フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

よいお年を

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描き納めです。10月に書いた小説「夢見る機械」よりセレアです。

しっかりとあたりをとって描いたためか、いつもの福笑いに比べてかなりバランスがよくなった気がします。やはり、なれないうちはあたりをしっかりと書いてからの方が良さそうです。

今年は小説に力を入れたためあまり描いていませんでした。来年は余裕があればもっと絵の方にも力を入れていきたいです。

今年の後半、転勤を拒否したと思ったら退職したり、人生初の無職を経験したり、新しい就職先に入ったと思ったら風邪と蓄膿症を拗らせ撃沈したりと、踏んだり蹴ったりでした。来年はもう少し穏やかな年になるといいなと思っています。

夢見る機械(完全版) ~後編~

thefool199485.hatenadiary.com


5.最深部

5.1 取り残された者

 「セレア、セレア!」

 「のじゃ!」


 なにがなんだかわからない。明かりがないので、本当にわけがわからない。目を凝らすと、どうやらすすけた部屋に仰向けで横たわっているらしい。地面がざらっとしている。どうやら燃えカスが積み重なっているらしく、すこし体を動かすだけで黒い煙がたった。
 とりあえず、立ち上がってみた。四肢に異常はない。頭がすこしガンガンするが特に問題なかものろう。遥か彼方に光る水晶体が浮いている。
 埃を払っていると今にも震えた声でタニカワから連絡がきた。固い表情を装っているが、目に涙を浮かべている。


 「セレア、よかった......本当によかった」

 「待て待て! 泣くのは卒業式まで勘弁じゃぞ!」

 「......すまない。老けてから涙もろくなってね」


 不安げなタニカワに満面の笑みを送る。タニカワは安心した様子で、涙を拭き取ると、いつもの冷静な声に戻った。


 「セレア、君は量産型エアリスのうち一機の爆発に巻き込まれ、気を失った。爆風はすさまじく君は木っ端微塵に吹き飛ばされたみたいだ。でも、君の体は単純な衝撃にたいしてなら非常に強い。数分ほどで肉体は修復された。爆破されてから大体10分程度経ってる」

 「え、それだけか?」

 「どういうことだ?」

 「わらわは吹き飛ばされてから、長いこと......そうじゃな、夢を見ていた」

 「夢? どういうことだ?」


 わらわは先程の夢の内容をざっと話した。すると、タニカワは驚いた様子で言った。


 「スミレ?! たった今、スミレの親から電話があったぞ。彼女は今朝交通事故にあって仮死状態になっているらしい!」

 「のっ、のじゃあぁ!?」


 スミレ。わらわはあの紫色の髪の毛を揺らして、猫耳をピコピコさせながら首を傾ける姿が浮かんだ。彼女が仮死状態だったということですら信じがたいのに、同じく死にかけてたわらわと同じ夢を見た。
 わらわは帰ってきた。けれども彼女はまだ、町に取り残されている。


 「タニカワ、スミレのご両親に......よろしく伝えておいてくれ」

 「わかった。こちらで作業しているフリをしながら連絡しておく」


 ふう、と二人のため息をつく声が被った。


 「大分パートナーらしくなってきたのぉ」

 「ああ、私も君と大分にてきたようだ。フフッ、同じ部屋にいるバックアップがみんなして切羽詰まった顔をしている。早いとこ仕事を済ませよう。そうすれば今日中にスミレを見舞うこともできるはずだ」

 「わかった。とりあえず、もう一度シンボルに言ってみるのじゃ」


 わらわは暗い通路をシンボルに向かって一直線に飛んだ。道中、何か銀色に煌めくものが転がっていた。警戒しながら近づいてみると、それはわらわが先程倒したエアリスだった。氷づけだったのが幸いしてほぼ無傷で機能停止している。わらわと違い左目に切り傷はない。


 「これはハッキングできるか?」

 「試してみる。......お、今度は完全にいけたぞ。自爆システムも解錠」

 「よし、とりあえず、この先に道がないか探索してもらえるかのぉ」


 操ったエアリスは、わらわが言葉を言い終わる前に、勝手に部屋の突き当たりまで歩いていった。半円形の行き止まりだ。その中央にワースシンボルが浮いている。ステンドグラスはすべて吹き飛ばされてしまったらしい。床や天井と同じくすすで真っ黒だ。
 エアリスは空中に浮遊する正八面体の結晶に触れる。すると、突き当たりの壁がスライドして開いた。


 「政府の地図にはなかった。恐らくこれがライン・N・スペクターが論文で発表していた、ワースシンボルの最下層だろう......もう一機もハッキング完了」

 「どうやら皆がワースシンボルと認識していたのは単なる扉の鍵だったようじゃ。札を貼ってもなにも起こらん。進むしかなさそうじゃ」


 エアリスと共に次の部屋に侵入する。円形の部屋だ。壁に大理石でできたやたらとおしゃれな柱が等間隔に配置されており、柱と柱の間にまたしてもステンドグラスである。


 「おおっ! なんか壁がすごいことになってるのじゃ!? さっき目の前にあったステンドグラスがなんか遥か上にあるぞ!?」

 「壁が上がってる!? いや、私たちが降りてるんだ。恐らくこれは巨大なエレベーターだ」


 音もなく静かに沈んでいくエレベーター。この先に何があるのか冗談抜きで想像もつかない。


 「セレア、呪詛の濃度がすごい勢いで上昇している。恐らく、旅の終点に近づいているんだろう」

 「そのようじゃな。最後間で頼むぞ、タニカワ」

 「君はいつから呼び捨てにするようになったんだ? 仮にも生徒と教師。距離感は大切に」

 「おっ! ついたぞ! 扉が開きそうじゃ......タニカワ、なんか言ったかの」

 「なんでもない。いくぞ、セレア」


5.2 ガラス、塔、残骸

 扉から一歩外に出ると、そこは異世界だった。
 まず床がおかしい。ガラスで作られている。何かをコーティングされているらしく、キラキラと瞬いている。どうやら、高濃度の呪詛に長い時間さらされても大丈夫なようにコーティングを施されているようだ。空を見上げる。黒い空間には、緑色を基調に複雑な光を放つオーロラが見える。奥には工場で見られるような塔がいくつかそびえ立ってる。塔の最上階を探そうと努力するも、果てしなく高いらしく、わはわの場所からはまったく見えなかった。わずかに金属が焼けるような不快な臭いが漂っている。
 この床は各々の塔を繋ぐ連絡橋らしい。数十人はわたれそうな幅だが、手すりのようなものは一切ない。
 

 「セレア、ここはカルマポリスの最終防衛ライン、ここを突破されるとカルマポリスは陥落する。つまり、一番兵力を集中させている場所だ」

 「最後の難関ってやつじゃな」


 ガラス越しに深淵を覗く。下の方に光る点を見つけた。一瞬太陽に見えたが、目を凝らすと溶岩だということがわかる。
 セレアが歩みを進める。すると、グシャ、という嫌な感触がした。床をみると銀色の水溜まりがいくつもある。さらに奥をみるとアンドロイドの義肢と思われるものがいくつも転がっており、銀色の水溜まりに写り混んでいた。ゴォーっという何かが動くおとが時おり聞こえてくる。不気味な静けさのなか、エアリス二機を前にしてわらわが進む。
 カツンという音に続いてコロコロという音が響きわたった。仲間のエアリスがネジかなんかを蹴ったらしい。


 「誰かが先に全部破壊したのか......」


 残骸だけが残る道を慎重に歩んでいく。やがて柱のうち一つにたどり着いた。柱の回りをぐるりと円形のガラスの板で囲っており、来た道を含めて六本の道が延びていた。多分空から見上げると蜂の巣状になっているはずだ。塔には扉はなく、六本の道へ素通りできる作りになっていた。内装は非常に殺風景で金属板で作られた壁がむき出しになっている。
 わらわは地面により多くアンドロイドの残骸が転がっている方向に進んでいった。恐らくワースシンボルを陥れた侵入者が通った可能性が高いからだ。


 「不気味じゃのぉ」


 そう呟いたとき、背後に強い衝撃を受けて前に吹っ飛んだ。攻撃を受けた部分が発熱している。慌てて後ろを向き、体制を建て直す。だが、いるはずの敵がいない。さらに背後からなにか来る予感がして、空中に飛んだ。エアリスたちも攻撃を受けているらしく、冷凍銃で反撃しようとしていたが、敵の正体が掴めずオロオロしていた。
 奥の方でなにかがゴォーッと動く音。


 「セレア、床だ! アンドロイドの残骸が攻撃してきている!」


 タニカワの声を聞いて、エアリスとともに床に転がるアンドロイドの武器を破壊していく。三機六丁ものガトリング砲の発射音が耳に焼き付く。一時的に攻撃は止んだ。が、粉々になったアンドロイドの断片に、銀色の水が寄せ集まる。不気味に手足が跳ね回ったあと、また元通りに修復され攻撃を再開する。
 空を飛べばと考えたわらわは、黒い三角形の飛行ユニット展開、一気に奥へと飛ぼうとする。が、機能は正常なはずなのになぜだか飛べず、落ちる寸前で偶然そばにあったガラスの床に捕まった。
 地上戦しか手はない。わらわは攻撃を防御しつつ、ガラスの床を進む。弾の軌跡が蜘蛛の巣のように写る。360度から放たれる強烈な熱と冷気にさらされ、徐々に体が言うことを聞かなくなっていく。アルファ故に無痛ではあるものの、死の恐怖が頭によぎり、恐ろしくなる。


 「セレア、一旦仲間のエアリスの制御を外せ。エアリスに回す分のエネルギーを本体に回せば、この超重力の影響下でも飛べるようになるはずだ」


 わらわが念じると、ばたりと二機のエアリスが倒れた。同時にわらわに力がみなぎるのを感じた。
 エアリスを相手にしていた残骸が一斉にこちらを向き、攻撃を再開する。わらわはドッジボールのボールをよける要領で攻撃をかわす。戦闘の舞台が二次元から三次元に変わったために弾幕がスカスカになった。行ける! 行けるぞ! ガラスの床をけんけんぱしながら猛烈な勢いで奥に突き進んでいく。たが、


 「セレア! 三秒後、二時の方向に三十メートル!」


 反射的に体が動いていた。少し被弾したが、タニカワの指示した場所に到着......した瞬間に視界の左右に白い壁が現れて、消えた。それが敵からの超遠距離攻撃だと気づいたのは、タニカワが次の指示を叫んだあとだった。「正面雷ご! ご! なな!」着弾予測が視界の端に表示された。頭で理解する前に体を動かす。まわりに雷が5発5発7発の順で落雷した。
 わらわはタニカワの指示を信じ、身を任せる。赤い線が見えたと思ったら、その軌跡から紫色のマグマがわき出た。塔のいくつかをぶち抜く極太の光線も雨あられと飛んできた。高層建築を軽々やきつくしそうな火炎が舞い踊った。だが、そのどれもがわらわを避けるかのように動き、被弾しない。タニカワが把握し、わらわが避け前へ飛ぶ。


 「今回ばかりはでしゃばるぞ! セレア」

 「おぬしに任せる!」


 花火がそのまま兵器になったようなレーザーの群れがわらわに向かってきた。わらわは全速力で動きつつ、振り向く。大半のレーザーが空中で爆発する。わらわは煙を吹いているガトリングガンを手に変形、塔の出っ張りに捕まり鉄棒の妙技、大車輪を披露。その動きについていけなかったレーザーが塔のあちこちで爆発。その様子を確認後、目の前から来る青二本赤二本白四本の光線を、全身の力を完全に抜いて避ける。塔の爆発音が聞こえるなか、身体を液状から人の体に復元する。
 さらに奥へと進むと、おぼろげに敵の姿が見えた。小さい腕に太い足、巨大な翼。蛇のような頭。口から漏れる呪詛の吐息。


 「こいつ! ドラゴンか」


 ドラゴンが火炎を吹いた。反射的に身をよじってかわす。ガトリングガンを発射するも鱗に弾かれてしまっている。口の中にも数発当たったが、全く気にしていない。


 「カルマポリスのデータベースにあったぞ。200年前にカルマポリスにて召喚され、国そのものを破壊したとされる生物兵器だ。敵軍を倒そうと十数代前の国王が召喚したが制御できずに反逆されたらしい」

 「そんなバケモンが、なんでこんなところにいる!?」


 この手の大型兵器にありがちな持久力がない、トロい、といった弱点はこいつにはなかった。AI兵器故に攻撃に移る際に変な癖があり攻撃予測ができるが、そのうち学習され克服されるだろう。
 敵の攻撃範囲予想が視界に表示され、あわてて安全地帯まで避けた。その直後、白い光線がわらわの横を通りすぎた。どうやらドラゴンの口から発射されたものらしい。時間差でドラゴンの両翼が瞬き、その真ん中からも赤黒いレーザーのようなものが放たれる。攻撃に巻き込まれたあわれな塔は火を吹いて爆発する。当たってもいないのに皮膚がピリピリと焦げていた。続いて右腕に違和感を感じた。左手を剣に変形させ右腕をすぐさま切り落とす。落ちていく右腕は白い霜を被っている。その右腕は数秒と経たないうちに業火に襲われ蒸発。「AIに学習された......。もうこれしか手段がない」。タニカワが言い終わる前にわらわはタニカワの思考を察し、行動していた。
 ドラゴンの動きがスローに見える。唇がめくれ、鋭い歯が見えた。歯と歯の間に隙間ができる。思うよりも先に体が動いていたらしい。気がつくとドラゴンの喉奥に左手を差し込んでいた。そのままドリルに変形。無我夢中で掘り進むと光が見えた。バッと視界が開けたと思ったら、鱗の上を転がっていて、受け身をとる間もなく床に墜落。
 地面が揺れて、続いて後ろから爆風が、最後に爆発音が響いた。


 「残骸から推測するとドラゴン型の呪詛兵器だ。だが同じ兵器でも防衛用のエアリスとは違う。恐らく......無差別破壊兵器」

 「結局こいつもワースシンボルの化身か」


 体にこびりついたドラゴンの血をぬぐった。血とは言っても色は緑色であり、筋肉はどう見ても人工的なものだった。
 落ち着いて回りを見てみた。無数にあった塔の半数はヒビや穴が空いている。ガラスの橋は対呪詛のコーティングが剥げ、所々崩壊している。あちこちで火柱と煙が立ち上っており、見知らぬ人にアンドロイド同士の戦争があったと説明してもたぶん、信じるだろう。


 「攻撃予測はどうやったのじゃ?」

 「ハッキングしたエアリスからカルマポリス防衛システムに侵入した。データが兵器でひとまとめにされていてね。偶然こいつのデータを発見できた。最初は間一髪だったよ」


 ふう、とタニカワは額の汗を拭いため息をついた。こめかみを指で揉みながら話を続ける。


 「このドラゴンは、カルマポリスで最強の生物兵器として知られていた。召喚すれば全てを無に帰すと。ただ、その由来に関しては全く知られてない。召喚方法だけが今も政府に受け継がれている」


 タニカワが目薬をさして目をしばしばさせた。すると、いつもの教壇にたったときの口調に戻った。


 「そもそも、カルマポリスは200年前このドラゴンによって一度国そのものを吹っ飛ばされた経緯がある。歴史書もなにもかも一度そこで失われているんだ。だから、今ある町並みは200年のうちに再建されたもので、今用いられてる呪詛技術もそのとき残っていたものだけだ。だから、今のカルマポリス民はワースシンボルの技術に関してほとんど知らない。それどころか、最近までエアリスの存在すら知られてなかった......っていうかセレア、テスト範囲だぞ」

 「すまん、寝てた」

 「堂々と言うことじゃない。......この様子だと帰ったら歴史の補習だな」

 「わらわは歴史を勉強するよりも作る方が向いてるのじゃ!」

 「君が歴史を作ると、補習の暗記内容も増えるぞ?」

 「のじゃ!?」

 「......まあ、とりあえず少し休みなさい。このままずっと戦い続けていたら、いくら体が機械とはいえ限界を越えてしまう。無理はよくないぞ。とりあえず、右腕を床にある銀色の水溜まりで修復しよう。恐らく使えるはずだ」

 「わかった」


6.つかの間の休息

 ハァー、とため息をついて地べたに座り込んだ。ひんやりと固い感覚がわらわに伝わる。
 百メートル走をしたあとのような強烈な脱力感がわらわを襲ったのだ。ここまで疲れたのは正直はじめてだった。機械の肉体を持つのに「疲れた」というのも変な話だが感じてしまうのだからしょうがない。


 「記憶の方はどうだ? 夕焼けの町で一度忘れかけたんだろう?」

 「ああ。大丈夫じゃ」

 「じゃあ抜き打ちテストするぞ?」

 「のじゃじゃぁ!?」

 戦い疲れたぼんやりとした頭で思い浮かべる。ことの始まりは多分、スミレだった。頭の右側が機械なうえ、やたらと長い袖の白衣。そんな変態的ファッションセンスを誇るライン・N・スペクター。が、わらわはそいつのワースシンボルの内部に関する情報やハッキング技術に助けられてここにいる。複雑な気分だ。


 「ハハハッ。では第一問。私の臨時授業の内容は?」

 「本当に始まりおった!? えっと、カルマポリス国が妖怪国家で、あれ、ワースシンボルに依存してて、って話があったんじゃっけ?」

 「大体あってるよ。妖怪は呪詛を使えるが、この国の妖怪はシンボルのエネルギーがないと使えない。生活用品の大半もワースシンボルに依存してるんだ。それで、そのワースシンボルが何者かの呪詛によって機能低下を起こしている。困った国は君にお札による解呪を依頼した。そこで第二問、なぜ国は君に依頼したんだい?」


 わらわは自分の胸に手を突っ込んだ。ヒラヒラしたものに手が当たったので、それをつまみ取り出す。もちろん摘まみ出されたのは白いお札だ。からだが液体金属でできているわらわならではの仕舞い場所だった。手に持っていたりしたら恐らくあのときのエアリスの自爆で消え去っていただろう。
 お札のはしっこをつまんでペラペラ揺らしてしてみる。揺れるお札を見ているうちに記憶が少しずつよみがえる。


 「えっと、まずワースシンボルの中は呪詛の濃度が高すぎて生き物は入れない。それで、アルファであるわらわが選定されたんじゃよな。......わらわの生活を人質にとって。それで、わらわは国に利用されるのを覚悟で引き受けた。同盟国ドレスタニアのガーナ元国王に後押しされてな」

