フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

解剖者 短編小説

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 古ぼけた小屋、不吉なカウンター、商品表には人名と種族、簡単な特徴などが刻まれている。カウンターの老婆は不気味な笑みを浮かべながら客を待っている。水面下ではあるもののこの国には珍しくないものだった。
 店の扉が開き、埃が舞った。戸につけられた錆びた鈴が鳴った。
身を屈めて客らしき人物が足を踏み入れた。常人であれば見上げるほどの背丈に黒いロングコート。黒い長髪。極めつけは頭に装着されたペストマスクであった。異様な風貌の者は迷いない足取りでカウンターに向かった。老婆は黄ばんだ瞳をギラリと光らせた。

 「いらっしゃい。今日も生きのいいのが揃ってるよ」

 老婆は冷たい笑顔を客に向けながら、商品表を指差した。だがペストマスクの客はそれを気にもとめず言い放った。

 「質や特徴に関わらず安い順から二十人」

 「使い物にならないもんも混ざってるがいいんかい?」

 「構わん。よこせ」

 ペストマスクの客は強引に老婆の手をどけて商品表をくまなく探し、最安値の奴隷を次々指定していった。

 「こいつらで何してるんだい? 殺してるのは間違いないでしょ?」

 「人の命が必要なんだ。質はどうでもいい」

 「そうかい、そうかい

 老婆はどうでもいいといった風に答えた。
 ペストマスクの客はカウンターに金を広げた。老婆は一枚一枚丁寧に勘定した後、カウンターの奥に消えた。小さな悲鳴が聞こえた後、半裸の奴隷を引き連れ現れた。もはや性別すら判別できない衰弱した奴隷。ペストマスクはそれを見ても全く動じない。
 客は奴隷を引き連れて店を出た。ぼろいトラックに全員を押し込め、布を被せて隠し、闇夜に消えていった。人気のない墓地の奥にトラックを止めると、納骨堂への隠し扉を開き、トラックを進ませる。両脇を骸骨に囲まれた異様な空間。車の音に、ネズミやコウモリの不気味な鳴き声が混じった。
 そして、納骨堂の一番地下深いところでトラックは止まった。奴隷たちはトラックを下ろされ、周囲の景色に圧倒される。だが、人の骸を見ているのにも関わらず奴隷は悲鳴ひとつあげない。あまりの過酷さに、すでに彼らは感情を失っているからだ。
 松明によるわずかな明かりのなか、トラックを降りた奴隷の前にペストマスクは現れた。彼はただ車から降りただけなのに、この場にいる二十名の奴隷は一斉に彼の方を見た。暗闇で彼の輪郭はぼやけ、この世の者とは思えぬような不気味さを醸し出していた。頼りない光源がペストマスクを照らす。光の加減で血糊がベットリとついているのが奴隷にもわかった。
 服の中から銀に輝く解剖用メスを取り出す。奴隷たちの恐怖は頂点に達し、お互い身を寄せあいガタガタと震えた。目をそらしたくともそらせない。「死」そのものが彼らの目の前にいた。
 「死」はまるでオペラ歌手が十八番の曲の第一節を歌い始めるかのように、ゆっくりと息を吸った。そして静かに呟いた。

 「君達には二つ、選択肢がある」

 彼の声は暗く、低く、淀み、それでいて人の心に寄り添うような漆黒の優しさに満ちていた。
彼はゆっくりと奴隷たちに近づく。覚悟した奴隷たちは逃げようとしない。理不尽な裁きを予想し、目を強く閉じ、奥歯を噛み締めた。だが、奴隷たちの耳に奇妙な音が聞こえた。金属が落ちる音だ。続いて四肢の解放感。
 奴隷たちはゆっくりと目を見開いた。そこには自由となった仲間がいた。

 「ひとつは私から逃げ、新たな人生を歩むこと。もうひとつは私を受け入れ、永遠の安寧を享受することだ」

 奴隷たちは困惑した。メスを光らせる化け物からは敵意も悪意も殺意も感じない。心のそこから逃すといっている。彼の言葉に嘘はない、と研ぎ澄まされた生存本能が感じ取ったからだ。
 だからこそ、奴隷たちは逃げなかった。誰一人として逃げなかった。二十人の奴隷は腐りきった世界で地面を這いずるよりも、優しき「死」によって安楽をてにすることを願ったのである。


