高二初日 短編小説
ブレザーと学ランが目の前を行ったり来たりしている様子を眺めながら、僕はため息をついた。
しくじった。今日の午前中腹の調子が悪かったのが原因だろう。朝、学ランのボタンが一つ見つからず着替えに時間がかかって遅刻寸前で登校したのも悪かったかもしれない。高校二年の初っぱなにひとりぼっちで弁当を食うことになるとは。
僕は教室の最右列二番目で腕を組んで悶々としていた。知っている友達はみんな他のクラスときている。出来てている他の友達グループに声をかけるのも気まずい。何せ知り合いがほとんどいないのだから。
鬱々としていると視界が急に暗くなった。何事かと顔をあげると、そこに薄っぺらい胸にしたたる黒髪が見える。さらに視界を上にずらすと、前髪で瞳を隠した少女の顔が見下ろしていた。少なくとも不細工ではないような気がする。
「こんにちは。隣、いいかしら」
甘く幼い声だ。当然彼女とは一度も話したことがない。僕の心が折れかかった昨日のクラス自己紹介で声を聞いた以来だ。彼女の名前すら思い出せない。ただあだ名は独特だったからよく覚えていた。
「どうぞ。君、名前は?確かあだ名はスピネルだったっけ?」
「うん。変わってるでしょ。中学の頃、お母さんにもらったスピネルっていう宝石のペンダントをつけていたらいつの間にかあだ名になったの」
こいつまさか胸につけているペンダントが本体か?と思ったがさすがに初対面だったので突っ込まなかった。
スピネルは長髪をゆらしながら隣の席に座ったところだ。そして、手提げからピンク色の風呂敷に包まれた弁当箱を取り出す。そんな彼女に僕は尋ねた。
「何で僕と一緒に食べようと思ったんだ?」
「友達がクラス替えでひとりぼっちになっちゃったの。んで、この教室の中でも唯一孤立してて話しやすそうなあなたに話しかけた」
「お互いクラス替え運がなかったらしいな」
「いいえ、私はそのお陰であなたに会えた」
僕は一瞬耳を疑ったが、冷静にスルーして話を続けようとした。
「……give me ツッコミ」
顔を背けながらスピネルが呟いた。
今の洒落だったのか。斜め上過ぎて突っ込めなかった。クールビューティーかとおもったら不思議ちゃんタイプか。っていうか何故に英語?まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえずこの気まずい空気をどうにかするのが先決だ。
「ごめんごめん、そういやスピネルの弁当結構豪華だね。ビーフシチューハンバーグ?」
ルーが黒髪につかないよう、とても器用にスプーンを使いながらスピネルは口を開いた。繊細な手つきだ。
「昨日の残りよ。逆にあなたの弁当オール冷食って」
「お恥ずかしながら母親のセンスだ」
「確かに作るの面倒だよね。わたしも母親に作ってもらってるし。今日に限っては作ってすらもらえなかったけど。まあ、おいしいからいいかな」
「そして、最終的には弁当からカップラーメンになると」
「……フッ……フッ……フッ。まあ、そうなるよね」
僕は弁当を片付け始めた。
「流石冷食ね。食べ終わるのが早い早い」
まだスピネルは口元をシチューまみれにしながら弁当を頬張っていた。流石にこんなにおいしそう食べている様子を見ていると、この量の弁当じゃ物足りなくなる。
僕が羨ましそうにビーフシチューを見ていると、黒髪少女がささやいた
「少しあげよっか?」
「いいの?」
「いいよ?」
私はごくりと唾を飲んだ。人間の三大欲の前には間接キスとかお構いなしだった。いや、逆によくないか、間接キス。
「こっちにまだ余ってるから」
そう言ってスピネルはタッパー式のデカイ弁当箱を取り出した。僕は思わず後退りする。お前は野球部かっ!
「お前、まさかこのためにっ!!」
「残り制限時間10分!よーいドン!!」
スピネルの声を聞いた他のクラスメイトが集まってきた。まずいぞ。これじゃあ退けない。僕は必死の形相でビーフシチューに手をつける。
間接キスは叶わなかった上、私のお腹の調子は午前よりさらに悪化した。でも、シチューは最高に旨かった。
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久しぶりにスピネルの小説を書いてみました。半分会話サンプルのようなものです。