フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

幻想妄想クリエイター 下 短編小説

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⬆の続きです!


 私は正気に戻り、オパニャからバッと離れた。右肩口に左手を押さえつけ痛みに耐える。肩の噛まれた部分が黒く変色している。わけがわからない。

 「君の......えっと......一番のファン」

 「まじにゃ? なるほど、最初から知ってたからアタシが見えたわけか」

 「美術館でいきなり迫られたときはどうしようかと思ったよ。ところで、何で私を守ってくれたんだ?」

 「バケモノに人が襲われてたら助けるのは当然のこと。あと、何となくだけどアンタを守らなきゃいけない気がしてにゃぁー。ま、結果的にアンタの命を救えたんだし結果オーライ!」

 そう言いながら、オパニャはコートから応急処置用の包帯を取り出して私の肩口に巻いてくれた。きつく巻かれているはずなのに、感覚がなくなってきた。その代わりだんだん全身が気だるくなってきた。

 「とりあえず、あの黒い木偶の坊はアタシが何とかするからさっさと逃げちゃって!」

 「ぐ......そうはいっても......体に力が入らない......」

 「じゃあ、せめて戦いに巻き込まれないようガンバにゃ!」

 ひまわりのような笑顔で突き放された。
 化け物が体勢を立て直すのが見えた。黒い剣を産み出し、オパニャと対峙した。オパニャのことを餌ではなく敵として認識したらしい。オパニャもすかさず構えをとる。肩幅ほど前足を出し、前4:後6の体重を乗せた所謂空手の組手での構えである。
 数十秒睨みあったあと、動き出したのは影の方だった。剣で切りつけようと間合いを詰めた。そこでオパニャはコートの内側に腕を入れ、胸から白い拳銃を引き抜いた。だが、カチリッという音がしただけで弾が発射されない。動揺したオパニャに剣が迫る。彼女はバックステップで一度はかわしたものの、追撃で軽く腹をえぐられた。切られた部分が黒く変色する。
 嵐のような攻撃によってオパニャのからだの切り傷が増えていく一方だ。そのうち全身真っ黒になるのではないか、と不安になる。

 「ニ゙ャッ! 痛っぅ!」

 漆黒の剣士が流れるように剣を振るう。オパニャは自前の爪で応戦するも、間合いの差で防戦一方だ。半分棒立ちのオパニャに荒ぶる竜巻がごとく剣が襲いかかる。対するオパニャはせいぜい20センチ程度の爪で戦わなければならない。そして何より大きいのが技術差だった。
 作中のオパニャの格闘センスは最高レベルだった。物語中盤でも並みの兵士程度だったら数人がかりでこられても一網打尽にするだけ強かった。だが、目の前のオパニャは構えこそそれっぽいものの、爪を使った攻撃は野生のソレだ。荒々しく、まったく洗練されていない。逆に敵は無駄な動きがほとんどない。素人から見ても実力差は歴然としている。

 「こんなに苦戦したの世界を救ったとき以来にゃ!」

 剣と爪がぶつかり合い火花が散る。まるで線香花火のようだ。剣の太刀筋がもはや光の線としてしかとらえられない。間違いなく達人である。対して、私がまばたきする度にオパニャの体に黒い傷が刻まれていく。白いコートが刻々と黒に変わっていく。決して浅くない傷だ。助けに入りたいが......

 「体がしびれて動けない。目の前で恩人が死にそうだってときにっ......」

 オパニャは普通の格闘戦で勝ち目がないと悟ったらしい。猫であることを生かし、街路樹に跳び移っては奇襲しようとした。だが、全く飛距離が伸びず、ずっこけてしまった。あ、と思ったときには彼女の無防備な背中に蹴りが入っていた。オパニャは塀にぶつかり痛々しい悲鳴をあげる。
 直後、ブチブチブチッ! という生々しい音が夜闇にこだました。

 「嘘......アタシ......」

 私は思わず両手で目を隠してしまった。指と指の狭間から一瞬だけ目の前の光景を確認し、目を瞑った。
 彼女の胸に深々と剣が突き刺さっていた。オパニャが......殺られた......。逃げなきゃ、私も殺される! あの怪物に顔を食われ、もがき苦しんだあげく体中の臓器を引きずり出され、死ぬのだ。怖い! しびれはとれた。逃げるなら今しかない。目を閉じたまま後ろを向き、一目散にこの悪夢を脱出しなければ!

