フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

黒猫紳士と黒髪少女 ~蟻人~ ショートショート

 草原の奥に町の外壁が見えてきた。町だ。昼のうちに着いてよかった。途中スピネルが疲労で動けなくなったときはどうなるかと思ったが。
 黒猫紳士は身なりに不備がないかを確認する。靴、靴下、ズボン、スーツ、ネクタイ、顔。そして決して手放すことはない真鍮性のステッキ。......旅行鞄が汚れているのに気づき適当な布で拭き取った。
 「スピネル、もうそろそろお互い身なりを確認しよう」
 「わかった」
 スピネルは長いお下げをフワッとなびかせながら砂避けのコートを広げた。白いシャツ、黒いスカッツ共に小綺麗に整えられていて、ブーツについた泥や汚れも許容範囲内だった。
 「ねこさま、今度はまともな宿かな。白くて清潔なベッドが恋しい。わたし、もう疲れてくたくた......」
 「ああ。噂によれば仕事好きで綺麗好き、その上平和な町らしい。私もいい加減床に寝るのにも飽きてきた所だ」
 「猫なのに?」
 「私は家猫派なんだ」
 検問には門番が一人いた。蟻頭の兵士だった。武装してはいるものの、装備が使われた形跡がない。
 「ええ。いい町ですよ。誰もが自分の与えられた仕事に満足して過ごしています」
 「誰もが? 一人残らず?」
 「ええ。行けばわかりますよ。人類みな兄弟です。歓迎しますよ」
 人類みな兄弟、その言葉の意味がわからないまま黒猫紳士とスピネルは町へと踏みこむ。
 門が開くと立派な顎髭を持つ、やはりアリ頭の男が出迎えた。
 「ようこそいらっしゃいました、旅のお方。私はこの町の町長へヴィーと申します」
 「わたし、スピネル!」
 「お初にお目にかかります。私は黒猫紳士ともうします」
 「敬語は結構。町長と気軽にお呼びください。さあどうぞ、こちらへ。お嬢さんお腹は空いていますかな?」
 「ええ、もうペコペコ!」
 「そうですか、そうですか。でしたら食事所を手配しましょう。近辺でとれる新鮮な野菜を使った料理が食べられます。宿もこちらで用意しましょう。もちろんタダで止まれます」
 国交が盛んではないこの地方では旅人は歓迎されることも多い。他国の情報を知るための貴重な情報源であるからだ。だが、それにしてもこの優遇っぷりには黒猫紳士も少し気が引けた。
 「いいのか?」
 「旅人を歓迎するのは昔からの習わしでして。人類はみな兄弟ですから。それに私たちは働くのが大好きなんです。地下の終身労働場でもみんな生き生きと働いていますよ」
 町長はにこりと微笑んだ(もっとも蟻なのでわかりずらかったが)。その態度から嘘偽りは感じられなかった。黒猫紳士は妙な違和感を一旦頭の片隅に置いておくことにした。
 スピネルは久しぶりに携帯食以外を食べれることで頭がいっぱいになっているようでそんなこと気にもしていなさそうだった。
 煉瓦作りの道。道路脇の柵越しに見事な畑が見える。きっと腕のいい小作人がいるのだろう。
 「女性はいないのか」
 「一人だけいます。女王と呼ばれていて私たち全員の親であります。やはり、蟻ですので」
 黒猫紳士とスピネルは町長自慢の食事を堪能した後、宿屋へと案内された。やはり煉瓦作りの建物だ。受付を通り抜け、二階にあるかなり広い部屋へと移動する。部屋着に着替え、白いベッドに飛び込むスピネルを見て、思わず頬が緩む。大きな窓を開けると上には夕焼けになりかけの空、正面に三階建ての住居、そして下には活気溢れる商店街が見える。
 この町の人々はみんな働き者らしく、宿屋のルームサービスもしっかりしていた。蟻は蟻でも働き蟻しかいないようだ。掃除もなにもかも行き届いている。特別待遇ということもあり、最近訪れた町の中でもトップクラスに快適だ。
 「甘さ控えめの蜜があんなに美味しかったなんて」
 「ああ。あの得たいの知れない動物(?)の塩焼きも一際美味しかった」
 「何の動物か明日聞いてみましょ」
 スピネルは備え付けの本を読み(本の表紙は名言事典だった。数分後にはうたた寝してたが)、黒猫紳士は日課である毛繕いをした。そうこうしているうちに、外が暗くなっていった。
 風呂上がりに黒猫紳士がベッドの上で杖のメンテナンスをしていると、背後からスピネルが覗きこんできた。
 「ねこさま、絶対にステッキとどこでも一緒なのね。さっき風呂にまで持ちこんでたでしょ」
 「立場上、いついかなるときも武器を手放すことはできないからな。それに、この杖には特別思い入れがあるんだ」
 内部の機構に不備がないか確認し、潤滑油を挿す。防水とはいえ気が抜けない。杖に埋め込まれたワイヤー射出機構はメンテナンスを怠るとすぐにダメになる。それにこの杖は旅の目的であるニヴル地方で重要な意味を持つことになる。失うわけにはいかない。
 そして、深夜。
 物音で起きた。黒猫紳士は猫人であるが故に、嗅覚や聴覚、暗闇で動くものに対しての視野は人間より優れている。だからこそ、賊の侵入に気づくことが出来た。二人だ。猫紳士は暗闇の中ステッキを振るい、的確に刺客を打ち倒した。大きな音でスピネルが飛び起き、鞄を抱え黒猫紳士の側に寄る。何者かが新たに五人。窓の外には無数の人の気配。宿屋全体が囲まれている。きりがない。
 緊迫した雰囲気の中、なんとへヴィー町長が顎髭をいじりながら部屋に入ってきた。両眼が不気味に光っている。
 「何をする気だ」
 「あなたたちを地下終身労働場へ連れていくためです」
 「なっ......」
 黒猫紳士とスピネルの反応を見てへヴィー町長は悲しげな表情をした。
 「なぜか旅人の方はあそこに行くのを嫌がるんです。働ける上に兄弟貢献できるというのに」
 「貴方たちの言う兄弟とはなんだ?」
 「私たち人類は親を辿っていけば同じ祖先を持ちます。全ては原初の海の最初の一匹にたどり着くのです。であるならば! 私たちはみな兄弟です。そして兄弟ならば! 家族全体を存続するために兄弟の幾人かが人柱になるのは致し方のないこと。さあ、地下へ! 終身労働場へ行きましょう。あなた方の犠牲で町人全員が幸せになれるなら、これほど名誉なことはないでしょう?」
 スピネルが驚愕の表情のまま固まっている。黒猫紳士も驚きを隠せなかった。町長の言葉にその場にいる全員がほんのちょっぴりの疑念も抱いていない、といった様子で頷いたからだ。
 「私たちは貴方たちの家族に加わるつもりはない!」
 黒猫紳士はスピネルを抱えつつしなやかに跳躍。町人を踏みつけ窓を蹴破りワイヤーを射出。宿舎の対岸にあった建物の屋上に引っかけ脱出した。

