フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

胚の姉弟―悲壮― 短編小説

 何も見えず、何も感じぬ。我に五感はまだない。我は生を受けてはいるが、生まれていない。


 「き......る?」


 どこからか声がする。耳すらまだ存在しないのにも関わらず、語りかける声を感じる。


 「きこえ......?」


 人の幼少に値する甲高い声。


 「きこえる? わたしの名まえはクラサ。あなたの名まえは?」

 「我が名はルナリス。カテゴリー半生物半機械式兵器。個体名ルナリスである。なぜ、我に話しかけることが出来るのだ。そしてなぜ話しかけた」

 「それは、わたしがあなたのおねえちゃんだからよ。おとーとをシンパイするのはとーぜんでしょ? それに、うまれる日もいっしょだし」

 「それがクラサのロールなのか?」

 「ロールってなに? ロールケーキのこと? おいしいよね! ロールケーキ! わたし、たべたことあるよ! あと、わたしのことはクラサおねえちゃんってよんでほしいなぁ~」


 脳に様々な疑問が沸き上がった。ロールとは役割の意味だ。質問の回答になっていない。物事に対する最低限の知識は脳ができた段階で埋め込んでいるはずだ。なのになぜここまで知能が低く設定されているのか。なぜ、生まれてもないのに記憶を有しているのか。なぜ、感情を有しているのか。そして、何より......


 「ロールケーキとは何だ」

 「あれ、ルナリス知らないの? ロールケーキはまぁるくてながーくておいしいたべものなの」

 「美味しいとは何だ?」

 「おいしいっていうのは、あじがいいってことだよ」

 「味とはなんだ?」

 「あじがいいものをたべるとたのしくなるの」


 味覚は物体の成分を分析するためだけにある。我には兵器としての知識と機能しか持っていない。味に良し悪しがあるとは知らなかった。何がよくて何が悪いのか全くわからない。
 また、なぜクラサが高揚した声で食について語るのかがわからない。クラサの会話の内容から分析するに、クラサは楽しいようだ。楽しい状態であるということがわかっても、そもそも楽しいということがどういうことなのかはわからない。心理的、身体的に戦いにどう影響するかはわかるが、逆にそれ以外の感覚的なことは全くわからないのだ。


 「では、楽しいとはなんだ」

 「もぉー、ルナリスはなぁんにもしらないのね! わかった。じゃあ、おねえちゃんがおしえてあげる!」

 「たのしいっていうのはね......」


 この会話がきっかけだった。クラサは我の姉兼先生となった。あの日以来クラサは休憩を挟みながら毎日毎日膨大な量の知識を享受した。特に我が持ち得ていない感情や感性に関して重点的に。説明は相変わらず非合理で、信用に足らぬものも多かった。しかも戦いの役に立たないものばかりだ。だが、我が好奇心を満たすのには十分であった。
 自分が感ずるべき感情を推測すること。相手の感情を読み取ること。それに対して適切と思われる返答をすることなど......それらが何の役に立つかはわからない。が、感情に関する事象が自身にどういった影響を及ぼすのか興味があった。


 「ルナリスはこころがないのにいろんなことが気になるんだ!」

 「自らを絶えず向上させなければ戦いに勝ち続けることは不可能だからだ」

 「そうなんだ。でも、わたしはけんかとかあまりすきじゃないかな......」

 「そうか。ではこの話題はなるべく避けるようにしよう」

 「うん......。わたし、おとうさんとケンカしたまま、なかなおりできなかったから......」


 そうして、我々の出産日が目前に迫ったある日。とうとう話すことがなくなったらしくクラサは口を閉ざした。しばらくして、クラサ普段の得意気な口調ではなく、少し低い声で話始めた


 「わたしはね。もともとしんじゃったクラサっていう女の子のかわりにつくられたの。おとうさんはクラサが大すき。わたしもおとうさんが大すきき。でも、生きているあいだはおとうさんとはあまりあえなかった。おとうさん、シゴトがいそがしかったから。それでケンカしちゃったの」

 「好きな人と会えないと、寂しいから?」

 「せいかい! わたしいえにかえるとちゅーで、ぐうぜんおとうさんを見つけたの。とっても、うれしかった。なかなおりできるとおもったの。だからはしっておいかけようとした。そして気づいたら、しんじゃったの」

 「死んじゃったら、悲しい?」

 「うん。でもね、そのおかげでおとーとができたからちょっぴりうれしいかな!」

 「そうか。学習した」

 「そこは、『おねえちゃんとあえてわれもうれしい』っていうところだよ!」


 我は元々生物兵器として産み出された。いくら学ぼうとも兵器としての思考パターンを利用して、感情の推測を行うのは容易ではない。たが、クラサの指導によりかなり精度は上がっている。
 恐らく、先程の『おとうと』とは一般的な弟ではなく我を指している。よって『おねえちゃんとあえてわれもうれしい』とは、姉がいることが喜びなのではなく......


