フールの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

ガルーダ再来 短編二次創作小説

『流転のグリマルシェ』の二次創作小説です。
原作とは一切関係ありません。

①原作を知らない人も読めるように書いています。
②『流転のグリマルシェ』5章のネタバレがあります。
③架空の設定やスキルが登場します。苦手な方はブラウザバック!

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 依頼内容を説明します。キリーク峡谷に再びガルーダが飛来しました。
 キリーク峡谷はロイス地方、イングニー地方に跨がる峡谷です。両地方を結ぶ交通の要である狭い一本道があります。ガルーダがこの道を占拠してしまったため、両地方への交通が断絶してしまいました。
 今回の目標はガルーダを討伐し、両地方への交通を回復させることです。
 ガルーダは巨大な鳥獣であり、常時風を身に纏っています。しかし、風の鎧を除けば他の攻撃手段は決定力に欠けるものばかりです。警戒を怠らなければ討伐するのは容易でしょう。
 他の冒険者たちと四人一組の冒険者グループ――フェルカを組み協力して依頼にあたってください。
 モンスターの横暴を許すわけには行きません。あなたの返答に期待しています。

1

 和服に狐面という奇妙な出で立ちの冒険者、コシュラは脳内で依頼内容を反復しつつ、刀についた粘液をぬぐった。
 辺りには誰もが思わず顔をしかめる嫌な匂いが充満している。さらにコシュラの目の前にはイモムシと言うにはあまりにも大きい、白色の虫の残骸が転がっていた。粘液が昼間の太陽に照らされキラキラ輝いている。
 しかし、そんな悪臭すら気にならぬほどコシュラは参っていた。体力は十分でも心は分厚い雲に覆われている。
 「覚悟してたとはいえ、今回のフェルカは雰囲気最悪だ......」
 愚痴をこぼすコシュラの横。黒いゴシックドレスを身に纏っている少女が、端正な顔をしかめて地面に向かって唸っている。
 「虫......虫はもうやめて。わたくしは名家お嬢様ですの! 令嬢ですのよ! ガルーダを誘き寄せる餌のためとはいえなんでこんな......うぇぇ......」
 コシュラが選んだ冒険者の一人。こう見えて目の前の敵を暴風の魔法で切り刻んだ魔法使いだ。
 どこかの金持ちの娘のようだがなぜこのような職についているかは謎だった。
 「アンタねぇ、冒険者に産まれも何もないの。アタシなんて不死鳥の生まれ変わりなのにこのざま」
 「平民に慰められても嬉しくないわ」
 「アタシは誇り高き不死鳥の生まれ変わりなの! 次平民ってアタシに言ったら殴るわよ?」
 そんな彼女に苛立ちげに声をかけている男。ピンクのショートヘアと唇に黒のタンクトップという一度見たら二度と忘れない奇抜なファッションをしている。
 本当に不死鳥の生まれ変わりなのどうかは知らないが、腕は確かなヒーラー(回復役)である。
 そんな二人から少し離れ、周囲を警戒している重装備の老人。敵を引き付ける技術に加え、フェルカ全体をバリアで覆う高等技術《ブリュンヒルド》の使い手だ。いれば全滅はまずありえないタンク(引き付け役)である。ただ、年齢のせいか性格が頑固で融通が効かない。
 「おい若造ども、どうでもいい無駄話はそれくらいにしろ。カルネワームの残骸は今も強烈な臭気を発している。いつ食事のためにガルーダが降りてきてもおかしくない」
 もちろん、コシュラも本当はこんなギスギスしたフェルカを組みたくはない。しかし、都合のいいタイミングで都合のいい冒険者が依頼を探しているなんてことは、まずない。
 「完全に孤立してしまったな。飲み会で端の席に座って終わるのを待っている感覚に近い......はぁ......」
 コシュラに人見知りという致命的な弱点があるように、ガルーダにも弱点はある。
 ガルーダは食事をする際は風の鎧を解く。不意打ちで翼にダメージを与えられれば、ガルーダは飛ぶことすら出来なくなる。
 コシュラは和服の袖から加工された油揚げを取りだし、かじった。豆腐のふんわりした味わいが口に広がり、ストレスがいくらか軽減された。
 「成功すればいいんだがなぁ......」
 その瞬間、突如暴風が一行を襲う。上空を見上げると巨大な影が見える。
 「ガルーダ! ガルーダですわ!」
 魔法使いの言葉で全員岩影に隠れた。
 とてつもなく大きい、エメラルド色の、四つの翼を持つ怪鳥。長い尾を美しくなびかせながら着地するその姿は、モンスターと言うにはあまりにも優雅だ。
 ガルーダは周囲を警戒した後、カルネワームをついばみ始めた。
 コシュラは呑気に食事をしているガルーダに慎重に近づく。ギリギリの所まで近づくと勢いよく跳躍し、翼の付け根に刀を突き刺そうとした。
 しかし、ガルーダは一瞬早く四翼で周囲の砂を巻き上げた。視界が砂で染まってしまう。
 「まさか! 読まれて......」
 コシュラは仲間と共に激風に巻き込まれる。空と地面とが交互に見えた後、背中に強烈な衝撃。
 「ごはっ」
 立ち上がろうとするコシュラをなおも止まぬ暴風が吹き飛ばさんと襲いかかる。ガルーダが風の鎧を再びまとったのだ。
 「こっちだ!」
 コシュラは嗄れた声に導かれ側にあった岩影に身を潜めた。三人とも想定外の事態に顔を青くしている。ピンク色の髪を乱しながら、ヒーラーが皆の声を代弁する。
 「これからアタシたちどうするの!?」
 「敵は今も周囲の岩を破壊してワシらの隠れ場所を減らしている」
 老人の言う通り、ガルーダは遮蔽物をしらみ潰しに吹き飛ばしていた。じっとしていてもいつかは見つかるだろう。
 「逃げましょう。全滅するよりはマシですわ!」
 魔法使いが叫んだそのとき、すさまじい破壊音が聞こえた。四人が恐る恐るその方向を向くと最悪の事態が起きていた。
 「あの鳥、同じ鳥のアタシと違って相当性格悪いわねぇ」
 町へ帰る唯一の道が岩に塞がれてしまったのだ。もはや戦う以外に生き残る道はない。
 「やるしかないか」
 一行は破壊を撒き散らす巨鳥の前へおどりでた。

