泣きじゃくる子供から見た歯医者さん ~スピネルの夢想3~
わたしはお菓子の家にいたはずだった。でも、きっと罠だった。時間差で睡眠薬を効かせたのは、集団でこの家に入ってきたとき、誰かがお菓子を食べてすぐに倒れたら、ほかの人が逃げてしまうからだろう。食べてもはじめはまったく問題ないからみんな気づかない。気づかないから家から出ない。そのままねむっちゃう。そして、みんなのわたしのように地面にはいつくばっちゃう。
ああ、眠い。とても、眠い。まぶたに目が押しつぶされそうだ。
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わたしはばっと目を開いた。驚きと恐怖で息ができない。薄暗い蛍光灯に照らされた部屋の随所に血痕が飛び散っていた。もがくにも両手両足が何かによってイスに固定されていて動かせない。目の前に赤い斑点が目立つ白衣を着た男がいた。手には金属製の長い針にドリルのくっついた器具、そして大きなはさみ。顔は真っ黒で、瞳孔が極限まで開いた瞳と顔が引き裂けるような口元がいびつに存在していた。まるでこれが悪夢そのもののようだった。
そいつはゆっくりと凶器を振り上げた。その様子がスローモーションでわたしの頭の中に刻み込まれる。真っ赤なもみじが落ちるような速度で振り下ろされた。目の前にドリルのようなの何かが迫ってくる。新幹線がわたしを轢きに迫ってくるような、そんな感覚だった。何が起きているのかわからなかった。
でも突然、ドリルその動きが止まった。わたしの目がおかしくなったのではなさそうだ。わたしの鼻先で黒い何かがドリルをキャッチしていた。アリさんだ。あの、わたしと一緒にお菓子の家にいたアリさんだった。顎と金属がぶつかり合いギィィィィと気持ちの悪い音が鳴り響いた。めまいと吐き気でがんがんする頭の中に言葉が響いてきた。突然、目障りな騒音が聞こえなくなった。
「君は小さなとき、ぼくを助けてくれたね。あのとききみがぼくのことを踏みつけていたら、ぼくはいまここにはいない。今度はぼくが助ける番だ!」
手足が自由に動く。アリさんが手枷足枷をはずしてくれたんだ!
「奥の扉を出て走るんだ!つきあたりに出口がある。ぼくが時間を稼ぐ。何も見ず、何も考えず、さあ!走って!スピネル!」
「でも!アリさん!」
「ぼくはもう一生を終えているんだ。でも、君はまだ生きてる。生きていることはすばらしいことだ。ぼくはきみに死んでほしくない。もう一度生きている君とお菓子が食べたいんだ。ぼくのために走ってくれ!」
とびらをバンッとあけて走った。長い廊下をひたすら。天井の蛍光灯がいくつもわたしの後ろに抜けていく。
「また、会えるよね、アリさん」
後ろの金属音を聞きながらわたしは手で涙をぬぐった。
スピネルの夢想2~お菓子の家に入ってみた~ - フールの小説置き場