フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

私の好きな黒髪ロングについて語ってみる

 私はかなり黒髪ロングに傾倒している。黒髪ロングの鉛筆画ばかりを描き、買ってくる漫画も黒髪ロングが登場するものが多い。何よりこのブログの看板娘が黒髪ロング。
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 ふと思う。私は黒髪ロングの何に惹かれるのか。外見か、それとも性格?

 かわいい・クール・神々しいなどなど、外見としての黒髪ロングはそれだけで取っ掛かりには十分すぎるほどだ。

 しかし、自分が好きな特徴として挙げるにはいささか不十分だと思うことがある。

 黒髪ロングを特徴とするキャラクターや人が過ぎて、黒髪ロングだけで際立った特徴と言えるのか疑問を感じざるを得ないからだ。

 それでも私は黒髪ロングが好きだと言いたい。黒髪ロングのキャラや人が好きなのではなく、黒髪ロングそのものが好きだと言っていい。

 ではなぜそこまで黒髪ロングが好きなのか。最近になってその理由の一つにようやく気づいたので今から語りたい。

 私がとあるシンガーソングライターのライヴに行った時のことだ。彼女は客観的に見てもはっきりと美しいと判断できるであろう黒髪ロングを持っていた。

 綺麗に切り揃えられた前髪。胸元まで達する麗しい黒の束。なびく度に頭頂の光輪が煌めき、子供の髪の毛のように艶やかった。

 髪の毛の手入れに関してど素人の私ですら、十全の管理をしていなければああはならないと感じとることができるほどの黒髪だった。

 それを前にして、私が真に惹かれたのは、激しくなびく黒髪の背後から感じる、その努力、心情、メッセージ......などだった。

 黒髪が引き立てる生き生きとした動きであったり、その人の表情であったり人間性も含めた全体像。そこに私は強い魅力を感じた。その時、私は黒髪ロングのヴィジュアルだけではなく、その奥に潜むものにも期待を寄せていることに気づいた。

 今思えば絵においても、私が好きだと感じていたのは黒髪の内面性も含めたものだったように思える。黒髪ロングから発せられるその人物の性格や過去や想いであったり、作者の思いや情熱、拘り、メッセージ。そういった黒髪が内包している要素も全部引っくるめた黒髪ロングが好きだったのだ。

 私は黒髪ロングの何に惹かれるのか。その答えは内面性だ。たとえ見た目が劣る黒髪ロングでも、そこに人の想いが本物なら私は好きだときっと言う。

 だから私は黒髪ロングの絵柄の絵やイラストを何百と見ても飽きないのだろう。作者によって黒髪から伝えたい印象やメッセージは全て違うはずだからだ。

 美しい黒髪ロングの基準は一人一人の価値観や感性、感覚、受け取り方で変わる。

 その前提の上で、私にとっての『美しいと感じる黒髪ロング』の形のひとつとして、内側に秘めたメッセージや、背後に潜むドラマ、人間性、作者の気持ちが込められたものだと結論付けたい。

