フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

黒猫紳士と黒髪少女 ~水の都ヴェール 前編~ 短編小説

 「歴史書に『美しい』と書かれていたが......想像以上だ」
 湖を囲うようにしてそびえ立つ貝を模した建築物。珊瑚色で統一された町は太陽の光を反射して淡く輝いているように見える。地面を覆う白い砂も合間って、海底がそのまま地上へ移動したかのような奇妙な錯覚を覚える。
 この幻想的な町にすむ人々は淡いサファイア色のつややかな肌持つ。頭部には深海を彷彿とさせる青い髪の毛。両腕に熱帯魚のような鮮やかなヒレ。しなやかな手足には伸縮自在の水掻きがついている。人と魚の特徴を兼ね備えたこの種族をシャワと呼ぶ。彼らに水と地上の境はない。
 ここは水の都ヴェール。半人半魚が住む、世界一透き通った町。
 「ようこそいらっしゃいました旅人さま。私は案内人のレアです。スピネルさん、黒猫紳士さん、歓迎します!」
 「祭りがあると聞いて来てみれば、いやはやここまで綺麗な都だとは。しかもドレス姿の案内人まで。いや、ドレス風の水着か?」
 「ねこさま! 貝殻すごくきれい!」
 黒猫の顔を持つ紳士はシャワ族の女性、レアに会釈した。その隣で黒髪の少女が今しがたもらった貝殻を、太陽にかざしたりして色合いを楽しんでいた。湖の背景が合間って、まるで浜辺で遊んでいるかのように見える。
 「このヴェールでは祭りの前日に来た旅のお方、先着十名に限り暁色の貝殻をプレゼントするのです。これを持っていると祭りの前日と当日の二日間、町で様々なサービスを受けられるようになります。例えば......私のような案内役がついたりとかですね!」
 「この貝殻ね!」
 「その通りです、スピネルさん」
 貝殻を突きだして目を輝かせる少女を見て、微笑みながらレアは頷いた。
 猫紳士はその様子を微笑ましそうに眺めながら口を開く。
 「これは私が本で読んだことだが......その昔、『水人魔』と呼ばれる怪物に長い間ヴェールは苦しめられていらしい。ある時旅人が訪れてその『水人魔』を退治、『悠久の貝殻』に封印した。そのお陰でヴェールは平和に。ヴェールの人々はこの記念すべき日に旅人への感謝祭を開くようになった......どうかな、レア殿」
 「それにあやかって旅人をもてなすのがこの国の特色となったのです。旅人を大切にすれば奇跡が起こる、と。ちなみに今年で100周年です。黒猫紳士さん、物知りなんですね」
 「ねこさまは何でも知ってるの」
 ぽん、とスピネルの頭を撫でると紳士は辺りを見回した。あからさまに浮き立っている人々が多い。長槍を持った警備兵も頬を綻ばせている。
 スピネルに聞こえないようにレアは猫紳士に耳打ちする。腕のヒレが一緒にふわりと舞った。
 「したたかですね、あなた」
 「紳士だが、猫だからな」
 クスリとレアが笑った。
 「あっ、すごい見て! 湖! ねこさま!」
 スピネルに手を引かれて紳士が湖を覗く。ガラスのように透き通った水の下に、荘厳な海底都市が築かれていた。
 「色々なお魚と人が一緒に泳いでる! あ、海獅子始めて見た!」
 「地上に住む動物が人々と共に生活しているように、私たちは水生生物と共に生きているのです。小鳥に餌をやる感覚で小魚に餌をあげたり、家畜やペットを飼う感覚で魚を育てたりします。絵画や壁画にもシャワと魚は一緒に描かれているんですよ。あ、このあと神殿を見に行きませんか? 海底と地上にそれぞれひとつずつあるんです!」
 その言葉に少女が食いついた。
 「本物の『悠久の貝殻』も見れる?」
 「もちろん! 空気アメを舐めればその服装でも水中に潜れるようになりますよ。泳ぎが下手でもばっちりです」
 「便利だな。レア殿、是非案内して欲しい......ん、あの人だかりはなんだ?」
 三人は湖の縁に集まっていた人たちに声をかけた。そのうちの一人であるシャワの男が答える。
 「どうやら『悠久の貝殻』を海底神殿から地上の神殿に運ぶ途中、海神ヴェーレンスに飲み込まれてしまったらしい」
 その言葉を聞いた時から、レアの顔がみるみる蒼白になっていった。よほど慌てたようで猫紳士と少女をそっちのけで話を進めていく。
 「......!? 待ってください、運んでいた人はどうなりましたか!!」
 「ああ。運悪く一緒に飲み込まれた一人がいた」
 「まさか、『貝殻』をすぐそばで守っていた?」
 「よくわかったな」
 「名前は?」
 「確か......ウェルダと言ったな」
 「ウェルダは私の恋人なんです!」
 その周囲にいた人々が口々に話す。
 「助けなきゃあかん」
 「王と姫はすでにこちらへ向かっています」
 「ヴェーレンスさまの中に入って救出しなければ」
 「海神ヴェーレンスさまに過去入ったことがあるのは王族と一部の神官だけだぞ!?」
 「そもそもなぜヴェーレンスさまはあんなことを。太古からヴェールの心優しい守り神だろ?」
 「まさか、人魔がとりついたか?」
 「そういえば、この町に人魔を倒した勇敢なる旅人が来ていると聞いたが」
 「おお伝承通りじゃないかい」
 レアがはっと猫紳士を見た。皆の視線が一斉に猫紳士に集まる。人だかりの一番後ろ、猫紳士と少女から一番遠い場所で声がした。
 「黒猫紳士とルビネルだったか。そなたらだな。人魔を打ち倒したという旅人は」
 声を聞き、人々はあわてて左右に避け膝をついた。猫紳士と少女が見たのは、王冠とマントを身に付けたシャワ族だった。
 「もし、もし叶うのであれば『貝殻』の入手と飲み込まれてしまった国民の救出をお願いしたい。どちらも欠かすことのできない国の宝なのだ。相応の礼も約束しよう」
 紳士は一瞬少女を見た。少女はそれに気づき小さく頷く。
 「この黒猫紳士、王の頼みとあらば__」
 紳士は深々と礼をすると、
 「喜んでお引き受けしましょう」
 レアがありがとうございます、ありがとうございます、といつまでも感謝の言葉を述べていた。