2

 幸い事前情報の通りガルーダ決定打に欠けるらしいかった。強固な守りに加えヒーラーの支援を受けているタンクに対して攻めあぐねている。
 「アタシたちが時間を稼ぐ! 早く行って!」
 ヒーラーの言葉に従い、コシュラは突撃した。タンクが張ってくれたバリアがガルーダの風の鎧にぶつかり一瞬で砕け散る。だが、敵の懐に入ることは出来た。ブリュンヒルドはやはり心強い。
 ガルーダの巨体に刀を振る。しかし、切ったのは空のみ。ガルーダはすでに空高く舞い上がっていた。砂塵舞う暴風の中で正確に敵を切りつけるのは不可能に近い。
 「だが、これでいい、汝の気を一瞬でもこちらへ引ければ......」
 ガルーダそのまま急降下。着地で生じる風でコシュラは再び宙を舞った!
 地面に転がり動けなくなったコシュラが目にしたのは一方的な蹂躙。
 バリアが途切れたタイミングを見計らい、ガルーダは重装のタンクを掴んだ。さらに脚を大きく広げると、体を横にしてダイナミックに回転。勢いがついたところで地面に向かってぶん投げた。
 ボールのようにバウンドしたタンクを、風で巻き上げつつ重い蹴りを三発連発。止めに暴風を伴っての体当たり。
 「ゴハッ......」
 タンクは生々しい声を響かせながら、岩壁に叩きつけられ動かなくなった。
 「ジジイ! 今不死鳥の力で復活させ......」
 回復に回ろうとしたヒーラーも翼で宙に打ち上げられる。続いて、鋭い嘴を何回もその身に受けた。無防備な状態で落下していくヒーラーにガルーダの強烈な体当たりが炸裂。吹っ飛んだ先で立ち上がり三歩進んだ所で、地に伏せた。
 だが、ピンク髪の彼......いや彼女の努力は無駄ではなかった。
 「こい、化け物!」
 ヒーラーの手によって一瞬立ち上がった老人タンク。彼がガルーダの風から少女を庇う。最後の力すら使い果たし、ゆっくりと崩れ去るタンクの背後で、魔法使いは詠唱を終えていた。
 「......平民たちのお陰で間に合ったわ! これで止めですわ!《ロック》!」
 極限まで高められた魔力から放たれる必殺の魔法。空から降り注ぐ岩の群がガルーダを飲み込まんとする。コシュラの役目は陽動。魔法使いの魔法を当てることが真の目的だったのだ。
 ガルーダが苦手とする土属性の魔法。それも補助スキルによって三重に強化されたものである。ガルーダ程度なら一撃で勝負が決まる。
 「嘘! そんなの嘘! わたくしの魔法が!」
 だが、ガルーダに当たる寸前で岩の滝が真っ二つに割れ、横にそれてしまう。風のバリアによって弾かれてしまったのだ。魔法使いの顔が恐怖で歪んでいく。
 ガルーダは巨体に対して冗談のような早さ動いた。滑らかな動作で魔法使いを掴むと、空高く上っていく。頂点に達した所で地面へと急降下。大地へと激突する寸前で魔法使いを放した。空を風が切る音と共に、砂煙が舞う。
 砂煙のために魔法使いの様子が見えなかったのは逆に幸運だったかもしれない、とコシュラは思ってしまった。
 「あ、ありえん......私は悪夢でも見ているのか」
 逆光を受けたガルーダのシルエット。後光を浴びるその姿にコシュラは神々しさすら覚えた。影に染まった黒い体躯の内、瞳だけがギラギラと瞬いている。その眼に宿っているものを想像してゾッとした。直感してしまった。それは憎悪。冒険者そのものに対する憎悪。同族を殺された憎悪だ。それしか、考えられない。
 こいつは確実に勝つために万全の対策をしてきたのだ。私たちがガルーダをはめたのではない。奴が私たちをはめたのだ。
 ガルーダは体を大きく仰け反ると、雄叫びをあげた。お前に勝ち目はない、諦めろ。そう言っているかのようだった。それを聞いたコシュラは思わず震え上がる。額に着けた狐面がカタカタと音を立てた。
 「そうだ、当然だ。当然の結果だ。巨大で空を飛ぶ化け物に人が勝てるわけがない......」
 油揚げを食べようと袖に手をいれるが、手に力が入らずつかめなかった。どうしようもなくなり、眼前の敵から目を逸らした。そして――
 「......それでも、勝たねばならん。彼らは殆ど初対面な上、正直苦手なタイプだが......共に戦う仲間だ! 彼らを見捨て諦めるわけにはいかないのだ!」
 倒れた仲間を見て決意を新たにするのだった。