 「いや、だめだ。ここで逃げてはだめだ。前に、出なきゃ......一歩踏み出さなきゃ」

 オパニャは初対面の人間を命がけで守ってくれた。どんなに追い詰められてもオパニャはいいわけをしたり、ごまかしたり、他人に責任を押し付けたり、逃げたりはしない。彼女は私の理想でありヒーローなんだ。
 何かが吹き出す音と共に包まれた肉の塊が倒れる音がした。
 目を開けろ、直視しろ! 私は決死の思いで見開いた。化け物が彼女に迫っている。オパニャは倒れたままだ。奴が剣を振り上げている! 待てぇぇ!

 「......?!」

 思うよりも先に体が動いていた。最後の力を振り絞って、私は化け物を突き飛ばした。体勢を崩した化け物が地面に倒れた。やった! 一矢報いた。社会に適応できない人間のクズである私が! 戦い慣れした剣士をぶっ飛ばした! だが、敵はすぐに立ち上がり私の首をつかみかかった。私はあらん限りの声を振り絞った。

 「オパニャ、君を待っている人たちがいるんでしょ! 頼むから立ってくれ! 君はそんなところで死んじゃいけないっ!」

 そのときだった。私の中から発せられた光の放流が空高く舞い上がったかと思うと、オパニャに向けて降り注いだ。燦々たる光を浴びたオパニャがゆっくりと立ち上がった。その胸部は真っ黒く変色している。
 光の正体もその意味もわからなかったがこれだけは事実だ、本来であれば動くことのできぬ致命傷なのにも関わらず、オパニャは動き出した。

 「......そう。アタシには! 冒険を通してわかりあえた......大切な仲間達がいる! 例えどんなに遠く離れていてもアタシは繋がりあっている!」

 一瞬だった。気づいた時にはオパニャの爪が深々と敵に突き刺さっていた。
 剣士はどうにか反撃しようと剣を振るう。そのすべてをオパニャはまるで踊るような動きで受け流していった。爪の残光がまるで星のように煌めく。すさまじい早さの攻防であるのに、オパニャは息ひとつ乱さず捌き、間合いをつめていく。たいして相手の剣士はどんどん息が荒くなり、後退していく。
 私は傷の痛みも忘れて彼女の戦いに見惚れていた。

 「そうだ、これこそオパニャだ! 頑張れ! オパニャぁぁ!!」

 最初にオパニャのローキックが相手にヒットした。体制を崩した相手に正拳突き。吹っ飛ぶ相手を飛び蹴りで追撃。さらに相手の鳩尾を踏み台にしてジャンプ。木の葉のように宙を舞う相手、回転しつつ着地する。さらに白い銃を取りだし一発! 化け物の腕が粉砕された。

 「これで! 止めにゃっ!」

 勝利を確信したそのときだった。突然オパニャが胸を押さえて苦しみだした。銃が彼女の手から滑り落ちる。黒いものを口から吹き出でて、水溜まりを作る。やがて、地面にぶっ倒れ痙攣し始めた。彼女の内側から光が抜けていく!
 私の絶望に呼応するかのように化け物がグォォォォォ! っとうなり声をあげた。怒りにうち震える化け物がオパニャに飛びかかる。
 オパニャが食われる寸前、乾いた銃声が響き渡った。

 「オパニャは私が必死で考え抜き、設定し、絵を描き、空想を通して一緒に冒険し、魅力を他者に伝えんがため小説を書き、苦楽を共にした大切なキャラクターなんだ。死なせてたまるか!」

 産まれてはじめて銃を撃った。オパニャは落としてしまった銃を私の元へ蹴ったのだ。彼女の強靭な精神力が起こした奇跡だった。

 「私にもまだ完結させてない小説がある。それなのに......こんなところで死んでたまるか!」

 人型の化け物から黒い煙が発生した。それに呼応するかのように徐々に化け物の色味が増していく。徐々に顕になっていく姿には見覚えがあった。なんだ? あれは、軽めの鎧か? 腰に水筒やらなんやらを身に付けて......なんだ、こいつは!? ま、まさか!

