フゥルの鉛筆画ブログ

鉛筆画のイラストや絵を中心に描いています。黒髪が大好きです。時々短編小説も書きます。

幻煙の雛祭り ━前日━ 4 PFCSss

 「れっレウカド!?」


 シュンが大袈裟に驚いた(今になってようやく妖怪の子の顔と名前が一致した)。

 ドクターレウカドはゆっくりとソラの側に寄ると、ナイフが握られた腕を掴み、私から離した。

 っと、一瞬シュンが凄い形相でドクターレウカドを睨み付けたような気がしたが、私の気のせいだろうか。


 「あんたはあんたで……えげつないな。首筋に緩衝材を仕込んだ上に閃光発音菅と煙幕を仕掛けるとは。手に持っているのは煙玉だろう?」


 ベージュ服の鬼の顔がひきつるのが見えた。


 「もし、ソラくんがこれに触れていたら……」


 私はゆらりと立ち上がると、壁にもたれかかった。よく見るとソラはいい体格をしている。細い体と十分な筋肉を両立していて隙がない。

 それにしても無表情だ。まったく感情が感じられない。


 「さて、これでも私が信用できないかな?特にソラ、君はドクターレウカドに一度診てもらっているんだろう?」

 「えっ、ソラ本当なのか!」

 「はい。俺は診察してもらいました。この人は……信用出来る人です」

 

 やはりドクターレウカドを連れてきたのは正解だったな。

 ところで、ソラがシュンを見る時だけ、表情が柔らかくなっている気がするのは気のせいだろうか。

 さりげなくシュンがソラに歩み寄る。偶然お互いの手が触れて、二人してビクリとした。

 私はそれをみなかったことにして、蛇が地を這うようにゆっくりと、言葉を投げ掛けた。


 「そういうわけだ。協力してもらえないか?私たちは人質を救出する。君たちは人質がいなくなったことで無防備になったノア輪廻世界想像教の本堂を、混乱に乗じて制圧すればいい。どのみち近いうちに攻め混むつもりだったんだろう?私を利用するだけ利用して、みきりをつけて裏切ればいい」


 私は話終えると二人の反応を見た。無意識のうちに二人は手を握っている。さっきからチラチラとお互いに目を合わせては離し……、こいつらちゃんと私の話を聞いているのか?

 アンティノメルのトップは大きなため息をついてから答えた。


 「ああ。わかったよ。……ソラくん」

 「はい。なんでしょう?」

 「しばらくの間、そこのペストマスクの男を監視してくれ」

 「ソラ一人だけ別行動!?ダメだ。危険すぎる!何でソラなんだ!」

 「危険だからこそだ。他のヒーローでは務まらない」

 「なら、オレも一緒に……」

 「シュン、だめです。それこそ危険すぎます」

 

 私は会話よりもシュンの反応に目が行っていた。何かとても違和感を感じる。引き留める様子が尋常ではない。どうしてもシュンとソラは一緒にいたいらしい。

 確かに友達が一人、先行して戦地に乗り込むのは気の進まないことだろうが、目に涙を浮かべてまで止めることか?

 大人びた鬼の男もなんだか凄く申し訳ない顔をしている。

 ソラはひたすら無表情だったが、それでも三人のなかで唯一大人の鬼を睨み付けているようだった。


 私は三人の口論を聞きつつ、声を極限まで小さくしてドクターレウカドに話しかけた。


 〔おい、ドクターレウカド?〕

 〔なんだ?〕

 〔あの二人……〕

 〔……だろうな。そっとしておけ〕


 全く別のことを考えている私たちとは対照的に、向こうでは熱い会話がなされていた。


 「クソッ!わかったよ。ソラ、絶対に死ぬんじゃないぞ!本当にっ!お前がいなくなったらオレはもう……」

 「大丈夫。これも平和を守るためです。それに、シュンにそういってもらえるだけで俺は……本望です」


 私は冷静に状況を分析しているフリをしながらソラたちにいい放った。


 「話し合いは済んだか?」


 ドクターレウカドも艶やかな白髪を揺らしつつ……お、髪の毛先がよく見たら紫色だ。


 「大丈夫だ。何度も言うがこいつは信用できる。俺が保証しよう。もっとも俺もどちらかと言えば闇の住民に近い。信じてもらえないかも知れないが、これは事実だ」

 「わかりました。レウカド先生。あなたを信じます」


 真っ直ぐソラはドクターレウカドを見つめた。二人の間にどんな診療があったのかはわからないが、少し憧れてしまう。

 私の場合、ありがとうと言ってくれた患者を殺し、ばらし……。患者とって救いだとわかっていても、辛いものがある。

 

