フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

黒猫紳士と黒髪少女 ~水の都ヴェール 中編~ 短編小説


 「あれです。あれが海神ヴェーレンスさまです。空気アメの調子は大丈夫ですか?」
 「問題なさそうだ。海神ヴェーレンスさま......巨大なシャチみたいだ」
 「おっきい! まるで山みたい」
 珊瑚や宝石で見事に装飾された巨大なシャチ......ヴェーレンスさまは湖底をグルグルと泳ぎ回っていた。優雅ではあるものの明らかに落ち着きがない。
 「いつもはとても温厚なのになぜ__」
 レアがそう呟いた瞬間、ヴェーレンスが突如こちらを向き大口を開けて向かってきた。紳士と少女は反射的に身を寄せあい目を瞑った。レアが気づいたときにはヴェーレンスは遥か遠くであった。
 「飲み込まれた......二人が、瞬きする間に」
 一方猫紳士とスピネルが目を開けると、そこにはピンク色の空間がそこにあった。壁も床も胎動しており、そこが生体の内側であることを示している。事前の情報通り空気で満たされていた。
 「うわわわわ」
 壮絶な光景にドン引きする少女を猫紳士はお姫様だっこし、ダッシュする。
 「手間が省けた。このまま進んで『悠久の貝殻』とレアの恋人を救出するぞ」
 ヴェーレンスの空間は広大で不思議と明るい。人が通るのを前提にしたような造りだった。粘膜が扉の代わりになっていたりと、色々と精神的にくるものがあったが。
 途中、ぶちぶちと嫌な音をが聞こえてきて紳士は立ち止まった。発生源を見ると、黒いヒトデやクラゲが壁に蠢いていた。どうやらヴェーレンスに寄生して肉を喰らっているいるらしい。
 「あの生物たちが騒動の原因か?」
 「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 早く倒して!」
 少女を下ろすと猫紳士はベルトからステッキを引き抜き捻る。出てきた引き金を引くと先端からワイヤーが射出された。ヒトデににワイヤーを引っ掻け、それを頼りに山猫のごとく壁をよじ登りヒトデに打撃を叩き込む。地面に叩きつけられ硬直しているヒトデをステッキで打つ。他のクラゲやらなんやらも順に打ちのめしていった。
 「ウェルダが心配ね」
 「先を急ごう」
 奥へ奥へと進んでいくと、一気に視界が開けた。まず見つけたのが、中央で孤軍奮闘している短髪のシャワ族の青年。その足元に暁色に輝く貝殻。周囲には大きな緑色の紐状の体を持つ海ミミズ。青年は肩で息をしており、相当消耗している。
 猫紳士は一気に跳躍し、背後から青年を狙ったミミズを踏みつけ着地。スピネルを下ろしステッキを構える。
 「よくここまで耐えた。助太刀するぞ」
 「見知らぬ人、感謝する」
 「礼は後だ。目の前の敵を倒すぞ」
 さすがに『悠久の貝殻』の護衛だけあってウェルダは強い。次から次へと迫り来る寄生生物たちを槍で凪ぎ払っていく。なびくヒレが軌跡を描く。紳士も負けじと海ミミズを叩く。ミミズの動きが鈍かったこともあり、数分もしないうちに海ミミズは鎮圧された。
 「ありがとう。俺の名前はウェルダ。あんたは黒猫紳士か?」
 「なぜ名前がわかった?」
 「だって、見たまんまじゃない」
 居心地が悪そうに頭の後ろを掻く猫紳士の横で、スピネルがプリッツスカートをたくしあげて頭を下げる。
 「わたしはスピネル。レアさんを始め、都の人たちの願いでここまで来たの。ところでその足は......」
 艶やかな青い肌が足首だけ濁っていた。ウェルダは顔をしかめる。
 「ああ。飲み込まれたときに捻ったみたいだ。正直歩くのも辛い。ヴェーレンスさまの粘液で海ミミズが弱っていなかったら危なかった」
 スピネルは黒猫紳士を見つめる。対して紳士は口に手を当てて難しい表情をする。
 「前にも言ったように三日に一度だけだが、使っていいんだな?」
 「お願い」
 「わかった。ウェルダ、少しじっとしていてくれ」
 紳士はウェルダの足に手を触れた。すると猫紳士の手袋から光が漏れ、足首の腫れがみるみる引いていった。
 「すごい、一瞬で治しやがった。疲労も軽くなった気がする。ありがとう、本当になんと感謝していいか」
