フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

Parallel Factor ―under ground― 上

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 この世には四つの種族がいる。人間、精霊、鬼、妖怪である。種族ごとに多少の体格差はあるものの見かけはほとんど同じだ。

 とある学者はこの4種族の遺伝情報は95%以上一致すると提唱した。そして起源は等しく成り立ちが異なるとも言った。もっとも、その論文のお陰で早々とこの世を去ってしまったが。

 なぜ学者が殺されたのか、歴史に少しでも興味のある人なら察しがつく。

 太古から妖精と精霊はいがみ合っている。人間は両種族に敵わないことをしっているので双方とうまいことつきあっていた。鬼は組織を持たず、政治とは無関係に生きていた。

 そして三年前の戦争、第二次妖精戦争にて妖怪と精霊が争い、妖怪が勝った。

 力の強かった鬼は中立を貫いた。

 戦争のあと人間は鬼の力を恐れ、鬼の子を人質にとることで鬼を弾圧した。


 現在鬼の指導者と各国のごく一部の要人が鬼の解放のために運動を続け、鬼に対する差別は多少は弱まった。しかし、肝心の鬼の指導者は人間に人質をとられており、人間の操り人形と化している。
 さらに鬼の一部は自国でレジスタンスを形成、大規模なテロを企画していると言われている。

 恐怖や報復が蔓延するこの世界では、今でも色濃く人種差別が残っている。



 そしてわたしは、この歪みの極みとも言える場所にいた。

1

 わたしは粗末な座席に腰掛け、舞台に目を向けていた。
 「また、ペストマスクに黒いコートですかい?飽きませんねぇ、旦那」
 隣の席からしわがれているが、生き生きとした声が聞こえてきた。
 「いつものやつだ。頼む」
 「今回はたくさん仕入れられたんで、旦那には値引きしておきます。あとおまけの高級シャンプーでさぁ」
 「ありがたい。この長髪だとすぐに使いきってしまうからな」
 自分の声が鳥の頭のようなマスクのなかで反響して聞こえてくる。淀み、重く、暗い。
 「それにしても、旦那くらいですぜ。この満員御礼地下コロシアムの中でも、ここまで強いヤクをキメているのは。この黒髪の艶も薬の副作用ですかい?」
 「まさか。この薬は調合に使っているだけだ。市販では手に入らない上に、一から作るとなると高い」
 わたしは使い古されたブランド品のスーツを着こなす老人にそれなりの金を握らせた。
 「さて、続きでも見るとするか」
 円形で規則的に配置された座席は中央の舞台に向かっている。舞台には鈍いオレンジ色の証明に照らされた、すさまじい眼光でいがみ合っている男女。片や男は左足が極度の凍傷により青黒く変色している。片や女は右眼下の骨を折られて目玉がずり落ちそうになっている。
 「どちらがかつと思います?旦那?」
 「鬼の筋繊維は強靭だ。量は勿論、弾力性も人間より富み温度差にも強い。しかも多少筋肉が壊死したところで活動に殆ど影響しない。その証拠に見ろ。あの見た目の割りには鬼の左足は普通に動いている」
 「逆に妖怪は鬼の拳がかすっただけであのザマですからねぇ。好みの顔だったのに」
 「だが、勝つのは妖怪だ」
 「へ?」
 一瞬シミだらけのビジネススマイルが消えた。

 妖怪は鬼に向かって両手を付きだした。掌から無数の氷の粒が放たれる。
 鬼は驚くべきことに正面から吹雪の中に突っ込んだ。
 目を見開いた妖怪の肩に鬼の拳がめり込む。筋繊維が引きちぎれ、肩甲骨ごと妖怪の左腕が吹っ飛んだ。同時に会場が異様な熱気に包まれた。
 「とどめをさせぇ!」
 「殺せぇ!」
 地面に膝をつく妖怪に対し鬼は腕を振り上げた。半ば放心状態の妖怪はその場から動こうとしない。
 しかし、一瞬鬼の動きが止まった。一秒にも満たない隙だったが、妖怪は最後の力を振り絞り、右腕につららを作り出した。
 「旦那、ここまで読んでいたんですかい?それにしても、この期に及んで敵を哀れむってドンだけ能天気何ですかねぇ
 「……他人の恋路に口を出すのはどうかと思うぞ。さて、鬼の回収に向かおう。心臓が止まってから三分が勝負だからな」
 「旦那、恋人同士の殺し会いって恋路なんですかねぇ?」
 「恋愛は死んでからが始まりだろう?」


