フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

黒猫紳士と黒髪少女 ~仙人エイル 前編~ 短編小説

 「よく来てくれた。食事だ」
 様々な芋や豆の入ったスープが入った鍋を持つ女。凛々しいつり目だがその瞳孔は縦に伸びている。爪は人よりも何倍も大きく、足も大きな鱗におおわれ丸太のようにがっしりだ。頭には角、口からは牙がちらり。そして何よりも目を引くのが尻尾と翼だった。
 「綺麗な顔だなぁ」
 隣に座ってスプーンとフォークを握った黒髪の少女は屈託のない笑顔を女性に向けた。その様子に黒猫紳士も思わず頷く。
 「久しぶりに来た客にいきなり誉められちゃうなんて、わっちは運がいいねぇ。この姿を見ると大抵の人は怖がるんだけど。だって竜人だよ?」
 「先入観を持たないことがスピネルの長所なんだ」
 返答にクスリと笑いながら、女性は木製のテーブルの真ん中に鍋を置いた。そして、手慣れた仕草でスープを皿に注ぐ。山菜とスパイスが絶妙なバランスで混じりあった香りが鼻孔をくすぐる。
 「猫さま変な顔!」
 「私には口の中にも匂いを感じる所があるんだよ」
 よくよく考えると目を細めて口をぱっくり開ける様子は確かに滑稽なような気もした。猫紳士は急に恥ずかしくなり、思わずスピネルの視線から顔を逸らしてしまった。そんな様子を竜人は楽しそうに眺めている。
 「さ、暖かいうちに召し上がれ。黒猫紳士さんにスピネルちゃん!」
 「いただきます!......あ、ねこさま! 歯ごたえがあっておいしい!」
 「山菜も入ってるな。高地でもこんなにいいものが育つのか」
 もぐもぐとスープを咀嚼する三人。最初に口を開いたのは家主である竜人だった。
 「それにしても霧の山まで遠路はるばるよく来たねぇ。山を登るの大変だったでしょ。視界も足場も最悪だったでしょ?」
 「うん! 大変だったよ......ねこさまが」
 「うん?」
 「足腰が痛くなったの......ねこさまが」
 二人の問答にナプキンを締め直しながらため息をついた。実際、明確な登山道がなく、獰猛な野性動物がはびこる環境での山登りは困難を極めた。杖に仕込んだワイヤーがなければ断念していただろう。
 「私たちは二ヴル地方を目指している」
 「あれ? あんたら道逸れてない?」
 「ああ。ここに立ち寄ったのは個人的に一目竜人を見たかったからだ。文献で確認できる中で一番友好的そうだったのが、山の仙人エイル......つまり貴女だった」
 竜人エイルは手を組んで興味深げに微笑んだ。
 「ははーん、なるほど。察するに偶然この霧の山の近くを通りかかったときスピネルがあんたに駄々をこねたんだね?」
 「え!? なんでわかったの」
 「スピネルは顔に色々と出やすいからな」
 黒猫紳士たちがニヤニヤしているのが気に入らないのか、スピネルはそっぽを向いてしまった。首の動きを負うようにふわりと彼女の髪が舞い、スープに軽く触れてしまう。反射的に黒猫紳士はハンカチを取りだし毛先のスープをぬぐった。
 「クスクス! 君ら二人は話してても見てても飽きないなぁ。所で普段あんたらはどういう生活してるんだい? 趣味は?」
 黒猫紳士はスピネルに頷いて話を促した。
 「えっと、普段は色んな町の宿を借りて生活してるの。ねこさまと一緒に日雇いの仕事をしたりしながら。趣味は旅そのものかな? 行ったことのない場所にねこさまと一緒に行くっていうこと自体が、とても楽しいから」
 「スピネルに全部言われてしまったな」
 スピネルに微笑みかけられているのに気づき、紳士はそっと頭を撫でた。それを見ていたエイルが身を乗り出して頭を差し出してきた。困惑しながらも、その銀のショートヘアを撫でてやると満足そうに頭を引っ込めた。
 「いや、あんまりにもスピネルが気持ち良さそうだったからねぇ。......そうだ! ここに何日か泊まっていかないかい? 長いこと独り暮らしで結構寂しいんだよ。衣食住はわっちがどうにかするからさ」
 「いいのか?」
 自信満々、といった様子でエイルは大声で言った。
 「ああ。ここなら訳ありだろうがなんだろうが何泊でも大丈夫だ。あるのは山道に取って付けたように建てた家屋と畑だけ。回りには翼竜やら半鳥馬やら鉄蜥蜴やらがうじゃうじゃ。危険な上に金になるものは何もない。誰も来やしないよ」
 「やった! 野宿しなくて済む!!」
 「恩に着るぞ、仙人エイル」
 そんな二人に対してにんまりと口許を歪めてエイルは黒猫紳士を見つめた。
 「あー、ただひとつ条件があってね......」