3

 攻防一体の風の鎧。これを乗り越えなければ勝機はない。必死に思考する。
 「そうだ、懐は無風だった!」
 風はガルーダの内側から外側へ向けて放たれている。背後を壁にすれば風の鎧で吹き飛ばされることはない。鎧の内側にさえ潜れれば勝機はある。タンクやヒーラー、魔法使いと違いコシュラは刀を使った近接戦の方が得意なのだから。
 コシュラは気絶寸前の体を無理矢理鼓舞して立ち上がる。そして、渓谷の絶壁を背にして刀を構えた。
 「ぜぇ......はぁ......かかってぇ......来い!」
 ガルーダはそれを一瞥すると豪風と共に空へと消えた。
 「くっ......勘の働く奴め......」
 コシュラが目を凝らすと、遠くで黒い影が弧を描いているのが見えた。遠目から見ても凄まじい速度で飛行していることは明らかだ。奴はこの一撃に全てをかけるつもりらしい。
 コシュラは覚悟を決め、刀を構え直す。
 ゆっくりと黒い影がこちらへと向かってくる。それはやがて翼を広げた鳥の輪郭を取り、急速に巨大化する!
 「《ストーム》!!」
 どこからかソプラノの透き通った声がした。魔法によって発動したもう一つの爆風がガルーダの鎧を解き、勢いを殺す。コシュラの目の前で、ガルーダは無様に体勢を崩した。
 驚愕に目を見開くガルーダとコシュラ。その視線の先にはピンクショートの男と黒衣装の少女がいた。
 「アタシは鳥は鳥でも、不死鳥の生まれ変わりなのよ。倒れた体を放置するなんてナンセンス!」
 「オホホホホ! 風の魔法で衝撃を和らげる、なんて単純なトリックに気づけないなんてあなた、鳥頭ですか?」
 墜落したガルーダに対して、コシュラは叫んだ。
 「思いしれ、これが仲間の力だ!」
 刀がガルーダの胴体にめり込む。引き抜くと、血潮が吹き出した。それでも、ガルーダはまだ闘志を失わない。最後の力でコシュラを掴もうと迫る。
 「《ブリュンヒルド》! ワシがいる限り、もう貴様の攻撃は通用しない!」
 コシュラは無防備なガルーダへ再び切り込んだ。聞いたこともないような大絶叫を響かせて、ガルーダは地面に横たわった。依頼達成。
 「さて......やるか」
 四人はガルーダの遺骸に手を合わせ黙祷。しばし沈黙の時間が流れる。そして、討伐の証として鶏冠を切り取った後、その場を後にした。
 歩き始めてからしばらくして、ヒーラーがボソリと言った。
 「そういえば、お嬢ちゃん。どさくさに紛れてアタシを『平民』って言わなかった?」
 「おい、今さらそんな......」
 止めようとしたコシュラにタンクが被せる。
 「鳥娘、お前こそよくもワシをジジイ扱いしやがったな!」
 「おい、いくらなんでも言い過ぎ......」
  魔法使いも愚痴を飛ばす。
 「ちょっと、お面お化け! あなた、さっきわたくしが痛め付けられてるの何もせず眺めてましたよねぇ!」
 魔法使いにどつかれて油揚げを地面に落としてしまった。そして、とうとうコシュラもキレた。
 「汝! 私を貶すのは構わんが油揚げを粗末にするのは許せん!」
 四人は喧嘩する。しかし、ガルーダと戦う前のギスギスした雰囲気は既になくなっていた。
 怒号はすぐに笑い声になり、苛立ちはいつの間にか消え去った。声が止む頃には全員がスカッとした表情になっていた。
 コシュラの心はもう曇っていない。あるのは晴れやかな青空だけだ。
 「さて、これからどうする? ワシはとりあえず鎧を脱いで腹ごしらえをしたい」
 「そうね、わたくしもお腹が空きましたの。お茶がしたいわ!......そういえばあなたがしょっちゅう食べているそれ、気になるわ」