 そして、何らかの形でそういった『美しい黒髪ロング』というものを表現できるようになりたいと私は思う。

黒猫紳士と黒髪少女 ~仙人エイル 前編~ 短編小説

 「よく来てくれた。食事だ」
 様々な芋や豆の入ったスープが入った鍋を持つ女。凛々しいつり目だがその瞳孔は縦に伸びている。爪は人よりも何倍も大きく、足も大きな鱗におおわれ丸太のようにがっしりだ。頭には角、口からは牙がちらり。そして何よりも目を引くのが尻尾と翼だった。
 「綺麗な顔だなぁ」
 隣に座ってスプーンとフォークを握った黒髪の少女は屈託のない笑顔を女性に向けた。その様子に黒猫紳士も思わず頷く。
 「久しぶりに来た客にいきなり誉められちゃうなんて、わっちは運がいいねぇ。この姿を見ると大抵の人は怖がるんだけど。だって竜人だよ?」
 「先入観を持たないことがスピネルの長所なんだ」
 返答にクスリと笑いながら、女性は木製のテーブルの真ん中に鍋を置いた。そして、手慣れた仕草でスープを皿に注ぐ。山菜とスパイスが絶妙なバランスで混じりあった香りが鼻孔をくすぐる。
 「猫さま変な顔!」
 「私には口の中にも匂いを感じる所があるんだよ」
 よくよく考えると目を細めて口をぱっくり開ける様子は確かに滑稽なような気もした。猫紳士は急に恥ずかしくなり、思わずスピネルの視線から顔を逸らしてしまった。そんな様子を竜人は楽しそうに眺めている。
 「さ、暖かいうちに召し上がれ。黒猫紳士さんにスピネルちゃん!」
 「いただきます!......あ、ねこさま! 歯ごたえがあっておいしい!」
 「山菜も入ってるな。高地でもこんなにいいものが育つのか」
 もぐもぐとスープを咀嚼する三人。最初に口を開いたのは家主である竜人だった。
 「それにしても霧の山まで遠路はるばるよく来たねぇ。山を登るの大変だったでしょ。視界も足場も最悪だったでしょ?」
 「うん! 大変だったよ......ねこさまが」
 「うん?」
 「足腰が痛くなったの......ねこさまが」
 二人の問答にナプキンを締め直しながらため息をついた。実際、明確な登山道がなく、獰猛な野性動物がはびこる環境での山登りは困難を極めた。杖に仕込んだワイヤーがなければ断念していただろう。
 「私たちは二ヴル地方を目指している」
 「あれ? あんたら道逸れてない?」
 「ああ。ここに立ち寄ったのは個人的に一目竜人を見たかったからだ。文献で確認できる中で一番友好的そうだったのが、山の仙人エイル......つまり貴女だった」
 竜人エイルは手を組んで興味深げに微笑んだ。
 「ははーん、なるほど。察するに偶然この霧の山の近くを通りかかったときスピネルがあんたに駄々をこねたんだね?」
 「え!? なんでわかったの」
 「スピネルは顔に色々と出やすいからな」
 黒猫紳士たちがニヤニヤしているのが気に入らないのか、スピネルはそっぽを向いてしまった。首の動きを負うようにふわりと彼女の髪が舞い、スープに軽く触れてしまう。反射的に黒猫紳士はハンカチを取りだし毛先のスープをぬぐった。
 「クスクス! 君ら二人は話してても見てても飽きないなぁ。所で普段あんたらはどういう生活してるんだい? 趣味は?」
 黒猫紳士はスピネルに頷いて話を促した。
 「えっと、普段は色んな町の宿を借りて生活してるの。ねこさまと一緒に日雇いの仕事をしたりしながら。趣味は旅そのものかな? 行ったことのない場所にねこさまと一緒に行くっていうこと自体が、とても楽しいから」
 「スピネルに全部言われてしまったな」
 スピネルに微笑みかけられているのに気づき、紳士はそっと頭を撫でた。それを見ていたエイルが身を乗り出して頭を差し出してきた。困惑しながらも、その銀のショートヘアを撫でてやると満足そうに頭を引っ込めた。
 「いや、あんまりにもスピネルが気持ち良さそうだったからねぇ。......そうだ! ここに何日か泊まっていかないかい? 長いこと独り暮らしで結構寂しいんだよ。衣食住はわっちがどうにかするからさ」
 「いいのか?」
 自信満々、といった様子でエイルは大声で言った。
 「ああ。ここなら訳ありだろうがなんだろうが何泊でも大丈夫だ。あるのは山道に取って付けたように建てた家屋と畑だけ。回りには翼竜やら半鳥馬やら鉄蜥蜴やらがうじゃうじゃ。危険な上に金になるものは何もない。誰も来やしないよ」
 「やった! 野宿しなくて済む!!」
 「恩に着るぞ、仙人エイル」
 そんな二人に対してにんまりと口許を歪めてエイルは黒猫紳士を見つめた。
 「あー、ただひとつ条件があってね......」

