封印 短編小説
私はとてもとても長い時間を薄暗い部屋の中で過ごした。年に数回、封印の一族が覗きに来て何も言わず去っていく。
だが、あるとき妙な少年がやって来た。
「今年から君の担当になったんだ。よろしく」
そう言って少年はパンを差し出した。私は受け取らなかった。本当は喉から手が出そうな位ほしかった。だが、この少年が何を考えているのか全くわからない。今までの奴のように冷やかしや、怯えて適当にやり過ごそうとしているかもしれないと思った。
少年は次の日は石を持ってきた。少し綺麗なだけのただの石。その次は鉛筆。その次は......、という風に毎日違うものを持ってきては私に言葉をかけた。
数日経ったある日、再び少年はパンを差し出してきた。私は少年に根負けし、パンを手に取った。小さくちぎって口に放り込んでは何度も噛み締めて味わった。
「おいしい?」
「なぜこんなことをするんだ?」
「長い間一人でかわいそうだったから」
私と少年はそれからポツポツと会話するようになった。少年が何かを持ってきて、一言二言会話したあと帰っていく。だんだんと少年との会話は延びていき、私は少しずつ少年に気を許すようになっていた。
そんなある日、少年が本を持って来たのを見て喜びのあまり奪おうとしてしまった。その際誤って彼を傷つけてしまった。少年は本を落として逃げてしまった。私は彼に見捨てられたのだと思った。暗闇の中、自己嫌悪に陥っていると小さな足音が聞こえてきた。部屋の出入り口を見ると、少年が大量の本を抱えて立っていた。あまりにも私が嬉しそうだったから図書館から借りてきたのだという。
私は数百年ぶりに泣いた。
それから、少年と本の貸し借りを繰り返した。やがて何年もの月日が経った。少年はいつのまにか大人になり、妻を連れてきた。
「はじめまして。彼の妻です」
「怖くないのか?」
「彼はあなたのことを親友だと言っていました。どんな存在であろうと、彼が心を許したのなら素敵な人であると、私は確信しています」
二人は一日に一度はこの部屋を訪れて、私の話し相手になってくれた上に本と食べ物を貸し与えてくれた。私にはもはや彼らが家族のように思えた。
さらに長い年月が経った。かつて少年だった紳士が私に印の書かれた紙を差し出した。
「ここから出してあげようか?」
私は首を横に振った。紳士とその妻が住んでいる世界を私の手で汚したくなかったからだ。私は忌むべき存在でしかないのだから。
「ではもし、私たちに子供が産まれたら、その子の力になってくれないか?」
「わかった。もし私の封印が解かれるようなことがあれば、あなたのように立派な紳士となって子を守ると誓おう」
私は契約書を紳士へと渡した。
その時の契約書と封印解除の印は、二人が遺した遺書として娘の手に渡ることとなった。