フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

Parallel Factor ―under ground― 下

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⬆前回


6


 わたしは能力を用いればメス一本で切開から縫合まで一通りの外科的治療ができる。だが、傷の修復にはそれ相応の材料、わたしを含め何者かの魂の力を消費しなければならないという制約がある。さらに手にもった(わたしの場合は手袋越しの)メスで直接傷に触れることが治癒の条件だ。深部にまで傷が達していると、かなりの時間がかかる。戦闘中は応急措置位しか出来ない。
 だから戦いはできる限り避けなければならなかった。

 前々からこの場所で裏切られるとは予想していた。地下コロシアムからさらに降りたこの場所は、部屋そのものが非常に見つかりにくく設計されている。そのうえ、部屋の構造上、悪事を働いてもバレにくく見つかったとしても逃げ道がたくさんある。もちろんそれは暗殺にも言える。
 今回のわたしのミスはピアノ線に気づかなかったことだ。ピアノ線は見事にカンテラの光が反射しない位置にのみ張られ、さらに低反射インクで黒くコーティングしてあった。あちこちに見える蜘蛛の巣がカムフラージュにもなっている。
 だが、ほんのちょっぴりでも老人に気を許したのが、最大の原因のような気がした。友達(服装からして傭兵)を八人もよこしてくるとは。

 わたしを油断させた老人は通路の奥で、宙に張ったピアノ線にたっている。どうやら、わたしの手の届かない場所に移動用のピアノ線を張ってあったようだ。
 先ほど老人を挑発した後、柱の影にすぐさま隠れたはずだった。しかし、わたしの脇腹辺りに、針金ほどの細さでお札程度の長さの金属の棒が突き刺さっている。

 なんだ、これは。

 体から引き抜こうと軽く力を入れたら折れてしまった。もちろん、体内に棒の大部分がめり込んだままだ。
 わたしがさっきいた場所には、大量の金属の棒が落ちていた。しかし、一呼吸する間に全て蒸発するかのように消失してしまった。
 しばらくして、手袋に握られた折れた棒も消え去った。
 
 「魂の物質転化……お前、精霊か?」
 「そうですよ旦那。大半の精霊と同じように、俺はシンボルを崇拝することで加護を受けてる。この年まで生きていたお陰で俺はある程度、シンボルから授かる力を使えるようになっていましてね。シンボルの力――つまり魂の力も多少はたしなみてますぜ!」

 空中をすさまじい勢いで老人が移動していた。ピアノ線の上を走っている、そんな速度ではない。
 気配を感じ右を向くと一瞬、老人がターザンのように移動しているのが見えた。が、どう考えてもワイヤーを出し入れしてしているような速度でもない。
 わたしを罠にはめる直前、最初に老人が天井に上がったとき、老人の薬指からワイヤーのようなものが発射されているようだった。
 ここから考察すると、老人の能力は金属の棒を出すことのようだ。ワイヤーのように長くしなるものから、銛のように硬く短いものまで、多種多様。長いもの、太いものをこちらに打ってこないことを見るに、体積が増えるほど連続発射が困難になるらしい。ターザンができることから恐らく両手から出せるであろうことも察しがつく。
 「その棒は一度体に突き刺さったら、なかなか抜けないですせ。旦那の体を喰らって形を維持していますからね。ノミのようにしぶとく吸い付きますぜ」

 わたしは拾ったライフル片手に奇襲を狙いつつ、様子見で柱を利用し逃げ回っている。しかし、老人は確実にわたしの隠れている場所を見抜き、先回りし、金属の棒を乱射してくる。
 棒が地面に落ちるたび、シャラシャラと刻みよい金属音が響き渡る。わたしにとっては敗北への道しるべ以外の何物でもないが。
 「やけに人を見つけるのが上手だな」
 「長年の『カン』てやつだ、旦那」
 じわじわと確実に追い詰められていく。老人はわたしの間合いに絶対に入ってこない。ただひたすらわたしの攻撃が当たらない場所から一方的に棒をばらまく。ピアノ線にお手製の棒を引っ掻けて移動しているせいで、移動速度も老人の方が上だ。だんだんとわたしの体に突き刺さる棒の本数が増えていく。
 仕方ない。
 わたしは服のポケットからさっきと同じタイプの煙爆弾を取り出した。そして、最初に倒した三人の『友達』の元へ向かった。