 手袋越しに固く冷たい地面の触感が伝わってくる。黒猫紳士は両手を前について伸びをしていた。
 「本当にここでいいんだね? 逃げも隠れもできない山の山頂とはねぇ」
 「ああ。ここがいい」
 一方、夕日に照らされたエイルは尻尾を左右に叩きつけている。これからあの筋肉の塊のような尻尾や巨木のような足が襲いかかってくると思うと、黒猫紳士と言えど恐怖を感じざるを得なかった。
 少し離れた場所で見ているスピネルは、怖がりながらも興味津々といった様子だった。目配せするとスピネルはコクンと頷いた。
 「組手が娯楽とはな」
 「少ない食料、過酷な環境。弱き者は淘汰され、強者だけが生き残る弱肉強食の世界。霧の山はかつてそんな場所だった。今でこそある程度の作物が確保できるようになって改善はしたけど、風習として残っているんだ。挨拶がわりに殴り合うなんて日常茶飯事。楽しい場所だろう?」
 「死ぬことはないのか?」
 「何でそんなこと気にするんだい? 全力を尽くして戦った結果死ねれば本望だろう」
 視界の端でスピネルがなにか言いたげに口をパクパクさせていた。やはり、仙人エイルも例外ではなかったのだ。価値観が致命的にずれている。
 「さあ、あんたの持てる全ての力をかけてかかってきな」
 黒猫紳士はステッキを構え、静かに頷き相手の目を睨み付ける。喉奥から「ヴー」「ヴァー」という甲高い鳴き声が漏れ、全身の毛が逆立つ。そして、杖を振りかぶり勢いよく跳躍した。
 見越していたかのように、エイルの巨大な爪が黒猫紳士を引き裂かんと襲いかかってきた。ビリっとスーツの切れ端が宙を舞う。一瞬脳にハラワタをぶちまけるイメージがよぎる。エイルは全く手加減していない。当たれば、死ぬ。エイルの攻撃を猫の脚力で攻撃をかわしていく。が、突如エイルが視界から消えた。
 「ねこさま! 空!」
 反射的に後ろへ跳躍。直後、目の前で爆発が起きた。舞った砂煙に閃光見えた。突き出したステッキから強い衝撃が伝わってくる。続いて煙の中から飛び出してくる足技のラッシュ。防戦一方のまま体に傷が刻まれていく。敏捷性では勝っているが、力と間合いの差を覆せない。
 黒猫紳士は腹部に強い衝撃を感じた。同時に眼下の地面が消え去り空が見え、天を舞うエイルがサマーソルトキックかましてきた。
 「ギニャっ!?」
 そのままエイルは足踏みをするかのように連続で蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り! 蹴り! そしてとどめと言わんばかりに再びドロップキックしてきた。黒猫紳士は反射的に背骨を横に曲げて避ける。猫髭による絶対的な平衡感覚と戦闘前の準備運動が役に立った。
 だがその直後、視界が橙に包まれた。
 「ねこさまぁぁぁぁー!」
 閃光、浮遊感、爆音、熱気、悲鳴。
 「《剛焔気息》。とっておきの吐息だ。油断したな、ドラゴンが火ぃ吹かないわけないだろう」
 遠い昔の記憶と重なる。爆発。両腕を広げる自分。引き留める誰かの腕。杖。揺れるペンダント。そうだ、私は今ここで倒れるわけにはいかない。ニヴルへ。私の故郷のあったニヴル地方へたどり着き、罪を償うまでは!
 猫紳士は意識のなくなる寸前で杖をつき、持ちこたえた。
 「とっさに杖をバトンのみたいに回転させて、わっちの息吹を弱めたのか」
 地面がぐらついている。全身を業火に包まれているかのような痛みが続き、杖を握る手に感覚がない。眩んだ目で辛うじて捉えた敵は両翼を広げ私を見下している。敵は無傷。自分は満身創痍。奥の手だったスピネルの魔方陣も《剛焔気息》によって消し飛んだ。次の一撃で決めなければ敗北確定だろう。
 だが、黒猫紳士はそんな状況でもいつも通りニヤリと口を歪めた。
 「どうした、竜の力とはその程度か! 野良猫すら消し去れんとは、竜族も地に堕ちたな。ゲホッゲホ......」
 「負け惜しみか! わっちはともかく、竜属を貶めるような台詞は許せねぇ!」
 エイルが吐いてくる火炎弾が黒猫紳士に届くことはない。すべて杖で弾いたからだ。黒猫紳士は不敵な笑みを浮かべて挑発する。エイルはまんまと真っ正面から突っ込んできた。黒猫紳士は杖を前に突き出してワイヤーを射出。それをエイルの翼に引っ掛けた。バランスを崩したエイルは黒猫紳士の目の前で着地。
 「あ......ネズミに噛みつく猫」
 スピネルの気の抜けたような声が聞こえた。
 エイルが反応する前に黒猫紳士の牙は首の動脈近くに突き刺さっていた。自身の体が横になるように飛び上がりつつ敵の首筋へ噛みつく。そのまま柔術の要領で獲物を横転、牙をめり込ませ確実に止めを刺す。両手の爪と牙でガッチリ固定するため獲物は抜け出すことができない。猫が効率よく狩るために編み出した狩猟技術の応用。
 「動くなエイル。動けば私の牙が頸動脈に触れて死ぬ。油断したな、猫が牙を使わないはずがなかろう」
 「あんた、意外と根に持つタイプなんだねぇ。まあいいや。わっちの負けだ。煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」
 猫紳士はゆっくりと牙を引き抜いた。血液混じりのよだれがエイルの首に垂れる。
 「ヒュー......ヒュー......猫は反撃しない相手に無駄な追撃はしない。ただ静かに去るのみ。それが、猫の社会でのルールだ」
 黒猫紳士は笑顔でスピネルに手を振ろうとした。その時、地面が大きく傾いた。足に力を入れようとしたが、痺れたような感じがして力が入らない。手でバランスを取ろうとしたが動かない。
 「ス......ピ......ネル」
 夕日と共に、黒猫紳士は地へと沈んだ。

