ルイージ物語 下 短編小説
前回までのあらすじ
あの日の朝、キノンと名乗るキノピオの青年が僕の家にきた。彼は僕にお願いがあると言った。一つは銀髪に『なってしまった』アネモナという少女に会って元気付けてほしい、ということ。もうひとつは彼女のために必要なカゲロウフラワーと呼ばれる花を摘むのを手伝ってほしい、ということだった。
周囲の人の反対を押しきってまで、僕に会いに来た、キノンの覚悟を汲み取り、僕は引き受けることにした。
アネモナは僕のファンだった。僕の書いた小説を読んでは外の世界を想像してワクワクしていたそうだ。
僕たちはそんな彼女のために、フラワーワールドにあるお花畑に向かった。でも、カゲロウフラワーのある花畑にはパックンフラワーが群生していた。これをどうにかしないと、カゲロウフラワーはとれそうにない。
5
午後の光が差し込むなか、ルイージとキノンはパックンフラワーとひたすら格闘していました。
おびただしい数のパックンフラワーで、向こうに見えていたカゲロウフラワーは完全に隠れていました。少しでも着地がずれればパックンの口に足がズボリと入ってしまうような有り様です。
しかし、ルイージは少ない隙間に正確に着地し、パックンに拳を振りかざし、なぎ倒していきます。
「キノン!大丈夫?」
ルイージはパックンを華麗に飛び越えながら言いました。
「まったく大丈夫じゃないです!こうなったらボクがファイアになってっ!」
キノンはあぶなかしく、ルイージの倒したパックンを踏み越えながら叫びます。
「だめだ!そんなことをしたら辺り一面火の海になる。僕達がたどり着く頃にはカゲロウフラワーも、僕達も消し炭だ」
「じゃあ、どうしたらいいんです?」
「このままパックンを倒した続ければいい」
「でも、やつらは地面から栄養をすいとってすぐに復活してしまいます。持久戦に持ち込んだらルイージさんが持ちません」
「大丈夫。僕には君からもらったアイテムがあるし……丈夫な体をしているから」
ルイージはそう言うと、先程よりもさらに早いペースでパックンをなぎ倒していきました。
「ルイージさん!!あぶない!」
カゲロウフラワーのあった場所につくか、つかないかという場所で地面からいきなりツタが伸び、ルイージの両手を封じました。
「普通のパックンにこんなツタはない。キノン、ビックパックンがいる!注意して!」
「ルイージさん、ボクへの警告よりも、はやくそのつたを抜け出して下さい!」
そうこうしているうちに二人の目の前に数メートルの高さはある、巨大なビッグパックンが出てきました。
そしてツタによって身動きが出来ないルイージを丸のみにしたのです!
「ルイージさぁーーん!!?」
数秒の沈黙の後、一斉にパックンがキノンの方に向きました。
「そんな……せっかくアネモナのためにがんばったのに、これじゃあ、ボクがルイージさんを死なせてしまったも同然。やっぱり、みんなの言う通り何もせずじっとしていたほうがよかったんだ」
キノン気力を失い、座り込んでしまいました。もはやパックンフラワーから逃げる元気もありません。
「みんな、ごめんなさい……」
いまさにキノンがパックンに襲われるという瞬間、ビッグパックンの口から銀に輝く何かが飛び出し、目の前のパックンを踏みつけました。
「君のくれた《メタル帽子》、役に立ったね」
「ルイージさん!!よかったぁ」
「泣くのはあとにして、さっさとカゲロウフラワーを手にいれよう。ここは危険すぎる。それに、この帽子の持続時間もあと少ししかない」
6
メタル帽子を被ったルイージには、普通のパックンなど、敵ではありません。ただ走っているだけでパックンの茎はへし折れてしまいます。
そして、メタル帽子の効果が切れるか切れないか、というときにカゲロウフラワーの元にたどり着きました。
「これを一本とればいいんだね」
「ええ。一本で十分だと本に書いてありました。これでアネモナもきっと……」
カゲロウフラワーを掴んだ瞬間、ルイージの真後ろにパックンの大きすぎる口が現れました。先程のビッグパックンが復活し、隙をうかがっていたのです。
とっさの出来事にさすがのルイージも反応が遅れ、両手で顔と花を守るので精一杯でした。
ルイージは激痛に耐えるために歯を食い縛りました。しかし、いつになってもその瞬間が訪れません。
「《ゆきやこゆこん》!キノンが使ってくれたのか?」
ビッグパックンは『いただきます』のポーズのまま凍りついていました。キノンが使ったアイテムの効力で、凍てつく冷気がパックンの動きを止めたのです!