2


 わたしがたどり着いた時には既に、鬼の肉体が『ここ』に搬送されていた。コロシアムの舞台下の隠し階段から行ける部屋であり、数々の取引が行われている場所でもある。レンガ造りで光源は床から二、三メートル離れたカンテラのみ。薄暗く不穏な場所である。バレてはいけない取引をすることを前提に作られているため、遮音性も高い。
 「これでいいかい?旦那?」
 心臓部につららがぶっささったままの鬼を指差して、スーツの老人が言う。独特のかび臭さとタンパクが変性した臭い(恐らく何かの死骸が放置でもされていたのだろう)に顔を歪めていた。
 「ああ、これでいい。君、少し離れててくれ」
 わたしはつららを強引に引き抜くと、すぐさまメスを取りだし傷口に当てた。メスが触れている部分だけもるみる傷が塞がっていく。わたしはムラが出来ないように、メスを傷口の縁に沿って動かした。
 傷口を二十周したところで、つららによる傷は完全に消えた。これで健康な仮死状態の完成だ。
 アルコールを染み込ませたガーゼでらメスについた脂肪を拭き取っていると、鼻をつまんだ老人が口を開いた。
 「毎度のことながら面倒な能力ですね。メスか指で直接触れなければ使えないなんて」
 「だが、精密だ」
 わたしは無造作に老人の額にメスの腹を突き立て、一気に顎の下まで引き抜いた。
 老人は悪餓鬼に一杯食わされたときの表情ではにかんだ。もちろん顔には傷ひとつない。それどころか、シミがきれいさっぱり消え去っていた。
 わたしはメスにこびりついたメラニンの塊をガーゼで拭き取り、コートの内ポケットにしまった。
 「毎日その精密なメスで解剖しているんですよね。旦那、よく飽きませんなぁ」
 「ひとの体も魂も千差万別。何人見ても飽きん。それに生者死者老楽男女罪人聖人問わず、至るところで人の体をバラして、元通りにするのがわたしの仕事だからな。ところで……」
 わたしは部屋に乱立した柱を順番に見つめながら呟いた。
 「柱の影に隠れながらわたし達を取り囲んでいるのは君の『友達』か?」
 「そうですよ旦那。これも俺の仕事なんで。一年間どうもありがとうございやした。結構気に入っていたんですけどね。旦那のストイックな性格、好きだった。でも、旦那よりも金を出してくれる客がいてねぇ」
 老人は演技ではなく心のそこから残念がっているようだった。目からは今にも涙が溢れそうで、こらえるためか眉間にシワを寄せている。

 突然老人は空に浮き上がった。あらかじめワイヤーのようなものを天井に突き刺しており、いつでも移動できるように用意していたらしい。
 「この部屋には俺が仕掛けたピアノ線が張り巡らされている。俺の『友達』はもちろん位置を全部把握してる。因みに俺らが入るときに通った道は既に塞いである」
 老人は驚くべきことに、ピアノ線をつたい、宙を闊歩していた。
 「さて、旦那はどう切り抜けるかなぁ?」
 事態はあまりよくないようだった。この部屋には交渉が悟られぬよう、死角を増やすために十三本の支柱がたっている。彼の言葉が確かなら、この場から少し動いただけでも糸が体に食い込み、四肢が切断される。柱同士に架橋させているピアノ線によって。
 じっとしていても『友達』か老人になぶり殺されるだろう。
 「見えないピアノ線で人を切り刻むなど鬼の所業だ」
 「毎日のように解剖している旦那
にだけ言われたくないですよ」

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nagatakatsukioekaki.hatenadiary.jp

 数行の質問で五千字以上の回答をもらっちゃったので、こちらも書いてみました。長田さんのパラレルファクターの二次創作でParallel Factor Under Ground。上下、長くても上中下の短編にしようと思っています。
 ご都合主義対極を行く、シュールで奇怪ファンタジーを目指してレッツトライ!