黒猫紳士と黒髪少女 ~幸福の蜜~ ショートショート

 だだっ広い草原にポツンとその国は存在していた。石造りの塀に囲まれており、出入りのための門すらない。黒猫紳士は壁に猫耳を当ててみたが内側からは物音ひとつせず、不気味な静寂が辺りを包んでいる。
 「ねこさま、これは何?」
 「ありとあらゆる快感を突き詰める国......という噂を聞いたことはあるが、詳しくはわからない。長いこと鎖国しているために内部について知るものがいないんだ」
 白いシャツと黒いスカッツを身に纏った少女の問いに、黒猫紳士は答える。その後も二人はしばらく町の外壁を歩き続け、ようやく人一人が通れそうな扉を見つけた。扉には錆びかけた表札がぶら下げられており、『○○国へようこそ』と彫られている。
 「スピネル、ここから内側に入れそうだぞ」
 「いいの? 勝手に入っちゃって。違法入国で捕まっちゃうかもよ」
 「その時は壁をよじ登って逃げるさ」
 黒猫紳士は余裕の笑みを浮かべながら腰にぶら下げた杖をちらつかせた。ワイヤー内蔵の仕掛け杖である。スピネルはそれでも不安げだったが、覚悟を決めた様子でドアノブを捻った。
 塀の内側に広がっていたのは荒れ果てた町だった。かつて丁寧に舗装されていたであろう道は見る影もなく、至るところに草木が生い茂っていた。建築物も原型こそとどめているものの、石壁に皹が入っていたり蔦で覆われていたりしており廃墟と化していた。しばらく探索して見つかったのは、役場と思われる場所に放置されていた劣化が激しく解読不能な研究資料の山だけ。奇跡的に読み取れたのは『この国の主食であるバナナを摂取した場合における幸福度について』と書かれたレポートの表紙のみだった。
 「またハズレ? 民家も全部泥棒に入られたあとで面白いものは何一つ残ってないし、どうする? もう帰る?」
 スピネルは飽き飽きとした様子でつややかな黒髪を揺した。この地方では各国の国交が殆どないためこういった国の亡骸が数多く点在しており、決して珍しいものではない。
 「いや、もうしばらく探索しよう。何か、臭いがするんだ。死臭とかそういうものではなくもっと人工的な臭いだ」
 臭気の元を辿っていくと、町の最奥に白くて平べったいドーム状の建造物が見えた。土壁と木の屋根がメインの町から、ドームはひどく浮いている。
 スピネルが何かに気づき、ドームの右端を指差した。
 「人がいる! 紫色のローブ!」
 今にも建物に入りそうだった。ここでチャンスを逃したら二度と機会が回ってこない気がした。黒猫紳士はスピネルを抱えると勢いよく駆ける。
 「おーい! そこの紫のローブの人!」
 大声で呼び掛けると気づいたようで、手を振ってくれた。黒猫紳士は紫ローブの前に到着するとスピネルを下ろした。相手はフードをはずして素顔を見せてくれた。全身に映えていると思われる黒毛に浅黒い肌。頭の毛が左右に別れており、側頭の毛が直立している。人間に近いとも遠いとも思えるその容貌は、チンパンジーだった。
 「本日は大変お日柄もよいなかようこそおいでくださったね、旅人のお方。私はこの国の管理人ボーノボ。ボーノボだよ。気軽にマネージャーボーノボとよんでね。国民の管理をしているからこの国から離れられなくて久しく人と話していなかったから、すごくワクワクしているよ!」
 黒猫紳士と同様にスピネルも一瞬硬直したが、持ち前の順応性ですぐさま対応する。
 「こんにちはマネージャーボーノボ。わたしの名前はスピネルです」
 「黒猫紳士です。よろしくお願いします」
 「結構、結構。では、早速私の町を案内しよう」
 ボーノボは白いドームの一点を毛深い指で押した。すると、ドームに人一人が通れる程度の穴が開かれた。
 「狭くて申し訳ないね。普段出入りするのは私だけだから」
 その他にも色々ボーノボは話しかけてきたが、二人の耳には入ってこなかった。内部の光景に圧倒されてしまった。ドームの天井には等間隔に小さい明かりがついていた。上だけ見れば星空みたいできれいだと思ったかもしれない。だが、そうはならなかった。足元の光景が原因である。床一面がガラスのタイルで、下は蛍光紫色の液体で満たされていた。そして、液体の中にはこの町の住民と思わしきチンパン人たちがやはり等間隔で浮いているのである。誰もが幸福そうに微笑んでいた。