「ルイージさん!今です!溶けないうちに止めを!」
「わかった。いい援護だ、キノン」
ルイージは右足を後ろ下げかがみ、腰まで腕を一気に引いて構えました。そしてアッパーの要領でパックンに強烈な一撃を与えました。
《スーパージャンプパンチ》
これにはたまらずビッグパックンはうなだれて動かなくなりました。
「すごいぞ、キノン!君が僕をあのビッグパックンから二度も助けてくれた」
「やったー!ルイージさんから誉められた!!」
ルイージとキノンの見事なチームプレイが強敵を打ち破ったのです。
こうして、二人は晴れてカゲロウフラワーを手にいれることができました。
「また、あのパックンのなかを潜り抜けるんですね……」
「大丈夫。アネモナの部屋にあったスーパーキノコを分けてもらったんだ。これでおそらく、帰りは持つはずだ」
7
一晩宿に泊まったあと、二人はアネモナの家に帰ってきました。
「ルイージ、キノン、おかえなさぁい!」
病気であることを感じさせない、満面の笑みで迎えてくれました。キノンはこの前と同じように、別の部屋に行こうとしましたが、ルイージが引き留めました。
「アネモナ、キノンが君を助けるためのお花を摘んできてくれたんだ」
そう言ってルイージはキノンの肩をぽん、と軽く触れました。
「いや、でもルイージさんが助けてくれたお陰で……」
と、キノンはカゲロウフラワーを手にいれるまでの話を、ちょっぴり大袈裟にアネモナに伝えたのでした。
「パックンフラワーの群れをあんなに簡単に突破できたのは、キノンがくれた《レットハーブ》で力を高めていたお陰。それに的確な指示で僕をサポートしてくれたのもキノン。君はすごいよ」
「そんなほめないでくださいよ。恥ずかしいです」
キノンはそういいながらもまんざらでない顔で照れていました。
「キノン、そんなにすごかったんだ。改めて私、あなたのこと見直しちゃった!」
ルイージは、キノンがアネモナにほめられたとき、一番顔を赤くしていたのを見逃しませんでした。そして、なぜキノンがアネモナに対してここまで尽くすのか、その理由も理解しました。
「これで私ももう一度外に出れるのね。嬉しくてワクワクしちゃう!どこにいこうかな、ヨースター島?フラワーワールド?雪国もいいなぁ!どこにいってもキノンとルイージが一緒なら楽しいけどね」
アネモナは喜びの絶頂にいるようでした。矢継ぎ早に自分の夢をキノンとルイージに言ったあと、おすすめは?とかどこにいったら楽しい?だとかものすごい量の質問をしたりしました。何時間も三人で話しました。それだけ、アネモナは外に出るのが嬉しくて、仕方ないのでした。
気がつくともう外は夕日に染まっていました。
「キノン、ちょっといいかな。アネモナ、少し二人で話してもいいかい?」
「へっ?」
「秘密の相談!気になるっ!でも、ルイージが言うなら私、我慢するよ?」
8
ルイージはキノンを一度家の外に連れ出しました。夕日が二人を柔らかくてらしていました。
「僕の役目はここまでだ」
「そう……ですか」
キノンはまるで、楽しい夢から目覚めて現実にもどってきたような、寂しい微笑を浮かべました。
「ここからは、君の役目だ」
「ボクの?」
「そう。君はアネモナと一緒に冒険するんだ。そして、外の世界の楽しさをもう一度彼女に思い出させてあげるんだ」
キノンはうつむいてしまいました。彼にはルイージの期待に応える自信がないのです。
「無理です……。ボクはルイージさんみたいに強くないし、知識もないし。それにそんなこと……」
「でも勇気があるじゃないか。僕がいたとはいえパックンフラワーに勇敢に立ち向かった。それだけでもすごいのに、ビッグパックンに一泡ふかせたじゃないか」
「でも、あれはルイージさんが……」