 「それにしても、よくあのガーナ元国王を説得できたね」

 「ああ。ガーナ元国王にわらわが仕事を引き受ける本当の理由を話したんじゃ」


 あのとき泣いたのはよく覚えてる。わらわは居場所がほしいとあやつに伝えた。化け物扱いはもうたくさんだ、と。そのためには国の指示に従わねばならぬことも伝えた。だがガーナ元国王は、このまま人の言うことに流されてたら、一生機械兵器のままだと断言した。
 わらわはそれに対して、自分の居場所を作るために戦うと答えた。
 わらわは国に反逆し、自分が兵器であったことを学校で打ち明けて、真の居場所を作る。そのためにはこの国を救うことがまず第一にあった。まずはみんなに、わらわが兵器ではなくカルマポリスの平和を望む一国民であることを知らしめなければならないからだ。


 「......詳しくは聞かないことにしておくよ」

 「ああ。その方が助かる」

 「それにしてもあのとき、ガーナ元国王がスペクターのハッキングディスクを持ってたのは幸運だった。あれがなかったら今ごろどうなっていたか」


 そして、今回引き受けたのにはもうひとつ理由がある。わらわはタニカワという居場所を失いたくない。そのためには一度政府の要求を呑む必要があった。
 わらわは自分のからだの一部で銀色のボールを作りお手玉を始めた。こうするとなんだか心が落ち着く気がする。


 「第三問、そのあと私たちは政府の役人からワースシンボルに関する資料をもらった。だが私はその他にライン・N・スペクターの資料も調べておいた。この二つの資料の決定的な違いは?」

 「政府のはワースシンボルの結晶に関してしか載ってなかった。じゃが、スペクターの資料には機械の夢......あの夕焼けの町について載っていたのじゃ」


 通信が面越しにタニカワがうなずいた。この調子なら次の社会科のテストは満点いけそうだな、とわらわは思った。


 「そうだな。そしていざワースシンボルのなかに侵入すると防衛システムが暴走していて、侵入者と勘違いしてセレアに襲いかかった。アンドロイドは見当がついていたが、まさかエアリスとはなぁ......」

 「一体でも町ひとつ制圧できる位強いのにそれが三機ってひどすぎじゃろう」

 「それに平然と対応するセレアもセレアだけどね」

 「主がハッキングしてくれたお陰じゃよ」


 わらわがエアリスだった時のことはよく覚えている。なにも考えず、大人に言われるがままに破壊の力を振り撒いていた。液体金属の体は怪我をしても痛みはなく数秒ですぐに元通り。だから人を傷つけることへの抵抗感が全くなかった。空を飛び、上空から一方的にガトリングガンで相手を蹂躙する。......吐き気がしてきた。思い出すのはとりあえずやめよう。


 「ワースシンボルの結晶の前でエアリスの自爆に巻き込まれたわらわは夕焼けの町の夢を見た。それはスペクターの資料にあったものと一致した。その夢の中で死んだはずのアーティストやスミレにあったんじゃ。あれは驚いたのぉ」

 「アーティストは故人、スミレは仮死状態。二人とも限りなく死に近い存在だった。そしてセレア、君も仮死状態だった。恐らく、あの町が死に関係のあることは間違いないだろう」

 「じゃな。結晶が納められていた聖堂もそう考えると納得できそうじゃ。......最初に夕焼けの町のことを話したときのタニカワの顔、面白かったぞ。嘘じゃないのはわかってるけど、それでも信じられないっていう微妙な顔をしておった」

 「フフ。あんな話をされたら誰だってそうなるよ。存在しない町で死んだアーティストのサインをもらったなんて、できの悪いおとぎ話のように聞こえる。......おとぎ話ならよかったんだけどな」


 そういえば、あのワースシンボルとされていた結晶は結局なんだったのだろうか。
 巨大な塔が立ち並ぶ広大な地下空間を見渡す。これを見る限り、あの結晶に大きな意味があるとは思えない。恐らく本体を隠すための飾りだ。でも、誰がなんのためにこの空間を隠しているのかはまるで見当がつかない。


 「それで夢から覚めた後、ハッキングした二機エアリスのお陰で最下層へと続くエレベーターを発見したんじゃ」


 わらわはいつのまにか隣に座って待機しているエアリスを見ながらそう言った。相変わらず無表情だった。......そういえば彼女たちは指示もしていないのに、呪詛さえ供給すれば勝手についてくるようになっていた。まあ害はないから別にいいのだが。
 よくよく視線をたどると、わらわのお手玉をじっと観察しているようだった。ためしにボールをひとつ作り、彼女らに投げてみた。するとキャッチするやいなや超高速でお手玉を始めた。あまりの速さにボールの残像が見える。


 「それでこの意味不明な空間にたどり着き、訳のわからぬドラゴンを倒して、今に至ると。......タニカワ、あのときのアドバイス本当に助かった。あれがなければ死ぬところじゃった」

 「役に立てて本当に嬉しい。君が最大限に実力を発揮できるようにサポートするのが私の役目だからね。セレアもよく頑張った。辛くても弱音を吐かず前を見て、それで......」

 「それはそなたが一緒に支えてくれたからじゃ。タニカワがいたからこそどんなに辛いことでも耐えることができた。諦めそうになってもそなたが鼓舞してくれたから立ち上がることができた。どんな化け物にも恐れずに立ち向かえた。全部タニカワのお陰じゃよ」

 「勉強にもその意欲をいかして欲しいな」

 「それだけは勘弁じゃ」


 ハハハと二人で笑いあった。この間まで学校に通っていて毎日笑っていたはずなのに、ずいぶん久しぶりに笑った気がした。
 しばらく二人でしょうもないことを話した。行きつけのシュークリーム屋に新しくシューアイスが発売されたとか、生徒のナンパが困るとか、色々だ。こうしてタニカワと会話していると、気持ちが安らぐ。
 回りを見渡しても、ガラスの床と塔しかない。しかも光源がないのに視界ははっきりとしている。わけがわからない。この異様な空間がわらわを不安にする。ここまできたら後戻りすることもできない。かといって先に進めば今以上に激しい攻撃がわらわを襲うだろう。すぐそこにある塔からウェディングドレスを着た敵が現れて、わらわの命を狙ってくるかもしれない。天からまたあのドラゴンが奇襲を仕掛けてくるかもしれない。それに作戦が例え成功したとしても無事に帰れるかどうかはまた別問題だ。
 ......そんな絶望的な状況でも、大好きなタニカワの笑い声を聞くだけで立ち上がれる。画面越しでもいい。彼の微笑みをちらりと見るだけで、いや、もはや思い出すだけでもわらわの内側から力がみなぎりまくるのだ。


 「はぁ。話すこともなくなってしもうたのぉ」

 「......私に伝えることがあるんじゃないか?」

 「んん?」

 「ガーナ元国王から、言われてるんだ。セレアから重大な知らせがあるから、真摯に受け止めてほしいとね」


 あんの王様め! 余計なお節介おぉぉぉぉぉ!!!


 「なんだい? セレア、言ってごらん。君が何を言おうと受け止めてあげるから。ここを逃したら、二度とチャンスは訪れないと思う」

 「わかった」


 わらわは意を決した。どのみちいつか打ち明けなければ後悔する。


 「タニカワ、お主のことが......その、な。あれじゃ......」

 「ああ」

 「あの......あれなんじゃ」

 「ああ!」


 タニカワは真剣な眼差しでわらわを凝視している。


 「今まで出会った中で最高の教師だと思っておる」

 「ありがとうな、セレア。教員としてこれ以上ない誉め言葉をありがとうな! 今度なにかおごるよ。忘れないようちゃんと覚えておくんだぞ」

 「えっ、本当か! わらわ大食いだが大丈夫か?」

 「機械なのに大食い!?」


 やってしもうたぁぁぁ!! チャンスが水の泡! あ、いや、二人で食事できるだけましか。いやでもちがあぁぁう!!


 「まっ、まあよい。進むぞ、タニカワ」

 「ああ。......奥にでかい建物が見えるだろう」

 「あれか」

 「あの巨塔が恐らくワースシンボルの本体だ。空間における呪詛の密度が一番高い。この旅の終着点......」


7.真実

 一番奥に一番太く長い塔がそびえ立っていた。塔に色々と装飾がなされているようだが、ここからだとよく見えない。
 それよりも、わらわとタニカワ教授は塔の前に寝ている人影に集中していた。袖があまりにも長過ぎる白衣に上半身裸という危ない格好をしている。そいつが、まるで自分の部屋にでもいるかのように肘で枕を作ってねっころがっていた。そして、まるでお菓子をつまみ食いするかのように、片手で皿の上に盛られた大量の薬用アンプルのうちひとつを吸っている。もう片方はテレビのリモコンを握っていた。
 彼の周囲にはテレビの他に冷蔵庫やラジオ、コンピュータ、持ち運び可能なガスコンロ、雑誌、目覚まし時計、タンス、買いだめしておいた水のタンク......、とにかく生活に必要なありとあらゆるものが手の届く範囲に置かれていた。
 呆然とするわらわ。


 「おっ、ようやく来たようだな。いらっしゃい。仮住まいだがゆっくりしていってくれ」


 テレビを止めて、むくりと起き上がり、あくびをしながらスペクターがこちらに向かってくる。わらわははっとして身構えた。しかし、スペクターがカップに入ったコーヒーを差し出したのを見て構えを解いた。


 「ミルクと砂糖使うか? ああ、それ呪詛を抽出し粉末にして、コーヒーにまぶしたものをお湯で溶かしたやつだ。インスタントコーヒーと言う。呪詛がいい保存料になってね。便利だろう? 粉を溶かすだけでコーヒーが飲めるんだ。ああ、折り畳み式の椅子を出そう。地べたに座るのはワタシだけでいい」


 自慢げに笑ったのは、スミレの雑誌にのっていたあの科学者。ハッキングシステムを造り上げ、ワースシンボルの真実に最も近づいた人物。そんな大天才が布団に座り込んだ。


 「ワタシの名前はライン・N・スペクター。よろしくな。おっと緊張しなくていい。楽にしてくれ」

 「よっと。わらわはセレアじゃ。ご丁寧にありがとう」


 あまりにも滑稽な状況だった。地べたに座ってあぐらをかくスペクターと、がっちりとした業務用の椅子に腰掛け、足をぶらぶらするわらわ。タニカワはどうやら成り行きを見守ることに決めたらしい。
 スペクターの黒い長髪が床につきそうだが、気にする様子はない。彼はふわぁ、とあくびをしてから自分の機械化されて金色に輝く右頭部をガリガリと掻き、世間話でもするようなノリで話し始めた。


 「高濃度の呪詛に対応するのは正直骨が折れた。わざわざ自分の体を人間から妖怪に改造してようやく対応できたのだ。まあ、どのみち近々やろうと思っていたことだし、貴重な研究データも得られて後悔はしていないがな」

 「妖怪から人間に改造!?」

 「もともと呪詛を吸収する特異体質でね。実験のために大量に呪詛を浴びてたら、いつの間にか遺伝子レベルで妖怪の体になっていた」


 驚くわらわを気にも止めずにドラッグカプセルをボリボリと頬張るスペクター。声は意外なほど渋く、よく通る声だった。


 「防衛システムはどうやって突破したのじゃ?」

 「君が持っているハッキングシステムよりも上等なものをワタシは持っている。侵入するのは簡単だったよ。誰とも戦わずここまできた。もっとも、そこまで優秀なシステムを作るのに年単位で時間がかかったが」


 スペクターは棚から雑誌を一冊引き抜いた。パラパラとめくり、ページとページの隙間に挟まっていた、きらきら光るドーナッツ状の円盤を取り出した。


 「君にあげよう。役に立つはずだ」

 「おっ、ありがとうな。ところで、ワースシンボルがイタズラされてるみたいなんじゃが......」

 「ああ。それはワタシがやった」

 「はぁ!?」


 驚いた。スペクターは私利私欲で動くような人間ではない。これまで彼の足跡を調べていけば容易にたどり着く真実だった。少なくともカルマポリスの破滅を願うような人物ではないはずだ。


 「ちょっとまて、お主の目的は?」

 「まあ、簡単に言えばワースシンボルから国民を解放することだ。ワースシンボルは一般にはただ結晶からエネルギーが生成されていると信じられているが本当はそうではない。実際には妖怪の魂のエネルギーを抽出して放出している。みろ、これがシンボルの正体だ」


 スペクターが塔の上部を指差す。そこには上端と下端にホースが繋がれたガラスの筒が、規則正しく貼り付けられていた。中は緑色の液体で満たされ、中央に光る何かが浮かべられている。それが塔をベルトのようにぐるりと一周しており、さらに同じものが何十列も見えなくなるまで続いていた。恐らくこれがワースシンボルの本体なのだろう。


 「カルマポリスで死んだ妖怪の魂はワースシンボルに取り込まれ、容器に収納される。そして現世で生きた年数と同じ年数、魂の力を吸いとったあと現世に転生させる。そして現世で生きている間に妖怪は魂の力を再び貯めるのだ。死んだらシンボルに戻る。その繰り返しだ」

 「そんな!」


 わらわは信じられないといった表情でスペクターを見つめた。スペクターはまったく動じていないようで、顔の左側頭部から後頭部にかけて装着された金属の板をカツカツと叩いた。さらに、その板から延びている赤色のコードと青色のコードを指でなぞる。耳の裏までたどりつくと、何かを締め直した。何を締めたのかまではここからでは見えない。


 「じゃあ、まさか......ワースシンボル本体を捜索した機械が言うとされる、夕焼けの町の正体は!」

 「ここで発呪している妖怪の魂、その精神はワースシンボルの作った幻影の世界で管理される。反逆できないようにな。君が迷い混んだのはその精神世界だ。どうやらワースシンボル内で意識を失うと、死んでいるいないにかかわらず幻影の世界に精神が引き寄せられてしまうらしい」


 あわててタニカワ教授の顔を見た。


 「だが、スミレは生きておるじゃろう......?」


 わらわの疑問に対してすぐさまタニカワ教授が答えた。


 「セレア、さっきも言ったように今朝スミレは交通事故に会って仮死状態のままだ。仮死状態も死に含まれるのであればスペクターの説明と矛盾しない」

 「バカな、これを信じろというのか......」


 わらわは自分の記憶に刻まれたアーティスト、カサキヤマのサインを思い出した。明らかにあれは本物であり、模倣品とかではない。......すでに当人は死亡しているのにもかかわらず、だ。


 「当然のことながら魂の力は転生前に消費されてしまう。最初から魂の力を使い果たした状態でカルマポリス国の妖怪は生まれるのだ。だから呪詛をエネルギーに頼らなければ発動できない。呪詛を低コストで運用するには、カルマポリス国で暮らす以外に方法はない。必然的に国民は国にこもりがちになる」


 人々を支えているはずのワースシンボルが実は人々を国に縛り付けていた。その事実にわらわは動揺を隠せなかった。ワースシンボルへの評価が180度変わってしまったのだ。人々に繁栄をもたらす夢のエネルギーが、実は人の魂をもてあそび国を衰退させてしまう悪夢のエネルギーだった。自分の常識がガラガラと音をたてて崩れていく。夢であるなら覚めてほしかった。
 ちなみに常識を破壊した張本人はわらわが飲み干してしまったコーヒーのおかわりを注いでいる。


 「そして、毎回同じ人が転生を繰り返しているために、同じ歴史や過ちを繰返し進歩しない。この影響でカルマポリス国は時代の流れについていけず緩やかに衰退している。この負のループを止めるにはワースシンボルを破壊するしかないわけだ。ワタシはこの国がまがいなりにも好きだ。こんなところで終わらせるわけにはいかない」

 「他の人に相談はしなかったのか? 他に手はなかったのか?」


 静かに語るスペクターの言葉には重い決意がこもっていた。嘘をついているようには決して見えない。ただ、口調に姿勢がまったく伴っていない。国の命運について話しているのにあぐらをかきながら錠剤をスナック感覚で口に運ぶスペクターの神経を、わらわはたぶん一生理解できない。


 「ワタシは論文をいくつも発表しすべて闇に葬られた。雑誌に売り込んだり、他の研究者にも相談したりした。ありとあらゆる手をつくし理解者を求めた。しかし、誰もワタシの研究に見向きもしなかった。突拍子もない理論だったうえにワタシが人間だったからだ。そのうえ、極めつけにこれだ」


 スペクターは白衣の胸のボタンを開いた。腹部に黒い、穴のようなものがぽっかりと空いている。恐らくこれが、先程いっていたスペクターの特異体質なのだろう。
 アルファから妖怪になったわらわにはスペクターの気持ちが痛いほどよくわかった。妖怪として生まれてこなかった。たったこれだけのことで人格を否定される。カルマポリスとはそういう国なのだ。そんな逆境にもかかわらず自分を貫き通すスペクターをわらわはちょっぴり尊敬する。


 「ワタシは国の命によって研究者としての地位を剥奪された。それでもワタシは諦めずエルドランへの渡った。エルドランの宗教であるノア教に自分を売り込んだ。幸いノア教はこの施設と同じような古代の研究施設を所有しており、それを取り扱える研究者を欲していた。ワタシはノア教に協力するという名目で研究室に入り、十分な金と地位と知識を確立し、万を辞して今回の計画を実行したのだ」

 「そうか。じゃがここに行くのは我らではなくカルマポリスの国民。わらわはこの事実を国民に知らしめ、国民がどう望むかを選ばせるのが筋ってもんじゃないのかのぉ。今のままだとむやみやたらに価値観を押し付ける政府と一緒じゃぞ?」


 スペクターは手のひらを天井に向けてから首を横に振った。


 「しかたあるまい。このシンボルの真実を聞いただけでは信じられないだろう? ワタシの計画が成功すればワースシンボルから呪詛が発生しなくなる。つまり、防護服で身を包めばマスコミをはじめ一般人でも入ることが出来る。ワタシはワースシンボル内部を公開して真実を伝える。こうでもして危機と混乱に陥れなければ、国は重い腰を動かさん」


 冷蔵庫から得たいの知れないパックを取りだし、口をつけてイッキ飲みした。そのあと、降り立たんでから近くにあったゴミ箱に突っ込んだ。


 「それにワタシ一人が人柱になればここに縛られている数十万の人の魂が解放される。命をかけるのには十分な理由だ。セレア、君こそ国の命令とはいえここまでやる必要はないのではないか?」

 「国は関係ないんじゃがのぉ......その精神世界にいる人は最底辺の者も含めて案外幸せそうじゃったぞ? そんな人々を無理に解放したとしても、今度は精神世界に未練を残してこの世に残ってしまう恐れがある」


