高二ストレンジR-6
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「今日、一緒に帰れる?」
僕は戦慄した。
いつものように放課後荷物をまとめて誰と一緒に変えるか考えていたところに、信じられない人が姿を現したのだ。彼女は例によって、無い胸に黒髪を揺らしている。
「いいけど、驚いたな。知り合ってから初めてじゃないか?スピネルと僕が一緒に帰るの」
クスリと少女らしい笑いかたをしてからスピネルは答えた。
「そうだっけ?毎日会ってるから、一日くらいは一緒に帰っていたと思ってた」
「妄想するならもう少し派手に頼む」
「『スピネル』って何か覚えてる?」
いつものゲテモノ自販機が販売中止なのを確認しながら、スピネルは聞いてきた。夕陽が黒髪を優しく撫でて、幻想的な色合いをかもしだしている。
そこから連想して、僕はスピネルの質問に答えた。
「何か神話に出てくる幻の獣的な何か?」
「あなた、ゲームのやり過ぎ!」
スピネルはムキになって言った。
僕のほほに微妙に熱がこもるのを感じる。
「本当は宝石の名前。昔からルビーやサファイアと混同されてきた歴史を持っていて、イギリス王室にを飾られている『黒太子のルビー』も実はスピネルなの。因みにパワーストーンとしての効果は『自尊心を高める』」
「なるほど、ナルシストか」
スピネルの顔がみるみる赤くなってきた。機嫌を悪くした小学生にしか見えない。
「ちがーう!そういう意味じゃなくて、文字どおり『自分のよさを認めてそれを表現する』ってこと!」
荒々しく黒髪を揺らしながら反論するスピネルが微笑ましい。
ところで、自尊心を伸ばすという意味をもつ宝石の名前を名乗っていると言うことは、
「自分に自信がないのか?スピネル?」
スピネルは赤い顔のままうなずいた。
「そうなの。母親が極端に美人だからそれを引きずっちゃって。だからこそ」
突然スピネルは声のトーンを落として言った。
「二股したの」
思い沈黙が僕とスピネルの間に横たわった。僕は辛抱強くスピネルの言葉を待つ。ただただ冷静にいるよう自分に言い聞かせながら。
スピネルの顔からすっかり赤みと子供らしさが消え去っていた。
「わたしは山田くん━━サンダーを惹き付け続ける自信がなかった。だからいざというときの保険が欲しがったの。柏木君と付き会ったきっかけはそういう理由」
目の前でスピネルはうつむきながら話を続けた。牧師に対して懺悔でもしているかのようだった。段々スピネルの声がかすれてきているような気がする。
「でも二股を続けるうちにわたしは麻薬的な高揚感を得るようになっていったの。二人分の愛情を貰うことができる。二人を惹き付けているっていう自信もついた。サンダーがいないときの寂しさもまぎらわせたし、サンダーとは違った魅力を柏木くんは持っているし、いいことずくめ。ばれないように工作する背徳感とスリルもたまらなかった」
突然スピネルは自分の顔を手で隠すような仕草をした。よくみると唇の横を一筋の涙が滴っている。
僕は慰めの声をかけたい衝動にかられた。でも、僕は黙っていた。最後まで話を聞くのが正しいことを本能的に知っていたからだ。
「でもね、そういう快楽を貰っていた一方で、わたしはサンダーを裏切った罪悪感と、サンダーにバレる恐怖、柏木くんへの申し訳なさ、そういう負の感情も同時に強く感じていた。だから、快感と激しい痛みに挟まれて、強烈なストレスわたしは受けたの。それこそ、自殺しようかと思うくらい……。でも、そんなわたしを最後に救ってくれたのは、他でもないサンダーだった」
僕たちは自販機をあとにした。ひたすら住宅続く町並みを僕らは歩いている。