 「では私はこれから海神ヴェーレンスさまに巣食っている生き物を倒そうと思っているんだが、ヴェルダ手伝ってくれないか?」
 スピネルが落ち着いて辺りを見回すと、壁のあちこちに毒々しいクラゲやらヒトデやらムカデが引っ付いているのが目に入った。そして見たのを後悔した様子で猫紳士の足に抱きついた。
 「いいのか? あいつらは俺らヴェールの民が倒さなければならないのに」
 「伝説の真似事をしたいだけだよ、私は__」
 「ねこさま、ウェルダさん! 早くあの気色悪いの全部倒して! 吐きそう!」
 残念そうにウェルダが呟く。
 「いつもこんな感じなのか?」
 黒猫紳士は目を剃らした。
 「......早く済ませよう。レアが待っている」
 猫紳士のステッキワイヤーで害魚を捉え、ウェルダの槍で刺す。単純な作業が続く。
 「海神ヴェーレンスさまの中はいつもこんなに化け物がいたり、血が出たり、穴が開いてたりするのか?」
 「いや、年に一回儀式で王様が護衛を連れて見に行くんだが、その護衛として毎年こんなかは入ってる。普段は表面が粘膜で守られていた。免疫って言うんだったか? まあとりあえず内壁を寄生生物が食うなんてもっての他さ。その前に粘膜にやられる」
 一息ついたウェルダが辺りを見回すと、いつの間にか部屋の中央に巨大な魔方陣が出来上がっていた。その端でスピネルが汗を拭っていた。
 「食えないことを理解しているから化け物はそもそも寄ってこない。それにヴェーレンスさまはむやみやたらに寄生する輩を体内にいれるような真似はしない」
 「ならなぜ粘膜が解けている上に化け物が入り込んでいるんだ?」
 「わからない。化け物に荒らされてる以外は正常なんだ。実はミミズと戦っているときも君たちが来るでの間、ヴェーレンスさまの粘液がミミズを弱らせていた。ヴェーレンスさまは粘膜を出せないわけじゃなかった。つまり、『あえて出さなかった』」
 「まさか......仮病」
 スピネルが呟いた瞬間だった。床が、壁が、天井が、粘膜に覆われた。壁にへばりついていたものたちが苦悶の声をあげて床に落下、粘液に絡めとられ動かなくなっていく。空中に浮いていたクラゲもその様子を感じ取ったのか口の方へと退散していく。
 「クッ......」
 「何で黒猫紳士が攻撃されるんだ!」
 「さっき来た出入り口が閉じちゃった!」

黒猫紳士と黒髪少女 ~水の都ヴェール 前編~ 短編小説

 「歴史書に『美しい』と書かれていたが......想像以上だ」
 湖を囲うようにしてそびえ立つ貝を模した建築物。珊瑚色で統一された町は太陽の光を反射して淡く輝いているように見える。地面を覆う白い砂も合間って、海底がそのまま地上へ移動したかのような奇妙な錯覚を覚える。
 この幻想的な町にすむ人々は淡いサファイア色のつややかな肌持つ。頭部には深海を彷彿とさせる青い髪の毛。両腕に熱帯魚のような鮮やかなヒレ。しなやかな手足には伸縮自在の水掻きがついている。人と魚の特徴を兼ね備えたこの種族をシャワと呼ぶ。彼らに水と地上の境はない。
 ここは水の都ヴェール。半人半魚が住む、世界一透き通った町。
 「ようこそいらっしゃいました旅人さま。私は案内人のレアです。スピネルさん、黒猫紳士さん、歓迎します!」
 「祭りがあると聞いて来てみれば、いやはやここまで綺麗な都だとは。しかもドレス姿の案内人まで。いや、ドレス風の水着か?」
 「ねこさま! 貝殻すごくきれい!」
 黒猫の顔を持つ紳士はシャワ族の女性、レアに会釈した。その隣で黒髪の少女が今しがたもらった貝殻を、太陽にかざしたりして色合いを楽しんでいた。湖の背景が合間って、まるで浜辺で遊んでいるかのように見える。
 「このヴェールでは祭りの前日に来た旅のお方、先着十名に限り暁色の貝殻をプレゼントするのです。これを持っていると祭りの前日と当日の二日間、町で様々なサービスを受けられるようになります。例えば......私のような案内役がついたりとかですね!」
 「この貝殻ね!」
 「その通りです、スピネルさん」
 貝殻を突きだして目を輝かせる少女を見て、微笑みながらレアは頷いた。
 猫紳士はその様子を微笑ましそうに眺めながら口を開く。
