フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

滲む赤 ―二つの手帳― 上

彼は一見、完璧でした。

 

 

私は島国で生まれました。国土である島のほとんどを数千メートルの山々が取り囲み、その山に穴を掘って竜たちは生活しています。我々竜族は普段は人の姿で生活し、外に出るときはドラゴンの姿で山々を移動します。

しかし、私は竜族であったのにもかかわらず、先天的な障害でドラゴンになれませんでした。そのためにどこかへ出かけるには誰かの背を借りねばならず、不便な幼児時代を過ごしました。私はどうにかして翼に代わる何かを見つけたいと思っていました。

そこで目を付けたのが魔法です。魔法は使いこなせば馬のごとく地を駆け、鳥のように空も飛び、魚のごとく海を泳ぐことができます。私は家に閉じこもってひたすら魔法の修練に励みました。そのために幼稚園時代、友達はほとんどできませんでした。

小学校では体育の授業は半数が見学。ドラゴンの姿になれない以上、仕方のないことです。成績には響きませんでしたが、友達の冷ややかな目が私に向けられました。小学生はまだ他人の気持ちを考えるということができない年齢です。私は幾度となく仲間はずれ、もといイジメにあってきました。しかし、魔法学に関してだけいえば全校生徒の中でトップの成績を保っていました。

中学に入り、私は動揺していました。数少ない私の理解者はみんな別の中学に進んでしまい、新しい環境にうまく順応することができず、クラスの端の席で孤立していました。

私の教室は二階にありました。そこから校庭を見下ろすのが昼休みの私の日課でした。窓の外から見えるのは楽しそうに走り回っている同級生と、悠々と天を舞う私のクラスメイトです。クラス内はもう、コミュニティーらしきものが乱立していて、もはや私の入る隙間はなくなっていました。窓際である私の席の周り、半径数メートルが私に許された空間でした。

後ろで足音がしました。いつものように、私はその規則正しい音を、寸分も気にせず窓の向こうの世界を見つめていました。不意に私の真後ろで音が止みました。めったにない来客に私はひどく驚いた顔で後ろを振り向きました。

 

「一人で何してるんだ?」

 

この一言がどれだけ私にとってありがたいものだったことか。過去のトラウマから極度の人見知りになっていた私にとって、そのたった一言が、神からの救いの手のように思えました。

彼は真剣な目つきでまっすぐ私の瞳を見つめていました。彼の赤い髪の毛が光を帯びて輝いていました。顔立ちが実に美しく、もし私が女であったなら一目ぼれしていたでしょう。

私は自分の顔が紅潮していくのがわかりました。あまりにもうれしかったのです。そして、人と面と向かって話すのが酷く恥ずかしかったのです。私は思わず顔を窓の方に背けて答えました。

 

「・・・友達ができない。」

「じゃあ、俺がなってやるよ。俺の名前は赤崎(あかざき)(たく)()。よろしく。」

 

その言葉に思わず私は振り向きました。彼は口元に微笑をたたえていました。しかし、その瞳は私の見てきたどの友人よりもまっすぐでした。

私達は簡単な自己紹介を済ませた後、しょうもないおしゃべりをしました。最近のゲームがどうのとか、テレビに出ているタレントがどうだとか。他愛もない話でしたけれども、久しぶりに家族以外の人と話したのでとても新鮮で興奮しました。私は今でもその会話の内容をまざまざと思い返すことができます。

赤崎はそのあと、わざわざ学校中私を連れて友達をまわり、みんなに私と仲良くするようにとお願いしてくれました。

私は赤崎の優しさに心を打たれました。はじめて話しかけた人にここまでしてくれるのか、と。

私はその日、夢の中にいるような気分でした。

赤崎はすでに学校内で人気者になっていました。赤崎と廊下ですれ違うと毎回違う生徒と話をしていました。彼の周りには人が絶えません。まるで磁石のようです。男女かかわらず、ほぼすべての人と仲良くなっていました。

なぜあんなことができるのか、私含む一般生徒は赤崎が不思議で仕方ありません。あるとき私は彼に質問しました。赤崎はなんでそんなに人を引き付けるのか、と。赤崎は笑って言いました。