 「ああ、これは油揚げと言うり食事処に着いたら振る舞おう。沢山持ち運んでいるのでな。庶民の味の底力、見せてやろう!」
 「じゃ、アタシいいところ知ってるから案内しようか。ここから近いところに町があるのよ。そこにある宿がさぁ~」
 今朝出会ったばかりの四人は、旧知の友人のように仲良く町へと向かっていくのであった。

少女人形館 ショートショート

 山奥にある館。
薄暗い廊下と各部屋には高級なカーペットが敷かれており、至るところに少女の人形が展示されている。
 人形のどれもが極上のものであり、生娘の息づかいが聞こえてきそうなほどであった。
 そこを訪れたのは黒髪の少女。桜の花飾りと桜柄のワンピースで着飾った彼女は、この館の人形たちと負けず劣らずの美少女であった。
 「素晴らしいコレクションね」
 感嘆の声に、彼女のとなりで執事風の老人が誇らしげにうなずく。
 「そうでしょう、そうでしょうとも。人形は全て一級品を取り揃えております。世界を回ってもこれに匹敵する人形館は存在しないでしょう」
 老執事風の男が館を案内し、まるで生きているような少女の人形について解説する。
 「彼女をご覧ください。アメリカ産160センチ。鼻が高く整った顔を金のブロンドが彩ります。ポイントは艶かしき肢体と豊満なボディ。特に胸から腰にかけてのラインが魅力的です。元グラビアアイドルでごさいます」
 「お次はイギリス産152センチ。鮮やかな茶髪にあどけなさが残る天使の笑み。数々の美女コンテストで優勝しております。汚れを知らぬ清らかな微笑は多くの人々に眠る母性を目覚めさせてきたことでしょう」
 老人は次から次へと少女人形を解説しつつ洋館を案内する。ひとしきり館を回ったあと、老人は最後に地下室へ案内した。殺風景な部屋の中央に薔薇の棺桶が置かれている。老人は棺の前に立つといとおしそうに撫でた。
 「この棺を使えば永遠の美を得ることが出来るのです。あなた様もそのつもりで来たのでしょう?『散る桜 残る桜も 散る桜』。美しく咲いている桜でもいつか必ず散るものであります。ですが、この棺に入ればその美は永遠のものとなるのです」
 少女は淑やかな微笑みを浮かべて質問する。
 「痛くないの」
 「痛みはありません。それどころか一種の快感を伴うとされております。また、入る前にはこちらの強力な睡眠薬を服用して頂くため恐怖を感じることもありません」
 「しっかりと保管しているんでしょうね」
 「見ての通り数百年に渡って最良の保存状態を保ち続けています。さらに日に三度の手入れと厳重な警備によって、盗難はおろか、ささやかな損傷すら起きたことはありません」
 「本当に?」
 「それはこの館に安置されている少女人形たちを見ていただければ一目瞭然でしょう。下劣な男どもによって消費されることなく純然たる美の体現者となった彼女たちを」
 「わかった」
 そう言って少女は棺に手をかけた。
 「そうでしょう、そうでしょうとも」
 老人が至福の笑みを浮かべながら棺を開いた。その瞬間、少女は男を押し込めた。しばらくの間棺の中から叫び声と叩く音が聞こえていたが、やがて小さな断末魔をあげて沈黙した。
 ゆっくりと薔薇の棺が開くと、中で少女のように無垢な表情をした老人が眠っていた。
 「『散ればこそ いとど桜はめでたけれ』桜は散るからこそ美しいのよ。儚さに趣がある。永遠に咲く桜なんかヘドが出るわ」
 少女は艶やかに髪をなびかせながら、人形となった老人を棺にぶち当てた。人形から吹き出した鮮血と共に、薔薇の花弁が無惨に舞い散る。彼女は棺の原型がなくなるまで何度も何度も人形で叩きのめした。
 棺が壊れたためか館の人形たちが砂塵となって消えていく。その中を悠々と桜の少女は帰っていくのであった。