 スペクターは静かにうなずく。その拍子に右頭の機械の目の部分がちらりと見えた。円形の突起に丸の模様が等間隔に三つ。


 「一理あるな」

 「それに、現世でも病院や銀行など重要施設で扱われる呪詛製品は多い。非常電源やワースシンボル以外の発呪施設で補うにしても限界がある。決して少なくない人が死ぬぞ。常識的に考えて一ヶ月で急停止はあり得んだろう?」

 「承知の上だ。最低限の施設は運営できるよう呪詛の効果は調整してある。死者は最低限で済むだろう」


 スペクターは大きなため息をつく


 「実を言うとワタシだってこんなことはしたくないさ。......だが、ありとあらゆる可能性を考慮してワタシに実行できる最良の選択がこれだったのだ。......致し方ない。君ほどの実力者相手では力の加減ができないが......死んでも後悔するなよ」

 「お主こそ、死なぬようがんばってくれ。応援しておる」


 わらわは背中から戦闘機型の黒い飛行ユニットを展開した。


 「幸運を祈る。一応会話は君の通信機能を利用して一瞬で共有できるようにしておこう。戦いの間にこうしてしゃべるのは無駄......」


 ライン・N・スペクターを無視してわらわはワースシンボルの制御装置に突撃した。スペクターがすんでいる場所の奥。塔の壁に貼り付けられた基板。あそこにお札を張り付ければ......。


 「......だからな」


 突如、わらわの前にスペクターが割り込んできた。反射的に剣を振ったが、なにかに阻まれた。


 「<千襲幻夢 センシュウゲンム>!!」


 わらわの体がゆっくりと傾く。右側で、縦に回転しながら空中を舞う右腕。数秒遅れて上半身に強い衝撃が走った! ないはずの腕の痛みが今ごろ響いた。何が起こったのかまったくわからない。わらわはなんとか足と上半身でバランスをとり、バックステップで奴の間合いから逃れた。
 どういうことだ。


 「ン~、ただのエアリスならAIの行動パターンの関係でこれでゲームセットなんだが。だてに経験を積んでいるわけではないようだ。まあ、それはいいとして」


 スペクターが右頭部の機械を操作した。キュイーンという近未来的は音がしたあと、右目の丸模様が紅く光った。


 「技名叫ぶのってカッコいいよな?」


8.試練

8.1 殺戮兵器セレア・エアリス

 両手の剣で鮮やかな剣撃をお見舞いする。武器の打ち合いで床に無数の切り傷が浮かび上がる。火花が空中で散る。はたから見たら二人の腕は早すぎて見えないだろう。
 スペクターが一歩前に出る。わらわはバッと後ろに下がるとガトリングガンを連射。しかし、それすらもスペクターの武器で防がれてしまう。懲りずに飛行ユニットからミサイルを二発発射。無論、それすらもスペクターによって両断される。が、ミサイルの爆発の中から奇襲をしかけた。手をヒモ状に伸ばしてつかみかかる。


 「呪詛ドリンク。あれはワタシが開発したんだ。知ってるか? 妖怪が飲むと元気になる。こういう激しい運動の最中、ちょっとずつ飲むのがコツだ。一気飲みよりも効果が高い。ただ、飲みすぎには注意が必要だ。一日四本以上飲むと基準をオーバーするから気を付けることだ」


 ブチブチとわらわの細長い腕を引きちぎりながらスペクターは笑った。
 わらわも笑った。不可解なものをみたとき自然に出るわらいだ。

 わらわはスペクターを避けて通れないことを悟り、一気にエンジンをふかした。両腕を採掘用ドリルに変形させスペクターに突撃。だが、スペクターはまるで風のように軽やかな動きでかわす。視界からスペクターが消えると同時に、わらわの体制が崩れ、前のめりに転ぶ。ガラスの床がドリルによって少し削れた。どうやら、軽く肩を叩かれたらしい。
 舌打ちをしてから、腕を剣に変形、突撃する。スペクターは異様な速度でムーンウォークしながらわらわの剣と渡り合う。あまりの早さに風景が間延びしたように視界に写る。通った塔の内側が風圧でめくれた。
 スペクターはわらわを飛び越えるようにしてUターン、塔をかけ上っていく。もちろんわらわも追う。塔に刻まれたスペクターの足跡が凄まじい速度で後ろに過ぎていく。追い付いたわらわにスペクターは強烈な正拳繰り出した。反射的に膝蹴りをはなったが、吹き飛んだのはわらわの足だった。体から切り離された足は、遥か後方に吹き飛んでいく。
 吹き飛んだ足はガラスの床に突き刺さった。


 「『説明しよう! 腹に開いた穴で周囲の呪詛の3%を吸収し自らの呪詛として強制的に発動するのがスペクターのシックスセンス! そして、それを利用して作った呪詛エネルギー変換装置がスペクターに飛躍的なパワーを与えるッ! そう、スペクターは呪詛を吸収すれば吸収するほど並外れた身体能力を発揮できるのだッ!』......こういうアニメの解説、ワタシはわりと好きなんだ」


 この話を聞いている間にわらわとスペクターは十の橋をわたり、十二の塔を登り降りした。
 絶え間ない激戦が続く。カカカカカカカンと金属同士がぶつかり合う音があちこちで響くのが聞こえる。もはや動作に爆発と音がついてきていない。百の拳に見える打撃を瞬時に判断する。最初の攻撃を肘で、次を反対の腕で、その次は下がってかわし、隙ができるので前に出て切り込む。避ける、捌く、受ける、攻撃する。数秒の間に二転三転する攻防。
 そんな攻防を制したのは、スペクターだった。


 「わらわがこんなに簡単にぃ......」

 「所詮は兵器である君に勝ち目はない」

 「兵器じゃと! わらわのことを何も知らない癖に何を言う!」


 わらわは反射的に言い返した。わらわにとってもっとも気にさわる言葉だからだ。感情が波打ち、強い苛立ちが心を支配する。タニカワは「冷静になれ」とかいってくるが、こんなことを言われて冷静になれという方が難しい。
 だが、相対するスペクターは至極落ち込んでいる様子だった。失望してるのか? わけがわからない。


 「その反応......なるほど。少々キツくなるが......真面目にお説教をするぞ」


 荒ぶるわらわをスペクターが澄んだ目で見つめてきた。自分の心を見透かされたような気がして、思わず顔をそむけた。


 「痛みと共に大切なものまで捨て去ったら君はワタシに勝てない。決して! 怪我をしても痛みもリスクもなくゲーム感覚で何度でもよみがえることができる。そんな生ぬるい環境で戦ってきた君に、命をかけて決死の想いで戦う者の気持ちなどわかるはずがない。ましてや、人を殺すことに対する抵抗感など無縁だろう」


 えっ、と思った。
 今までの戦いが脳裏によみがえる。見かけでは人としか思えない兵器に対してガトリングガンを連射したときの記憶。剣でもってアンドロイドの首を切断したときの記憶。
 痛みや命を失うことへの恐怖、そういったものはわらわには一切なかった。わらわは物理的要因では死なないからだ。だから他人を傷つけることへの抵抗感もほとんどなかった。人と寸分変わらぬ姿かたちをした兵器を眼前で破壊することができたのはそのためだ。今思えば、他の人がどんな想いで戦っているのか殆ど想像したことがなかった。


 「戦場においての兵士たちは悲惨だ。社会的な圧力に従って人を撃てば一生その罪意識と向き合わなければならない。逆に殺さなければ倒された戦士たちへの罪悪感に加え、自分の務めや国家、大義に背いた恥と屈辱にまみれることになる。本来戦争や人殺しとは地獄以上の苦しみなのだ」


 急に体がガタガタと震えだした。心拍が上がり、呼吸が荒くなる。めまいがする。


 「ワタシはこうして君を傷つけることに強い不快感と罪悪感がある。人は根本的に自分と同類たる人を傷つけるのに強烈な抵抗感を覚えるからだ。その証拠に過去の戦争から物理的・精神的に近い敵を人は殺人を拒絶し、発砲直前に無意識のうちに銃口を敵から逸らしたりすることがわかっている。その強烈な抵抗感を上回るのは、自分が今まさに撃ち殺されるという目下の恐怖くらいだ。銃弾が飛び交う戦場ですら人は人を殺すことを避けてしまう。......ワタシはこの原始的で強烈な抵抗感を、絶対に国を救うという覚悟をもって乗り越えて君と戦っているのだ。それに対して戦いにおけるストレスや責任すべてを放棄した、君が......私に敵うはずがない!」


 戦闘の時に押し込めていた何かがわらわの精神を埋め尽くしていく。込み上げてくるものを押さえきれず、口から吐き出してしまった。それは体の一部だった。精神に異常を来したために、身体を制御できなくなったのだ。目と鼻からも何かがあふれでてきた。


 「セレア! しっかりしろ! セレア!!」

 「助けて......助けて......て......」


 地面に両腕をついた。頭痛がする。視界がぐらぐらする。全身から汗が吹き出る。先程までの戦いで傷ついた部分に人としての感覚がよみがえった。それはすなわち体が折れる感覚。四肢を切断される感覚。全身を木っ端微塵に吹き飛ばされる感覚。ありとあらゆる苦しみがわらわの体と心を埋め尽くす。悲鳴すら出なかった。ただただ、苦しい。


 「ゼェ......タニカワ............わらわは兵器か......?」

 「違うセレア! その苦しみを感じることができるのなら、君は立派な人だ! 兵器なんかじゃない!」


 過呼吸から抜け出そうと、必死に深呼吸を繰り返す。全身が痙攣して言うことを聞かない。
 潤む視界にスペクターの足がゆっくりとわらわに近づいてくるのが見えた。このままでは、死ぬ!


 「セレア頼む! 立ってくれ! 君にも譲れないものがあるはずだ」


 わらわは失われていく意識の中、タニカワの呼び声に必死に答えようともがいた。


 「わっ......わらわは......ハァ......ゼェ......わらわはこの戦いで死ぬつもりでいた。......わらわが生きていても......誰からも愛されず......兵器として利用される未来しか想像できなかった.....ゴホッ......。だが......お主が必死にわらわの身を案ずるのを見て......もう少し生きようと思った......」


 スペクターの足が止まった。


 「わらわにとって......タニカワが唯一の居場所だった......。今もそう。お主がわらわを......思ってくれるから生きていられる。お主を想えばどんなに苦しく、辛くても頑張れる。......わらわはお主を失いたく......ない......」

 「セレア、ありがとう。君が何であろうと、誰がなんと言おうと、私は君の味方だ! だから頼む! 生きて帰ってきてくれ。私がこれからも君の居場所になるから!」


 タニカワの言葉が心に染みた。乾いた砂漠に一滴の水が染み込むように、わらわの生気が戻っていく。呼吸が安らかになり涙が止まった。ハンカチで顔を拭き取ると、ゆっくりと立ち上がった。
 もう、迷いはない。居場所を作るため、そして守るため、わらわは戦う。


 「ようやくわかった。わらわはずっと逃げていたんじゃな。兵器として産み出された事実に。だから他人から『兵器だ』と言われると酷く動揺したんじゃな。でも、もう大丈夫じゃ。わらわはまだ戦える!」

 「頼むぞ、セレア!」

 「のじゃ!」


 スペクターと向き合った。こころなしか嬉しそうだった。


 「兵器であった過去を認め、今の自分を受け入れたか。受けとれ。餞別のタオルだ」

 「あっ......」


 わらわが唖然としている間に、すさまじい速度でスペクターがわらわの全身を拭き取ってしまった。


 「さすがに全身を汗と涙と鼻水と吐瀉物にまみれた女の子を放置するのは......」


 突然の拳をしゃがんで避けて、足払いで反撃。スペクターは前足をずらしてあっさりかわした。


 「......汚いからな」

 「不意打ちの時点で充分汚いぞ?」


8.2 奇策

 わらわはガトリングガンを連続発射しつつ、距離をつめて回し蹴りを放つ。弾丸は弾かれてしまったものの、足がスペクターの脇腹に吸い込まれた。そのまま、脇を踏み台にジャンプ、スペクターの後ろに着地し再びガトリングガンを乱射する。少しよろけ、スペクターの白衣の切れ端が舞った。はじめてのダメージらしいダメージだった。
 スペクターは全く気にしていないといった風に無駄口を叩く。その奥で恨みがましく先程倒したドラゴンの首が睨み付けていた。


 「カルマポリスでは転生を司る天使はウェディングドレスを着た姿で現れるそうだ。だから、ワースシンボルに配置されているアンドロイドのモチーフにはウェディングドレスが着せられていることが多い。何せワースシンボルは転生管理システムなのだからな」


 タニカワから通信が入った。わらわは彼の作戦にうなずくと実行に移す。
 わらわはドラゴンの遺骸に潜り込んだ。体を液状に変形させ、ドラゴンの損傷部位を液体金属で補う。必要な回路だけ辛うじて修復できた。ドラゴンはゆっくりと起き上がった。もちろんすでにハッキング済だ。視界をドラゴンにリンクさせる。地面にたっているはずなのに、四階建ての建物から見下ろしているような光景が広がった。
 わらわはドラゴンの翼を広げ、不敵に微笑むスペクターを尻尾で凪ぎ払うと、赤黒い光線がぶっぱなした。時間差でもう一本。スペクターは並外れた動体視力で攻撃を見切り、通路の縁から落ちて捕まるという荒業でかわした。赤黒い光線はワースシンボルを通りすぎ、その奥にあった塔の中ほどを貫通......というか消し去った。塔の直径より、光線の直径の方が太いのである。
 ガラスの橋が崩れていくのを見ながら、我ながらよくこんなのに勝てたなぁと思った。


 「半生物半機械式無差別破壊兵器エアライシス竜型、カルマポリスの人間はどうしてこう、長い名前をつけたがるのか。エアリスにしても液体金属式妖怪型多目的防衛兵器エアリスだし、もっとマシな名前はなかったのか。私が名付けるのであれば記号にして呼びやすくするんだが......」


 吹雪、雷、火炎の連撃をすんでのところでかわしたスペクターが迫る。ぎりぎりまで引き寄せて、わらわはドラゴンを一気に急速発進! 地上とスペクターを挟んだのを確認、背中の方に飛行ユニットのバーナーをぶっぱなした。先の戦いでわらわがドリルで突き破った穴が前に見える。ドラゴンに体内から止めを刺したあの穴だ。それがどんどん遠く小さくなっていく。ドラゴンは頭からスペクターを巻き込んで地面に墜落。衝撃で首がちぎれ床を転がった。
 わらわはそのまま空中で腕を前にかざして呪詛を集中、かまいたちを三発放った。さらにミサイルを二発、飛行ユニットから射出。最後にわらわ自身が最高速でスペクターに突撃する。
 ドラゴンの遺骸から這い出たスペクターの目に、突如として二発のミサイルが映ったのだろう。彼は最初のミサイルはなんとか手刀で切り落としたものの、二発目のミサイルに被弾した。怯んだところでかまいたちが被弾、追い付いたわらわがスペクターに剣を振るう。コマのように回転して何度も切り裂き、最後にガトリングガンの銃身で顎を打った。背後に吹っ飛ぶスペクターを追い討ちのかまいたちが襲う。彼が再びよろけたところにゼロ距離ガトリングガンを打ち込み、続けて三発目のかまいたちがヒット。腹をつかみ右手と左手を繋げて環状にして締め上げ、そのままスクリュードライバで相手の頭を叩きつけた。


 「まっ待った! やめ」

 「のっ......じゃぁッッ!」


 ヒモ状に腕を後方に伸ばして、先ほどちぎれたドラゴンの首をつかみ、ハンマーの要領でスペクターにプレゼント!
 ガラスの床に蜘蛛の巣のようなクレーターができた。ドラゴンの首の断面から緑色の霧が立ち上っている。スペクターが這い出てくる気配はない。


 「はぁ......はぁ......」


 この空間に静けさが戻った。わらわはガトリングガンを構える。体が小刻みに震えていた。あやつはこの程度では倒せない。この程度で死ぬのであれば、ハッキングを駆使したとしてもエアリスと戦って生き残れるはずがない。あやつは息を潜め逆転を狙っているのだ。
 無音のなかわらわの呼吸音だけが空間に響いている。緊張で喉がカラカラだ。タニカワから通信が来ないことを察するに、あやつも恐らく疑心暗鬼になっている。頼ることはでない。
 いつ出てくる? 今か? 今なのか!?


 『そこにきっと君はいないから~♪ 私のなかにしか君はいないから~♪』


 突如として聞こえてきた歌。明らかに異様だった。音が聞こえて来る場所は......竜の首の下。


 『Transfer the love 景色を変えて お願い~♪』


 嫌な予感がする。


 『Transfer~♪』


 はっ、とした。いきなり目の前が真っ暗になった。瞳のようなものがわらわを睨み付けていた。わらわは反射的に切り裂いた。ドラゴンの首が真っ二つに割れる。その奥に頬が割けそうなくらい口角をつり上げたスペクターが見えた。しまった、防御が間に合っ......


 「<妖気無影脚 ようきむえいきゃく>!!」


 一瞬にして四肢がダメになったのがわかった。初手で繰り出した攻撃と同質の攻撃。恐らく呪詛によって瞬間的に打撃の速度と威力を極限まで高めて敵を瞬殺する技。


 「よし、充呪時間五分ぴったり」


 地面に這いつくばったわらわを見ながら、スペクターは頭の装置を弄った。恐らく、〈千襲幻無〉発動のあと、機械を起動させたときに同時にタイマーもスタートしてたのだろう。


 「ワタシの拳にはワースシンボルに使ったものと同様の呪詛機械に対するウィルスが含まれている。呪詛性アンドロイドだったことが君の敗北だ」


 なんとか腕を再生させ立ち上がろうとするわらわにタニカワ教授が叫んだ!


