わりに質問してきた。
そのつぎの授業も、そのまた次の授業も……。
私は彼女の行動が気になり、どういう生徒なのか少し調べた。
名前はルビネル。18才。成績表だけで言うと、品行方正・成績は5段階評定で4が大半で体育が3、生物が5。
漆のように黒い長髪、対称的な白く透き通る肌、愛嬌のあるつり目、整った顔立ち。そして抜群のプロポーション。学校指定の黒い制服を難なく着こなす、麗しい生徒。
面接の時は自信に満ちた受け答えし、面接官からの評価も上々だった。
そして、彼女が世界史を選択した理由だが、それは学校の『国際学生補償金制度』を利用するためだった。
この国では近年、学生にホームステイや海外留学が推奨されている。理由は、この国が長年国交にて遅れをとっていた過去にある。その対策として、まずは国際社会で優位に動ける人材を少しでも増やしたい、という国の思惑があるのだ。そこで、国は補償金制度を作り、国際学生を推進した。この補償金制度を利用すれば、学費をほぼ免除できる。
ただし、国外に行くためには特定の科目(主に世界史)で高得点をとり、国の推薦を受けなければならない。国が推薦して生徒を送り出すので、それ相応の教養が試されるわけだ。
彼女の家庭には彼女を学校に通わせるだけの十分な金がなかった。国から借金をするという手もあるが、利子が高すぎて実質自殺行為に近い。
そこで彼女は『国際学生補償金制度』を利用することにしたのだ。ただし、前述したようにこの補償金制度は、それ相応の成績でなければ使えない。成績を維持できなければ、最悪一年で退学せざるを得ないというありさまだった。
だからルビネルは私が教える世界史の授業が終わると毎回のように内容を質問してくるのだつた。
それだけでは飽きたらず、そのうち彼女は放課後、研究室を勉強のために使いたい、と言い出した。私は最初こそ拒否していたものの、気づいたらルビネルは私の研究室に入り浸るようになっていた。
愚直に本気で勉強をしたいという彼女の思いに私が折れたのだ。
ついでに私の研究する分野にも興味があったらしく、勉強の傍ら私の論文作成を自主的に手伝ってくれた。
授業が終わったら、研究室へ行き、学会に向けた資料づくりや、授業の組み立て等をしつつ、ルビネルに雑談混じりに勉強を教える。これがルビネル入学後の私の日課になった。
そのうち、研究室で彼女と過ごす時間は、私の密かな楽しみになっていた。
ルビネルは積極的に私に質問し、めきめきとその実力を伸ばしていった。なぜか私が教える度に頬が少し赤くなったり、うっとりしたりするという不思議な癖もあっが。
年の後半に差し掛かる頃には(私の教えた所だけだが)成績も学内で上位に食い込んだ。成績発表の日、廊下ですれ違ったとき、私はすごいじゃないかとルビネルを誉めたが、本人は実感があまりわかないようだ。
髪の毛を軽くかきあげ「ありがとうございます。今日もまた、放課後に」と、去っていった。なぜだか、とても名残惜しそうに見えたが、私の見間違えだろうか。
成績が上位になろうと、彼女は毎日のように研究室に来ては私に勉強を教わった。質問するときがないときでも、無理矢理にでも理由をつくって、彼女は放課後に居残った。彼女は友達が少ないわけでもなく、中のいい子もいるのにも関わらず、なぜか研究室に来たがるのだ。
そして、時々なぜか酷く寂しそうな顔をするのである。私が声をかけても、すぐに普段通り真面目な姿に戻るのだが、どうにも引っ掛かる。
そして、とうとう学校の元に、彼女の補償金に関する推薦通知が届いたのだった。
私は彼女に推薦状を見せた。てっきり大喜びするかと思っていたが、彼女は寂しそうに微笑んだ。
「もう、研究室に行く理由がなくなっちゃいましたね」
そんな彼女に私は
「いつでも気が向いたときは来なさい」
と言った。
その数週間後だった。ある日私は、今日は学校の会議で遅くなるから、研究を開けておく。勝手に使いなさい、とルビネルに伝えた。