 手袋越しに固く冷たい地面の触感が伝わってくる。黒猫紳士は両手を前について伸びをしていた。
 「本当にここでいいんだね? 逃げも隠れもできない山の山頂とはねぇ」
 「ああ。ここがいい」
 一方、夕日に照らされたエイルは尻尾を左右に叩きつけている。これからあの筋肉の塊のような尻尾や巨木のような足が襲いかかってくると思うと、黒猫紳士と言えど恐怖を感じざるを得なかった。
 少し離れた場所で見ているスピネルは、怖がりながらも興味津々といった様子だった。目配せするとスピネルはコクンと頷いた。
 「組手が娯楽とはな」
 「少ない食料、過酷な環境。弱き者は淘汰され、強者だけが生き残る弱肉強食の世界。霧の山はかつてそんな場所だった。今でこそある程度の作物が確保できるようになって改善はしたけど、風習として残っているんだ。挨拶がわりに殴り合うなんて日常茶飯事。楽しい場所だろう?」
 「死ぬことはないのか?」
 「何でそんなこと気にするんだい? 全力を尽くして戦った結果死ねれば本望だろう」
 視界の端でスピネルがなにか言いたげに口をパクパクさせていた。やはり、仙人エイルも例外ではなかったのだ。価値観が致命的にずれている。
 「さあ、あんたの持てる全ての力をかけてかかってきな」
 黒猫紳士はステッキを構え、静かに頷き相手の目を睨み付ける。喉奥から「ヴー」「ヴァー」という甲高い鳴き声が漏れ、全身の毛が逆立つ。そして、杖を振りかぶり勢いよく跳躍した。
 見越していたかのように、エイルの巨大な爪が黒猫紳士を引き裂かんと襲いかかってきた。ビリっとスーツの切れ端が宙を舞う。一瞬脳にハラワタをぶちまけるイメージがよぎる。エイルは全く手加減していない。当たれば、死ぬ。エイルの攻撃を猫の脚力で攻撃をかわしていく。が、突如エイルが視界から消えた。
 「ねこさま! 空!」
 反射的に後ろへ跳躍。直後、目の前で爆発が起きた。舞った砂煙に閃光見えた。突き出したステッキから強い衝撃が伝わってくる。続いて煙の中から飛び出してくる足技のラッシュ。防戦一方のまま体に傷が刻まれていく。敏捷性では勝っているが、力と間合いの差を覆せない。
 黒猫紳士は腹部に強い衝撃を感じた。同時に眼下の地面が消え去り空が見え、天を舞うエイルがサマーソルトキックかましてきた。
 「ギニャっ!?」
 そのままエイルは足踏みをするかのように連続で蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り! そしてとどめと言わんばかりに再びドロップキックしてきた。黒猫紳士は反射的に背骨を横に曲げて避ける。猫髭による絶対的な平衡感覚と戦闘前の準備運動が役に立った。
 だがその直後、視界が橙に包まれた。
 「ねこさまぁぁぁぁー!」
 閃光、浮遊感、爆音、熱気、悲鳴。
 「《剛焔気息》。とっておきの吐息だ。油断したな、ドラゴンが火ぃ吹かないわけないだろう」
 遠い昔の記憶と重なる。爆発。両腕を広げる自分。引き留める誰かの腕。杖。揺れるペンダント。そうだ、私は今ここで倒れるわけにはいかない。ニヴルへ。私の故郷のあったニヴル地方へたどり着き、罪を償うまでは!
 猫紳士は意識のなくなる寸前で杖をつき、持ちこたえた。
 「とっさに杖をバトンのみたいに回転させて、わっちの息吹を弱めたのか」
 地面がぐらついている。全身を業火に包まれているかのような痛みが続き、杖を握る手に感覚がない。眩んだ目で辛うじて捉えた敵は両翼を広げ私を見下している。敵は無傷。自分は満身創痍。奥の手だったスピネルの魔方陣も《剛焔気息》によって消し飛んだ。次の一撃で決めなければ敗北確定だろう。
 だが、黒猫紳士はそんな状況でもいつも通りニヤリと口を歪めた。
 「どうした、竜の力とはその程度か! 野良猫すら消し去れんとは、竜族も地に堕ちたな。ゲホッゲホ......」
 「負け惜しみか! わっちはともかく、竜属を貶めるような台詞は許せねぇ!」
 エイルが吐いてくる火炎弾が黒猫紳士に届くことはない。すべて杖で弾いたからだ。黒猫紳士は不敵な笑みを浮かべて挑発する。エイルはまんまと真っ正面から突っ込んできた。黒猫紳士は杖を前に突き出してワイヤーを射出。それをエイルの翼に引っ掛けた。バランスを崩したエイルは黒猫紳士の目の前で着地。
 「あ......ネズミに噛みつく猫」
 スピネルの気の抜けたような声が聞こえた。
 エイルが反応する前に黒猫紳士の牙は首の動脈近くに突き刺さっていた。自身の体が横になるように飛び上がりつつ敵の首筋へ噛みつく。そのまま柔術の要領で獲物を横転、牙をめり込ませ確実に止めを刺す。両手の爪と牙でガッチリ固定するため獲物は抜け出すことができない。猫が効率よく狩るために編み出した狩猟技術の応用。
 「動くなエイル。動けば私の牙が頸動脈に触れて死ぬ。油断したな、猫が牙を使わないはずがなかろう」
 「あんた、意外と根に持つタイプなんだねぇ。まあいいや。わっちの負けだ。煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」
 猫紳士はゆっくりと牙を引き抜いた。血液混じりのよだれがエイルの首に垂れる。
 「ヒュー......ヒュー......猫は反撃しない相手に無駄な追撃はしない。ただ静かに去るのみ。それが、猫の社会でのルールだ」
 黒猫紳士は笑顔でスピネルに手を振ろうとした。その時、地面が大きく傾いた。足に力を入れようとしたが、痺れたような感じがして力が入らない。手でバランスを取ろうとしたが動かない。
 「ス......ピ......ネル」
 夕日と共に、黒猫紳士は地へと沈んだ。