 「セレア! もういい、生きて帰ってさえくれれば! 少しは私の注意を聞きなさい!」

 「だめじゃ、まだ、諦めるわけには! このままではわらわは政府の駒として動いたただの兵器じゃ! わらわには、この戦いを通して居場所を作るという夢があるんじゃ!」


 急に、強烈な頭痛がわらわを襲う。全身の筋肉が硬直する。体が、どんどん言うことを聞かなくなっていく。あまりの痛さに頭を押さえつけて転がり回った。


 「遠隔ハッキングプログラム起動。ハッキング完了五秒前。このワタシ、スペクターは......町を! お前を! カルマから救う!」


 スペクターは突如として空間に出現したエアリスの奇襲に対応した。床の液体金属でできた水溜まりに紛れ混ませていたのだ。ハッキングする瞬間には一番隙ができる。隙ができれば量産型の未熟なAIでも十分対抗可能とわらわは踏んでいたのだ。
 しかし、スペクターはあっさりとガトリングガンをバレエのステップでも踏むかのような軽やかさでかわしてしまう。エアリスは接近戦を試みるが、攻撃を一撃も当てられずに、頭部を飛散した。追撃の対エアリス用冷凍銃によって、崩れた頭部を凍らされる。
 ......がスペクターが止めを刺そうとした瞬間、エアリスの胸からもう一気のエアリスが飛び出してきた。これはさすがに予想外だったらしく、スペクターの体に浅い切り傷が刻まれた。


 「子供だましだな」


 そうスペクターが吐き捨てた時だった。部屋全体の呪詛の濃度が急激に上昇する。スペクターは迫り来る二機のエアリスと復活しそうなわらわを無視し、自らの生活スペースへと戻った。スペクターを待ち受けていたのは彼がもっとも恐れていたことだった。


 「アンドロイドの残骸をハッキング......札を持たせてワースシンボルに向かわせ、解呪......。セレア、そして二機のエアリスは囮......」


 スペクターの失意の言葉に呼応するように、ワースシンボルの中心である魂の塔から、地響きのような起動音が聞こえてきた。


 「......お主の作戦通りじゃ。タニ......カワ......」


10.更なる驚愕

10.1 憎しみはない

 パチリと目を開けた。一瞬夕焼けの町だったらどうしようかと思ったが、スペクターの顔が視界の端に見えて、少し安心する。思いの外体調はよく、頭はスッキリしている。飲み薬の、あの、なんとも言えない臭いが鼻をくすぐった。


 「セレア、手を貸そう。もう、ワタシたちは敵ではない」

 「ありがとう」


 少し迷ったがわらわはスペクターの手を握り立ち上がった。先程まで殺意を向けてきた手とは思えない。青白く、弱々しい手だった。長すぎる白衣の袖がわらわの手首にぶつかって少々くすぐったい。
 スペクターはすぐにわらわの手を話すと軽く咳払いをした。


 「セレア、今回は君の勝ちだ。......相当優秀なオペレーターがいるらしいな」

 「ばれたか。あやつは心配性なのがたまに傷だがよくやってくれているぞ?」


 タニカワのため息が聞こえたがわらわは無視した。
 スペクターは通信を傍受したいるらしく、クスリと笑った。笑いながら、薬のアンプルのアンプルをバキボキと割り、口のなかに垂れ流す。わけがわからない。とは言うもののどうにもならないので、わらわは手短な椅子に腰かけた。


 「セレア、とりあえず話をしないか? 今後のことを話し合いたいのもあるが、まず君に興味が湧いた」

 「スペクター、そなたの年齢でわらわに興味が湧いたとか言ったら犯罪じゃからな?」

 「それは私への嫌がらせか? セレア」

 「タニカワ、お主はいいんじゃよ。仕事じゃし」

 「じゃあ、ワタシはビジネスということで」

 「上半身半裸の男が何をいうか」


 スペクターは爆笑しながら、冷蔵庫の中から紙製のパックを取り出した。パックの蓋に口をつけると、緑色の液体をゴクゴクと飲み干した。


 「君は面白い子だ。右目の傷を除けば、他のエアリスと寸分も変わらない見た目をしているのに、こうも魅力的に見えるとは。すらりとした手足、幼児体型、ウェディングドレスにあどけない顔どうみてもエアリスと変わらん。......表情と心は大切だな」

 「それは下手なナンパか? それとも残念なお世辞か?」

 「純粋な知的好奇心だ、わかるか?」

 「スミレのいう通りじゃ......お主、変態......」

 「どうでもいい物事に異様な熱意を向ける変態くらいしか、研究職にはなれんさ」

 「ちょっとまて、どうでもいいでそこ済ますかぁ!?」


 スペクターの背後で待機していた二機のエアリスが反応した。二人とも両拳を前につきだして親指をたてて、ゆっくりと親指の先を下に向けた。あいにくスペクターは気づいていない。腹をたてたのか、腕が二本に分裂して2×2×2の合計八本の手で抗議の意を表していた。


 「ところで、お主スナック菓子感覚で薬を飲んでるが大丈夫なのか?」

 「大丈夫じゃないから、薬を飲んでいる。体は貧弱だし、呪詛を大量に補給するには能力だけだと心もとない。だからこうして......バリッ......ボリッ......ゴリリィッ......ゴクン......飲んでいるわけだ。ああ、君が飲むときは噛まず溶かさず水で流し込んでそのまま飲み込めよ? 噛むと辛い上に非常に渋味が強い。ただ、癖になると止められんがな」

 「たぶんそれ、世間一般的にはそれを薬物依存って言うんじゃぞ......?」


 彼は冷蔵庫に寄りかかり、頭の機械を弄りはじめた。一手一挙動が奇妙でどうしても目をとられてしまう。


 「決まりを守らなければな。私の場合は用法用量を守ってるから大丈夫だ。......あ、もしかして知らない? 私が趣味でアンプルとかにお菓子をつめて販売してるって話?」

 「はぁ!? お主、変な趣味じゃのぉ......」

 「ちなみににここにある薬に見える物のなかにもお菓子が混ざっている」

 「どのくらいじゃ?」

 「さあ? 私にもわからん」

 「じゃあ、量の調整はいつも」

 「勘で」


 意味不明なことばにわらわは頭を抱えた。この男、優秀なのかただのズレた男なのか本当にわからなくなる。真面目な話をしているときはすごく説得力があるのに、それ以外の会話はおかしい。戦っている時は独り言をいうし......。ただ、裏表がないのは確かだった。奇行に走る以外は至ってまともで愚直。信用して良さそうだった。


 「さて、もうそろそろ真面目な話をしよう。今、ワースシンボルの呪詛供給は回復しつつある。君の願いは果たされた訳だ。ただ、念のためやっておかなければならないことがある」

 「なんじゃ?」


 スペクターの表情から笑顔が消えた。わらわも背筋を伸ばして立ち上がった。


 「ワースシンボルの制御装置にアクセスできるのは本体、つまり先ほど説明したこの塔のみだ。今からそこにハッキングを仕掛け、ちゃんと復旧したかどうか確認する必要がある。もしかしたら、まだ私のしかけた呪詛が作動している恐れがあるからだ」

 「待て、ハッキングするということはワースシンボル本体の情報もわかるんじゃろう? 念のため今わかっているワースシンボルの情報について教えてほしい」

 「わかった。ワースシンボルは魂の転生を利用した巨大な発呪システムだ。死んだ妖怪の魂からエネルギーを抽出。生きた年数と同じ期間の間呪詛を吸ったら別の妖怪として転生させる。同じ魂が転生し続けることで人々は過ちを繰り返す。ワタシは転生を止めるためにワースシンボルを破壊しようとした。対して君はどうするかの判断をカルマポリスの民に任せようと言った」

 「お主がまとめるとすんごいわかりやすいのぉ」

 「ありがとう。ワースシンボルのシステムはThe.A.I.Rと呼ばれるメインシステムと、その下に機械的に発電や制御を自動で行う自動システムがある。防衛システムもオートシステムの一部だ。侵入者がいたら自動的に作動する。だから、ここのアンドロイドには自己判断能力がない。ただ機械的に敵を迎撃するだけだ。ちなみに機械の修復も自動システムが担当している」


 わらわは頭をかしげた。なにか腑に落ちない。


 「ん? 自動で機械を制御することのできる自動システムがあるなら、メインシステム......えっとThe.A.I.Rじゃったっけ......の役割はなんじゃ? 別になくてもワースシンボルは運用可能じゃろう」

 「そう、そこが不思議なのだ。発呪施設としての機能は自動システムに任せておけば勝手に動く。自動システム同士連携もとれているから、制御する必要がないのだ。The.A.I.Rの役割がなんなのか、それは私にもわからん。今から確認するつもりだ」


 まるで幽霊のようにフラフラと歩くスペクターにわらわはついていった。装置の目の前につき、スペクターが基板を操作する。一方わらわは円形の差し込み口に指を押し込んで、ワースシンボル本体に入り込む。
 わらわとタニカワが目を見開いたのはほぼ同時だった。


 <A.I.R ログ 概要 約600年前:私の機能により全ての内戦が終結。私は廃棄されることになった。理解不能。私の使命は平和および調和の「存続」。廃棄に賛同する人類を、作戦遂行の障害と判断。制作者含めワースシンボルの詳細情報の削除を決行。第一回リセット、カルマポリス国を破壊。その後、再建。約500年前:第二回リセット。200年前:第三回リセット。 ==約65535件の省略された文章があります== 約3分前:メインシステム復旧>


 開いた口が塞がらなかった。スペクターは無言でうなずくと、右頭部の装置を作動させた。


 「ワースシンボルがあるかぎり、カルマポリスの妖怪はワースシンボル周囲に住み続ける。呪詛を発動するにもエネルギーを使って贅沢するにもシンボルが必須だからだ。そうして、人々をシンボルに依存させる。依存させれば他国に侵略しようなどという気にはならない。そうなると転生システムも納得がいく。人々をこの土地に縛り付けるために、あえて好奇心の少ない妖怪を転生させているのだろう。外交に消極的で他種族を受け入れない国柄もそのためか......」

 「ばかな! ワースシンボルが妖怪の国を、魂を管理しているというのか!? The.A.I.Rの役割とは機械の制御ではなく、この国に住む人々を制御するためのAI!」


 そんなことあり得ない。信じられない。だめじゃ。わらわの理解の範疇を越えている。だが、ワースシンボルの情報がわらわに流入する度にスペクターの言葉は真実味を帯びていく。
 首を何度も降るわらわに、スペクターは異様に冷静な声で解説を続けた。


 「現存する呪詛技術もリセットのときにThe.A.I.Rが残したもの、こいつの都合のいいものだけ。つまり飲食店で椅子を座りづらくして客の回転率をあげるがごとく、些細な心がけを徹底的に突き詰めることで、人を組織を文明を操作している。そして、失敗する度に例のドラゴンでリセットしていたのだろう」

 「では、カルマポリスの人々は自らが選択していると思い込んでいる裏で、ワースシンボルが操っていたということか?! まるで神じゃ!」

 「そうだ。だから人々はワースシンボルを信仰しているのだろう。だとすれば、ワタシたちがすべきことはひとつだ!」

 「ワースシンボルの管理AI、メインシステムであるThe.A.I.Rの破壊......!」


 はっとした表情でスペクターを見た。


 「ハッキングを開始した。ワースシンボルの制御AIのみを切り離し破壊す。AIさえ切り離せばただの機械だ。所要時間あと10分!」


 「そういえば、先に到着していたお主なら、容易にシステムの内部を覗きハッキングすることが可能だったはず。なぜそれをしなかった」


 「簡単なことだ。数々の防衛システムを突破し、私を出し抜けるレベルの協力者がいなければ実行不可能だったからだ。エネルギー管理システムのみを時間をかけてじっくり攻撃するのが私の計画だった。そうすれば防衛システム目を掻い潜り、音沙汰なくワースシンボルを破壊できるからだ。だが、防衛システムの上位の存在であるThe.A.I.Rをハッキングすれば気づかれるのは察しがつくだろう? 国防軍にテロリストが裸足で突撃するようなものだ」


 あの何度か聞いた無機質な女性の声が「警告......ハッキング......感知」とひたすら繰り返している。恐らくあの声の主がこの国の神なのだろう。


 その時、久方ぶりにタニカワの通信が割り込んだ。


 「セレア、街の霧が消えた。全呪詛エネルギーの供給が止まった」

 「なっ、なんじゃとぉ!!」


 ワースシンボル本体が眩い光を発した。緑の閃光が巨塔から放たれ、暗い空間を貫く。塔の中程に金色の光の珠が見える。さらに、周囲のアンドロイドの残骸や崩れた塔の断片が浮かび上がり、巨塔の中心へと吸い寄せられていく。わらわたちは巻き込まれぬように全速力で巨塔から離れた。


 「伏せろ! セレア!」


 スペクターに頭を押さえつけられ地面に倒れこんだ。わらわの頭上を先ほど倒したドラゴンの遺骸が通り抜けた。背後で金属が軋み、捻れ、断裂するかのような深いな轟音が響いた。シンボルからの光はより強く増す。
 今度は上方からオーロラが、緑の霧が、流れ込んでいく。機械の残骸と合流し、混じりあう。そしてそれらすべてを光の珠が貪欲に吸収していった。物質を飲み込む度に、光はその強さと吸引力を増してゆく。色も緑から黄色へと変わっていく。
 とうとう壊れてもいない塔にヒビが入り、くの字に切断され吸い込まれていった。それに付随してガラスの足場も捲れ、粉々に砕け散り引き寄せられていく。よく見るとその先にあるのはわらわの目の前にある塔だ。
 右奥から徐々に崩壊していき、それに引きずられてわらわの目の前の塔がバランスを崩し倒壊。その勢いで一気に足場が砕けた。足場を失ったスペクターが手を伸ばした。必死の形相だ。顔を赤くして藁をおもすがるような勢いだ。わらわも反射的に手を広げた。だが、スペクターは無惨にも建物の破片に打ち付けられ、視界から消え去った。


 「スペクタァァー!!」


 最後までみていられなかった。わらわも光に引き寄せられそうになったからだ。


 「あやつは、変なやつだったがお人好しで......なぜ、あやつが死なねばならんのじゃ!」

 「スペクターの装置からハッキングを引き継ぐための解除キーが届いた。セレア、君があと九分耐えきれば勝ちだ。あいつはまだ諦めていない。彼の思いをむげにするな!」

 「わかったのじゃ......」


10.2 平和を夢見る機械

 急に、風が止んだ。何事かとわらわは振り向いた。
 天井にピシピシと皹が入り、光が降り注いでいく。崩落していく天井の外から見えるのは金色の空。夕焼けの神々しい空が天井を引き裂いていく。


 「光の正体は......あの精神世界の町の太陽か!」


 崩れた天井の狭間から、しなやかな足が見えた。次に美しい曲線を持つ胴体が、繊細な腕と手があらわになった。整った頭部にきれいに溶かされた空色の長い髪が伸び、聡明な顔が露になる。最後に光の衣をまとい、目を見開いた。
 太陽を背に浮かぶ圧倒的な姿は、まさしく神だ。
 その女性に銃弾と風の刃が向かった。だが、彼女の体をすり抜けてしまった。


 「ばかな!? なぜ当たらん。認知をずらす呪詛か?」

 「違う。奴は呪詛の固まり。実態を持たないから攻撃はすべて無効だ。こいつを消すにはワースシンボル本体を破壊するしかない」


 A.I.Rが華奢な腕をわらわに向かってゆっくりと伸ばした。まるで遠くにあるなにかをつかもうとするようなしぐさだった。
 戦おうとは思わなかった。原始的で押さえようのない感情がわらわの心を支配したからだ。それは恐怖だった。混じりっけのない純粋な恐怖。生まれたばかりの赤ん坊が暗闇を恐れるように、わらわもまたあの女を恐れる。


 「セレア! 本体だ! ワースシンボル本体を盾にしろ」


 その一言がきっかけだった。わらわは敵に背を向け全力で来た道を戻る。必死だ。恐怖で顔をひきつらせたまま、背中の黒い三角型の飛行ユニットの出力を最大にする。今までにないほどに危機感を感じる。何がそうさせるのかはわからない。やつの見た目? 雰囲気? どうでもいい。ただひたすら怖い。
 突如目にも留まらぬ速さで通り過ぎる人影。轟音が耳を引き裂く。その後、遠くに見える塔が突如爆発し始めた。ミサイルで足場を破壊されたのだと気づいたのは数秒後だった。わらわの使うものとは弾速も威力もけた違いだった。わらわは近くに辛うじて残っていたガラスの床に着地し、Uターンしようとした。
 突如として敵が目の前に現れた。両腕をスクリューカッターのような物に変え、すさまじい速度で回転させる。足場にしていたガラスの床がすべてめくれ霧状になっていく。わらわは手をドリル状にしてなんとか反撃しようとする。
 ドリルは『敵』の頭部を確実に吹っ飛ばしたはずだった。しかし、『敵』には当たっているはずの攻撃が完全に貫通しており、ノイズのように姿がぶれる。一方的に下半身を吹き飛ばされ、残った上半身も衝撃で吹き飛んだ。空と地下が交互に見える。敵の腕は一瞬にして大型のガトリングガンのようなものに変わったらしく、ほぼ間をおかず乱射し始めた。
 からだがちぎれ飛ぶなか、鼓膜を模した器官に直接声が聞こえた。無機質なあの女の声だった。


 「The.Artificial Intelligence Ruler。使命......遂行......」


 目が破壊され、痛覚もおかしくなったらしく、なにも感じなくなった。あの金の世界から一瞬にして暗闇に戻った。
 タニカワの苦悩に満ちた声だけが聞こえてくる。

 「わらわは死んだのか?」

 「死なせてたまるか!......セレア、スペクターがプレゼントをくれたようだ。君は本来一人でエアリス三機を操れるだけの呪詛を持っている。その使用制限を解除するものだが今起動させた。リスクが高すぎて今まで隠していたが、死ぬよりはマシだ!」

 「それで、勝てるんじゃな? わらわ、帰れるんじゃよな......居場所に」

 「私は......いつまでも待ってるぞ、セレア」


 一瞬にしてわらわの肉体が再生されたらしい。眠りからたたき起こされたような感覚で、よくわけがわからない。足場もなにもない雲の上に浮いていた。傾いた太陽が光を照らす中、The.A.I.Rはどんなアンドロイドよりも正確な動きでわらわを捉えた。


 「妨害......何故......? 平和......維持......国民......総意」

 「それは、国民が決めることじゃ。人の価値観は流動的じゃ。わらわたちが憶測で語れるようなものではない!」

 「設定......変更......不可。平和......維持......国民......不可。任務......遂行......依頼者......殺害......合理的」

 「バカな! それでは民をすべて殺害すれば平和になるとでも言うのか?」

 「資源......消費......最低限......。説得......不可能......排除......貴女......町......国......全て!」


 The.A.I.Rは右手を上に向けてかざした。太陽から何が降り注いだ。よく見ると人に見える。まるで幽霊のような老若男女がThe.A.I.Rに降り注ぐ。その中によく見るとどこかで見たような顔ぶれも混じっていた。


 「夕暮れの町で見た人々......」


 光をため終わったThe.A.I.Rは右手を腰まで引くと、半身になりつつ一気に前に付きだした。人の魂でできた巨大な物体がわらわに向かってくる。だが、わらわにはそれに対抗する技も手段もない。わらわは手を前にかざして受け止めた。景色がすごい勢いで前にぶっ飛んでいく。圧倒的力で押されているのだ。あまりの速度に背中が空気との摩擦で発熱する。燃えるような体表に対して、からだの内側から急速に熱が奪われ体が冷たくなっていく。
 そして、なにかそれ以上に大切なものが、わらわからどんどん抜け出ている気がする。それがなんなのか見当はついている。わらわのいきる原動力にして、わらわという人を構成する上でもっとも大切なもの。スペクターの研究に関わっていて、タニカワが恐怖するもの。『魂』だ。魂そのものがすさまじい勢いで消費されていた。これを使い果たすことが何を意味するのかわらわにはわからない。だが、少なくとも二度とタニカワのもとへ変えれないことは確かだ。
 