7

 十三本の柱のあるこの部屋が再び煙に包まれた。これでもう、お互いに目視できない。
 「ワンパターンですねぇ」
 「二回続けて同じ戦法でいけば、少しは油断してくれるかと思ったんだが」
 「それは旦那のほうですぜ。一度防げたからといって二度成功するとは限らない」
 わたしは煙で攻撃が止まっている間に、体に刺さった鉄の棒をメスを駆使し、外科的処置で強引に抜き取った。
 不安のためか、不気味な気配を感じる。煙がどよめき、不自然に気流が流れている。だが、そんなものを気にしているような余裕はない。
 わたしは最初にしとめた三人の傭兵のうち一人に抜き取った棒を全て突き刺した。そして傭兵を静かに起き上がらせ、あえて切らずにとっておいたピアノ線に足を引っ掻ける。
 ドサ!っという囮の倒れる音が部屋に放たれる。
 その直後、ドスッ!ザザザザ!!と痛々しい音が響いた。
 わたしは今まさに傭兵に生えた金属の棒の向きから、老人の方向を推測した。それにしても、最初の一発が即死級の太さだ。俗に言われる溜め打ちというやつか。
 さて……、恐らく金属の棒は老人にわたしの位置を伝えていたはず。だからこそ、こんなにも早くわたしは追い詰められてしまった。だが、今回は逆手に取った。
 視界を塞がれたため、老人はわたしの位置を棒と音でしか認識できない。必ず遺体の確認をしに来るはずだ。
 何も知らぬ老人は地面に下り立ち、傭兵の体に近づいた。その瞬間わたしが背後から奇襲を仕掛ける!
 「なに!?旦那じゃない!」
 声とは裏腹に、容赦なくわたしに向かって金属の棒を突きだした。棍棒のように金属の棒を変形させたものを予め携帯していたらしい。しかし、実際に貫いたのはわたしの盾にされた傭兵だ。
 わたしは傭兵を台にして老人の背後へと跳ぶ。そして着地と同時に両手を交差するように振り上げた。
 すると、老人は手首を回し、両手の薬指を後ろに向けた。着地直後の僅かな隙に、わたしに二本のぶっとい棒が突き刺った。
 しかし、わたしはそれを無視して老人の首にメスを一太刀浴びせた。

 「がぁぁぁぁあ!確実に心臓と首を狙ったはずなのにっっっ!」

 老人の悲鳴が寒い部屋に響き渡った。

8


 「俺よりも用心深いってどういうことですかい?」
 呆れ返った顔で老人は壁にもたれ掛かかった。首の神経をいじられたために手足の自由を奪われ、まともに立てないのだ。
 「偶然だ。わたしの作戦は二人目の傭兵をフェイクとしてプレゼントするまで。両手のメスを振り上げる時、クロスした両腕が偶然胸部への攻撃を防いでくれた。首は不意打ちが失敗したとき用に念のため仕込んでおいたのだが……まさか強行突破に使うことになるとは」

 わたしは地面に落ちた、傭兵の腕に目をやった。血塗られた棒が思いっきり突き刺さっている。
 老人があの体勢で狙うことのできる急所は二つ。首と胸だ。頭部はペストマスクのお陰で、局部は的が小さくて狙えない。
 心臓の大きさは大体握りこぶしより少し大きい程度なので、胸は腕を交差するだけで簡単に防ぐことができる。護身術とかでよく言われるものだ。
 首は工夫が必要だった。両手のメスに手をとられてしまうので、自分の腕ではガードできない。なので、首は破れた防弾コートを巻いた、傭兵の腕を挟むことで、棒が延髄に到達するのを防いだ。そのかわり気管支と食道の一部がやられたが、死にはしない。
 わたしは三人目の傭兵の露出した肩口に、腕をくっつけ、傷口にメスを通した。綺麗に切断しておいたお陰であっという間に傷口は消え去った。

 「はぁー。暗殺失敗しちまった。無傷の傭兵を連れて帰ったとしても、運が良くて良くて契約解消、わるけりゃ消される。どっちにしろ旦那がこのコロシアムのオーナーに報告した時点で俺の運命は確定だ」
 「安心しろ。解剖の報告が一件増えるだけだ」
 あんまりなわたしの回答に老人は力のない笑顔を浮かべる。
 「殺す気満々ですか。戦争で職を失い、女房には子供ごと逃げられ、落ちるところまで落ちて、こんな化けもんに殺されるなんて……ククッ、笑えますよね。まあ、最後に旦那みたいな奴に殺されるんだったら、それはそれでいい気もしますがね」
 「どういう意味だ?」
 「そのまんまの意味です。ここのオーナーに使えているやつらは、クズか、目が死んでいる奴かのどちらかですが……旦那は違う。命の意味を十分理解した上で、『生かすことを諦めてる』って感じですかね」
 わたしはこんな状況でも冴え渡った洞察力と冷静さを持つこの老人には誠意をもって接しなければならない、と思った。
 そして、わたしは『一個人として』老人と話をすることにした。
 「わたしが初めて人を殺したとき、憎くて殺したのに実に安らかな顔をしてそいつは死んだんだ。そのとき悟った。死に身を委ねることは安らぎに満ちているのだと」
 老人は不意に始まったわたしの独り言対し、黙って頷いた。
 「逆に生きていることは苦痛に満ちている。今も罪もない者たちが奴隷として働かされ、遊ばれ、暴力を受け、やがて捨てられる。この上のコロシアムを含めてな。……使い物にならなくなった奴隷は、ここサングリアからひたすら西へ送られる。国境を越えカハナに入り、さらに西へいく。やがて海に出てそこからずっと西だ」
 「カネラッソ、犯罪者収容所ですか?」
 「そうだ。わたしはそこでてっきり拷問やら人体実験をしているのかと思ったんだが、それ以上だった。人間の多種への劣等感や憎しみ、欲望、そういったものが入り乱れる最悪の監獄だった。ただただ、地獄だ」
 一瞬吐き気がしたが、何とか飲み込み話を続けた。
 「あそこにいくよりは、誰かに看取られ……自分の信ずるものに祈りを捧げ……自らの望むかたちで……安らかに……眠るように死んだ方が……幸せだと思う。だからわたしは殺すのだ。使い物にならないと判断された者たちを」
 そして、成仏させた時に出る魂の力、それを溜め使うことで、わたしの力が使える。そして、わたしの力がもっとも強く発揮されるのは――その後工程である解剖だ。
 「解剖して得られたたデータは経緯を偽装され、正式なデータとして医療施設に送られる。そして、医学に莫大な発展をもたらし、大勢の人の命を救っている」
 わたしが話終えると老人はゆっくりと口を開いた。
 「それが、旦那の人が殺す理由ですかい?」
 「いいや。あくまで副産物だ。わたしは、慈善だけで動けるほど良くできた人ではない。……そろそろ時間切れだ。腕の傷もようやくふさがったことだしな」

