フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

黒猫紳士と黒髪少女 ~水の都ヴェール 後編~ 短編小説

 3


 寄生生物が永遠の眠りにつく中、なぜか黒猫紳士も粘液に捉えられていた。化け物たちとは違ってすぐに意識を失うことはなかったが、足が固定されてしまい動けなくなってしまった。この状態が続けば紳士は生きてここ出られなくなることは目に見えている。
 続いて奥の部屋から薄い膜に覆われた球状の物体が飛行してきた。球の中心にはくの字に折れ曲がった紫色の物体が浮いている。最初の一匹を境にいくつもいくつも奥から飛んできた。
 「あれはまさかヴェーレンスさまの防衛器官か!? 本気で黒猫紳士を殺しにかかっている!」
 ウェルダは動けない猫紳士に球体が近づかないようにトライデントを振るう。黒猫紳士はへばりついた球体に両手を拘束されて動くことが出来なくなっていた。絶体絶命の状況の中、紳士は妙に落ち着いていた。
 「スピネルの言葉で謎が解けた。ヴェーレンスさまは私に『悠久の貝殻』を奪われないように飲み込んで守った。さらに、あえて弱っているフリをしつつ、『悠久の貝殻』を餌に私をここへ誘き寄せたのだ。確実に殺すために」
 「じゃあなんだ? あんたが『海人魔』の封印を解こうとしていると勘違いされたってことか!?」
 地面に描かれた魔方陣が光輝き、防衛器官たちの動きが止まった。スピネルの封印術だった。
 ウェルダがその隙に黒猫紳士を粘液から引き抜こうとする。
 「結界が粘液で......あぁ......。数分もすれば動き出す!」
 「二人とも私を置いて逃げろ! 例えこの空間から逃げたとしても、食道で粘液に捕まる」
 「レアが送り出して、俺の命と『悠久の貝殻』を救おうと危険を省みずやってきた旅人を裏切るわけにはいかない!」
 槍で粘液をこそぎとると黒猫紳士を背負い、走る。出口のあった場所へたどり着いたがやはり出口は完全に塞がっていた。
 「開けろ......てください! 開けてください海神ヴェーレンスさま! ヴェーレンスさま! ヴェーレンスさまぁぁぁ!!」
 「動き出した!」
 奥から途方もない数の防衛器官が迫ってくる。ウェルダは悲鳴にも似た声でヴェーレンスさまに懇願し続けながら槍を構えた。もはや百以上はいる球体を睨む。
 まさに激突する寸前、何かが割り込んだ。
 「ダメぇぇぇぇぇ!」
 ウェルダは呆気にとられた。割り込んできたのは丸腰で、何の策も持たないスピネルだった。
 「止めてくれ! スピネル! ヴェーレンスさま!」
 防衛器官はスピネルをあっけなく飲み込んでしまった。
 黒猫紳士はウェルダの背から跳んだ。そのまま、スピネルの元へ着地。自分のからだが粘液と器官に飲み込まれるのを無視し、スピネルの手を握りウェルダへと放り投げた。ウェルダが辛うじてスピネルをキャッチする。
 「ウェルダ......その子を......頼......む......」


 4


 「ウェルダ、私は助かったのか」
 「ねこさま! ねこさま......よかった」
 黒猫紳士の足にスピネルが抱きつき泣き喚く。
 「ちょ、バランス! それ以上は倒れる! 気持ちはわかるけど本当にやめて!」
 ウェルダが必死に叫んだ。紳士を背負っているのだ。スピネルはペコリと頭を下げて一歩離れた。
 深呼吸したあとウェルダは説明する。
 「あのあと防衛器官や粘液があんたを解放したんだ。きっとヴェーレンスさまはあんたを認めたんだ」
 「ヴェーレンスさまは間違っていない。私の正体は......」
 「あんたが何者であろうと、俺はあんたのことを信じてる。スピネルを、俺たちを思う気持ちに嘘偽りがないことは充分わかったからな」
 スピネルはようやく泣き止んだらしい。腫れた目を拭うと笑顔になった。
 「ありがとう、ウェルダさん」
 「こちらこそ。さ、スピネル。空気アメを舐めるんだ。もうすぐ出口だ」
 三人はヴェーレンスさまの口から脱出した。無事に地上へたどり着くと真っ先にウェルダがレアに抱きつかれた。気まずそうに黒猫紳士はウェルダから降りると、スピネルに肩を貸してもらった。
 人々の祝福を受けながら四人は診療所へと移動。国王含め人々は伝説の再来だとか今年の祭りはより盛大なものにしようだとか色々言っていたが、黒猫紳士の表情は暗い。
 診療所の一室にレアとウェルダを招いた。窓から入ってくる光に白いベッドと淡い水色の壁が照らされている。そんな部屋を黒猫紳士は名残惜しそうに見渡す。
 「ウェルダ殿、レア殿、今話したことを国王を始めみんなに伝えてほしい。今回の騒動は全て私が引き起こしたものだったと」
 「あんたは俺を助けた。これは事実じゃないか。それにヴェーレンスさまの思い込みが今回の真の原因だろ? 明日は祭りで、主役はあんたたち。誰も反対しないはずだ!」
 「私はもっと二人にこの町を楽しんでもらいたい。知ってもらいたい。まだ、神殿にすら行ってないのに......」
 渋る二人にスピネルは優しく微笑んだ。
 「二人とも本当にありがとう。わたしたちは、あなたたちを始めこの国の暖かい人たちに出会えただけで、とても幸せなの。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで。わたしは笑っている二人の方が好きだから」
 レアとウェルダは目に涙を浮かべながら笑った。ひきつった笑顔だったが、黒猫紳士とスピネルには充分すぎる報酬だった。
 その夜、レアとヴェルダが国王に報告したのを確認した後、祭りの準備をしている間を駆ける。宿をキャンセルして荷物を引き取ると黒猫紳士とスピネルは町をこっそり抜けた。帰り際、ヴェーレンスさまがこっそり湖上に浮かび二人に頭を下げた。国境代わりの洞窟を抜けると、暗い草原がどこまでも広がっていた。
 「大丈夫? すごく、辛そう」
 紳士は答えず歩みを進める。スーツに一切の綻びはなく、背筋もピンと延びているが手足が小刻みに震えている。心なしか息も荒い。
 「うぐっ」
 草原の風が撫でたとき、突如猫紳士が膝をついた。あわててキャリーバッグを持ったスピネルが駆け寄る。
 「無理しないで」
 「痛っ、ここらで野宿するか......」
 紳士は顔をしかめて唇を噛む。彼の痛みが修まるのを待っている間、スピネルはキャンプをするのに適切な場所がないか辺りを見回した。すると、すぐ近くに緋色の連なりが見えた。進むのに夢中で後ろを振り向かなかったため気づかなかったのだ。
 「あれは......もしかして!」
 「ヴェールの民は並外れてお節介らしい。完敗だ」
 遠くからヴェール王の声が聞こえる。
 「戻ってこい! 例え何者であろうと我が国は君たちを歓迎する!」
 二人は顔を見合わせて微笑むと、緋色の炎に向かって手を振った。