黒猫紳士と黒髪少女 ~水の都ヴェール 後編~ 短編小説

 3


 寄生生物が永遠の眠りにつく中、なぜか黒猫紳士も粘液に捉えられていた。化け物たちとは違ってすぐに意識を失うことはなかったが、足が固定されてしまい動けなくなってしまった。この状態が続けば紳士は生きてここ出られなくなることは目に見えている。
 続いて奥の部屋から薄い膜に覆われた球状の物体が飛行してきた。球の中心にはくの字に折れ曲がった紫色の物体が浮いている。最初の一匹を境にいくつもいくつも奥から飛んできた。
 「あれはまさかヴェーレンスさまの防衛器官か!? 本気で黒猫紳士を殺しにかかっている!」
 ウェルダは動けない猫紳士に球体が近づかないようにトライデントを振るう。黒猫紳士はへばりついた球体に両手を拘束されて動くことが出来なくなっていた。絶体絶命の状況の中、紳士は妙に落ち着いていた。
 「スピネルの言葉で謎が解けた。ヴェーレンスさまは私に『悠久の貝殻』を奪われないように飲み込んで守った。さらに、あえて弱っているフリをしつつ、『悠久の貝殻』を餌に私をここへ誘き寄せたのだ。確実に殺すために」
 「じゃあなんだ? あんたが『海人魔』の封印を解こうとしていると勘違いされたってことか!?」
 地面に描かれた魔方陣が光輝き、防衛器官たちの動きが止まった。スピネルの封印術だった。
 ウェルダがその隙に黒猫紳士を粘液から引き抜こうとする。
 「結界が粘液で......あぁ......。数分もすれば動き出す!」
 「二人とも私を置いて逃げろ! 例えこの空間から逃げたとしても、食道で粘液に捕まる」
 「レアが送り出して、俺の命と『悠久の貝殻』を救おうと危険を省みずやってきた旅人を裏切るわけにはいかない!」
 槍で粘液をこそぎとると黒猫紳士を背負い、走る。出口のあった場所へたどり着いたがやはり出口は完全に塞がっていた。
 「開けろ......てください! 開けてください海神ヴェーレンスさま! ヴェーレンスさま! ヴェーレンスさまぁぁぁ!!」
 「動き出した!」
 奥から途方もない数の防衛器官が迫ってくる。ウェルダは悲鳴にも似た声でヴェーレンスさまに懇願し続けながら槍を構えた。もはや百以上はいる球体を睨む。
 まさに激突する寸前、何かが割り込んだ。
 「ダメぇぇぇぇぇ!」
 ウェルダは呆気にとられた。割り込んできたのは丸腰で、何の策も持たないスピネルだった。
 「止めてくれ! スピネル! ヴェーレンスさま!」
 防衛器官はスピネルをあっけなく飲み込んでしまった。
 黒猫紳士はウェルダの背から跳んだ。そのまま、スピネルの元へ着地。自分のからだが粘液と器官に飲み込まれるのを無視し、スピネルの手を握りウェルダへと放り投げた。ウェルダが辛うじてスピネルをキャッチする。
 「ウェルダ......その子を......頼......む......」