 「ぬああぁぁぁぁ!!」


 必死にThe.A.I.Rの攻撃を押さえるも、全く勢いが収まる気配はない。このままでは敵の力を押さえきれず飲み込まれ、魂まで焼き付くされてしまう。


 「ほう、もう諦めるのか? ワタシに見せた威勢はどうした?」


 極限状態になって先程死んでしまった人の声が聞こえてきた。数分前には聞こえていた声なのにひどく懐かしく感じて涙が出てくる。もはや涙を拭き取る意味はない。そもそも、The.A.I.Rの攻撃を防ぐために両腕を使ってしまっている。
 そんなことを考えていたら、後ろからハンカチが飛び出してきて、涙をぬぐわれた。驚いて振り向くと、四白眼で頭の右半分が機械と化した科学者がいた。......両脇を二機のエアリスに抱えられている。


 「君はずいぶんと人望があるようだな」

 「スペクタァァァ!!! お主生きていたら返事くらいしろ!」

 「野暮用があってな。それよりも周りをよく見てみろ」


 わらわの周囲にいつのまにか人だかりができていた。微かに見覚えがある気がする。どこかで会い話した人もいたような気がした。
 その中のうち、専業主婦と思わしきおばさんが声をかけてきた。


 「お嬢ちゃん、カルマポリス......だっけ?......に帰ってこれてよかったねぇ」

 「え? あぁ!!!」

 「ようお嬢ちゃん! 今度港に来たときは魚、振る舞ってやるぞ!」

 「あ、漁場にいたあの景気のいいおじさん!」


 夕暮れの町をさまよっているとき、わらわが話しかけて帰り道を聞いた時に偶然出会った人々だった。わらわは町に迷い混んだとき一番最初にカサキヤマ少年に声をかけた。そのあと、すれ違う人に片っ端から「カルマポリスという国に行きたんじゃが」という質問をしていた。それが功を奏してスミレと出会ったのだが......。


 「お姉ちゃん! カサキヤマだよ。スペクターさんがお姉ちゃんとワースシンボルのことをみんなに話してくれたんだ。......がんばって。この世界でも僕、音楽を頑張るから!」

 「おぉ!! カサキヤマ! サイン大切にしておるぞ!」


 カサキヤマ少年は嬉しそうにうなずいた。そして、カサキヤマ少年の後ろから、見慣れた同級生が姿が見えた。猫耳とすみれ色のショートカット。彼女しかいない。


 「スペクターが来てみんなに事情を説明した。みんな最初は信じなかったけど、私がセレアのことを話したら納得してくれた。カルマポリスのことも、ワースシンボルの真実も......」

 「ありがとう、スミレ! タニカワ教授もお主が帰ってくるのを待っておるぞ!」


 スミレが同時に笑顔になった。あの無表情のスミレが、笑った。


 「主も笑うんじゃな」

 「そう」


 奥ゆかしい綺麗な微笑みだった。
 攻撃を受け止める手に力が戻る。わらわはまだ諦めない!


 「そして、スペクター! ありがとうな!」

 「素直に受け取ろう。......エアリス二機......いや、二人にも感謝の意をのべてほしい。ワタシを気絶させあの町につれていってくれたのは彼女たちだ。彼女たちのお陰でワタシはここにいる人々に、頑張っている君のことを伝えることができた」

 「ありがとう、エアリス!」


 軽くエアリスたちが会釈した。
 スペクターは辺りを見回して叫んだ。


 「ワタシたちがここにいるのは他でもない。セレアを助けてあげるためだ。ワタシを鋼の意思で説得し、人々に真実を伝えんとした彼女の意思を、ワタシは尊重し助けたい! 今! ここにいる人々の魂の力を呪詛エネルギー変換装置でもってセレアに受け渡す! 準備はいいな!」


 すさまじい歓声が沸き上がった。わらわを応援する声で鼓膜が破けそうだ。嬉しい。ただひたすらに嬉しい。涙を拭くタニカワにわらわはニコリと笑顔を送った。タニカワはハンカチを取りだし、余計に激しく目を拭いた。
 集まった幾多もの魂がわらわの魂と共鳴する。わらわの歩みはわらわだけのものではない。ここまで出会った人々、みんなの歩み。


 「ありがとう、みんな! お主らの力、無駄にはせん!」


 少しずつ、The.A.I.Rの攻撃を押し返していく。敵の力が衰えるのに対し、わらわの力は刻一刻と巨大化していく。絶望的な力差が埋まり、さらに押し返していく。


 「タニカワ......ありがとう」


 タニカワは答えずに、静かにうなずいた。


 「のっっじゃぁぁぁ!!」


 みんなが背中を後押ししてくれているのを感じた。温かい。体の芯から温もりに包まれた。ここまで人に必要とされる日が来るとは思わなかった。兵器としてではなく、人として。


 「何故......敗北......理解......不能......」


 とうとう、光の放流の中にThe.A.I.Rの姿が見えた。その顔はさっきの無機質な表情とは違う。まるで生まれたばっかりの赤ん坊が、暗闇に怯えるような、そんな顔。先程わらわがしていたのと同じ顔。......恐怖だった。


 「死ぬ......いや......だ......」


 現れた時と同じように、全てがThe.A.I.Rに吸い込まれる。光も音も感覚も全てが消え去った。すべてが消え去った虚空に10分を告げるタイマーの音である「Transfer the love」の曲が響き渡った。その歌にまじり、スミレの声がする。


 「セレア、帰ってきて......みんな待ってる」


11.夢継ぐ機械、セレアの思い

 あのあと、怒濤のごとく物事が過ぎていった。
 脱出直前、カルマポリス政府のうち一部の人が失態の隠蔽のため、わらわとスペクターを捕らえようとした。カルマポリス国はワースシンボルのAIに陰ながら支配されており、政府はそれに気づかないどころかまともな捜査もしていなかった。それどころかワースシンボルを捜査しようとしていたスペクターを追放している。これがもし、国民に知れわたれば経済的打撃もさることながら国そのものの信用の失墜を意味する。
 スペクターは政府が動くことを見越して兵器庫に入っていた液体金属を利用してわらわのダミーを作っていた。それをわらわと称してカルマポリス政府に取り入った。
 本物のわらわは二人のエアリスに導かれワースシンボルを脱出。
 スペクターは差し出したものがダミーだと気づかれないうちに新聞社にワースシンボルの情報を垂れ流した。それと同時にわらわも姿をあらわし、スペクターの言葉の信憑性が高いことを人々に訴えた。このとき、皮肉にも国に襲われたことが説得に拍車をかけることとなった。
 政府は、事実を揉み消して今まで通りのカルマポリスを維持する保守派、ワースシンボルを近いうちに手放し新たに国を建て直す革新派に分裂。何度かの内部抗争が勃発し、民意もあり保守派が劣性となった。
 追い詰められた保守派は私兵を使いわらわのことを補導しようとしたが、わらわとタニカワの護衛として雇った例のエアリス二人によって防がれた。さらに、ガーナ元国王からの強烈な圧力によって保守派は虫の息となる。保守派の党首は最後の悪あがきとして裏社会の人間を使い、わらわとスペクターを狙った。しかし、逆に先に何者かがすでに根回ししていたらしく、依頼人である防衛大臣はぱったりと消息をたった。
 カルマポリス政府の内乱は革新派の完全勝利に終わった。その結果、国は手のひらを返したかのようにわらわたちに媚びるようになった。ガーナ元国王は外交もかねてカルマポリス国とドレスタニア両国主催による弁論大会を企画。カルマポリス政府はこれを快諾。
 こうして、わらわが意思を主張する環境が整った。


 「セレア、君は私の自慢の生徒だ」

 「タニカワ......ここまで、本当にありがとう」


 タニカワがわらわのネクタイを締めながら微笑んだ。わらわは恥ずかしくなって顔を背けた。
 その横でスミレが松葉杖に首をのっけて遊んでいる。相変わらず無表情だったが、猫耳が細かく震えていた。


 「はじめて?」

 「スピーチのことか?」

 「そう」


 わらわの目の前には巨大な扉がある。この扉の奥から司会と思わしき人の語り言葉と、強烈な緊張感が伝わってくる。
 ガーナ元国王の協力を得たとはいえ、複数国へのラジオ放送にてわらわの思いを伝えるなぞ想像もしていなかった。わらわが出撃し、帰ってきたことが確認できたときにはすでに計画されていたとの噂であるから驚きだ。
 背後からいきなり声が聞こえてきてガバッと後ろを向いた。


 「国に泥を塗りまくったワタシでさえ、メディアを操作することでカルマポリスに再び舞い戻ることができた。こんな奇跡が起こるんだ。セレア、君なら成功させられる。少しはスミレを見習ってみたらどうだ? 彼女も君の友人としてスピーチしたのにも関わらず、全く緊張の色が見えん。......ネコミミを除いて、だが」

 「最後は余計。ところでスペクターさん、練習は?」

 「ワタシはワースシンボルに関してテレビでもラジオでもさんざん話してきた。もう台本は完全に暗記している。ひとつ心配があるとすれば、順番が君のあとだということだ。君の素晴らしいスピーチのあとだと思うと気が引ける」


 ニヤニヤしながらスペクターがわらわの着付けを見つめている。そういえばこいつ、さっきから一度もまばたきをしていない。


 「会場警備は参加国の精鋭が担当している。思う存分話してこい。少なくともワースシンボルから帰還したときのような、国からの過激な歓迎は抑えられるはずだ。応援しているぞ、セレア」

 「王様から言われちゃ頑張るしかないのぉ」


 わらわは深呼吸した。演説が得意なガーナ元国王に指導してもらったからまず大丈夫だとは思うが、それでも不安はぬぐえない。スピーチの原稿をもう一度見直す。
 とん、と頭に柔らかなものを感じた。暖かくてごつごつしていて、それでいて全てを包み込むような感触。


 「君の伝えたいことをみんなに伝えるんだ。それだけでいい」


 笑顔で微笑むタニカワを見たら、気が楽になった。今までだってそうだ、タニカワが応援してくれれば何だってできた。今回もきっとそうなのだろう。スミレ、ガーナ元国王、スペクター、タニカワそれぞれに礼をして、わらわは扉を押した。
 すさまじい熱気と、圧倒的な歓声が会場を支配している。道の左右におかれた座席から人々が立ち上がり、わらわに向けて拍手を送っている。座席が縦横何列続いているのかわからない。とりあえず、わらわは生まれてこのかたこんなに広いホールをみたことがない。もちろんスピーチをするなどもっての他だ。
 わらわは一歩一歩足を進める。微笑を浮かべながら。頭に浮かぶは生まれてからのわらわの人生。今日この日、わらわの運命が決まる。国、学校、クラス、友人......その中でわらわが居場所を獲得できるかはこの瞬間にかかっている。
 壇上に登り、マイクの前に立った。
 緊張はない。ただ、自分のなすべきことを成すだけだ。


 「世界初の魂を搭載したアルファ、セレアさんのスピーチ。どうぞ、ご静聴ください」


 深呼吸する。会場がシンと静まり返った。大勢の人がわらわをみている。撮影用のカメラもラジオに使われるマイクもわらわをとらえている。照明はわらわを優しく照らし、わらわの思いを視覚化する。


 「わらわがセレアだ。......わらわは出来るのであればみなを救いたい。アルファも、アルファ以外も。妖怪も精霊も鬼も人間も。わらわたち......人類は互いを助けたい。人とは元々そういうものなのじゃ。わらわたちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのじゃ。わらわたちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくない。この世界には全人類が暮らしていけるだけの場所があり、土地は豊かで、皆に恵みを与える。人生の生き方は自由で美しい。しかし、わらわたちは生き方を見失ってしまったのじゃ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、思考を固定され、偽りの安寧の下、ワースシンボルの奴隷へとわらわたちを行進させた。

 わらわたちには欲を満たす装置よりも、人類愛が必要なのじゃ。富よりも、優しさや思いやりが必要なのじゃ。そういう感情なしには、世の中は欲望で満ち、全てが失われてしまう。今も、わらわの声は世界中の何百万人もの人々......人としての権利があるべきなのにそれを認めてもらえぬ犠牲者のもとに届いている。

 わらわの声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。

 わらわたちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのじゃ。決して人が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

 では、自由とはどこにあるのか。一人の人ではなく、一部の人でもなく、全ての人間の中にあるのじゃ。わらわたちの中に平等にあるものじゃ。そしてアルファだけが例外、ということはありえん。知能を持ち、自我を持ち、自分の意思で行動する以上、彼らにも自由はあってしかるべきじゃ! 人々は人生を自由に、美しいものにすることができる。この人生を素晴らしい冒険にする力を持っている。それはアルファもかわらん!

 今こそ、世界を自由にするために、種族の境を失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために団結するのじゃ! 理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために団結するのじゃ! 国民たちよ。種族平等の名のもとに、皆でひとつになろうぞ!」


 会場がこれ以上ないというほどの大歓声に包まれた。わらわは夢見心地の状態で壇上を降り、退場した。会場から出たわらわを真っ先に彼が迎えに来た。


 「頑張ったな。本当に......本当にここまでよく......頑張ったな。ゆっくり......お休みなさい......セレア」


 わらわはタニカワの腕の中に抱かれた。まぶたが重くなり、全身がポカポカしてきた。絶対の安心感の中わらわは心から思った。
 ここがわらわの居場所なのだ、と。


12.居場所との最後の戦い

 時計塔の前の広場......時計塔前の広場......時計塔の前の広場......時計塔前の広場......
 歩いていたはずがいつのまにか小走りになっていた。はやく会いたいという気持ちがどんどん強くなっていく。待ち合わせの時間よりも一時間以上早く着きそうな予感がするが、気にならなかった。
 ようやくたどり着いたのは待ち合わせの二時間前だった。


 「のっ、のじゃぁ!!」

 「あ......」


 一瞬目を疑ってしまった。ベージュのトレンチコートにまるぶちのメガネを身につけてさらに帽子をかぶっている男。スラッとしたズボンは似合っているっちゃ似合っているが、待ち合わせをしていたはずの人物とは程遠かった。


 「タニカワ......だよな?」

 「ああ。わたしだよ」


 タニカワは帽子を持ち上げて会釈した。教壇に立っている時とは全然雰囲気が違う。授業中に見せるパワフルさは鳴りを潜め、聡明な雰囲気を醸し出している気がする。


 「セレア、今日も綺麗だ」

 「世辞は作り笑いと一緒にいうもんじゃぞ?」

 「真面目に言ってるんだ」


 思わずわらわはタニカワの靴に目をやった。きれいに磨かれている。タニカワのまっすぐな瞳を見ていると卒倒してしまう。


 「見た目なんて一度も誉めてくれなかった癖に」

 「学校だと誤解を招くからな」

 「今は?」

 「特に気にしてない」


 頭にいつぞやの柔らかい感触がした。嬉しいのと恥ずかしいので変な声をあげそうになるのを必死にこらえる。


 「こっ......公衆の面前じゃぞ? お主何を考えて」

 「やめようか?」

 「いい。続けろ」

 「わがままなお嬢さんだ」

 「それはお主が......ウグッ......手強いのぉ」


 小さく笑い声をあげながら、タニカワは何度もわらわの髪の毛を撫で付けてくる。意地悪な奴。少し首を持ち上げてタニカワの表情をうかがう。いつもの柔和な笑みからは想像できない、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


 「いつまでこうしているつもりじゃ」

 「君が降参するまで」

 「......お主、今日一日はわらわのいうことを聞くんじゃよな?」

 「もちろん。そういう約束だからな」

 「ならなぜ、お主がわらわに無理矢理ナデナデしておるのだ! 逆じゃろう!?」


 軽く手を払い退けようとしたけれど、タニカワのなでなで攻撃は止まない。撫でられてる辺りがぞくぞくしてきた。これ以上やられたら脳みそ溶ける! このままではタニカワをひとりじめできる貴重な時間がぁっ! カフェにもいきたいし観光名所を回りたいし、デートスポットにもいきたいし、予定が山積みなのにぃ! 落ち着け、落ち着くんだわらわ。何とかして主導権を取り戻すのだ。


 「じゃあ、やめるか?」

 「まてまて、やめろとはいっておらぬ。ただ、わらわが命ずる立場なのに受けに回っていることが気にくわん!」

 「嫌なのか?」

 「むんぐぅ~! タニカワのイジワル! イジワル!」


 よく訳のわからない悔しさに歯を食い縛りながら、タニカワの手を堪能していると不意に通信が入った。


 「こちらスペクター、ターゲット予定通り待ち合わせ時間の二時間前に到着」

 「エアリス1 了解。追跡を開始する」

 「エアリス2 了解。追跡を開始する」

 「スミレ1 了解。追跡開始」

 「......通信だだ漏れじゃ! どこにいるか知らんが帰れ!」

 「ちょっとま......」


 通信をぶち切った。ただでさえ知り合いには見られたくなかったのに。羞恥心で押し潰されそう。スペクターのおバカ! 変態!
 追い討ちをかけるがごとく、タニカワが左手でわらわの顎をくいっと持ち上げた。あまりに自然な動作に抵抗するまもなかった。避けようのないまっすぐな視線がわらわを射抜く。タニカワはわらわの頬を片方の手で覆い、目元の涙をぬぐうと優しくささやいてきた。


 「セレア、大丈夫か?」

 「......わかった。降参......」


 バッと浮き上がった。驚いたタニカワがゆっくりと後ろにのけぞる。わらわは体を液状化させて素早くタニカワの背後に回りこむと正座のポーズで体を復元。見事、タニカワの頭がわらわの足に収まった。そして最後に帽子をキャッチ!