 「アト! お前も出てきたのか......」

 黒い化け物の招待は、今私が創作中の小説の主人公、剣士アトだった。脳天を撃ち抜かれた剣士はなぜだか満足げな顔で眠っていた。やがて彼は光の粒子となって消えてしまった。

 「オパニャ! しっかりしてくれ!」

 私はオパニャを抱き抱えた。顔から暖かみが消えて、まるで死人のようだ。でも彼女の表情はとても穏やかだ。それが余計に私の涙を誘った。

 「ゼェ......ハァ......私もアイツも......アンタの創作したキャラって話......本当?」

 「そんなことはどうでもいい! 死んじゃダメだ」

 ここまで泣いたのはいつ以来だろうか......。

 「どうやらその顔だと......本当のようね。そっか......小説の中の単なる一キャラに過ぎなかったのにゃ......」

 「違う......違うんだ......! それ以上しゃべるな!」

 嘘をついたところでどうにもならないことはわかっていたt。

 「でも......例えそうだとしても......あの喜びも、怒りも、悲しみも、愛も、憎しみも全部......含めて......楽しい人生だった。私の歩んだ人生は本物で......私は幸せだった......」

 「オパニャあぁ......」

 「......さようにゃら、創ってくれてありがとう」

 今、この瞬間まで抱いていた温もりが一瞬にして欠き消えてしまった。彼女だった光の粒子が夜の闇に溶け込んでいく。私は呆然とそれを見ていることしかできない。今さらになって肩の痛みが私にのし掛かってきた。鈍痛が私の哀しみを加速させる。彼女が死ぬことになった原因、それは間違いなく私だ。
 化け物......いや、アトは私が『あんな作品書かなきゃよかった!』と言ったときに奇襲してきた。彼は創造主である私に自分勝手に産み出されたあげく、憎まれ、見捨てられたことに耐えられなかったのではないか。オパニャが無意識のうちに私を見守っていたことを考えると、ありえない話ではない気がした。自創作を踏みにじり冒涜した私への罰だ。
 そして、オパニャが最初に力を発揮できなかった理由も、後半の逆転のきっかけから推測できる。恐らくそれは私がオパニャへの想いを忘れていたからだ。社会人になり、時間も精神も拘束されるようになった。さらに読者からの批判を恐れたり、気を使い続けた結果、創作本来の楽しさや喜びを忘れてしまった。創作に対する感情が欠落してたから彼女は弱かった。あの光の正体も今ならはっきりとわかる。あれは創作への愛情そのものだ。彼女の姿をみているうちに思いもよみがえってきた。でも......遅すぎた......。

 「これは......」

 地面に二枚の小さなカードのようなものが落ちていた。それぞれ拾い上げてみると、それは名刺だった。オパニャとアト、それぞれの名前と作品名、そして笑顔の写真が印刷されている。私はそれを胸に抱き抱えるように持つと、ただひたすらに泣き続けた。
 その夜、ネットやスマホを確認したが二人の小説は跡形もなく消え去っていた。

妄想幻想クリエイター 中 短編小説

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⬆前回です。


 3


 私は適当なカフェに入りブレンドコーヒーだけ頼んで席についた。家には執筆の邪魔になるものが沢山ある。ゲームに漫画、テレビに布団......それらの誘惑を絶ちきるためにカフェはよく利用していた。気分転換にもなるし。
 コーヒーをすすって一息つく。カフェの時計を見て、少なくとも私が三十分くらいの間、猫娘から逃げるために繁華街をうろうろしていたことがわかった。さっきよりはマシだが、まだ気持ちに整理がつかない。思考は空転を繰り返し、まともな考えが思い浮かばない。
 彼女は私の小説の主人公そのものだった。名前はオパニャ。
 とうとう、私の頭は現実と妄想の区別もつかなくなってきたらしい。頭がどうかしそうだ。

 「治らなかったらカウンセリングでも受けるか......」

 私はスマホで自分のブロガー名と『オパニャ』を検索するした。すると、私がスキャナを通してネットに投稿した画像が出てきた。私の以前読んでいた漫画に出てくる猫と、とあるアニメの美少女キャラの顔に似ている。童顔で目が大きくて、決して不細工ではない。よく見るとほっぺたから左右三本ずつ髭が描かれている。仕事では白いコートを愛用。
 まあ、なんにせよあれは紛れもなく彼女、オパニャだ。あれは彼女以外あり得ない。ブログを探したところキャラクターシートが見つかった。使いもしない設定を書きなぐった自己満足の産物だが、今小の瞬間だけは役に立ちそうな気がした......そんな馬鹿なと自分で否定する。

 『格闘術を習得している。また、魔力を弾としてこめる特殊な銃、魔弾銃を愛用している。魔弾銃は三発しか弾を込められないが、所有者の魔力を吸収・圧縮し1分で弾が再生する。その威力はモンスターを一撃で容易く......』