 「ドクターレウカド」

 「ん?なんだ?」

 「お前はいい医者だ。そして、いい患者に恵まれたな」


 ドクターレウカドは煙管に煙草を足すと、微笑を浮かべながら、上に向けて煙を吹いた。


 「あと、これは大変申し上げにくいのだが……」


 私はシュンに向けて言った。


 「まだ何かあるのか?ここまで来て契約変更とかないだろうな!」


 妖怪の青年の鬼のような形相に、たじろいているの隠しつつ、私は言った。


 「あの……、そこのベージュのコート着ている人の……アンティノメルのトップの……ヒーロー創始者の人の……名前って、なんだ?」


 その場の空気が一気に凍りついたのを感じた。

幻煙の雛祭り ━前日━ 3 PFCSss

 私はドレスタニアから『とある乗り物』に乗って高速でアンティノメルへと飛んだ。

 国北西に位置する廃校舎。闇取引にはうってつけの場所でありヒーロー(犯罪を取り締まる組織)も目をつけている。
 その二階の教室に私は踏み込んだ。もちろん黒いコートにトレードマークであるペストマスクを着けている。
 教室の椅子や机は取り払われており、殺風景きわまりない。床のフローリングがほとんど剥がれており、そこら中に散乱している。
 壊れた教室の窓から漏れるわずかな朝日がマスクにあたり、少し暖かい。

 「来たか」
 
 ペストマスクの中から淀んだ声が響く。
 その声に導かれるように三人の青年が姿を現した。もちろんこの学校の同窓生などではない。
 
 「あなたが『解剖鬼』ですか?」
 
 三人のうち一人、赤のベストを着た人間が口を開いた。ロボットのように冷たい口調だ。情報によれば17才とのことだが、信じられないほど大人びている。
 そして驚くべきことに、私の巨体に対して全く恐怖を感じている様子がない。

 「そうだ。私がお前たちをここへ呼んだ。手紙の方は読んでくれたかな?」

 「ああ。エルドランのノアうんたら教にさらわれた人質を助けるんだって?」

 藍色のタンクトップを着た青年が答えた。種族は妖怪の中でもサターニアといったところか。赤い青年に比べて年相応といった感じだ。
 私が手をピクリと動かすと、一瞬動揺したのが見てとれた。

 「それは本気で言っているのかい?」

 落ち着いたベージュのコートに身を包む鬼の男が問いかけてきた。明らかにこの中では年上だ。昨日立ち読みした本によるとアンティノメルのヒーローの創始者にして最高責任者らしい。
 まさかそんなお高い身分の方が来るとは思っていなかった。

 「そうだ。私は本気だ。それ相応の人材も用意している」
 「殺人鬼の言うことなんて信じられるか!」

 サターニアの青年が叫んだ。何かひどい勘違いをされている気がする。

 「解剖と称して殺人を楽しんでいるんだろ!」
 「誤解だ。人を憶測だけで判断するのはやめることをおすすめする」

 私はギロリと妖怪の青年をにらんだ。一瞬相手の顔が歪んだ。

 「でも、殺しているのは事実だよね?」
 「ああ、そうだ。だが、それとこれとは……」
 「オレたちがドレスタニアを始めとした各国に指名手配されているような奴を易々と逃がすと思うか?」
 
 お国のトップと生きのいい青年の二人が臨戦態勢に入る。それに対してさっきから沈黙している赤いベストの少年はじっとこちらを見据えてピクリとも動かない。ここまで来ると不気味だ。

 「シュン、命令を」
 
 「ああ。あいつを殺れ。ソラ!!」

 妖怪の子が言い終わる前に、真っ先に、恐ろしく正確に私の首もとにナイフが突き立てられた。すんでのところで手首を掴み、持ちこたえたものの、突然の奇襲には正直驚いた。
 私はソラと呼ばれた青年の手をなんとか払いのけ、距離をとろうとした。しかし、前足を後ろにずらそうとした瞬間、謎の力によって足をすくわれてしまい、体勢を崩した。
 私がそれを妖怪の呪詛のせいかと気づいた瞬間、腹のあたりに鈍い衝撃が走り、教室を転がった。蹴りを入れられて教室の端までぶっ飛んだらしい。
 立ち上がろうとしたが、どっしりと響く腹の痛みがそれを邪魔した。立ち上がることも出来ず、膝をついてしゃがんだ状態で腹を抱えるくらいしかやることがない。
 ソラの足とナイフの握られた手が視界に入った。そのナイフがゆっくりと上に引き上げられていく。私は首筋にナイフを突き立てられることを覚悟した。
 運命の時を待っていると、後から麗しい声聞こえてきた。