 様々な町を見てきたがここまで壮絶な光景はスピネルはおろか、黒猫紳士にとってもはじめてだった。
 「これが私の誇り、この町の誇りなんだ」
 唖然としている二人に、ボーノボは楽しそうに一方的に語る。
 「我々の国は幸福を求めて突き進んできた。国の全員、誰もが最大の幸福を得られることを目標にしたんだ。それを解決するために性的幸福や薬物的幸福についての研究、時には外科的処置によって幸福を発生させる実験を行い、どうにか一生で感じる幸福の量と質を増やそうと努力した。すごい時間をかけて、いっぱい、いっぱい努力してきたんだ。すごいでしょう?」
 熱心に語りかけるボーノボ。狂気に思える内容だが、決して正気を失っているようには見えない。幸福を追い求めることが人生で最も優先すべきことだと、本気で信じ混んでいるのだ。恐らく、この下に眠っている住民たちも。
 「そしてついに、私たちはこの『幸福の液体』を作り出すことに成功したんだ。高濃度の特殊な魔力で満たしたこの液体は浸かると人生をまるごと夢の中で再現できる。一度入ってしまえば現実世界にいたいことに気づかず、そういった疑問すら浮かばない。夢の世界での経験はより幸福で満足できるように設定されているけど、当事者はそれに気づくこともない。そして、幸福な人生を終えると記憶を消去して、もう一度新たな人生を歩み直すんだ。計算上は日没までに平均百二十三回もの人生最大幸福を味わうことができるんだよ。液に入ったら心臓が止まっちゃうのが難点だけど、どのみち二度と起きないから気にならない。どう! すごいでしょう! この『幸福の液体』を世界に普及して、全人類を最大最高の幸福へと導くのが私の夢なんだ! それが済んだら私もこの中に浸かるつもりさ!」
 黒猫紳士は恐る恐るスピネルを見つめた。スピネルの瞳にも恐怖の色が浮かんでいたのを確認して、安堵する。
 ボーノボは黒猫紳士たちの反応を少しも気にせず、ガラス板のうち一枚に手をかけた。ガゴンッという鈍い音がドームに反響する。
 「肉体卒業いいよ! 君たちも死になよ!」
 ボーノボの言葉と同時に、床下の住民たちが一斉に目を開き手招きしてきた。みんなとても幸福そうな笑顔だ。黒猫紳士は恐怖に押し潰されそうになりつつもなんとか理性で堪え、この状況をどう切り抜けるかを考えた。
 「マネージャーボーノボ、私たちがこの液体に浸かっては他の国の人々にこの液体の素晴らしさを普及できなくなってしまいます。申し訳ながらお断り申し上げます」
 「嬉し......いけど、本当にいいのかい? 後悔しない? この液体に浸かれば一生分の幸福が一瞬で何度も得られるのに。私が嘘を言っているように見えるかい? 現実世界に生きてたって辛いことばかりだよ?」
 ボノーボが憐れみをもってスピネルに問いかけた。そこに悪意はない。価値観の差はあれど正真正銘善意の言葉である。
 スピネルは頭を横に振り、毅然とした態度でいい放った。
 「わたしは、生きて幸福を掴みたいの!」
 黒猫紳士たちはその後、一時間かけてボーノボを説得し白いドームの外に出してもらった。
 荒廃した町を歩きながらスピネルがポツリと呟いた。
 「ねこさま、あの液に入れば世界中の誰よりも幸せになれるのに、どうしてわたしは断ったのかな」
 「さあな。私にもわからん。ボノーボの言葉には説得力があった。思わず頷きたくなる魅力もあった。考え方のひとつとして、彼の言葉を否定することはできない。ただ、私は正直ほっとしたよ。君が、死ななくて」
 「そうね。やっぱりわたし、断って正解だったと思う。わたしが一緒に旅したいのは夢の中で作り上げた妄想のねこさまじゃなくて、今隣にいる本物のねこさまだから」
 スピネルは髪を書き上げてにこりと笑った。その笑みを見たとき、なぜか背筋がゾッとするような感覚に陥った。そうだ、ボノーボの言っていることが正しければ今現実世界にいるということが証明できない。もしかしたらあの『幸福の液体』に浸かってスピネルに微笑まれる夢を見ているだけなのかもしれない、と黒猫紳士は思い至った。
 黒猫紳士は何も言わず足を早める。今見ている光景が悪夢のような気がしてならなかった。