 「君たちが生まれた理由。それは、数億もの精子のうち不幸にも生きる資格を持ってしまった一匹の精子が、本来月経と共に洗い流されるべきだった卵と結び付いてしまったという、想像を絶する悲運によるものだ。親にも、誰にも責任はない。ただ......ただ......残酷な悲劇なのだ。そして、その悲劇は生きている限り続くのだ」


 「死」は約束を果たした。彼の突き立てるメスに痛みはなく、奴隷は産まれてこのかた見せたことのない安らかな表情で眠った。


 「しかし、それもいまここで終わる」


 「死」は仮死状態の二十人を手際よく解剖する。腹に大きな傷跡がある奴隷に、解剖用のメスを当てた。傷を撫でるとその度に健康的な肌に近づいていき、数分後には傷は完治した。こうして全員を治癒したあと、一人一人開腹する。端子(留め具)がないのにも関わらず、メスで触れるだけで腹部の皮膚は固定された。メスは本来切れないはずの骨をも軽く切り裂いた。逆に「死」念じながらメスで触れるだけで傷跡はきれいに縫合される。数人でで数十の器具を用いて数時間かけて行うべき解剖作業をたった一人で驚異的な速度で終わらせた。最後に、一人一人丁寧に小部屋に安置した。
 金が手にはいる。医学にも貢献できる。成仏した彼らの魂は、私を守護し願いを叶えてくれる。
 道端にこびりついたガムほどの価値もないこの国に産まれてきたが、この瞬間だけは生きていると実感できる。
 彼はカルテを書きながらマスクのなかで微笑を浮かべた。


 「そんな......妻よ! 妻よっ!」


 小さな机で患者の来歴を書き進める彼を遮ったのは一人の男の声であった。


 「殺されたあげく腹のなかをかき回されたなんて......むごい、むごすぎる......」

 「誰だ、私の診察を邪魔するのは」


 彼は振り向いた。
 青年が、解剖を終え整列した遺体を見下ろしながら吐き気をこらえていた。


 「お前が『あの』解剖者か! なぜ彼女を......私の妻を殺した」

 「彼女の意思を尊重しただけだ。好きに生まれる権利はなくとも、死の自由はあってもいいはずだ。お前がここで私を倒し生き延びたいと思っているように、ここに横たわっている患者は私に身を委ね死にたいと思っていた。私は彼らの願いを叶えただけだ」

 「そんな、あり得ない! 妻が自ら死を望むなんて!」

 「彼女の意思を踏みにじるつもりか?」


 解剖者は彼女のサイン入りの診断書を青年に突き付けた。そこには彼女が受けてきた地獄にもまさる苦痛と恥辱にまみれた来歴が書かれていた。それは、彼女が肉体も精神もズタズタにされ、心も体も病に蝕まれ、朽ちていく過程であった。


 「そんな......」

 「お前は、恋人と生きて出会える可能性があるとでも思っていたのか? そんなことあるわけがない」


 彼はゆっくりとイスから立ち上がり、ぐらりと振り向いた。青年から見て逆光となり、ペストマスクが漆黒に染まっていた。青年の絶望と彼から発せられる底無しの闇が混ざりあう。
 青年は恐怖に顔を強ばらせ後ずさった。