 「クラサおねえちゃんと会えて我も嬉しい......これでいいのか?」

 「うん! ばっちり。これでいつ生まれてもだいじょうぶだね! たのしみだなぁ」

 「お父さんと会えるから?」


 我の推測にたいしてクラサは少し唸った。


 「それもあるけど、ルナリスを見たり、はなしたり、ふれあったり、あそんだり、いろいろできるから!」

 「我もクラサおねえちゃんと見たり、話したり、触れあったり、遊んだり、一緒にいろんな場所にいったり、時に喧嘩したり、いがみ合ったり、そうして仲直りするのには興味がある」

 「えへへ! けんかはしないよ。わたしたち、なかよしだもん!」


 その言葉を機に、クラサの声が途絶えた。


 「クラサおねえちゃん?」


 ついにその時が来たのだ。この世に産まれるときが。彼女はきっと我よりも一足先に生を受けたのだろう。
 我は空想した。草原で走り回るクラサの姿を。その横に我は――どのような姿に生まれるかはわからないが――付き添っているのだ。姉と弟は助け合って生きていくのが理想だとクラサに聞いている。兵器としての機能はたいしてクラサの役にたちはしないだろうが、彼女に害をなす敵の殲滅くらいはできるかもしれない。やりすぎはよくないとクラサから教わったが、その加減も産まれてから自己学習と並行してクラサに学ぶとしよう。感情に関しても、実際に外界でどのように表現すればよいかもわからない。この感覚のない世界で学べなかったことを、クラサから教えてもらわなければ。
 そうして学習していけばいつか、クラサが何よりも我に求めた『感情』というものを手にできるはずだ。
 なんだ、これは。白い。ああ......これが光か......。


 「............ナ......ス............しま......! ル......ナ......覚醒します! ルナリス覚醒します!」


 緑色の液体が満たされた先に白い白衣に身を包んだ男が見える。身動きしようとしたが、我は何本ものチューブに繋がれ宙吊りになっているらしく動けない。


 「おはよう。ルナリス。ビーカーの中は快適かな? 気分はどうかね......って君には感情などなかったか」


 はっはっはっ、としゃがれた声がスピーカー越しに聞こえた。


 「クラサはどこにいる?」

 「マスクのマイクは良好って......ん? クラサ? 誰だそれは。第一声がそれかね。奇妙なこともあるもんだ......えっと......」


 どこからか現れた若い科学者から耳打ちをされて、残念そうに頷いた。


 「......テスト233のことか。あれは覚醒に失敗した」


 この感情はクラサには教わっていなかった。喪失の感情。教えを乞うにも師にして姉であるクラサはもういない。あの声はもう聞くことができない。我の全てであったクラサはもういない。


 「ならばひとつお前たちに礼を述べねばなるまい。他者の行動が自らに利益をもたらしたときそれが意図しないものであっても、できる限り相手に不快にならないような方法で、礼を述べるべきだとクラサから学習している」

 「言いなさい。あー、君の父親として、生まれて初めての感謝の言葉がいかなるものか聞いておきたい」


 少し間を置いて、我は言った。


 「心を与えなかったことに感謝する」



――数日後



 「私に何のようかな。君とは接点がないんだが」

 苛立っちを隠さない低い声だった。恰幅のよいスーツ姿の男。だが、目の下に色濃い隈があり、痩せこけ、疲労がにじみ出ている。


 「テスト233、クラサクローンより伝言を承っている」

 「!? それは本当か!」


 目の輝きに光が宿る。砂漠で喉が枯れは果てた人がオアシスを見つけたかのような......驚きの表情だ。
 私は脳内の記憶領域からクラサの遺言を引き出した。


 「『わたしはおとうさんのこと、おこってないよ。さびしかっただけ。だからルナリスがおとうさんにあえたら、つえてほしいの。そだててくれてありがとう。もう、わたしのことでなやまなくてもだいじょうぶだよって』」

 「あぁ......それは間違いなくクラサの声......。まさか......許してっ......もらえるなんて......」


 クラサの父親は大粒の涙を流しながら床に座り込んだ。他の研究員がぎょっとしている。子供のように意味不明な文言を吐き出し、顔を猿のようにしわくちゃにしてひたすら泣いていた。感動という言葉も当てはまらないのではないか、と考えてしまうほどだった。


 「うわあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!」


 慟哭が研究所にこだまする。彼はあまりの声にしびれを切らした研究員に押さえつけられ部屋を退室した。扉越しにも彼の声は聞こえてくる。
 家族への喪失感や罪悪感は人をここまで人を狂わせるのか。生命の倫理や価値観を破壊してしまうほどに。
 もし仮に我に感情があったならクラサを無闇に死の安寧から引きずり出し、再び死の恐怖を味会わせたこの研究所の人々に激しい怒りを覚えていたであろうことは容易に想像がつく。
 だが、逆に――推測しうる範囲でだが――クラサの父の立場に立たされた場合、その関係の修正のためにクラサを甦らせる選択をとるのは十分ありえる話だ。
 現に我は戦闘において無意味であるのにも関わらず、クラサの言葉を一言一句記憶している。この記憶がある限り、クラサは我が脳の奥底で生き続けるのだから。