 「これは私が本で読んだことだが......その昔、『水人魔』と呼ばれる怪物に長い間ヴェールは苦しめられていらしい。ある時旅人が訪れてその『水人魔』を退治、『悠久の貝殻』に封印した。そのお陰でヴェールは平和に。ヴェールの人々はこの記念すべき日に旅人への感謝祭を開くようになった......どうかな、レア殿」
 「それにあやかって旅人をもてなすのがこの国の特色となったのです。旅人を大切にすれば奇跡が起こる、と。ちなみに今年で100周年です。黒猫紳士さん、物知りなんですね」
 「ねこさまは何でも知ってるの」
 ぽん、とスピネルの頭を撫でると紳士は辺りを見回した。あからさまに浮き立っている人々が多い。長槍を持った警備兵も頬を綻ばせている。
 スピネルに聞こえないようにレアは猫紳士に耳打ちする。腕のヒレが一緒にふわりと舞った。
 「したたかですね、あなた」
 「紳士だが、猫だからな」
 クスリとレアが笑った。
 「あっ、すごい見て! 湖! ねこさま!」
 スピネルに手を引かれて紳士が湖を覗く。ガラスのように透き通った水の下に、荘厳な海底都市が築かれていた。
 「色々なお魚と人が一緒に泳いでる! あ、海獅子始めて見た!」
 「地上に住む動物が人々と共に生活しているように、私たちは水生生物と共に生きているのです。小鳥に餌をやる感覚で小魚に餌をあげたり、家畜やペットを飼う感覚で魚を育てたりします。絵画や壁画にもシャワと魚は一緒に描かれているんですよ。あ、このあと神殿を見に行きませんか? 海底と地上にそれぞれひとつずつあるんです!」
 その言葉に少女が食いついた。
 「本物の『悠久の貝殻』も見れる?」
 「もちろん! 空気アメを舐めればその服装でも水中に潜れるようになりますよ。泳ぎが下手でもばっちりです」
 「便利だな。レア殿、是非案内して欲しい......ん、あの人だかりはなんだ?」
 三人は湖の縁に集まっていた人たちに声をかけた。そのうちの一人であるシャワの男が答える。
 「どうやら『悠久の貝殻』を海底神殿から地上の神殿に運ぶ途中、海神ヴェーレンスに飲み込まれてしまったらしい」
 その言葉を聞いた時から、レアの顔がみるみる蒼白になっていった。よほど慌てたようで猫紳士と少女をそっちのけで話を進めていく。
 「......!? 待ってください、運んでいた人はどうなりましたか!!」
 「ああ。運悪く一緒に飲み込まれた一人がいた」
 「まさか、『貝殻』をすぐそばで守っていた?」
 「よくわかったな」
 「名前は?」
 「確か......ウェルダと言ったな」
 「ウェルダは私の恋人なんです!」
 その周囲にいた人々が口々に話す。
 「助けなきゃあかん」
 「王と姫はすでにこちらへ向かっています」
 「ヴェーレンスさまの中に入って救出しなければ」
 「海神ヴェーレンスさまに過去入ったことがあるのは王族と一部の神官だけだぞ!?」
 「そもそもなぜヴェーレンスさまはあんなことを。太古からヴェールの心優しい守り神だろ?」
 「まさか、人魔がとりついたか?」
 「そういえば、この町に人魔を倒した勇敢なる旅人が来ていると聞いたが」
 「おお伝承通りじゃないかい」
 レアがはっと猫紳士を見た。皆の視線が一斉に猫紳士に集まる。人だかりの一番後ろ、猫紳士と少女から一番遠い場所で声がした。
 「黒猫紳士とルビネルだったか。そなたらだな。人魔を打ち倒したという旅人は」
 声を聞き、人々はあわてて左右に避け膝をついた。猫紳士と少女が見たのは、王冠とマントを身に付けたシャワ族だった。
 「もし、もし叶うのであれば『貝殻』の入手と飲み込まれてしまった国民の救出をお願いしたい。どちらも欠かすことのできない国の宝なのだ。相応の礼も約束しよう」
 紳士は一瞬少女を見た。少女はそれに気づき小さく頷く。
 「この黒猫紳士、王の頼みとあらば__」
 紳士は深々と礼をすると、
 「喜んでお引き受けしましょう」
 レアがありがとうございます、ありがとうございます、といつまでも感謝の言葉を述べていた。

ラーメンみちびき ショートショート

 暗くだだっ広い野原。そこにポツンとたたずむラーメンの屋台。店主はおおよそ五十過ぎに見える男。彼は一人でこの店を切り盛りしている。客からの評判はすこぶるいいがリピーターがいないのが店主の悩みだ。