 

「この学校のだれよりも人と仲良くしようと努力したからさ。」

 

 

初めての体育の時、私はみんなの前で醜態をさらさなくてはならないあの時、赤崎は先生に頼んで時間をもらい、同じクラスの生徒に演説を始めました。私の障害と過去についてです。赤崎が話し終えると、拍手喝さい、授業が中断されるほどの騒ぎになりました。このおかげで私は同じクラスの生徒に完全に認められました。

私は赤崎の好意にもはや感謝しきれません。気付かぬうちに涙を流していました。その涙を見て隣でいっしょに泣いてくれる友達がいます。もう、私は一人ではないのです。これほどうれしいことが他にありましょうか。それもこれも全て赤崎のおかげです。

私は彼に聞きました。なぜそんなに他人想いなんだ、と。彼は言いました。

 

「当然じゃないか。」

 

赤崎に助けられたのは私だけではありません。赤崎はその他人想いを存分に発揮していました。赤崎が人を助ける対価として求めたのは、友達になることただひとつです。

赤崎は成績も上々でした。赤崎は人に頼ることも忘れなかったからです。テスト前になると各教科をよく理解している人にポイントを教えてもらったり、いっしょに勉強したりしていました。私もそのうちの一人で、魔法学を赤崎に教えていました。

赤崎は何か教えてもらうと代わりに何かをおごってくれました。缶ジュースだったり駄菓子だったりと様々です。相手を敬う気持ちも忘れません。

唯一赤崎が不得意だったのは体育でした。苦手とは言っても人並みの実力はありましたが。でも、どこか重要な場面でミスをしでかします。しかも、普通ではありえない酷く滑稽なミスです。クラスは赤崎が失敗するたびに盛り上がります。そして、赤崎は笑います。みんなも笑います。後で仲間に自分のミスを詫び、運動部といっしょに練習することも忘れません。

放課後ことです。私は赤崎といっしょに普段と同じように机に座って外の景色を見つめながら語り合っていました。

 

「なあ、お前の種族は何だ。」

「俺はドラゴ・マグネだ。」

「だからやけにドラゴンの時、背が高いのか。いいよなぁ、四脚翼竜。」

 

種族を語り合うのは決して珍しいことではありません。何せ種族によって寿命から姿の特徴から何から何まで違うのですから。

 

「寿命は?僕は80歳くらいだけど。」

「俺は160歳。」

「おお、そんなに長いんだ。僕の倍だ。じゃあ僕が死んだら後始末よろしく。」

「それぐらい自分でやれよ。葬儀の予約はもう満員だぞ。」

「なんだ、先客がいたのか。」

 

だいたいドラゴン全体の平均寿命は100歳前後なのでそれなりに長いと言えます。セキリュウは人の約倍生きるわけですから、老いる速度はだいたい個人差もありますが二分の一ぐらいです。つまり、若い時間がそれだけ多いということになります。二倍の寿命。

私はひそかにその寿命の長さにあこがれました。私には後約70年しかないけど、赤崎にはまだ140年くらいあるのか、と。しかし私の感想に対して赤崎は言いました。長さは問題じゃない、問題は―

 

「死んだあと俺に葬儀屋が泣いてくれるかどうかだ。」

 

 

中学二年生の夏のある日、廊下ですれ違った赤崎のポケットから何か落ちました。興味にそそられてそれを見ると、どうやら手帳でした。表紙には「解体心書」と書かれています。私は好奇心から手帳の中身を見てしまいました。

内容を見たときの私のショックはとてつもないものでした。そこには赤崎という人がどうやって人望を獲得したのか全て書いてありました。

 

『光を自分の背後に置くことで相手の視神経を通して脳を疲労させ自分の考えを通しやすくする:視神経疲労方 人は会えば会うほど好意を持つ:ザイアンスの法則 好意を受けると好意で返したくなる:好意の返報性 自己開示をすれば相手もそれに応じて心を開く:自己開示の法則 期待されると期待にこたえたくなる:ピグマリオン効果・・・』

 