 「ソラ、止めろ。俺の『命令』だ。あんたらが思っているほど、こいつは悪い奴じゃない」

 フゥーッと煙草を吹かす音が教室を包み込んだ。

幻煙の雛祭り ━前日━ 2 PFCSss

 視界がまだぼやけている。眼前に作業台があり、何者かが薬を煎じているところだった。彼の着る黒いコートが私に安らぎを与えてくれる。
 黒はあらゆる恐怖から私を守ってくれる。

 「起きたか。気分はどうだ?」
 「生き返るような気分だ。フッ……フッ……」

 視界がはっきりしてきた。作業台の綺麗な手見つつ、華奢な腕をたどっていくと、やがてドクターレウカドの得意気な顔が視界に入った。

 「ところで、明日は何の日か知っているか?」
 「ひな祭り、か?」
 「そうだ。ひな祭りだ」
 「ああ。それがどうした?」

 私は眠い目を擦ろうとしたが、ペストマスクに阻まれた。
 その様子を見て、一瞬ドクターレウカドがニヤけた気がする。

 「カルマポリスから西に125キロの地点にあるエルドランという国を知っているか?前もって送った手紙を読んでいるなら知っていると思うが……」
 「『豊穣の国エルドラン』。表では観光に力をいれ種族平等をモットーとしている農業国。だが実際には人間至上主義で闇取引の穴場となっている腐りきった国、だったか?」

 私はコートのポケットからメモ帳を取り出した。ページを開いてからしおりの代わりに挟んだpH試験紙を引き抜いた。

 「ああ。その通りだ。今その国でちょっとした新興宗教が流行っている。ノア輪廻世界創造教。裏でアンティノメルのギャング精霊が関わっている他、人身売買・麻薬取引・武器の密輸などの隠れ蓑になっている。そこに大手製菓子店ステファニーモルガンのオーナーが誘拐された。その救出報酬が現金と……」

 前のめりになり、ドクターレウカドの瞳を直視して私は言った。

 「……ひな祭りに必要な菓子一式に加え、一月二回の製菓子無料件だ」
 「数十万する菓子が一月二回無料になる、か」

 ドクターレウカドのよく潤った唇から白煙が吐き出された。全く興味なさげだった。

 「ひな祭りに必要な菓子に関しては安否が確認できしだい至急で送ってくれるそうだ。一部の富裕層が嗜むような高級菓子でひな祭りを堪能できる。だから……」
 「そのメーカーの社長を救出しに行くと」
 「ただ、事前に手紙で送ったように、貴方自身は救出にいかなくていい。ただ、人質救出のための人員を集めるのに協力が必要不可欠なんだ。別に失敗してもいい。今回の救出作戦にドクターレウカドが関わったということも全てもみ消す。その上で、働いてくれた暁にはその菓子無料券とひな祭りセットを渡そう」

 黒衣の医者は苦虫でも噛んだかのように顔を歪める。これはこれでありかもしれない、と私は思った。

 「俺は甘いものが苦手なんだが」
 「ビターもある」
 「いや、そういう問題では……。」

 渋るレウカドに対して私は交渉の切り札を出した。

 「バレンタインの時の妹の顔をよく思い出すことだ。そうすれば自ずと答えは見えてくる」
 「何で妹がいることをあんたが知ってる?」
 「直接会った」
 「なに!」

 この日のためにわざわざ会いにいった。まさか、あんなに元気はつらつとした愛らしい女性だったとは思いもしなかったが。

 「『ステファニーモルガンの菓子は食べたことがない』、と言っていたな。あとそれと、『出来れば一度は食べてみたい』とも」
 「なっ!」
 「チラシの切りぬきを見せたら物欲しそぉぉぉにしていぞ」
 「あんた、俺を妹で釣る気か?」
 「騙してなどいない。事実を語ったまでだ。よく考えるんだ。今回たった一日協力しただけで、一生涯高級菓子が手にはいるんだぞ?これ以上とないチャンスじゃないか」
 ……レウトコリカにとって、とボソリと付け加えた。