柏木君
1
投票の結果を文化祭委員から聞いたとき、わたしは驚きを隠せなかった。喜び以上になにか、得体の知れないものが私の周囲にいるような、そんな気がした。
生徒会の企画したクラス対抗美少女コンテスト。文化祭の一週間前にクラス内で一番かわいいと思った子に各々が投票し暮らす代表を決める。その後文化祭当日に体育館で全校生徒の前で各クラスの代表が舞台に上がり、全校生徒の投票で学校一の美少女を決める。
わたしのクラスでは明らかにわたしよりも容姿端麗な彼岸さんがいるのに、なぜかクラス代表に選ばれてしまった。
わたしの視界の端で実行委員からボールペンを返してもらったばかりの柏木君が彼岸さんをなだめていた。
2
翌日からクラスメイトの視線が凍てついた。時々ひそひそ話が聞こえてくる。
「前々から無口でいけ好かないと思ってたんだよねぇ」
「まあ、あいつはそんなもんだと思っていたよ」
わたしは無実を主張したけれど、無駄だった。言い訳していてるとさらに非難された。普段は団結しないくせにこういうときだけわたしを除くクラスメイトは一丸となった。
耐えられなくなって直接担任の先生に相談した。
「素直にみんなに謝ったほうがいいんじゃないの?先生も手伝ってあげるよ?」
先生にそういわれたとき、世界が灰色になった気がした。その灰色の中にただひとつ、彼岸さんの怨念じみた瞳が移っていた。
文化祭当日。美少女コンテストはまるで公開処刑だった。わたしの順位が発表されたとき、どこからか笑い声が聞こえたような気がした。視界がぐしゃぐしゃにゆがみ、何がなんだかわからなくなった。
彼岸さんは口が裂けそうなくらいニヤニヤしていた。そんな彼岸さんを柏木君は少し悲しそうな目で見ていた。
3
翌日、刑期を告げられた囚人のようなわたしに真っ先に話しかけてきた男子がいた。柏木君だった。
「俺、考え直したんだ。何かおかしいって。少なくとも君がこんなことするはずじゃないって。君は普段あまりしゃべらないけど、不正をするようなそんな卑しいやつじゃなかった。俺が何とか先生やクラスのみんなを説得してやるよ」
柏木君はわたしのクラスの投票委員にミスがないか確かめさせた。すると、投票結果を集計表に記述するとき名前を一番の子の名前とわたしの名前を間違っていたということがわかった。いともあっさりとミスが見つかった。
柏木君は事のあらましをホームルームの時間にクラスで発表した。投票委員は半泣きでわたしに謝り、クラスのみんなも次々に謝辞の言葉をわたしにかけてきた。先生も三者面談をしてまでわたしと母に申し訳ありませんでした、といった。
柏木君のおかげですべてがいい方向に進んでいた。あの事件のおかげでわたしの知名度がいい意味で上がり、よく人から話しかけられるようになった。後の親友である彼岸さんとはこのことがきっかけでよく話す間柄になった。
わたしは柏木君に対しての感謝の気持ちでいっぱいだった。
投票委員に逆襲したい気持ちも山々だった。普段からミスの多い子だったし。でも、柏木君は、
「ミスしてしまった人を攻めちゃいけない。君も文化祭前のクラスメイトみたいに投票委員をいじめたいのかい?それがだめだと君が一番わかっているはずだ。彼岸さんも実行委員の事は許してるぜ?」
とわたしをなだめてくれた。みんなの事を考えて柏木君は動いているんだなと思った。
4
柏木君が彼岸さんに告白して付き合い始めたといううわさが流れ始めたのはその直後だった。今回の事件での柏木君の活躍を考えれば当然なのかもしれない。まあ、どーでもいい話だけど。
人は思った以上にだまされやすいのだなと感じた。まさか勘違いだけであんなに友達が冷たくなるなんて思いもしなかった。発端は集計用紙の名前の書き間違え。たった一箇所の間違えでわたしはクラスの敵にされてしまった。人の思い込みは恐ろしい。思い込みに対抗するには見る力や考える力が不可欠だ。わたしはこれからそういうものを身につけていかないといけないのかもしれない。
わたしがこの一連の事件がすべて柏木君の手によるものだと気づいたとき、そう思った。