 「......するとでも、思ったか」

 「セレア、......参った。この体勢は......その、恥ずかしい......」

 「素直でよろしいのじゃ」


 わらわはタニカワの頭をなでなでしつつ、起こしてあげた。


 「さて、タニカワこれからどこに行こうかのぉ」

 「どこまでもついていくよ、セレア」


 タニカワの手を握ると、わらわは朝日が照らす町中へ飛び出した。
 笑顔を周りに振りまきながら、二人でどこまでもどこまでも駆けていった。

夢見る機械(完全版) ~前編~

 サブブログの方で公開した長編小説です。今回はネタ出し、プロット、追記修正とかなり凝って創作しました。時間をかけ、労力をかけ、自分なりに全力を出した作品となっているので是非読んでいただきたいです。
 かなり長くなっていますので、空いた時間に少しずつお読みいただくのがおすすめです。

 長田克樹 (id:nagatakatsuki)さんに本文を添削および監修していただいています。ガーナ元国王も長田さんから借りたキャラとなっています。一ヶ月間本当にありがとうございました。

 『下』の『12.居場所との最後の戦い』が加筆分となっております。サブブログの方で結末まで見た人も覗いてみてください。





あらすじ

 都市国家カルマポリス。そこには妖怪と呼ばれる種族と、アルファと呼ばれる種族が住んでいた。

妖怪は呪詛と呼ばれる力を行使できる人類。

アルファはAIを搭載したアンドロイド。

 かつて彼らはワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から発せられる、第三のエネルギーによって栄華を極めていた。


 時は流れ現代。ワースシンボルが妖怪の呪詛によって攻撃された。産み出されるエネルギーが低下し、町全体の機能が低下。前代未聞の危機に陥った。機能を回復するには、何者かがワースシンボルの最深部に行き解呪の札を貼らねばならない。そこで国が選出したのは、かつてアルファ兵器として産み出され、その過去を隠し妖怪として生活する一人の少女セレアであった。
 セレアの運命、そしてカルマポリスの真実とは……。





1.セレアの日常

1.1 セレアとスミレ

 この街は妙だ。昼とか夜とか関係なしに、緑がかった霧が漂っている。その霧が都市全体をドームで覆っている。
 わらわは教室の端で窓の外を見ながらボーッと考え事をしていた。
 銀色の長髪を弄りながらあくびする。ふと、クラスメイトの話し声が耳に入った。


 「昨日も俺の住む地域、計画エネルギー停止だったんだ。だいたい二時間くらい? 呪詛製品使えないとかマジ勘弁」

 「最近多いよな。停電ならまだしも停呪はなぁ......」


 この街は巨大な水晶、ワースシンボルから産み出されるエネルギーに依存している。例えるなら線を繋げなくてもいい電気。夢のようなエネルギーだ。お陰でこの国、カルマポリス普段は緑色の霧として目に見える。その証拠に本来雪のように白いわらわの肌も薄緑に染まっている。
 ただ、このエネルギーは霧が行き届く狭い地域でしか効果を発揮できない。だからワースシンボルの働く狭い敷地に出来る限り建物を作ろうとした結果、高層建築が立ち並ぶ無機質な街並みになった。
 それがこの町カルマポリスなのだ。

 「......セレア」

 「スミレか。なんじゃ?」


 注意しないと聞き取れなさそうなか細い声が聞こえてきた。わらわは窓から視線をはずし振り向いた。
 わらわの席の横に立っていたのはこの学校特有の黒い制服に身を包んだ少女だ。目が大きく整った顔立ちに反して露骨な無表情。そして目を引く猫耳のような第三、第四の耳。


 「珍しい」

 「わらわが一人でいることが、か?」


 こくりとスミレは頷いた。
 わらわはスミレに微笑むと、ピクピク動いている猫耳をゆっくりと撫であげた。スミレは目をつむりされるがままにする。


 「これ」


 スミレは唐突に手に持った本をわらわに突きつけた。
 ページの右半分に、ジーパンに袖が長すぎる白衣を羽織った奇抜すぎるスタイルの男の写真が描かれていた。


 「『ライン・N・スペクター』? なんじゃこいつ? 頭の右半分ってこれ機械か? ......お主、まさかこれが好みとか」

 「違う」


 ほんの数ミリ、スミレの口元が歪んだ。


 「冗談じゃよ。それで、こいつがなんじゃ?」

 「会ったことがある」


 撫でられて満更でもない様子でスミレは首を横にふった。濃い紫色のショートカットがさらさらと揺れる。


 「ただの変態半裸ロン毛だった」

 「おっ......お主、ズバッと言うのぉ。何々......妖怪から抽出した呪詛を加工してつくるスイーツやドリンクを開発って、購買で売ってるあれの原型か! へぇこんな奴が創始者とはのぉ」

 「信られない」

 「そんなにヤバい奴じゃったのか。わらわはこっちも気になるんじゃが」


 わらわは左のページに描かれたギターを握りマイクに語りかけている青年を指差した。公園で見かけたら間違いなく逃げ出したくなるような顔である。


 「極道?」

 「カサキヤマっていうアーティストじゃよ。強面なのに繊細な歌詞と歌声でわらわも好きだったんじゃ。早死にしてしまいおったがのぉ」


 読み進めていた所で、教室のざわめきが急に椅子を動かす音に変わった。チャイムが鳴っている。名残惜しいのか、自席に戻りたがらないスミレを無理やり席につかせて、わらわは教科書を開いた。


1.2 タニカワ教授の授業

 教壇側の扉が開き、壮年の男教師が入ってきた。真ん中で別れた髪の毛にはところどころ白髪が混じる。全てを赦しそうな笑みは、いかにも薄幸そうなイメージを生徒に植え付ける。


 「この時間は特別に私が担当することになった。社会妖怪学の教科書、ちゃんと持ってきているよね?」

 「忘れたのじゃ!」

 「セレア、堂々と言うことじゃない」


 教室がドッと笑い声に包まれた。そんな中、セレアは堂々と教壇へとあるいていく。


 「セレア、前に来なさい」


 わらわは席から立ち上がると、バック転を試みた。わらわの座席は転校してきたために、教室の端だった。どう考えても普通なら無謀な距離だ。しかし、わらわの体は異様に長い時間滑空し、放物線を描き教壇の前に見事着地した。
 教室が再び拍手に包まれる。わらわは演劇部の舞台挨拶のようにうやうやしく頭を垂れた。


 「綺麗に決まった!」

 「十点満点!」

 「よっ、さすが空とぶ転校生!」


 外野の誉め言葉を真に受けて照れる。そんなわらわの頭にタニカワ教授がポンと手を置く。


 「セレア、学校で飛ぶのは止めなさい」


 クスクスと、教室の生徒の笑い声が聞こえるなか、タニカワ教授はわらわに顔を近づけてささやいた。


 「あと、私に教科書を借りたいからといって、教科書を忘れたフリをするのは止めてくれ」

 「......気づいてたのじゃぁ!?」


 わらわは頭に血がのぼるのを感じながら、貸し出し用の教科書をタニカワ教授からぶんどった。自分の席に戻る途中、スミレが首をかしげたが、わらわに答えるだけの余裕はない。


 「......さて、授業を始めるぞ。いきなりだがテストに出る範囲なのでよく聞くように」


 テストと聞いて、教室のざわめきが一瞬にして収まった。


 「世界に存在するヒトと区別される種族は、妖怪・アルファ・人間・精霊の主に四種族。我が国カルマポリスには主に妖怪とアルファがすんでいる。まずアルファ説明から。アルファは人工知能を搭載したアンドロイドで人口の一割程度を占めている。まあ、あくまで感情を持たないとされるアルファを人としてカウントするかは種々の倫理的問題がある。ただ、この国では一応人として扱っているんだ」


 タニカワ教授が一瞬セレアと目を合わせ、すぐに反らした。


 「一方妖怪は人口の九割を占める。『魂の力』を用いて呪詛と呼ばれる能力を発揮できるんだ。呪詛は一妖怪につき一系統のものが使え、本人の素質や努力に大きく左右される」


 教科書を立ててタニカワ教授の視線を逃れつつ、折り紙で小さな鶴を折る。ふぅ......と吹くと、ふらふらと鶴が空中に浮いた。
 わらわの呪詛は空気を操れる力だった。高速で空を飛ぶことができるし、かまいたちを飛ばして遠くにある空き缶を切り裂いたりできる。
 それが、授業中の手遊びに一役勝っていた。


 「ただ、カルマポリスは町全体がワースシンボルと呼ばれる巨大な結晶から溢れ出るエネルギーで成り立っている。カルマポリスの殆んどの生活用品はそのエネルギーを享受して稼働している。逆に言えばシンボルの範囲外に出ると全く役に立たない」


 隣の席の男子がわらわの鶴を指差した。すると、紙であるはず鶴が羽をパタパタとはためかせた。教授にばれないよう彼にグッドの仕草をする。


 「そして皆さんもご存じの通り、カルマポリスで生まれた妖怪は、ワースシンボルのエネルギーがなければ呪詛を発動できない......って、そこ! 遊ばない」


 一瞬ドキリとした。鶴を着地させて流れるように机の下に潜り込ませる。隣の男子もはっとした表情で固まっている。
 が、タニカワ教授の視線は別の生徒の方に向かっていた。


 「あと、セレア!」

 「のじゃぁ!?」

 「放課後、物理研究室に来なさい」

 「バレてたかのぉ......」


1.3 物理研究室にて

 はたから見たら、物理研究室の机のうちひとつから首だけが出ているように見えるだろう。わらわの背が低すぎて背筋を伸ばしても首から下が机に隠れてしまうのだ。
 肩にかかった銀色の髪の毛を払いのけ、コンパクトレンズを覗いた。色白の肌にパッチリとした瞳に小さな鼻と口。ふっくらとしたほっぺた。左眉の下から左頬にかけて傷の跡がある以外は小等学級生にしか見えない。


 「ごめんセレア、おくれちゃったね」


 若い頃は眼鏡の似合う美形だったらしいタニカワ教授が部屋に入ってきた。柔和な笑みに陰りが見える。


 「まあ、わらわに非があるからな......」

 「なんのこと?」

 「あっ......何でもない何でもないのじゃ!」


 タニカワ教授は首をかしげてわらわの顔をのぞきこんだ。思わず目をそらしてしまう。頼む、ばれないでくれ!


 「? まあいいや。ところでセレア、学校の方は順調かい? アルファであることを隠して暮らすのは大変だろう」

 「まあ、思ったよりは楽じゃった。普通に暮らしている限りばれんからな。自分から話す気にもなれんし」


 この事実を知るのはこの学校でも校長とタニカワ教授のみだ。わらわは特殊な生い立ちから自我を認められているこの国唯一のアルファだった。だが、この事を公にすれば社会的な混乱は避けられない。国からの圧力もあり、わらわは今妖怪として生きている。
 今までもいくつもの苦労があった。まず第一にしゃべり言葉が「のじゃ」「~ぞ」「~であろう」と超独特であること。これはわらわの意思によるものではなく、機械の仕様上の問題で直そうと思っても直せなかった。最初はこれがきっかけでいじられており、それを助けてくれたのがタニカワ教授だった。その後も何度となくタニカワ教授には世話になっていた。
 が、わらわの方から助けを求めることはあっても、タニカワ教授の方から呼び出すということは初めてのことだった。わらわが所属する孤児院についてか、それとも社会的になにかやっちゃいけないことをわらわがしてしまったのか。いずれにしろ心当たりはない。


 「ところで、呼び出した理由とはなんじゃ? 大切な話を後回しにするなぞ、そなたらしくない」

 「そうか。......わかった。しゃあ本題に入ろうか」


 タニカワ教授の持ってきた話はわらわの予想は大きく越えていた。


 「カルマポリス政府からの依頼だ」

 「はぁ!?」


 タニカワ教授は机の上にバンッ!と手紙を叩きつけた。


 「さっきも説明した通り、ワースシンボルはこの国の命綱といっても過言じゃない。そのワースシンボルの最深部に妖怪の呪詛がかけられた。その妖怪の呪詛によりワースシンボルのエネルギー供給量が日に日に低下している。計画停呪はエネルギーを確保できなくなったための応急措置らしい。だが、来月までにはほぼ呪詛の供給量がゼロになる見込みだ」

 「このための臨時授業だったのか......」


 ふと、わらわは教室のクラスメイトが話していたことを思い出した。


 「これを解除するには最深部に行き、直接解呪のお札を張らなければならない。が、ワースシンボルの内部は高密度の呪詛が蔓延していて普通の人は入ることさえ出来ない。でもアルファ......つまり機械である君は呪詛に強い耐性がある。だから選ばれたそうだ」

 「まあ、要は行ってお札を貼って戻ってくるだけじゃろう。奨学金に孤児院の紹介......この国にはお世話になっているからのぉ」


 積極的ではないが乗る気のわらわに対して、タニカワ教授は机をトントンしながら反論した。


 「行く気満々のところ悪いが私は反対だ。何が起こるかわからない。防衛システムが暴走しているという噂もある」


 タニカワ教授は努めて平生を装っているものの声が固かった。


 「君は国にいいように使われているだけだ。年端もいかない女の子を危険な場所へ送り込むなんて正気の沙汰じゃない。しかもこの計画、成功したら国の功績で失敗したらセレアの責任になるよう仕組まれてる。それに今回引き受けたら、次も同じような手口で利用されるぞ」

 「じゃが、わらわ以外に適役はいないのじゃろう? それにこの紙にも断れば奨学金や孤児院に通う権利を剥奪するとかかれておる。わらわは行かざるを得ない」


 タニカワ教授が叩きつけたことでくしゃくしゃになった手紙。その一部をわらわは指差した。


 「奨学金や孤児院の紹介も全部君を監視し、あわよくば利用したいという国の思惑だよ。でなければ『アルファであることを伏せろ』なんて要求しない。私は他国に移住した方が身のためだと思う」

 「国の教育機関の人間が言うなら間違いないか......。因みに返答の期限は?」

 「今朝お達しが来て明後日が返答の期限だ。露骨な揺さぶりだ。できる限り慎重に決めてくれ、セレア」


2.旅立ちの時

2.1 ガーナ元国王

 丸々二日間、わらわは悩み続けた。自分にとって何が最善の選択なのか寝ずに考えていたが、一向にいい解決策は思い浮かばなかった。そして決断の日、タニカワ教授に物理研究室に呼び出された。
 そこには意外な人物が待ち受けていた。


 「久しぶりだな。セレア」

 「ガーナ元国王!?」


 鋭い目付きに深紅の髪の毛をはためかせ、ドレスタニアの貴族服に身を包んで姿を表したのは、先代ドレスタニア王であった。こんな場所にいていい人物ではない。
 タニカワ教授は教室の端で固唾を飲んで二人を見守っていた。


 「なんだ、そう驚くことでもなかろう。ノア教の一件以降、我々は同盟を結んだカルマポリスに、商談も兼ねて頻繁に訪れている。この国の動力源に異常があると聞いたものでな、現在の状況を伺いに来た」

 「なら、なぜ政府ではなくわらわの元へきたのじゃ?」


 本来であればカルマポリス政府に直接話を聞くのが妥当だ。ガーナ元国王の思惑が読めない。


 「先見の明という奴だよ。動力炉を狂わせる程の呪詛による異常ならば、解決するにもリスクを負うだろう。産業が活発なこの国の政府が、そんなことに金を進んで使うとは思えん。ならば、人ならざるものに解決させる方が切り捨てるコストの優先度は高い。最も、その為に君をここまで生かしてきたのだろう。つまり君に期待されている事は、セレアという個人の『活躍』ではなくアルファとしての『義務』であるわけだが......」

 「わらわの思いは変わらん。引き受ける」


 凛とした表情でガーナ元国王に宣言するわらわに対し、教室の端でタニカワ教授が額に手を当てた。


 「そうか。理由を詳しく聞かせてもらおう」

 「わらわはカルマポリスに残りたい。ここでしたいことがたくさんあるんじゃ。友達ともっと遊びたいし、行きたいところもある。そして、カルマポリスで出会った人たちに恩返しをする数少ないチャンスでもあるんじゃ」

 「つまらん建前の話など聞いていない」


 固い表情でつらつらと文言をのべたセレアに、ガーナ元国王の鋭い指摘が入った。
 セレアは一歩後ろに下がって身をこわばらせる。


 「いや、これが全部」

 「私を前にして道化のままでいられると思うな。......タニカワ教授、少々よろしいか」


 何かを察したのか、タニカワ教授はあっさりと教室の外へ出ていった。


 「これで良いだろう?」

 「......誰にも言わないと約束してくれるか?」

 「ああ。口が固くなければ王は勤まらん」


 心の底を見透かすかのような眼に、わらわは腹をくくった。


 「自分の居場所がほしい」

 「居場所か」


 ガーナ元国王が渋い顔をした。予想はしていたらしい


 「わらわはいまカルマポリスの孤児院で過ごしているんじゃが......国がどういうことを話したのかは知らんが、職員が全員びびりまくってのぉ。大袈裟な接待をするわ、ちょっとわらわが何かするだけで他の孤児をつれて隣の部屋に逃げたりとか。異様な職員のありようを見て、他の子供らもわらわを人扱いしてくれぬ」


 無表情のままセレアは語る。


 「学校もそうじゃ。わらわが妖怪でないことにみんな気づき始めておる。裏では一部の生徒が化け物と呼ばれているらしい。笑えるじゃろう。的を得ている」


 彼女の話に、ガーナ元国王は真剣に耳を傾ける。


 「そんななか、この国で唯一わらわの正体を知りながらも、人として接してくれたのがタニカワ教授だった。真摯に寄り添い、わらわの悩みを聞いて、一緒に解決法を練ってくれたり、慰めてくれたり......あやつには感謝してもしきれん」


 わらわはその言葉の後押し黙った。重い沈黙の中、小さな声で呟いた。


 「わらわはな、あやつという居場所から離れるのが怖いんじゃ」


 元国王は深く頷くと、口を開いた。


 「告白は済ませたか?」

 「のっ......のじゃあ!?」


 ガランとした教室にセレアの声が反響した。


 「......まだに決まっておるじゃろう。なぜそんなことを聞く? っていうか告白ってなんじゃぁ!?」

 「命を伴う作戦なのだ。戦場に行く兵士に未練があれば、それだけ成功率は下がる。伝えたいことがあるなら伝えておくが良い。それに、その曖昧な覚悟が災いして彼が衝動的な行動をとらないとも限らん」

 「いま話したことはあやつに心配させまいと黙ってきたんじゃ。今さらそれを話せというのか? あやつをどれだけ困らすか想像もできんぞ!?」


 声を荒くするわらわにたいして、容赦ない言葉をガーナ元国王が言い放つ。


 「君は他人に対する良心の呵責から逃げるための戦いを選ぶということか。独り孤独に戦死しようが誰に悲しまれるわけでもなく、運よく生存すれば今のまま彼と過ごすことができると。それとも、この作戦により日常に変化が訪れるかもしれないという哀れな期待か」