10

 二度目の煙幕で気配を感じていた。老人ではない何者かの気配を。
 わたしは老人を背負い、急いで出口に向かった。コロシアム側から凄まじい冷気を感じる。
 「コートがあれば何とかなったかもしれないが、今妖怪から攻撃を受けたら、わたしは死ぬ!」
 「さっきコロシアムにいた氷を操る妖怪か……旦那ぁ、つめてぇよぉ……。やっぱり、生きるのってつれぇなぁ」
 後ろから放たれた氷柱が老人の体をズタズタにしていくのがわかった。さっきまで殺されかけた相手に、逆に命を救われた。
 「待っていろ、ここを抜けたら安らかに死なせてやる!そんな辛い死に方をするな!」
 「いいえ、誰かの命を助けて死ぬって……思ったほど……悪くは……な……」
 くっ!だが、まだ間に合う。心臓が止まってから完全な死に至るまで時差がある。三分いないに応急措置をすればまだ!
 出口にはわたしの治療した鬼が身構えていた。この二人はどうしてもここでわたしを仕留めるつもりらしい。鬼はもちろん、妖怪も恐らくコロシアムを脱走しようとしているのだろう。発見を遅らすためにはわたしを黙らせるのが妥当だ。
 鬼のいる出口まであと5メートル弱。わたしは閃光弾を取りだし鬼に投げつけた。
 目が一時的に使えなくなるほどの、強烈な閃光が鬼の目の前で放たれた。わたしはもちろん目をそらしている。
 わたしはそのまま、鬼を無視して出口を出……ようとした。しかし、わたしの目に飛び込んだのは出口を出たあとの暗い通路ではなく、胸に突き刺さった鬼の腕だった。
 遠くで笛の音が聞こえる。
 鬼――楽器――妖怪――吹く――シンボルの加護――無効……。
 
 「カストール!やったぞ!!仲間の仇をとったぞ!お前の吹いてくれた笛のお陰だ!」
 鬼の嬉々とした声が聞こえる。

 安らかに殺してくれ、と頼んできたのはそのお仲間さんなんだがな……。


11

 わたしは『魂の力』を使うことで人を治療することができる。力を手にした当初は自分の魂を用いてメスをふるっていた。
 もしかしたら、魂の力を利用するということは魂そのもの治療にも使えるのではないか。力を手にして少し経ってそう思ったのがこの職につくきっかけだった。
 一度試みようとした結果、肉体を治療するのに比べ、魂の治療には途方もないエネルギーが必要ということがわかった。わたし一人の魂の力ではどうしようもない。
 そこでわたしは他人の魂を利用することにした。魂の力が肉体から解放され放出されるとき、それは死ぬ瞬間だった。その中でも精神的にも解放される成仏の瞬間に最も『魂の力』を得られることがわかった。
 人を成仏させ、成仏の際に発生するエネルギーを利用する。
 しかし、それでも魂の修復には数百人単位で成仏させる必要があることがわかった。
 そこで、わたしはこの職についた。
 解剖することで仕事が得られる。仕事を得るということはすなわち、成仏させる対象が自分のもとに来る、ということだった。
 成仏を確実に行うためにもっとも手っ取り早いのは、はじめから『死にたい』と思っている人を安楽死させることだ。だが、仕事柄そうではない人の解剖も受け持たなければならない。
 だからわたしは人殺しをしているのにも関わらず、教会の神父のように、死に逝く人に深い愛情と共感の心を持ってを接することが求められた。

 何度も失敗し、挫折した。
 『生きたい!』泣きわめく人を殺し、解剖したこともある。
 何時間も説得しようやく一人成仏させたこともある。

 そうやって今まで何人の魂を成仏させ、それ以上の人数を解剖してきた。


 そうまでして、治したい魂が、わたしにはあった。

 でも……それも、もう、おしまい。


 あなた……ごめんなさい。あなたに嫁いだの……に……しあわせに……なれなかっ……た……



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