手帳にはありとあらゆる心理学の用語が細かい字でびっしりと詰まっていたのです。少し見るだけで目が痛くなるほどでした。

ふと顔をあげると、真っ蒼な顔で赤崎が私を見ていました。私は赤崎に心の底からかつてないほど心優しい頬笑みを浮かべながら、赤崎に手帳を手渡しました。赤崎はそれを受け取ると、今日、家まで来てくれないか、と聞いてきました。

赤崎の家は一見普通です。何回も来たことがあったので見慣れた光景ではありました。しかし、今日は遊ぶために来たのではありません。

家に入ってごく普通のテーブルに座ると、赤崎は先ほどの手帳ともう一冊、別の手帳を私に見せました。表紙に「ともだち手帳」と書かれていました。私は新たな手帳の中身を拝見しました。

やはり、私は驚愕しました。中身は教師を含めた詳細な人関係そのものでした。彼は見聞きした情報を人の見えない場所でメモをしていたのです。そして、それらをこの手帳にまとめていたのでした。

もちろん私に関しての記録もありました。それはもう、詳細に。なるほど、私は人から見るとこういう人に見えるのか。私は書かれたことを読んでも、あまり不快感を持ちませんでした。あまりにも正直に書いてあったので、意外なほどすんなりと受け入れられたのです。

夢中で手帳にくいつく私の耳に唐突に赤崎の声が響きました。

 

「『ともだち100人できるかな』という曲を聞いたことがあるか?」

「ああ、その名前の通りのやつだろ。」

 

私は顔をあげて赤崎を見つめました。赤崎の声に微妙な感情の変化が読みとれたからです。半ば私の予想通り、彼は長々と話し始めました。

 

「小学校の低学年の時、本当に友達を100人作るにはどうすればいいか真剣に考えた。そして人と仲良くする方法を本で探して、重要そうな単語をこのメモにまとめた。それから高学年になって調べた単語の意味がようやくおぼろげに理解できるようになった。それをひたすら実践して言った。でもうまくいかない。人には立場というものがあって、教科書通りに事が進むことはめったにないと知った。だから中学に入ってともだち手帳を作った。」

 

彼は語り終え、一息つきました。

まさか、彼がここまで友達を作るために努力しているとは思いませんでした。

もっとも私が驚いたのは、赤崎が手にした知識を全て実践しているということです。うまくいくにしろ行かないにしろ、その原因を自分なりに考え、次の挑戦に活かしています。心理学の参考書は知識として持っておく所から実践に移すまでが一番大変です。私自信、一番良くわかっています。それをあっさりと実行してしまう彼の行動力は並みではありません。

それに加え、赤崎は見聞きした情報を全て記録していたのです。今この瞬間もおそらく赤崎の手帳に記録されるのであり、そういう意味ではこの手帳は赤崎の記憶そのものと言っていいでしょう。この手帳さえあれば赤崎はそうしようと思えば三年前にさかのぼり、その人が何をしていたのか正確に調べることさえできるのです。

私はそれらの異様ともいえる行為を少しばかり不気味に思いました。

それにしても、一歩間違えれば友達関係を全て放棄されてもいいような品です。こんな大切な、決して他の友達に吐き出せなかったものを私に対して後悔したのです。私は至極不思議に思いました。なぜこんな危険なものを私に見せてくれたのでしょうか。

 

「お前には隠してもいつかはばれる。それに俺と同じくらい口が堅いだろ。」

「それだけの理由でこの国家機密並みの情報を漏らすか?」

「十分な理由だ。俺にとってはな。絶対に他言してくれるな。約束だぞ。」

 

この一件のおかげで私は赤崎の一番の親友になりました。他のみんなには言えないようなことも赤崎は私に話しました。私も赤崎に秘密をしゃべったりしました。まあ、もともと赤崎はクラスの人からよく相談とかを受けてはいましたが。

それからはあっという間に時間が過ぎて行きました。赤崎が学年にいたことにより、学年全体のモチベーションが上がりイベントも学校の歴史に残るくらい盛大に執り行われました。

卒業式では私を含め、大半の生徒、教員が涙を禁じえませんでした。

赤崎は完璧でした。見てくれは。