 「この国は、出会えない恋人同士が絶望する様を見世物にする。嘲笑に満ちたこの寸分も存在価値のない世界で生きるくらいなら......」


 「死」は彼の得物である解剖用のメスをポケットから取り出す。


 「......みんな死んでしまえばいい」


 足音なく青年に近づく。ゆっくりと、しかし確実に青年との距離を縮めていく。生物であれば「死」からは逃れられない。


 「この世から死をもって人々を救済する。それが私の使命だ」

 「そんなこと間違っている! 所詮は奴の手駒だ。理念とか信念とか言い訳をして、結局己の快楽のために人殺しをする、殺人鬼なんだよぉ!」

 「人殺しが楽しいわけがないだろう」


 青年はナイフで切りかかった。ナイフは解剖者の黒いコートに突き刺さったが、解剖者はその歩みを止めない。


 「そしてお前はもうひとつ勘違いをしている」


 青年は勢いよく立ち退き、ハンドガンを構えた。普通の人間であれば直撃しただけで重症を負わせる武器。
 何回かの破裂音が部屋にこだました。同時に解剖者が揺らめいた。が、解剖者は全く気にせず青年に歩み寄る。敵が人知を越えた何かであることを青年は感じとり、恐怖した。グレネードを投げ、物陰に身を隠す。これが効かなければ勝機はない。敵は避けようともせず、もろに爆発に巻き込まれた。近くにあった骸骨で作られた柱が崩れあいつのいた場所を潰す。得たいの知れない白い煙と、手榴弾による黒煙と炎がまじり、複雑な陰影が部屋に描かれる。火炎の中で敵の姿が揺らめき、恐竜か、鳥獣か、はたまたもっと恐ろしい化け物に見える。
 敵が苦しがっているのか、それとももうすでに死んでしまったのか、青年にはわからなかった。腕で汗をぬぐう。洞窟の蒸し暑さによるものではない、脂ぎった汗が腕にベットリと付着した。
 そのときだった。炎の中から鳥のくちばしのような何かが飛び出てきたのは。青年が戦慄したときペストマスクの奥底から大地を震わすような、低い声が放たれた。


 「お ま え は 私 に 勝 て な い」


 青年は考える。一瞬コートの穴から何かが見えた。恐らくプロテクター。あの耐久性は恐らく防火防弾コートによるものだ。恐らくその下にもなにかを仕込んでいる。手榴弾を食らっても平然としているような奴だ。最悪、ショットガンで全身を蜂の巣にしても敵は生き残るだろう。弱点を探す以外倒す方法はない。考えろ。古の鉄で固めた鎧も完全無欠ではなかった。必ず付け入る隙はあるはずだ。
 炎をかき分けて解剖者が姿を表した。所々焦げてはいるものの、大きなダメージはない。強い光に照らされ、神話から出てきたかのような九頭身の巨体が余計にでかく見えた。その手にはやはり、解剖用メスが握られている。
 解剖者はメスでコートを撫で付けた。すると、みるみるうちにコートの傷が塞がっていく。


 「服を修復する能力! なるほど、一回で殺しきらなければならないということか」

 「そうだ」


 相変わらずて敵はゆっくりと近づいてくる。冷静に見ればタフなだけの木偶の坊だ。そして、その弱点は!
 青年はショットガンを取り出した。一発は解剖者に、そしてもう一発は地面に!骸骨の破片が朽ちてできたこの床は軽い粒子でできている。目眩ましには十分だ。
 一瞬の解剖者の隙をつき青年は背後に回ると、首にハンドガンを突きつけた。


 「どんなに頑張ってもマスクとコートの間、首の可動部はどうしても隙間が空く。それがお前の弱点だ」


 何発もの銃声が納骨堂に響いた。無敵かと思われた解剖者はゆっくりと床に倒れ、血を流したまま動かなくなった。


 「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」


 青年は妻の遺体を背負う。火の手が洞窟全体へと広がろうとしていた。


 「確かにいきるのは辛いのかもしれない。でも、この世には、美しい場所や素晴らしい景色、信頼できる友達や家族、その他にも数えきれない喜びも同時に存在している。なんであんたはそれに目を向けないんだ......」


 納骨堂から墓へと這い出てきた青年。その背後から信じられない声が聞こえた。


 「あ......な......た......」

 「お前、まさか! 生きてっ!」


 二人はお互いを確かめあったあと、生の喜びを謳歌するのであった。

 同時刻、納骨堂に寂しげな声が呟いた。


 「私にはもう、家族も、友人も、居場所も、なにもない。大切なものと一緒に感情まで失ってしまった私に君のような生き方はできない」


 解剖者はメスで首を切り裂き弾丸を摘出すると、また仕事に戻った。