 長い長い! その上痛々しい! そんなの書いてる暇があるんだったら本編を書けよ過去の私!!
 そして今の私に必要なのは幻覚をどうにかすることであって、恥ずかしい記憶を引っ張り出すことではない。
 私はざっと見直すとコーヒーを飲み干した。スマホSNSでこの異様な状況を発信してみるが、もちろん反応はない。



 4



 駅から家への夜道を歩く。真夜中の並木道はなんというか不気味な感じがする。木が揺れ動く様が怪物のように見えたり、ガサガサという音が異形の存在が忍び寄る足音のようにも聞こえる。街灯の明かりがひどく心もとない。

 「落ち着け......落ち着け......小説のことを考えるんだ。剣士アトはえっと......」

 アトは幼い頃盗賊に両親を殺されてしまった。身寄りのなくなった彼は、変わり者の元軍人アルフの元に弟子入りする。アルフは不可解な言動を繰り返すが、知略と剣の指導に関しては超一流だった。アトはアルフの奇人っぷりに苦労しつつも着実に実力を伸ばす。そして二十歳になる頃、アトをアルフは認め愛剣クロスカリバーを渡した。アトは単身で盗賊組織に乗り込み復讐する......までがストーリーの前半。
 盗賊団のボスとアトが戦っている場面、それが今かいている文章だ。映画で超能力を手にした主人公が初めて力を使うとき、初めて修行の成果を発揮するとき、初めてガールフレンドといい雰囲気になるとき......に相当する場面。前半のターニングポイントであり、読者のカタルシスを満たすための重要なシーンだ。
 だが、そのネタが全く思い浮かばない。考えても考えても出るのはため息ばかり。書いては消すの繰り返しで進まない。そして、何かヒントはないかとそれまでの文を読み返すのだが、これが全く面白くないのだ。クソッ! なんでこんな作品しか書けないんだ! 最悪な気分だ!

 「あんな作品書かなきゃよかった!」

 不意の激痛がすべてを打ち砕いた。
 空と地面が交互に見えたかと思うと、背中に強い衝撃が走った。夜空が見える。

 「ゴハッ」

 倒れた!? 仰向け? 苦しい! 空気を求めて思わず夜空に向かって手を伸ばした。が、何者かが私に馬乗りになり、両腕を押さえつけられる。
 私の上にのった『それ』は真っ黒い人型の何かだった。人間の頭部に当たる部分に真っ赤な口だけが見える。その口が私の肩口へと迫っていた。私は体を動かして必死に抵抗するが、相手の力が強すぎてまったく無意味だ。
 こんな意味不明な人生の終わり方をするのか!? いや、でもそれもいいかもしれない。ここで人生が終わるならこれ以上苦労しなくてもいいし、就活しなくてもいい。夢も希望もなにもない無意味な人生をここで終わらせるのも悪くないんじゃないか。この先頑張っても......

 「ガァァァ!!」

 右肩の痛みで意識が飛びそうになった。こいつ、安らかに死なせる気ゼロかよ! 痛い、痛い痛いぃぃぃ! 奴の歯が肩にどんどん食い込んでいるのか!? これを私が死ぬまで続けるのか!?

 「誰か......ムグッ!」

 ちくしょう! 口を塞がれた。嫌だ、死ぬとか生きるとか以前にこんな苦痛......耐えられるわけがない!
 一旦奴が首を引いた。唇に赤い液体が滴っている......。一旦グリンッと首を傾けると、『それ』は私の正面で口を開いた。まさか、コイツ私の顔を! ゆっくりと近づく奴の顔。

 「ンーーーッ!!!」

 私はもはや恐怖に耐えられずまぶたを閉じることすらできなくなっていた。私は涙と鼻水とよだれを撒き散らし泣きわめきながら、更なる激痛に備えた。
 だが、その時は来なかった。
 突如として化け物が左に消えた。反射的にそちらに目を向けると、化け物が街路樹に寄りかかり、うなだれているのが見えた。砂ぼこりが辺りを待っており、叩きつけられたときの衝撃の強さを物語っている。

 「大丈夫かにゃ?」

 右から声が聞こえてきた。痛みに耐えながらゆっくりと右を向いた。涙で輪郭が歪んではいるものの、あの猫娘が手をさしのべていた。淡い月明かりが後光のようだ。私は思わず彼女に抱きついた。