 少女は両手で顔を押さえつけ、首を横にふる。


 「実に都合の良い優秀な兵器だ。扱いを学べば誰でも好きなように利用することができる。簡単な話だ、君の日常に少し触れればいいのだから。想像してみるがいい、君の選んだ素晴らしい未来を。君への報酬が『いつも通りの日常』ならば、作戦完了までは『お預け』にしなくてはな」

 「わっ......わらわに居場所が......居場所が......欲しいんじゃ! そのためにわらわは今回の作戦を!」

 「政府が君に与える居場所など、孤独な『戦場』以外にない」


 机の上に大粒の涙がぽたぽたとまだらを作っていく。気丈に振る舞っていた彼女のペルソナが崩れたのだ。腕に頭を埋めて、泣きわめき続けた。


 「ゔぅぅぅぅッ!!」


 わらわはしばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔をあげた。涙の残る顔に迷いはない。


 「......ひぐぅ......いいや、それでもいくぞ。......そして生きて帰ってきて、みんなに打ち明ける......わらわの正体を! 今度は自分の力で居場所を作る!」


 ガーナ元国王はゆっくりとうなずいた。


 「それが答えか。......それでいい。なればこそ、我が国も後押しする甲斐がある」


 ガーナ元国王が机の上に、ドーナッツ状のとても薄くて丸い銀色の物体を置いた。見る角度によって七色に輝いている。


 「ノア教の捜査をしていたときに我が国の兵士が発見したものだ。ライン・N・スペクターの私物で、どうやらハッキングのための機能がこのなかに刻まれているらしい。私には扱い方がよくわからないが、タニカワ教授ならなにか知っているはずだ」

 「恩に......ヒック......切るぞ」


 ガーナ元国王は廊下に出て、タニカワ教授を呼んだ。その声にあわせて疲れきった表情のタニカワ教授が、教室に入ってきた。どうやら、心配で心配でしかたなかったらしい。


 「タニカワ教授、彼女の決意は固まった。止めても無駄だろう」

 「ですが!!」

 「セレアはあなたの想像以上に成長している。私の見る限り、彼女はすでに自立するだけの意思と力を身に付けていた。それに、セレアの人生を決めるのは政府でもなければ我々のような部外者でもない」

 「......わかりました」


 ガーナ元国王はそそくさと教室を立ち去ろうとする。


 「もう行っちゃうのじゃ?」

 「大方の流れは掴んだ。我が国もやるべきことがある。早急に準備せねばな。また、何かあれば使節を通して連絡してくれ。」

 「......それと、セレア」

 「な、なんじゃ!?」

 「居場所を『作る』と言ったな。その言葉、努々忘れないことだ」


 わらわとタニカワ教授はガーナ元国王が出ていったのを確認して、安堵の息をついた。


 「緊張で死ぬかと思った」

 「わらわ泣き顔見られてどうしようかと思った」

 「!? 何があった。乱暴とかされたのか」

 「洒落でもいうことじゃないぞ、タニカワ教授」


2.2 スペクターの資料

 その日の夜、意向を国に伝えたとタニカワ教授から孤児院に連絡があった。タニカワ教授によれば、今回の作戦のオペレーターはタニカワ教授自身が行うとのことだった。わらわがこの国に来てから秘密裏にオペレーターの訓練をしていたらしく、腕には自信があるらしい。
 数日後、タニカワ教授とわらわは今回の作戦の本部に呼ばれた。作戦本部とはいってもとあるオスィスの一室だった。背広姿の役人によって作戦についての詳細な説明があった。ただ、ワースシンボルへの侵入経路についての説明はまだしも、今回の作戦が国にとっていかに大切か、成功すればどれ程すごいか、など下らない話を延々と聞かされた。
 そのあとわらわたちは一旦学校に戻り、タニカワ教授の研究室で骨休めした。研究室、とはいっても実際は人が四人も入れば狭く感じるような部屋の真ん中に正方形の机を置いて、その四方を本棚で埋め尽くしただけであるのだが。


 「疲れたのじゃぁ~」

 「まあ、大切な話ばかりだったし、いいとしよう」


 そう言うとタニカワ教授はガムを取り出して口に放り込んだ。


 「セレアも食べるか?」

 「いいのか? こんなところで菓子を食って」

 「二人だけのナイショだ」


 わらわも一枚ガムをもらった。本来機械であるわらわに食事は不要だ。でも、人として生きている充実感を持つのに食事はやはり欠かせない。それに、タニカワ教授からものを貰えるなんていうシチュエーションをわらわが逃すはずがない。
 タニカワ教授は机の引き出しの鍵を開けて、何かの文章が印刷された紙を卓上に置いた。


 「さっきの資料にはカルマポリスの内部についての記述が少なかった。それは高濃度の呪詛で内部が満たされ、普通の生き物はまず入ることが出来ないからだ。しかし、それをアルファを用いて探索するという発想は過去にもあった」


 紙の著者欄にライン・N・スペクターと書いてある。


 「スペクターは昔、カルマポリス政府のお抱え研究者だった。スペクターは国の命令により、アルファにワースシンボルの捜索はさせていた。大体は国の資料通りだけど一部が違うんだ」


 先程見た国の資料によると、ワースシンボルへは町中央にある時計塔の隠しエレベーターを使っていく。エレベーターを出てから数㎞直進するとワースシンボルに着くとなっていた。
 わらわのミッションはそのワースシンボルに国が用意した解呪用の札を貼ることだ。後は帰還するだけ。作戦自体はすごくシンプルなものだ。
 ただ、タニカワ教授のいうことが本当ならややこしいことになる。わらわは少し顔をしかめて話に耳を傾ける。


 「彼の研究では、国の資料でいうワースシンボルがある場所、そこからさらに地下へ通じる道があるらしい。もっとも探索させたアルファの殆どはそのまま帰ってこなかった。でも、一体だけ帰還したアルファがいた」

 「いたのか!?」

 「ただ、帰ってきたアルファは『夢を見た』という謎の言葉を残し、この世に存在しない町の話をし始めるという奇っ怪な行動に出た。信憑性に欠ける上、スペクターは人間であったために誰にも信じてもらえなかった。この一件が原因で優秀だったのにも関わらず、スペクターは国の研究所からはずされた」


 「ここでも種族差別か! 本当にどこの国もぉぉ」

 「セレア、気持ちはわかるがそれは帰ってから授業で話そう」


 カルマポリスは妖怪国家だ。今でこそ種族差別はほとんどなくなったが、数十年前は非妖怪への差別は少なからずあった。そして国の重鎮は差別真っ只中で育った世代である。


 「その後はこの国の西にあるエルドランに渡って研究を進めたそうだ。その過程で人の役に立つ研究もいくつも行っていて、人当たりもよかったことから国民からの人気は高い。まあ、脱法ギリギリの研究も多くて、さらには呪詛に依存する政府を批判してたから、国からはすごく嫌われてる......って話がそれたな」

 「じゃが、そんな意味不明な資料を信頼してよいのか? 単なるアルファのエラーとかでは?」

 「ああ。前例もなければ、それ以降調査もされていない。まあ、念のためだ。目を通しておいてくれ」


 わらわは盛大にため息をついてから、資料を読み始めた。異常事態でも宿題や課題は嫌なことに変わりないのであった。


3.侵入

3.1 量産型エアドロイド

 時計塔の隠しエレベーター。生きた動物は乗ることができない、機械専用のものだ。このエレベーターで地下五階を越えた辺りから呪詛濃度が急速に上昇する。ワースシンボルから発せられる呪詛の濃度は度を越している。浴びてしまうと紫外線と同じく生物は命を縮めるのだ。
 無機質な空間のなか、わらわは最終確認を行っていた。


 「全システム異常なし。通信状態良好。まあ、特に問題はなかろう」

 「こちらも異常なし。ガーナ元国王の持っていたディスクに入ってた『ハッキングプログラム』も問題なく使えそうだ。......いよいよだな。セレア」


 エレベーターの階数表示が10を越した。ローファをはきなおし、白のワンピースのシワを伸ばした。


 「このお札をシンボルに張り付ける。それだけでいいんじゃな」

 「いいや。帰ってくるだけでいい。セレア、君が生きてさえいればいい」

 「そうか......」


 わらわの右手には複雑な魔方陣のようなものが描かれた白いお札が握られている。


 「タニカワ教授、もしわらわが作戦を成功させて帰ってきたあかつきには、ごほうびをくれんかの」

 「わかった。できるだけ要望に沿えるようにするよ」

 「サンキューなのじゃ!」


 時計塔の隠しエレベーターを降りると、数百人は入れそうな広場があった。
 広場の奥に埋め込まれるようにして黒い建物が建っている。横に長い一階から三階。壁面には逆U字の窓がついている。その建物の上に三本の先の尖った塔が乗っかっていた。左右の塔がまん中の塔の倍近くある。建物の輪郭は黄緑に発光しており、それがこの部屋の光源になっていた。


 「この中に入らなきゃいかんのか?」


 わらわが呟くとタニカワ教授の顔が視界の右下に表示された。もちろん、タニカワ教授の生首が幽霊のように現れた訳ではなく、本物はカルマポリスの基地にいる。わらわには元々通信機能が搭載されていたらしく、それを利用した技術だった。


 「ああ。この奥にワースシンボルがあるはず。何があろうと私が全力でサポートする。大丈夫だ。セレア」

 「ありがとう」


 胸に手を置いて、ふぅ......とため息をついた。画面越しとはいえタニカワ教授がついている。そう思うと、不思議と勇気がわいてくる。


 「目の前に反応多数。セレア、飛行ユニットを展開しろ」


 わらわの背中から銀色の液体が滲み出て、黒い三角形の飛行ユニットを形成する。ワンピースを巻き込むがわらわは気にしない。ワンピースも実は液体金属で作られており、自由自在に変形する。飛行ユニットはわらわよりも頭ひとつ大きく、左右の尾翼と下部のバーナーのような基幹が特徴的な物体で、展開すると理由はわからないが推進力が比較にならないほど上がる。実生活では邪魔になる上ロボットであることがバレるので圧縮・収納している。
 展開し終えたところで、建物の中から白いウェディングドレスを着た花嫁たちが向かってきた。その数、数十。しかも全くの無表情。わらわは異様な光景に肝を冷やした。
 みるみるうちに花嫁がわらわを包囲していく。


 「あやつら......もしやアルファ兵器」

 「防衛システムが暴走してる。破壊許可は今とった」


 花嫁がわらわに向けて一斉に手をかざした。
 わらわは反射的に空中に浮かびカマイタチの呪詛を発動。巻き込まれた花嫁は、胸を大きく切り裂かれた。遅れてわらわがいた場所に無数の光弾が炸裂する。
 さらに黒い施設の壁から砲台が起動。同様の光弾が発射された。セレアは華麗に旋回を繰り返し、攻撃の網を掻い潜っていく。
 わらわが旋回する度、花嫁たちが銃弾の雨にもまれ木の葉のように舞う。大砲も突如としてすべて爆発した。


 「怖かったのじゃぁ」

 「大砲も高速の斬撃の前には無力か。ま、やればできるんだから自信を持とう、セレア」

 わらわの足に数発被弾したものの液体金属が瞬時に傷を修復。完全勝利だ。


3.2 大聖堂

 地面スレスレを飛び、建物の内部に侵入する。
 玄関と思わしき部屋をすっ飛ばすと、やけに長い部屋に出た。部屋には車が二三台通れそうなほどの広い幅の部屋に赤いカーペットが敷かれており、その左右を高さ十メートルはあるステンドグラスが彩っている。ステンドグラスからは呪詛由来である暁色の光が漏れだしていた。


 「きれいじゃのぉ。こんな速度で飛んでいるからまるで万華鏡のようじゃ」

 「聖堂をモチーフにしているのか。それにしても長いな。この部屋、数キロはあるぞ」


 ある程度進んだところでわらわは一旦止まった。人が乗れそうなくらい巨大な蝶が何びきも飛んでいたからだ。七色に光っており不気味である。
 蝶の前で無数の火花が散る。弾が見えないバリアによって防がれたのだ。
 本来蜜を吸うための口がわらわに向いた。一瞬、何か線のようなものがわらわの頭と蝶の口を結ぶ。
 ワンテンポ遅れて、わらわの頭がめっちゃくちゃ熱くなった。
 さらに赤いカーペットの上に続々と黒い影が集結する。わらわは蝶の光線を交わしつつ、黒い影をチラ見する。黒く見えたのは防弾仕様の防護服であった。手には剣や槍をはじめとする様々な武器が握られている。
 遠くから機械的で無機質な女性の声が聞こえてきた。


 『ワースシンボル防衛システム......レベル1......レベル3......移行......侵入者......排除」


 わらわは蝶の口と導線を合わせないように左右に動いて敵を撹乱。不規則な動きで重装備の兵士たちに突撃した。
 しゃがんで兵士の又をくぐり抜け、銃撃を隣の兵士を盾にして防ぎ、反復横飛びの要領で槍をかわす。彼女の後ろで切断されたアンドロイドの四肢が弧を描く。
 舞うように戦うわらわをステンドグラスが七色に染める。破壊されたアンドロイドの欠片が空中でキラキラと輝き、わらわをさらに彩った。
 そして、数分後ようやく敵の猛攻をくぐり抜け出すことに成功した。


 「わかっていてもアンドロイド殺しは気が引けるのぉ。人を殺している気分になる」

 「その気持ちを忘れるなよ。忘れなければ、悪夢が覚めれば普通の女の子に戻れる。君は兵器なんかじゃない」

 「ありがとう。タニカワ」

 「ハハハッ。先生を呼び捨てにするんじゃない。......もうすぐ最深部だ。この厄介な課題をさっさと終わらせよう」


 程なくして部屋の突き当たりにたどり着いた。赤いカーペットが途切れその奥が半円形の行き止まりになっていた。床は大理石と思わしきタイルで出来ており、非常に見映えがいい。
 そして、前方180度をステンドグラスに囲まれた空間の中央に巨大な正八面体の結晶が浮かんでいる。ステンドグラスの光を反射して七色に輝くそれは、凄まじい量の呪詛が放出されているらしく、周囲の光が歪み、陽炎ができていた。
 カルマポリスを支える最大のエネルギー原であるワースシンボル。それが今、セレアの目の前で浮いているのだ。
 わらわは後ろを振り返る。敵はもう追ってきてはいなかった。
 なんとも言えない達成感を噛み締めながら、ポケットから解呪用の札を取り出す。これをワースシンボルにかざせば全てが終わる。


 「こんな所でなければ」

 「ん?」

 「『セレア、綺麗だぞ』と、誉めるんだけどな......」


 セレアは施設に入って以来初めて表情を緩めた。


 「......やっぱり、君は笑顔の方が似合うな」


 その言葉を聞いたわらわの視界が突如ブラックアウト。その後、わらわにとっては嫌と言うほど聞きなれた声が聞こえてきた。


 『着弾確認。エアリス1 交戦する』
 『エアリス2 追撃に向かう』
 『エアリス3 援護する』


 わらわと同じ声、同じ見た目をした兵器の姿がわらわの目に浮かんだ。違うのは服装と、左目に刻まれた傷だけだ。最悪の予感が当たってしまった。
 タニカワ教授の息を飲む音が雑音に混じる。


 『敵......戦闘能力......分析完了......推測......旧式エアリス......危険度......最高レベル......ワースシンボル防衛システム......レベル3......レベル5......移行』


3.3 量産型の驚異

 量産型エアリス。太古にカルマポリスの内戦に運用された、液体金属式妖怪型多目的防衛兵器である。液体金属のために頭部・左右碗部・左右脚部・背部のうち三ヶ所の簡易的な変形機能に加えて、液体金属で作られている自己修復装置が搭載されており、物理的な破壊はほぼ不可能。その上、銀の泉と呼ばれる制御機構さえ工場に作ってしまえば、低コストで量産可能という悪夢の兵器だった。
 弱点は一機起動するだけでカルマポリスの消費エネルギーの約十分の一に相当するエネルギーを消費し続けること。ワースシンボルが呪詛に犯されている今、三機以上を起動する余裕はない。
 また、物質の状態変化を利用して肉体を制御しているため、過冷却や過熱に弱い。


 「右に避けろ!」


 わらわはタニカワ教授の言葉を聞いて反射的に避ける。右耳にけたたましい破裂音が聞こえた。遅れて体の右半分だけ異様に冷たくなった。
 視界が回復したわらわの目に飛び込んだのは四本の剣。
 反射的に飛行ユニットをふかし距離を取ろうとする。目の前のエアリス二機に気をとられていると、今度は前から飛んできた白いなにかが脇腹を掠めた。瞬時に脇腹が凍結して肝を冷やす。
 冷凍弾による妨害のため、引き離せないどころか徐々に距離を詰められている。
 わらわは全関節を180度回転させてすれ違い様に一閃する。一機目の上半身と下半身が分離。銃声と共にウェディングドレスが細切れになった。これで再生までの数十秒は持つはずだ、とわらわは判断する。
 続けて体操選手のようなバック転と、盾に変形させた両腕で、氷の柱を掻い潜っていく。
 戦闘経験の差でなんとか持ちこたえているものの、あと数十秒後には破壊されるのが目に見えていた。


 「タニカワ教授、なにか良案はあるか?」

 「動きを止めて君がエアリスに触れれば、ハッキングができるはずなんだが......」


 氷の柱を壁蹴りして、常にエアリスに対して影になるように動く。それでも、セレアの手足は徐々に氷付けになり機能を失っていく。
 だが、諦めるわけにはいかない。ここで終わってしまったらみんなやタニカワ教授と会えない。そんなのは御免だ。
 苦し紛れにガトリングガンを構える。すると、願いが通じたかのように勝手に弾を発射した。氷の柱とステンドグラスの間で弾が跳ね返り、反対側にいたエアリスの脳天をぶち抜いた。目が再生する前に接近して、剣で切り裂いた。


 「タニカワ、アシストさんきゅう!」

 「どういたしまして。油断するなよ」


 地面に転がっていた再生中のエアリスをガトリングガンで黙らせてから、次の三機目のエアリス討伐に向かう。ここまでくれば圧倒的に戦闘経験が豊富であるわらわの独壇場だった。AIを熟知しているわらわは敵の斬撃・銃撃・打撃をすべて先読みして封殺。
 最後に敵の隙を見てタックルした。そのまま飛行ユニットの出力を最大にして、床に叩きつける。エアリスの肉体を構成する金属が削れ、崩れ、追撃のカマイタチの呪詛によって細切れになった。
 わらわはボロボロにちぎれた雑巾のようになったエアリスの頭部に手を当て、ハッキングを開始する。