ただ、実際には会議は、校長の体調不良による早退、という理由で、予想よりもかなり短くなった。
中途半端な時間に会議が終わってしまい、研究室に戻ろうとしたときだった。私はルビネルの勉強を邪魔しないようにと慎重に、音のでないよう扉をあけた。
すると、なかではルビネルが椅子に座ったまま、机の上のノートに頬をくっ付け、ぐったりとしていた。全身脱力しているかのような奇妙な姿勢だった。扉とは反対側を向いているために、背中しか見えない。
どう声をかけようか悩んでいると、彼女のうわ言のような小さな声が聞こえてきた。耳を済ませるとそれは、私の名前だった。私の名前を何度も繰り返し呼んでいた。
「タニカワ教授……はぁ……タニカワ教授……うぁっ……ああぅ……タニカワ……教授……」
ルビネルの吐息の音に混じり、粘液質なものをいじった時に出るような、ヌチッ……クチャッ……という音も聞こえてくる。
私はゾッとして、その場を立ち去ろうとした。しかし、靴が扉に当たってしまい、ゴン、という音が部屋に響き渡った。その瞬間、跳び跳ねるかのような勢いで、ルビネルがこちらに向き直った。
ボタンが外れ過度にはだけた制服、左手で押さえているスカート。そして、身を悶えながら右手の人差し指をクチュリと嘗めていた。
ルビネルは観念した、といった様子で静かに語り始めた。真っ赤に染まり、快感に歪んだ顔を隠しもせず、彼女は話始めた。
「この研究室にいると、教授に包まれている気がしてとても気持ちがいいんです。タニカワ教授だけが普段、この空間で呼吸している、そんな空気を吸っていると思うと、なぜか自然と体がうずいて来るんです……。体の底からタニカワ教授に染め上げられていくみたいで……」
私はあくまでルビネルを一人の生徒としてしか見ようとしなかった。人として接してはいたものの、生徒と教師という関係を忘れるようなことは一度たりともなかった。
彼女は確かに魅力的な女の子ではあった。が、一線を越えてしまい、破滅の道を歩んだ教師を私は知っている。その記憶が私の本能を縛り付けている。
「成績が上がったとき、嬉しいのと同時にすごく胸が締め付けられたんです。ああ、タニカワ教授と合う理由がなくなっちゃったな、って。だから、教授が『気が向いたときは来なさい』と言ってくれたの、すごく嬉しかったんです。そこで、私は自分の気持ちに気づいてしまって……」
だから、私の心はこんな告白を聞いても、揺るぐことはなかった。
「こんなのイケナイコトだってわかっているんです。でも、体の方がうずいて、タニカワ教授を欲しちゃうんです。お願いします。一度だけでいいんです。私を慰めて頂けませんか?一度だけ……それで諦めますから……」
私は、ルビネルに気持ちを諦めるか、二度と授業以外で私の前に姿を見せないこと、その二択を突きつけた。
顔には見せながったが、今にも涙が出そうだった。一人の人の精一杯の告白を無下に拒否するのは、私にとってもあまりにも辛いことだ。私は心の中でも、実際にも何度もルビネルに謝った。
そして、彼女は前者を選んだ。
私たちはそれからさらに一年もの間、何事もなかったかのように、放課後の研究室で会い続けた。私はあくまで態度を以前と変えなかった。ルビネルは最初こそ後ろめたそうにしていたものの、数ヶ月経つ頃には元に戻っていた。
あのあと、彼女は私に振られたストレスからか、同級生の女の子を誘惑する、という奇妙な遊びに走った。擬似的に恋のドキドキ楽しむという危ない遊びだったが、私が止めなさい、と言っても耳を貸さなかった。
だが、学業に至っては極めて順風満帆であり、補償金を受け取ったかわりに、定期的に海外へホームステイや短期留学をするようになった。持ち前のコミュニケーション能力を活かし、時には外交官といった国の重鎮とも知り合いになるなど、国外での期間を最大限に活用していた。
そうして、ルビネルが二十歳になって数日した後のこと、アウレイスという少女を彼女はつれてくるのだが、それはまた、別の話である。
二部に続く