 「町長、彼ら逃げましたね。なぜ、逃げたのでしょう?」
 「わからない。人類みな兄弟なのに。だが、逃げてしまったものはしょうがない。誰が行くか決めなければ」
 その場にいる全員が一斉に手を挙げた。
 「私が」
 「俺が!」
 「うちが行きます!」
 「いや、ここは俺の兄弟が!」
 町長は満足げに頷いた。
 「うんうん、やっぱり普通そうなるよなぁ。となると家庭環境、職場環境、年齢、仕事適正等々を加味してこの中でもっとも労働場に適しているのは......よし、私と今年十四になる息子が労働場へ行こう! 今期で町長を終えるし年齢的にもいい頃合いだ。息子もそろそろ職についていい頃合いだ。私たちの犠牲でみんなが幸せになるのであれば私は嬉しい。とても喜ばしいことだ」
 「じゃあ、盛大に送り出さなければなりませんね。なにせ労働場からは二度と出られませんからね!」
 「そうだな! 家族のため過労死するなら本望だ。はっはっは」
 町長に続いてその場にいる人々が笑い始めた。

 黒猫紳士は聞き耳を止めた。町の本質が掴めたかどうかはさておき、これ以上は危険だろう。追っ手がいないのを確認して脇にかかえたスピネルを背負い直す。
 「このまま脱出するぞ! スピネル。城壁をワイヤーで越える」
 「ねこさま、怖い。あの人たちから何の罪悪感も感じられなかったの。わけがわからない」
 「ああ。文化の違いって奴だ。彼らは仕事が楽しくて仕方ないのだろう。自分が町のために犠牲になることに対しての抵抗もない。それを世界の常識だと思ってる。だからどんなに過酷で不条理でも与えられた仕事に満足できるし、旅人にも強要する。そして、何の技能も持たない旅人は十中八九強制労働場送り、か」
 「この世にはすごい価値観があるのね......。就職先を選べない上に、仕事で死ぬことすらある過酷な環境なのに、みんな幸せそうだった」
 「ああ。生活様式も仕事の形態も倫理も価値観も千差万別だ。この地方では特にな」
 ワイヤーを城壁の頂点に引っ掻けて、体を引き上げ脱出した。夜風が身に染みる。一瞬嗅いだ焼き魚の臭いが忘れられない。せめて一晩休みたかった。寝られないのはやはり精神的に辛い。スピネルの疲労も限界だろう。
 「ふぁ~あ、あの白くて清潔なベッドが恋しい」
 「まあ、まともな宿に止まれたな。町も噂通りだった」
 思わず強い口調で皮肉を言った黒猫紳士は対して、スピネルの反応は意外なものだった。
 「ねこさま、苛つくのはお門違いだと思う。『価値観を強要することなかれ』、って宿の名言事典に書かれてた。わたしたちも、あの国の人たちに価値観を強要してはいけないと......わたしは思うの」
 はっと立ち止まって背後のスピネルの顔を見つめた。旅に出た時とは比べ物にならないほど凛々しい表情だった。
 「......成長したな、スピネル」
 黒猫紳士の言葉は闇に溶けていった。