 4


 「ウェルダ、私は助かったのか」
 「ねこさま! ねこさま......よかった」
 黒猫紳士の足にスピネルが抱きつき泣き喚く。
 「ちょ、バランス! それ以上は倒れる! 気持ちはわかるけど本当にやめて!」
 ウェルダが必死に叫んだ。紳士を背負っているのだ。スピネルはペコリと頭を下げて一歩離れた。
 深呼吸したあとウェルダは説明する。
 「あのあと防衛器官や粘液があんたを解放したんだ。きっとヴェーレンスさまはあんたを認めたんだ」
 「ヴェーレンスさまは間違っていない。私の正体は......」
 「あんたが何者であろうと、俺はあんたのことを信じてる。スピネルを、俺たちを思う気持ちに嘘偽りがないことは充分わかったからな」
 スピネルはようやく泣き止んだらしい。腫れた目を拭うと笑顔になった。
 「ありがとう、ウェルダさん」
 「こちらこそ。さ、スピネル。空気アメを舐めるんだ。もうすぐ出口だ」
 三人はヴェーレンスさまの口から脱出した。無事に地上へたどり着くと真っ先にウェルダがレアに抱きつかれた。気まずそうに黒猫紳士はウェルダから降りると、スピネルに肩を貸してもらった。
 人々の祝福を受けながら四人は診療所へと移動。国王含め人々は伝説の再来だとか今年の祭りはより盛大なものにしようだとか色々言っていたが、黒猫紳士の表情は暗い。
 診療所の一室にレアとウェルダを招いた。窓から入ってくる光に白いベッドと淡い水色の壁が照らされている。そんな部屋を黒猫紳士は名残惜しそうに見渡す。
 「ウェルダ殿、レア殿、今話したことを国王を始めみんなに伝えてほしい。今回の騒動は全て私が引き起こしたものだったと」
 「あんたは俺を助けた。これは事実じゃないか。それにヴェーレンスさまの思い込みが今回の真の原因だろ? 明日は祭りで、主役はあんたたち。誰も反対しないはずだ!」
 「私はもっと二人にこの町を楽しんでもらいたい。知ってもらいたい。まだ、神殿にすら行ってないのに......」
 渋る二人にスピネルは優しく微笑んだ。
 「二人とも本当にありがとう。わたしたちは、あなたたちを始めこの国の暖かい人たちに出会えただけで、とても幸せなの。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで。わたしは笑っている二人の方が好きだから」
 レアとウェルダは目に涙を浮かべながら笑った。ひきつった笑顔だったが、黒猫紳士とスピネルには充分すぎる報酬だった。
 その夜、レアとヴェルダが国王に報告したのを確認した後、祭りの準備をしている間を駆ける。宿をキャンセルして荷物を引き取ると黒猫紳士とスピネルは町をこっそり抜けた。帰り際、ヴェーレンスさまがこっそり湖上に浮かび二人に頭を下げた。国境代わりの洞窟を抜けると、暗い草原がどこまでも広がっていた。
 「大丈夫? すごく、辛そう」
 紳士は答えず歩みを進める。スーツに一切の綻びはなく、背筋もピンと延びているが手足が小刻みに震えている。心なしか息も荒い。
 「うぐっ」
 草原の風が撫でたとき、突如猫紳士が膝をついた。あわててキャリーバッグを持ったスピネルが駆け寄る。
 「無理しないで」
 「痛っ、ここらで野宿するか......」
 紳士は顔をしかめて唇を噛む。彼の痛みが修まるのを待っている間、スピネルはキャンプをするのに適切な場所がないか辺りを見回した。すると、すぐ近くに緋色の連なりが見えた。進むのに夢中で後ろを振り向かなかったため気づかなかったのだ。
 「あれは......もしかして!」
 「ヴェールの民は並外れてお節介らしい。完敗だ」
 遠くからヴェール王の声が聞こえる。
 「戻ってこい! 例え何者であろうと我が国は君たちを歓迎する!」
 二人は顔を見合わせて微笑むと、緋色の炎に向かって手を振った。