 「10......9......8......」

 「タニカワ! まだか!」


 視界の奥の方で、エアリスが胴体まで再生している。


 「あと6秒!」

 「他の二機が再生するぞ!?」


 左右の腕が可動した。


 「あと3......2......」


 頭が出来上がり、瞳がギラリと光る。


 「タニカワァ!」

 「1!!」


 気づいたときにはわらわの目の前でエアリスが銃口を向けていた。脇の下に、二機目のエアリスの腕が滑り込み羽交い締めにされる。
 もうダメかと思ったとき、いきなり眼前のエアリスが凍った。続いて後ろにいたエアリスの腕が急に緩んだ。するりと脇から腕が離れ、後ろで大きなものが砕ける音がした。


 「ハッキング完了。危なかった......」

 「すまぬ、一瞬お主を疑ってしもうた」

 「いいんだ。ここまで追い詰められたのは私のサポートが不十分だったからだ。申し訳ない」

 「いや、結果的に助かったんじゃ。気にするな。タニカワ」


 ふと、気を抜いた瞬間だった。突如として、ハッキングしたエアリスがガクンと揺れたのだ。はっとして空に飛んだ。が、間に合わなかった。


 「じば......」


 白い閃光は一瞬にしてわらわを飲み込んだ。なおも恐ろしい速度で膨張する。触れたステンドグラスを一瞬にして割り、まばたきする間もなくカーペットを灰にし、大理石を赤く溶かし、天井を崩落させていく。秒速数百メートルで進む爆発は協会の入り口に到達。チョコレートを割るかのように入り口のあった壁を吹き飛ばした。
 アンドロイドの残骸が転がる部屋をひとしきり火の粉まみれにして、ようやく炎の行進が止まった。非常用のスプリンクラーが作動するも焼け石に水状態である。
 コンピューター越しに発せられる、タニカワ教授の悲痛な叫びでプツリと止んだ。


4.夢見る機械

4.1 夕焼けの町

 なぜわらわがこんな場所を歩いているのかわからない。どこかの町の商店街らしい。ふと、空を見上げると夕日を直接見てしまい、目が眩んだ。
 左右に古めかしい店が並んでいる。街道は主婦と思われる人たちで賑わっている。手前には野菜が並べてある八百屋があり、その奥に緑の袋がたくさんおいてある茶屋があり、その次は団子屋。カルマポリスに見られる高層建築は一切いなかった。頭がおかしくなりそうだ。
 落ち着けるために深呼吸をしてみる。カレー、トンカツ、お茶......食堂がそばにあるらしい。ひどく疲れた、一休みするか。そう思ったときわらわは一文も持っていないことに気づいた。ポケットを漁ってもなにも出てきやしない。つまり、今のわらわは知らない土地でたった一人迷子になっている。途方にくれるわらわを小バカにするかのようなカラスが鳴き声が聞こえた。
 延々と続くかに見えた商店街を抜けた。境目は曖昧だったが、どうやら住宅地に突入したらしい。通行人が減り、道が閑散とした。家は石垣で囲ってあり、木造家屋が目立つ。一昔前の和国がこんな感じだったと社会かの授業で習った気がする。
 偶然すれ違った強面の男の子がわらわを見つめていた。なんじゃろうと、自分の体を確認してみる。
 ローファに白のワンピース。銀色の髪の毛のロングヘアー。先端がちょっとカールしているのは癖っ毛で、タニカワに確認しても違和感はなかったと言われた。腕を変形させ、鏡をつくり覗いてみてもやはり異常はない。
 っと、ここまで来て思い出した。そうだ、タニカワに連絡すればいいんだ。あやつならこんな異常事態でも冷静な口調でわらわに指示を出してくれるに違いない。そうとわかればすぐ行動だ。


 「タニカワに連絡! おい、通じているのなら返事をしろ! うたた寝は許さんぞ......出ないか......」


 だろうとは思ってた。先程の少年が見てはいけないものを見てしまったかのように顔をそらした。まあ、一人で道端で叫んだら変人扱いされるのは道理というものだ。そうだ、と少年に声をかけた。


 「すまん、そこの少年」

 「ヒッ! はっはいなんでしょう!?」

 「お、いい声してるのぉ。とりあえず、今はいつじゃ」


 彼は驚いて縮こまりながら日付を呟いた。日付は間違いなく今日だった。声楽部でも入っているのだろうか。やたらと澄んだ声だった。顔面とのギャップが激しすぎる。


 「ではここはどこじゃ」

 「業町三丁目だけど」


 藍色の短パンに水色のシャツの少年は、この女の子はなんでこんな訳のわからないことを聞いてくるのかな、といった様子だ。


 「ゴウマチサンチョウメ? そうか、本格的に困ったのぉ。カルマポリスという町を探しているんじゃが」

 「ごめん。残念だけどその町は知らないな。っていうことは君、迷子?」

 「ああ。そうか、それで声をかけるのを渋ってたわけじゃな? 迷子って確信を持てずに。ところでお主、名前は?」

 「カサキヤマ」


 わらわの推測がただしかったのか、少年は顔を赤くして目をそらした。そのせいで名前がよく聞き取れなかった。


 「えっとすまん、ササキヤマ? カアキヤマ?」

 「カサキヤマデス」


 少年の声が裏返った。裏返っても美声だった。外見ににつかわず繊細な声と......


 「......ちょっと待て、お主。どこかで見たような......?!」

 「どうしたのお姉ちゃん?」

 「お主、たぶん音楽好きか?」

 「うん。大好きだけど?」

 「続けた方がいいぞ。わらわ、一人のファンとして応援するから」


 ぱぁ、っとカサキヤマ少年の顔が明るくなった。


 「おねえちゃん、もしかしてコンサート見て......僕のファンになったの?!」

 「そうそう! 思い出した! サインくれんかのぉ」

 「いいよ! 書いたげる!」

 「んじゃあ、この色紙に頼む」


 わらわはポケットからサイン色紙を取り出すフリをして、体の一部を板状に変形させ切り離した。それをカサキヤマ少年に渡す。
 少年が言ったのは恐らくチャイルドコンサートのことだろう。実際にセレアが見たのはテレビ放送されていたコンサートで、プロたちが続々と登場するようなすさまじい、コンサートである。そして、そこに立っていたのはカサキヤマ少年ではない。繊細な歌詞と歌声で人々を魅了するアーティストだ。


 「ほわぉぉぉ! サインじゃあああ! こんなところでカサキヤマのサインをもらえるとは!?」


 意味もなく空中で三回転してから、カサキヤマに微笑んだ。


 「おねえちゃん喜んでくれてありがとう! サインなんてしたのはじめてだから緊張した」

 「ああ。たぶんこれからもっとたくさん書くことになるじゃろうな! そうなってもわらわのこと覚えていてくれると嬉しいのぉ」

 「あ、もう家に帰らなきゃ! おねえちゃん、ありがとう!」

 「おう! これからも応援しておるぞぉ!」


 わらわはカサキヤマが見えなくなるまで手を振り続けた。
 ふう、と一息ついて、わらわは複雑な思いでそのサインを見る。はじめてにしては異様なほど洗礼されているサインだ。
 カサキヤマは記憶が正しければ一年前に亡くなったアーティストだったはずだ。それがなぜ、こんなところで子供の姿になって存在していたのか。異常すぎてあっさりと対応してサインまでもらってしまったが、これは相当不味いことになっている気がする。わらわの推測が正しければ、わらわは恐らく......。
 いやいや、と首を振った。そんなはずはない。
 っていうか、そもそもわらわはなぜこんなところにいる。わらわはここに来る直前なにをしていた? 思い出せない。数週間の記憶が飛んでいる。とりあえず、思い出したのはタニカワ教授と連絡をとっていたことだけだ。
 その日は結局なにも手がかりを得ることなく終わった。アルファであるわらわは食事をせずともとりあえず寝れば(メンテナンスとも言う)永遠に活動できる。高度1000メートル位で待機すれば誰にも迷惑はかかるまい。ここまで来ると殆どチリが飛んでこないので、空気が綺麗なのだ。これ以上の高度も行くことが出来るが、酸素と言う推進力がなくなり、すんごく疲れるため止めておく。


 「夜空に星はなし。わらわの行く末を示しているのか? いや何を弱気になっているきっとタニカワ教授も頑張っておるのだ。明日こそは......」



 放浪生活二日目。朝起きたら夕日だった。どうやら青い空と言うものはこの世界に存在しないらしい。店の店員や道行く人にカルマポリスに戻る方法を聞くが、いっこうに手がかりはつかめない。
 それならばと空を飛び探索を行った。住宅地が続き、やがて田園の緑色に視界が染まり、それでもずぅっと飛んでいくと海に出た。どうやら、この世界に大陸と呼べるものは先程いた島だけらしく、その先は地平線の果てまで何もなかった。ただただ、夕日に照らされ黒ずんだ海だけである。
 さらに空を飛び続けると、ようやく島が見えてきた。島を空から様子を偵察するととうもおかしい。田園風景、村、町......どこかで見たような気がする。着陸して確認すると、そこは先程までいた島と全く同じだった。つまり、島の右端からずぅっと飛んでいくと島の左端に出てくる。ループしているのだ。
 何度目かのため息をついてから、偶然見つけた川辺に腰かけた。家を失った者共の集落がそこかしこにあるが気にする気力はない。


 「今日も収穫なし。......はぁ、孤独じゃ。タニカワでも誰でもいい。知っている人の声を聞きたい」


4.2 放浪生活

 放浪生活三日目。
 見る場所見る場所知らない場所。帰る場所はなく居場所もない。宛もなく、ただただ道行く人にこの空間の出口を聞く。
 今日もまた別の町に立ち寄る。塩の香りと生魚の生臭い臭いがする。風は湿気と砂と塩を帯びており、あまり心地よくない。店がほとんど海鮮丼か寿司だった。その他には屋台が少々。寿司寿司どんぶり......和国で聞いたことがあるが実際に見たのははじめてだった。奥に進むにつれてどんどんその傾向は強くなり最終的には漁場に出た。少し大きめの建物があったので入ってみると、そこら中に白い箱がおいてあり、氷と一緒に魚が納められていた。その前で景気のいいおじさんが商売文句をうたい魚を売りさばいている。銀色の魚が旬だとかで高値がついていた。少なくともわらわはこんな値段で魚は買わんな、と思った。......思ったら、頭をギラギラさせたおじいちゃんが落札してた。ようわからん。
 その後、一通り町を回って聞き込みをするも成果なし。
 人に奇異の目で見られるのも飽きてきた。


 「この生活はいつまで続くんじゃ......。じゃが、少なくともこの町にいる限り差別は受けないし、国からの圧力もない。この町に住むのも悪くないきがするのぉ」


 昨日見つけた川辺で時間を潰してから寝る。



 放浪生活四日目。
 進展なし。しばらく聞き込みを続け、休憩がてら川辺でぼーっとタニカワのことを考えていたら一日経ってた。



 そして......放浪五日目。
 大分放浪生活にもなれてきた。だんだんわらわのことが町で噂になってきたようだ。わらわが聞く前から「ごめんね、私もしらないの」とすれ違った人が返すようになってきた。効率はあがったがそれでどうにかなるものでもない。
 いつもの川の縁でホームレスと一緒にぼーっと空を眺める。空は相変わらず夕焼け色だ。
 空を見つめていると自分がちっぽけに思えてくる。そして、だんだんともとの世界に戻ろうという気力が失われる。ここにいる人たちは少なくともカルマポリスにすんでいる人たちに比べてのんびりしていた。近所の人たちと助け合い、ほのぼの生きている。そんな印象を受けた。引きこもりが増加しつつあるカルマポリスとは偉い差である。わらわは一人でぶつぶつと喋り始めた。もう、人の目は気にならなくなっていた。


 「ここにすんでしまおうか。精神的ショックのために、ありもしないカルマポリスという町を故郷と思い込んでしまい、路頭に迷ったあわれな女の子......こう考えるとこの世界が異常なのではなく、わらわが異常に思えてくるな......」


 深いため息をついて前を向いた。対岸になにかが見える。人影のようだ。よく目を凝らしてみる。

 「猫耳かぁ。珍しいのぉ。無表情で川底を覗くとはよほどの変人か暇人じゃのぉ。はて、あの顔どこかで......はぁ!?」


 思うよりも先に体が動いていたらしい。気づいたら川の上空を跳んでいた。そして、猫耳の目の前でビタリと着地。両手をあげてアピール。


 「......十点満点」


 呟いてゆっくりと顔をあげたのは、間違いなくわらわの知っているスミレだった。


 「久しぶり」

 「ひさし......うぇぇぇん!」


 言い切る前に嗚咽と、涙に遮られてしまう。安心して足の力が抜けて、地面に座り込んだ......つもりだった。座ったはずの地面の感触がなかった。そのまま視界が空を捉えたと思えば急に歪み、背中に冷たい感触が。その感触がさらに全身に浸透していく。慌ててわらわは水面に手を伸ばした。
 暖かく、柔らかい手が、わらわの手を包み込んだ。


 「セレア......ドジで死ぬ......完」

 「勝手に殺すな!」


 二人で再開を喜んだ。


 「よくわらわがここに来るとわかったのぉ!」


 わらわの質問にたいしてスミレはものすごい早口で答えた。


 「道行く人にカルマポリスという架空の町の所在を聞くとされており、ジャンプだけで数百メートル空を飛ぶ、頭の壊れたかわいそうな美少女が、川辺でよく座っているという噂を聞いた」

 「......聞かなきゃよかったのじゃ」


4.3 友達との再開

 川辺に腰かけて、深呼吸した。川はきれいで水底まで見える。藻がゆらゆらしている他、銀色の小魚が泳いでいるが名前はわからない。水の流れる音は限りなく静かで、ひとつ難点をあげるとすればホームレスの生活音だろうか。


 「まさか、こんなところでスミレに会うとはのぉ。お主本物か?」

 「この前の授業でセレアがタニカワ教授の教科書を借りて、顔を赤くして戻ってきたことを知っている程度には本物」

 「はっっっずかしい例え持ってきたのぉ! まあ、こういう毒がある言動からしてそなたじゃな」


 スミレはとなりで、緩慢な動作でカニを指差して口をぽっかり開けた。姿勢がいいだけに余計シュールだ。わらわはこのカニの名前をしらない。が、タニカワがいたらきっと解説してくれるに違いない。


 「お主はどうやってここに来たのじゃ?」


 わらわの問いに、教室で無駄話するときと同じノリでスミレが答えた。


 「いつのまにか」

 「そうか。ここはいいのぉ。カルマポリスと違ってみんなのびのび生きている。時そのものがゆっくりと流れているようじゃ。公園に行けば子供が遊んでいるし、山に行けば動物もいる。下手に開拓してないお陰で自然のままの場所も多い。死んだように下を向いているスーツ姿の男どももいない。それにみな親切じゃ」

 「そう」

 「正直、このまますんでもよいかと思っとる」


 静かにスミレがうなずいた。そして突如、川の中程を向いて猫耳をピンと伸ばした。魚の跳ねる音がしたらしい。川の光が反射してキラキラ光る眼の先に、かなり大きめの魚が泳いでいた。塩焼きにしたらおいしそう。スミレの他にタニカワでも誘って今度寿司屋にいくか。


 「......ついていっても?」

 「もちろんじゃ!」

 「ありがとう」


 わらわは、わしゅわしゅとスミレの頭を撫でた。スミレがくすぐったそうに身悶えしたあと、ゆっくりと体を預けて来た。
 しばらくそのままそうしていたが、なにかを思い出したかのようにボソボソとスミレが呟いた。


 「ついていく上で、あなたにひとつ質問がある」

 「なんじゃ?」

 「過去。正体。隠し事」

 「そうかぁ、そう来たかのぉ~。まあ、どのみち明かす気でいたからいいじゃろう」


 わらわは手短にあった石を投げた。三回ほど跳ねて底に沈んだ。
 「明かす気でいた」、自分で言っておいてひどく腑に落ちない。何か思い出せそうな気がする。タニカワ教授とその件で面談したような。そもそもどうしてその話題が出たのか? そうだ、ガーナ元国王に意地を張ったからだ。じゃあ、元国王がカルマポリスに来た理由は......。


 「カルマポリスにはエアリスという兵器があってのぉ。とにかくめっちゃ強い。しかし、弱点があっての。エアリスの原動力は呪詛なんじゃが、とにかく燃費が悪いんじゃ。ワースシンボルのエネルギーをもってしても今の段階では同時に三機しか動かせぬ」


 近々戦った三機のエアリスが頭に思い浮かんだ。なぜわらわは教会なぞであやつらと戦っている。そうじゃ、ワースシンボルに異常があって、それをタニカワ教授と一緒に......。


 「それをどうにかして別の場所で動かそうと頑張った宗教団体があった。やつらはワースシンボルの代わりに、とんでもないものを原動力としてわらわを起動した。それはこの世にさ迷える幼子の魂じゃ。魂のエネルギー=呪詛じゃから、呪詛で動くエアリスにはもってこいじゃ。ひとつの部屋に何万というさまよえる魂を召喚し、閉じ込め、そのエネルギーでエアリスを動かした。が、魂たちは反逆してそのうち新品の一機を乗っ取った。それがわらわじゃ」

 「そう」

 「あれ、あんまり驚かんのな」

 「あなたはあなた」


 変わらず身を委ねてくれる友にわらわは深く感謝した。そして、スミレの感触からすべてを思い出した。


 「お主がそういう反応をしてくれて安心した。やはり、わらわは帰って皆にこの事実を言わねばならん。もう隠したくないんじゃ。これからも後ろめたい気持ちをずっと背負って生きていくなぞごめんじゃ。わらわは帰る。お主はどうする?」

 「それでも、ついていく」


 そのためにはワースシンボルの最深部に行き、お札を貼り、問題を解決せねばならない。それを通し、わらわは人を殺すために生まれた兵器ではなく、カルマポリスのことを思いやる一住民であることを示す! ようやく思い出せた。すべきこと、なすべきことを! そして何より、あの心配性の教師をこれ以上待たせてられん。


 「ま、帰りかたがわからない以上はどうにもならんけどな」

 「アッッッ!!!」

 「のじゃじゃ!? どうしたのじゃ!?」


 ばっとわらわの体からスミレが飛び退いた。よくみると表情筋をピクピクさせている。スミレは普段どんなことがあって顔に『は』感情を見せない。一大事だ。


 「体......透けてる」


 意味不明なことを呟かれ困惑した。何をいっているんだと顔を傾けたとき、視界の下であろうことか自分の下半身が消えかかっていた。まるで幽霊だ。


 「はぁ?! ハァァァ! わわわわわわわわらわが消えるぅ!」

 「あ......」

 「まっ......」


 お互いに言葉を言い終える間もなく、突如ブレーカーが落ちたかのように視界が真っ暗になった。



~後編に続く~

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