ルイージはキノンのあたまに軽く撫でてから言いました。
「そのルイージさんをここまで連れてきたのは誰だい?」
「僕です」
「そうだ。君が勇気を振り絞ってアネモナのために動かなかったら、何も起こらなかった。僕がここにいることを含めて、すべては君の勇気が起こした奇跡なんだ」
ルイージは静かにキノンに背中を向けました。
「アネモナを頼んだよ、キノン。彼女と幸せに、な」
「あ……、ルイージさん!待って!」
ルイージはゆっくりと手をあげて
「またね。キノン」
と大きな声でエールを送り、夕暮れの街並みに消えていきました。
9
ルイージはキノンと別れたあと、キノンの家に行きました。
「申し訳ありませんでした。お宅の息子さんを勝手に連れ出した上、危険な目にあわせ……」
「謝ってすむもんだいじゃない!あと少しでウチの息子が死ぬところだったんだぞ!あんたのせいでっ!」
ルイージはキノンの母親に頭を下げました。
「もう二度とこのようなことは……」
「ふんっ!それだけじゃあダメだね。二度とキノンに近づくんじゃないよ。まったく。これでウチの息子が冒険するとか言い出したらどうするんだか……」
と、いいながらも、やはりキノンと同じようにまんざらでない顔をしていました。
10
「ありがとうございます!本当にっ、本当にいぃ!ありがとうございます」
「いやいや、僕はそこまで感謝されるほどのことはしていませんよ!?」
アネモネの両親に号泣されて、ルイージは戸惑ってしまいました。
「アネモナが今こうして、ベッドから抜け出してっ、自分の足で歩いて、男の子と冒険できているのは全っ部あなたのお陰ですっ!誰がっっなんっっと言おうとあなたのオカゲなんです!!お礼、何でもいってください!可能な限りお支払しますから!」
「お礼をもらうなんて、そんな」
「あげないと私たちきがすまないんで!」
12
ルイージはいつものように朝のコーヒーを飲みながらキノンの言葉を思い出していました。
ーー
夢のような一週間だった、とキノンは言っていました。まるでカゲロウのように、今となっては幻のような、そんな一週間だったそうです。
キノンとアネモナは両親や回りの人の協力を得て、本当にたくさんの場所を回りました。どこにいっても楽しくて、思い出すだけで涙が出てしまいそうなほどだ、とキノンは語りました。
だから、きっとアネモナに悔いはなかった。唯一悔いがあるとすれば、それは、最後までルイージと再開できなかったこと。そのひとつにつきる、と彼は寂しげに言いました。
ーー
カゲロウフラワーは摘んでから一日以内に使わないと効果が得られず、カゲロウフラワーの効き目は長くて一週間でした。効いている間はどんな病気もなおるといわれています。でもその後は副作用により安らかに息を引き取る、まるで閃光のような生命を与えるものでした。
彼女はベッドの上で長く生きるよりも、寿命を引き換えてでも人らしくありたい、と願ったのです。
ルイージは自分のした選択が正しかったのかわかりません。一日でも長くいきるのがよいのか、アネモナの思うようにいきる方が幸せなのか、どちらも大切なことのように思えてなりませんでした。
残酷な選択をキノンとアネモナ、そしてアネモナのご両親に課してしまったこと、そして結果的にアネモナの寿命を大幅に減らしてしまったことに対する罪意識に、ルイージは頭を悩ませました。
命とは幸せとは、なんなのか。ルイージは考えているうちにコーヒーはすっかり冷えてしまいました。
ルイージはテーブルの向かい側にまたしてもコーヒー注いでしまったカップに、目をやりながら呟きました。
「兄さんはどう思う?」
ルイージの声はどこまでも虚しく、家のなかを反響するのでした。