 「オパニャ!」

 「おわふ! 落ち着ついて! 胸あたっちゃってるから! っていうかなんでアタシの名前知ってるにゃ!?」

妄想幻想クリエイター 上 短編小説


 子供の頃は妄想をするのが好きだった。RPGゲームにはまっていた影響か、自分が架空の世界で冒険するようなことをよく空想していた。自分の分身である主人公が野を越え、山を越え、谷を越え、師匠や仲間と出会い、強敵を倒し、ヒロインといちゃつくようなテンプレート的な物語だった。でも、話が長引くにつれて時空や平行世界や亜空間が登場して収集がつかなくなり、そのうち受験やなんやらで内容を忘れてしまった。メアリースーと中二病をごった返したような魔の産物だったが、あれはあれで楽しかった気がした。
 いつからだろうか、空想することが楽しくなくなってしまったのは。
 私は履歴書の下地きになっていたノートパソコンを起動。所定の動作を行うと、画面に中途半端なところで中断された文章が表示された。主人公の剣士が最初の敵と戦っている場面だ。
 小説投稿サイトに応募したものの閲覧者数一桁をマークする長編小説。他人に見られることを前提に書いてはいるものの、読者はほとんどいない。あまりにも人気がなかったので『小説の書き方』本や脚本論を読み、少しでも知識を頭に叩き込み、技術を磨こうと努力はしている。が、中途半端に知識を得たために迂闊に文章を書けなくなり、さらには自分が何を書きたいのかも忘れてしまった。
 それでも、唯一の固定読者である『ようせいさん』なる人のために書き続けていたが、二万字を越えたところで筆が止まった。
 小説を書いていても楽しくないし、読み返してもやはり自分の文章は駄文にしか見えない。読む人に『時間を無駄にした』という後悔を提供することしかできない、単なる文字の連なりだ。今日には素晴らしい映画や、漫画、アニメ、小説なぞゴロゴロと転がっているのに、誰がこの作品を読むのだろう。
 だが、たとえたった一人でも読者がついた以上、その作品を完結させずに捨て置くのはだめだ。自分の作品を読んでくれる寛大で心優しい読者さんに、本当に無駄な時間を提供してしまったことになる。書け、書くんだ。

 「はぁ......」

 そうはいったものの今日も書き進められない。まだ昼間だし、出かけるか......。



 美術館はいい。ただ単にいるだけでも心が穏やかになる気がする。不毛な現実から、甘美な絵の世界へと私を連れていってくれる。決して私のことを誉めずに貶し続けた上司の顔も、優しい先輩の悲壮に満ちた表情も忘れられる。平日のこの時間ならベタベタと引っ付き、意味不明な感想を言い合っているカップルもいない。しかも、創作者としてのレベルが違いすぎて自分と比較する気にもならないから、嫉妬心をあおられることもない。
 私は順繰りと通路を歩んでいく。ぼぉっと『あの絵はいいな』とか『あの描きかたすごいな』とか思いながらふらふらと美術館の奥へ。ストレスで失われた完成がひしひしとよみがえる気がする。他人の作品にたいしてすごく寛大に評価するのに、どうして自創作になるとあそこまで批判的になるのか自分でも不思議でならない。
 こう、ふと目を絵画からそらした時だった。通路脇にいる警備員さんのとなりにありえないものが立っていた。白いロングコートに身を包んだ少女である。恐らく私よりも5つか6つ位下、高校生から大学生くらいの子だろうか。ただ何よりも驚いたのは左右の耳に加えて、頭部に白い猫耳が生えていたことだ。さらに鼻がまるで猫のような......としか言いようのない形をしていた。あくびを隠すために口に当てた手には綺麗な毛が生え揃っていた。

 「は!?」

 警備員はそんな異様な少女が隣に立っているのにまるで気にしていない。美術館にいる他の客もまるで意に介していない。つまり私以外の人には見えていない。仕事を辞めてストレスフリーになったと思ったが、精神はすでに病に犯されてしまったのだろうか。こんなことならもっと早く退職届を出すべきだった。
 特殊メイクを用いたコスプレの可能性も考えたがそれもあり得なさそうだ。コスプレなら耳がヒクヒク動いたりしないはずだし、瞳孔が縦に細くなるなんてことはありえない。
 そして何より、彼女を私は知っている。
 彼女がこちらに気づいた。驚いたような表情で私を見つめてきた。
 私は震える足で美術館を後にした。彼女は追ってこなかった。
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