「わたしは散々迷惑をかけて上に裏切っておきながら、それでもサンダーにもう一度告白したの。わたしは……バカ。自分が原因で別れた癖に、彼の顔を見るたびに切なくなるの」
とうとうスピネルは涙を抑えられなくなったらしい。喋ることも止めて、しゃがみこんでしまった。
どうしようか。
僕はスピネルがカワイソウと思うよりも先に、危ないと思った。
スピネルは目前の罪に気をとられて、致命的な過ちを起こしていることに、恐らく気づいていない。二股とかそれ以前の問題だ。
もし今注意したら、悲しみの感情の連鎖に飲まれているスピネルに対して、更なる追い討ちになるかもしれない。
だけど、僕は伝えるべきだと思った。僕が一番『それ』で困っているから。そして、今『それ』を認識おかないと、スピネルが同じ過ちを繰り返す可能性がある。
僕はしゃがんでスピネルに目線を会わせる。
ようやく申し訳程度の落ち着きを取り戻したスピネルに、僕は自分なりに心を鬼にして口を開いた。
「スピネル、君は一番最初サンダーにちゃんと不満があることを伝えたのか?」
「へっ?」
「サンダーよりも先に柏木に相談した?」
「中学の時は赤崎君は頼れるような性格してなかったし、柏木くんは学年一友達が多くて悩みにも乗ってくれるって言われてたから」
きょとんとした顔のスピネルと目が合う。不意をつかれた驚きで一時的に悲しみがぶっ飛んだらしい。
「それだよ。柏木に相談する前に、サンダーにちゃんと相談した方がよかったんじゃないか?」
「でも、大切にされてないって、わたしの思い込みだったかもしれないし……」
最後の方は声がか細くなってよく聞こえなかった。スピネルは口をムグムグさせて、なにか言い訳したそうに僕のことを見つめた。まるで悪いことをしたのがバレた子供みたいな仕草だ。
「客観じゃない。スピネルからみて山田がどうか、だよ。不満があるなら本人に直接相談するべきだったと思う。相手の気持ちを気遣い合うのは良いこと。でも、そればっかりだとお互い疲れちゃうだろう?素直に自分の気持ちを伝えるのも、大切なことなんじゃないか、と僕は思うんだ」
「でも、もしそれで彼を傷つけてしまったら?」
スピネルが不安に思うのも最もだった。何せ今まさに僕が『スピネルの間違いを指摘してスピネルを傷つけたらどうしよう』っと、素直な気持ちをスピネルに伝えるか迷っていたからだ。
「スピネルとサンダーってそんなもんで絶交するような関係じゃない」
僕はスピネルの前に立つ。そして、できる限り切実に、僕は言い放った。
「……それに、『後で』間違いに気づいた時の気持ちはスピネルが一番よくわかっているはずだ」
黒髪がぶわっと舞い上がった。髪の毛の隙間からスピネルの瞳が見える。夕陽の紅に染まったどこまでも悲壮な目だった。悲壮だけど、宝石のような、眼だ。
今ごろになって、スピネルが大きく髪の毛をかきあげたのだと気づいた。
「『行動から察しろ』とか『言わなくてもわかるでしょ』だとか、言葉にしなくても気持ちが伝わると思う気持ちもよくわかる。でも人間は残念ながらそこまで優れたコミュニケーション能力なんかもっていない。たとえ、家族や親友、恋人であっても、言葉にしなきゃ自分の気持ちは伝わらないんだ」
……たとえ言葉にしても伝わらないことも普通にあるけど。
「スピネル。『自尊心』を持って、サンダーに素直な気持ちを伝えるんだ。謝るにしろ、指摘するにしろ、告白するにしろ、な。そうすれば、きっとサンダーもわかってくれる」
僕はそのあと、スピネルの罪ひとつひとつに対して慰めの言葉の雨をかけてあげた。スピネルはただただ、『ありがとう』と繰り返すだけだった。
スピネルの悩みを聴き終える頃には、スピネルの髪の毛は真っ黒になっていた。
あとは、山田だ。