 そんな屋台へビジネススーツを着た若い男がのれんを潜ってきた。
 「いらっしゃい」
 「どうも」
 店主がお冷やを差し出すと、受け取った男は一気に飲み干した。
 「ずいぶんとお疲れのようで」
 「いやぁ、道に迷ったあげくネットも電波も繋がらない。娘の学芸会へ行く途中だったんですがね。頭を強く打ったのか、頭痛がするし前後の記憶も曖昧で......。学芸会にはもう間に合わないだろうし、帰り道もわからない。歩き疲れて途方にくれていました。絶望しかけたところにこのラーメン店を見つけましてね。砂漠でオアシスを見つけた気分ですよ、ほんと」
 「ここへ来る人はみんな同じようなことを言いますよ。100年以上続く老舗なのに評判を聞いてきたって客は今までで一人もいねぇ」
 店主は景気よく笑うとメニュー表を差し出した。男は受けとると、驚きの声をあげた。
 「えっ、ずいぶんと安いんですね」
 「実はラーメン屋は副業で、俺には本業があるんですよ。そのツテでとある組織がスポンサーになってくれましてね。そのお陰で低価格が実現しました。......あー、お客さんは醤油ラーメンのねぎ山盛りメンマ抜きでよろしいですか?」
 男は目を見開いた。メニュー表と店主の顔を交互に見つめる。
 「えっ、......ええ。お願いします。何で俺の食べたいメニューがわかったんですか?」
 「長年の勘ですよ、勘。何千人っていう客を見てると、自然とその人その人が望むものがわかってくるんです」
 「そういうものなんですかね」
 「そういうものなんですよ」
 そう男が言い切ったときには、水切りされた麺がお椀に移されていた。
 「あれ? 早くないですか」
 「まあ、客が来るタイミングも何となくわかるんですよ。はい、一丁上がりぃ!」
 ネギが山ほど乗せられたラーメン。男はその香りを嗅ぐ。なぜか、目に涙が浮かんだ。遠い昔に忘れ去った記憶が臭いに誘われて脳裏によぎる。
 「ささ、召し上がれ」
 「いただきます」
 何てことはない、ただのラーメンだった。市販の麺と容易に手にはいる調味料。ネギもそこいらの店で手にはいるものだろう。ラーメン屋が出すにしてはあまりにも質素。しかし、男にとっては違った。
 「なんて美味しいんだ。これは、お袋が作ってくれたラーメンの味! 二度と食えないと思ってたのに......。お袋と会ったことがあるんですか?」
 「ええ。一度だけ。あなたと同じく道に迷ってこの店へ来たんです」
 男は母親について店主と話をしつつ、あっという間にラーメンを完食した。多すぎず、かといって少なすぎない絶妙な量だった。
 食い終わった男に店主は少し寂しげな表情で言った。
 「この店、リピーターがいないんですよね」
 「こんなに美味しいのに!?」
 「みんなそう言います。まあ、仕方のないこと何ですけどね。そうだ、お客さんはどこへいきたいんです?」
 「うーん、どうしても行きたい場所があったんですけど道を忘れちゃって」
 「んじゃ、その道を真っ直ぐ行けばその場所へたどり着けますよ」
 店主は屋台の外を指差した。そこには月光で照らされた一本道がまっすぐ延びていた。道の周りを蛍たちが舞っており、幻想的な美しさを醸し出していた。男はしばらくその道を眺めていたが、席から立ち上がった。根拠はないがこの道を進めば行くべき場所へ行けるような気がした。
 男は金を払い、店主にお辞儀した。
 「ありがとうございます。絶対にまた来ますよ」
 「みんなそう言いますよ」
 満面の笑みで男は去っていった。タイヤの跡がくっきりと刻まれた男の後頭部が、闇に消えた。
 店主は屋台の電灯を切る。月明かりが照らす中、店主は携帯通信機を取り出した。
 「迷える魂を一名、お見送りしました」
 「確認した。......それにしても、お前のやり方は相変わらず回りくどくて面倒だな」
 「いいじゃないですか。業績あがったんだから。黒いローブを被って鎌を振り回したり、死にそうな奴を付け回すのはやっぱ苦手です」
 「まあ、お前がそれでいいんならいいんだろうけどさ」
 今宵も生と死の狭間を屋台は行く。迷える魂への灯台として......。