フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

私は魔王

私は魔王。

魔族の王。

破壊と混沌の化身。

 

「よくぞここまで来た。

その努力に敬意を表し、この私自ら相手をしてやろう。」

勇者。

私が数百年に一度復活するたびに私を滅ぼしに来る者。

数人の仲間とともに私を討ちに来る。

私よりも力はずっと下だ。

こんな奴らに負けるはずがない。

普通に考えたらひ弱な子供が大人に真正面から挑むより無謀なことなのだ。

 

だが、私はいつも負ける。

 

「なぜだ!

なぜこうも負ける。」

悔しかった。

復活するたびに己の欲を満たすまもなく倒される。

「どうしてお前たちはそんなに強い!」

勇者に問いかけた。

底知れぬ不可抗力の秘密が知りたかった。

 

 

「守るべきものがあるからさ。」

 

 

そこで、私の意識は途切れた。

 

 

 

私は目覚めた。

長き眠りから。

このまま己の覇道を突き進めば、

恐らく何度となくあったように私は勇者に殺されるだろう。

私は清涼としている魔物一匹いない、寂れた城を後にした、

 

 

私は人間の集まる町に来た。

左右に広がる建物を壊したい衝動を押さえ、

とりあえずすぐ傍にいた旅人に声をかけた。

 

「お前にとって守るべきものとはなんだ?」

旅人は答えた。

「自由だ。」

 

魚屋の主人に聞いた。

「お前にとって守るべきものとはなんだ?」

主人は答えた。

「ご先祖様から受け継いだこの店だ?」

 

船乗りに聞いた。

「お前にとって守るべきものとはなんだ?」

船乗りは答えた。

「えっ?ああ、家族さ。」

 

隣を通りかかった女に聞いた。

「お前にとって守るべきものとはなんだ?」

女は答えた。

「夫です。」

 

 

私には訳がわからなかった。

なぜ「守るべきものがあること」が勇者の強さなのか。

私の知っている「力」とはどう考えても相容れぬものなのだ。

自分が「守るべきもの」を持てばわかるのだろうか。

 

 

「これからお前が守るべきものだ。

光栄に思うがいい。」

一匹の鳥を守るべきものと定め、

それが強さにどう結びつくのか試してみた。

しかし、何も起こらない。

嵐から、老衰から、人間からその鳥を守り通しても私は力を増すことはなかった。

 

数百年が経った。

心を読む術を心得ている私は、

勇者の言っていたことが嘘でないことは十分承知していた。

 

私の魔力を浴び続けた鳥は、

いつしか巨大な肉体を持つようになった。

鳥の翼にまたがり、今日も『守るべきものとは何か』、と人間に聞く。

鳥を守りながら。

 

「そんなことよりきいたかい?

隣の王国で戦争があるらしいぜ。」

町人が言うには魔王の恐怖は去り一瞬世界は平和になったが、

今度は隣国同士の争いが勃発しているのだという。

鳥に乗ってその様子を高みから見物する。

 

 

昨日会った男の守っていた家族が死んでいた。

 

魚屋の主人が守っていた店が炎上し跡形もなくなっていた。

 

旅人の言っていた自由はそこにはなかった。

 

自分の女を守るといっていた男が他の男の女を斬る。

 

誰かが自分の友を撃つ。

 

守るべきものを放置し、泣き喚いて逃げ回る。

 

守るべきものを失い自ら命を絶つ。

 

死屍累々。

 

建物は一見残らず崩壊し、襲撃された町は廃墟になった。

 

 

私は鳥の上で高らかに嘲笑を響かせた。

人間たちは自分自身で自分たちを傷つけ、守るべきものを奪い合う。

私の願いであった破壊と混沌は人間たちの手によって生み出されたのだ。

 

 

私は鳥を守り抜く。

人間たちは何も守れずに死ぬ。

 

 

 

居城に久しぶりに戻った。

長い間空けていた城は朽ち果てていたが、

外観で人間を脅すことにもう意味はないのだ。

人間自身で殺し合いをしてくれるのだから。

 

この私にとっての最高の娯楽を提供してくれる人間に、感謝する。

 

 

 

ある日、

勇者らしき者が城の中に踏み込んできた。

魔物も何もいない城の中を右往左往歩き回った挙句、

私のいる玉座の間にたどり着いた。

 

「よくきた。

おろかな人間ども。」

 

三人の人間は私と鳥の姿を見ておびえて震えだした。

適当に演説を披露した後、

鳥に人間の相手をさせた。

さすがにただの農民とは違い腕が立つ。

 

ここで事が起きた。

魔導師の攻撃によって、鳥が致命傷を負ったのだ。

勇者が止めを刺そうと剣を振りかざす。

 

私は焦った。

守るべきものを失えば力を失う。

人間の戦争で学んだことだ。

全てを捨てても強くなれるが、それでは以前の二の舞だ。

私は全身全霊で勇者の攻撃から鳥を庇った。

 

「よくもぉぉぉぉ!」

 

守るべきものを勇者にけしかけたのは私自身。

自分の罪が重いことを認識した私は、勇者たちに全力で挑んだ。

以前のように遊びや悪ふざけを混ぜたような生易しい戦いではなく、

字通り本気で奴らを殺しにかかった。

鳥を傷つけられた怒りで体から力がみなぎる。

冷静さを欠くことなく一人ずつ確実に潰す。

 

 

とうとう勇者一人になったとき、私は聞いた。

 

「お前にとって守るべきものとはなんだ?」

 

勇者は答えなかった。

私は心を読んだ。

仲間は傭兵だった。

勇者は仲間の死に対して何も感じていなかった。

 

「戦争ですべて失ったか。」

私は冷たく彼に言い放った。

勇者は沈黙を貫き通した。

『守るべきものがあるからだ』

以前の勇者が教えてくれたことは間違っていなかった。

勇者ですら守るべきものがなければ何もできないのだ。

 

 

戦争に優秀な人材も仲間も持っていかれ、

適当な兵を雇い、

もはや風化した魔王の城の調査をする。

魔王はもはや戦争よりもよっぽどかわいい存在となった。

本当に恐ろしいのは人間自身だった。

 

 

今は勇者が人を殺す時代なのだ。

 

 

人間によって抜け殻となった勇者に、もはや用はなかった。

 

 

私は鳥を守ると再び誓った。

「必ず守り抜く。

私が死のうとも!

お前が死んだら私も死ぬ。

黄泉の国でもお前を守ろう。」

 

鳥は大きな咆哮を響かせ、私に擦り寄ってきた。

もはや破壊殺戮混沌破滅を飽きるほど観賞した私は、

そういったものへの興味を失った。

 

鳥さえいればいいのだ。

 

私は鳥と旅に出ることにした。

面白いことを探しに。

守るべきものを探しているときに、

興味深いものがいくつも見つかったのだ。

 

愛とか友情とかに加え、

奇怪な絵画、

狂ったように数百人が食べ物を食す謝肉祭。

ただの石ころにすがりついて泣いている男や、

笑いながら人を殺す女。

 

まだ見つかるはずと私たちは今日も空を行く。